イレーネは翌日、軍務庁へ行った。
王女が自ら相殺を求めた。
王領北部四十二の村の徴発手形。額面五万ターレン。
ブラントは判を押した。
王女の求めなら公に逆らうことにはならない。
妻子は守られる。
相殺は王国の帳簿に残った。
——王領北部の麦五万ターレン分徴発済み。
——同麦ヴァルター公より王国が買い戻し。支払額十二万五千。
二つの数字が並んだ。
市の値で五万の麦を王国は公に十二万五千払って買い戻していた。
三年半毎年二万一千ずつ。
誰でも引き算ができる。
七万五千。
ヴァルター公が四十二の村の麦を三年半で七万五千抜いた。
帳簿に残った。
消せない形で。
王はヴァルター公を呼んだ。
俺はその場にいなかった。
いられるはずがない。首になった商人だ。
だがあとでザイツが教えてくれた。
王は弟にこう聞いたという。
——七万五千はどこにある。
ヴァルター公は答えられなかった。
屋敷になっていた。船になっていた。妾の首飾りになっていた。
王は数字が読めない。
だが盗まれたという言葉は分かる。
そしてこの日初めて。
——弟が盗んだという言葉が分かった。
ヴァルター公は領を召し上げられた。
七万五千のうち四万二千が国庫に戻った。
残りは屋敷と船と首飾りだった。
売って一万八千になった。
締めて六万。
一万五千足りなかった。
俺はその一万五千を帳簿に「未収」と書かせた。
書かせたというのは正確ではない。
俺はもう監査官ではない。
書いたのは次の監査官だ。
次の監査官はヨナスだった。
俺が宰相に推した。
ヴィント商会の法務にいた男だ。
二百七十通の四つ目を読んだ男だ。
読んでから来る男だ。
ヨナスは監査官の任命状を三日読んだ。
表も裏も。
七つ目——綴りを持ち出してはならない——を指で押さえてこう言った。
「これを書いたのはヴィント商会の法務です」
彼は言った。
「わたしがいた部署です」
「書き換えられますか」
俺は聞いた。
「書き換えます」
彼は頷いた。
「解かれた監査官が綴りの写しを一部だけ持ち出せるように」
彼は俺を見た。
「一部だけです。全部は駄目です」
「なぜ一部なんです」
俺は聞いた。
「全部持ち出せたら次の監査官が王国を売れます」
彼は言った。
「一部だけなら自分が数えた証だけ持ち出せる」
彼は任命状を見た。
「あなたが七つ目に引っかかったのを見ました」
俺はこの男を見た。
「あなたは解かれた日に鍵を返しました」
ヨナスは言った。
「返したから何も証せなかった」
彼は俺を見た。
「次の監査官は自分が数えた分だけ写しを持って出られます」
「そうすれば」
彼は言った。
「解かれても証せます」
俺はしばらくこの男を見ていた。
「ヨナスさん」
「はい」
「あんた俺より上手いですね」
「読んでから来ましたので」
俺は笑った。
王国は変わり始めた。
国庫に戻った金。
造幣局から五万三千二百。
軍務庁から三万八千。
徴税請負から二万一千。
ヴァルター公から六万。
締めて十七万二千二百ターレン。
王国の借金は十四万。
——返せる。
二十年ぶりに王国は借金を返せる国になった。
俺はそれを東門の市の壁に貼った。
三十枚を貼って誰も動かなかった壁だ。
今度は一枚だけ貼った。
——王国は借金を返せます。
——王国の手形は値がつきました。
——この国は生き返りました。
人が集まった。
百人が集まった。
今度は帰らなかった。
手形を持っている者がいたからだ。
その手形が値打ちを持ったからだ。
俺は市の隅でそれを見ていた。
正しさに値がついた。
王の弟が盗んでいるという正しさが。
王国の手形は八割だという値に書き直された。
同じ数字を別の紙に書いただけだ。
片方は誰も動かない。
片方で街が動いた。
ボリスが俺の隣に立った。
「勝ったな」
俺は答えなかった。
勝った。
王国は生き返った。
王の弟は落ちた。
手形に値がついた。
俺は儲けた。
全部勘定が合っている。
一つだけ合っていない。
——戦はまだ、終わっていない。
イレーネは来春嫁ぐ。
嫁げば戦が終わる。
だが国はもう生き返った。
——あの女はもう嫁がなくていいはずだ。