値のつかない紙は二つある。
俺はそれを市の隅で数えた。
一つは正しさ。
王の弟が盗んでいると書いても誰も動かない。読んだ男が儲からないからだ。
もう一つはヴァルター公の徴発手形。
王の弟の名が書いてあるから誰も相殺しない。逆らうことになるからだ。
俺はその二つを並べた。
並べてしばらく見ていた。
二つとも王の弟が絡んでいる。
二つとも値がつかない。
同じ理由だ。
王の弟に逆らうと明日損をする。
だから俺は逆にした。
王の弟に逆らうと明日得をするようにすればいい。
俺はヴァルター公の徴発手形を買い集めた。
四十二の村を回った。
村は痩せていた。
北の四つの村と同じ痩せ方だ。南のオルデ村と同じ痩せ方だ。
麦を取られ紙を渡されその紙が紙屑になった村の痩せ方だ。
俺はその紙を額面の三割で買った。
二割ではなく、三割で。
村は驚いた。
「三割も出すのか」
「出します」
「あの紙は紙屑だぞ。王の弟の紙だ。誰も買わん」
「買います」
俺は頷いた。
「額面の三割で。銀貨で」
村長は俺の顔を見た。
「あんた損をするんじゃないのか」
「するかもしれません」
俺は紙を懐に入れた。
「しないかもしれません」
三年半前と同じ言葉だ。
北の村で同じことを言った。
あのときは一グロートも取らなかった。
村に返した。
今度は取る。
だが村には三割を今払う。
銀貨で。
村は紙屑が三割の銀貨になった。
それで種が買える。
俺は四十二の村から、額面五万ターレン分の徴発手形を一万五千ターレンで買った。
金庫の四つの鍵を開けてもらった。
ヨナスが頷いた。マイヤーが頷いた。ゲルトが頷いた。ボーデが頷いた。
マイヤーだけこう言った。
「これは王の弟の紙だぞ」
「知ってます」
「あんた殺されるかもしれん」
「かもしれません」
「ならなぜ出す」
マイヤーが聞いた。
「金庫の鍵をなぜ開ける」
俺はこの男を見た。
俺が潰れると儲かる男だ。
その男が金庫の鍵の一つを持っている。
「マイヤーさん」
俺は言った。
「あんたは俺が潰れると儲かる」
「儲かる」
「だからあんたが頷いたならこの賭けは割に合う」
「俺が潰れると儲かる男が金を出せと言うなら」
俺は言った。
「それは俺が潰れない賭けです」
マイヤーは鼻を鳴らした。
「……理屈をこねるな」
彼は鍵を回した。
「わしはあんたが潰れるところをまだ見とらん」
彼は俺を見なかった。
「四年、見とらん。そろそろ見たい」
俺は額面五万の徴発手形を持って王都へ行った。
軍務庁のブラントのところだ。
「相殺を」
俺は手形を出した。
「王領北部四十二の村の徴発手形。額面五万ターレン」
ブラントの手が止まった。
「……これはヴァルター公の名が」
「あります」
「これを相殺すると」
彼は俺を見た。
「公が麦を二倍半で売っていることが帳簿に残ります」
俺は頷いた。
「残ります」
ブラントは動かなかった。
インクの染みのついた指が震えていた。
「ハーゼルどの」
「はい」
「わたしがこれを相殺したら」
彼は俺を見なかった。
「わたしは、公に逆らうことになります」
「なります」
俺は頷いた。
「わたしには妻がいます」
ブラントは言った。
「子が三人おります」
俺はこの男を見た。
四十年書類を書いてきた男だ。
二つの帳簿を並べなかった男だ。
並べる仕事ではなかったからだ。
俺は手形を引っ込めた。
「ブラントさん」
「はい」
「相殺しなくていいです」
ブラントが顔を上げた。
「……いい?」
「いいです」
俺は頷いた。
「あんたに公に逆らわせるのは割に合わない」
俺は手形を懐に戻した。
「あんたの首とこの紙とどっちが安いか。この紙のほうが高い」
俺は立ち上がった。
「別の男に相殺させます」
「誰です」
ブラントが聞いた。
「公に逆らって平気な男がいるのですか」
俺はこの男を見た。
「一人だけいます」
俺は言った。
「公に逆らっても公が手を出せない者が」
俺は扉のほうへ歩いた。
「ヴァルター公は王の弟です」
俺は言った。
「王の弟で手を出せないのは、王の娘だけです」
ブラントは動かなかった。
「王女殿下は来春嫁がれます」
俺は言った。
「嫁げばこの国の人ではなくなる」
俺は扉に手をかけた。
「嫁ぐ前に一つ仕事をしてもらいます」
俺は振り返った。
「——あの人は数字が読めます」