髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第六十六話 値のつかない紙

 

 値のつかない紙は二つある。

 俺はそれを市の隅で数えた。

 一つは正しさ。

 王の弟が盗んでいると書いても誰も動かない。読んだ男が儲からないからだ。

 もう一つはヴァルター公の徴発手形。

 王の弟の名が書いてあるから誰も相殺しない。逆らうことになるからだ。

 俺はその二つを並べた。

 並べてしばらく見ていた。

 二つとも王の弟が絡んでいる。

 二つとも値がつかない。

 同じ理由だ。

 王の弟に逆らうと明日損をする。

 だから俺は逆にした。

 王の弟に逆らうと明日得をするようにすればいい。

 俺はヴァルター公の徴発手形を買い集めた。

 四十二の村を回った。

 村は痩せていた。

 北の四つの村と同じ痩せ方だ。南のオルデ村と同じ痩せ方だ。

 麦を取られ紙を渡されその紙が紙屑になった村の痩せ方だ。

 俺はその紙を額面の三割で買った。

 二割ではなく、三割で。

 村は驚いた。

 

「三割も出すのか」

「出します」

「あの紙は紙屑だぞ。王の弟の紙だ。誰も買わん」

「買います」

 

 俺は頷いた。

 

「額面の三割で。銀貨で」

 

 村長は俺の顔を見た。

 

「あんた損をするんじゃないのか」

「するかもしれません」

 

 俺は紙を懐に入れた。

 

「しないかもしれません」

 

 三年半前と同じ言葉だ。

 北の村で同じことを言った。

 あのときは一グロートも取らなかった。

 村に返した。

 今度は取る。

 だが村には三割を今払う。

 銀貨で。

 村は紙屑が三割の銀貨になった。

 それで種が買える。

 俺は四十二の村から、額面五万ターレン分の徴発手形を一万五千ターレンで買った。

 金庫の四つの鍵を開けてもらった。

 ヨナスが頷いた。マイヤーが頷いた。ゲルトが頷いた。ボーデが頷いた。

 マイヤーだけこう言った。

 

「これは王の弟の紙だぞ」

「知ってます」

「あんた殺されるかもしれん」

「かもしれません」

「ならなぜ出す」

 

 マイヤーが聞いた。

 

「金庫の鍵をなぜ開ける」

 

 俺はこの男を見た。

 俺が潰れると儲かる男だ。

 その男が金庫の鍵の一つを持っている。

 

「マイヤーさん」

 

 俺は言った。

 

「あんたは俺が潰れると儲かる」

「儲かる」

「だからあんたが頷いたならこの賭けは割に合う」

 

「俺が潰れると儲かる男が金を出せと言うなら」

 

 俺は言った。

 

「それは俺が潰れない賭けです」

 

 マイヤーは鼻を鳴らした。

 

「……理屈をこねるな」

 

 彼は鍵を回した。

 

「わしはあんたが潰れるところをまだ見とらん」

 

 彼は俺を見なかった。

 

「四年、見とらん。そろそろ見たい」

 

 俺は額面五万の徴発手形を持って王都へ行った。

 軍務庁のブラントのところだ。

 

「相殺を」

 

 俺は手形を出した。

 

「王領北部四十二の村の徴発手形。額面五万ターレン」

 

 ブラントの手が止まった。

 

「……これはヴァルター公の名が」

「あります」

「これを相殺すると」

 

 彼は俺を見た。

 

「公が麦を二倍半で売っていることが帳簿に残ります」

 

 俺は頷いた。

 

「残ります」

 

 ブラントは動かなかった。

 インクの染みのついた指が震えていた。

 

「ハーゼルどの」

「はい」

「わたしがこれを相殺したら」

 

 彼は俺を見なかった。

 

「わたしは、公に逆らうことになります」

「なります」

 

 俺は頷いた。

 

「わたしには妻がいます」

 

 ブラントは言った。

 

「子が三人おります」

 

 俺はこの男を見た。

 四十年書類を書いてきた男だ。

 二つの帳簿を並べなかった男だ。

 並べる仕事ではなかったからだ。

 俺は手形を引っ込めた。

 

「ブラントさん」

「はい」

「相殺しなくていいです」

 

 ブラントが顔を上げた。

 

「……いい?」

「いいです」

 

 俺は頷いた。

 

「あんたに公に逆らわせるのは割に合わない」

 

 俺は手形を懐に戻した。

 

「あんたの首とこの紙とどっちが安いか。この紙のほうが高い」

 

 俺は立ち上がった。

 

「別の男に相殺させます」

「誰です」

 

 ブラントが聞いた。

 

「公に逆らって平気な男がいるのですか」

 

 俺はこの男を見た。

 

「一人だけいます」

 

 俺は言った。

 

「公に逆らっても公が手を出せない者が」

 

 俺は扉のほうへ歩いた。

 

「ヴァルター公は王の弟です」

 

 俺は言った。

 

「王の弟で手を出せないのは、王の娘だけです」

 

 ブラントは動かなかった。

 

「王女殿下は来春嫁がれます」

 

 俺は言った。

 

「嫁げばこの国の人ではなくなる」

 

 俺は扉に手をかけた。

 

「嫁ぐ前に一つ仕事をしてもらいます」

 

 俺は振り返った。

 

「——あの人は数字が読めます」

 

 

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