髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第六十八話 王が、割れる

 

 イレーネは翌日、軍務庁へ行った。

 王女が自ら相殺を求めた。

 王領北部四十二の村の徴発手形。額面五万ターレン。

 ブラントは判を押した。

 王女の求めなら公に逆らうことにはならない。

 妻子は守られる。

 相殺は王国の帳簿に残った。

 ——王領北部の麦五万ターレン分徴発済み。

 ——同麦ヴァルター公より王国が買い戻し。支払額十二万五千。

 二つの数字が並んだ。

 市の値で五万の麦を王国は公に十二万五千払って買い戻していた。

 三年半毎年二万一千ずつ。

 誰でも引き算ができる。

 七万五千。

 ヴァルター公が四十二の村の麦を三年半で七万五千抜いた。

 帳簿に残った。

 消せない形で。

 王はヴァルター公を呼んだ。

 俺はその場にいなかった。

 いられるはずがない。首になった商人だ。

 だがあとでザイツが教えてくれた。

 王は弟にこう聞いたという。

 ——七万五千はどこにある。

 ヴァルター公は答えられなかった。

 屋敷になっていた。船になっていた。妾の首飾りになっていた。

 王は数字が読めない。

 だが盗まれたという言葉は分かる。

 そしてこの日初めて。

 ——弟が盗んだという言葉が分かった。

 ヴァルター公は領を召し上げられた。

 七万五千のうち四万二千が国庫に戻った。

 残りは屋敷と船と首飾りだった。

 売って一万八千になった。

 締めて六万。

 一万五千足りなかった。

 俺はその一万五千を帳簿に「未収」と書かせた。

 書かせたというのは正確ではない。

 俺はもう監査官ではない。

 書いたのは次の監査官だ。

 次の監査官はヨナスだった。

 俺が宰相に推した。

 ヴィント商会の法務にいた男だ。

 二百七十通の四つ目を読んだ男だ。

 読んでから来る男だ。

 ヨナスは監査官の任命状を三日読んだ。

 表も裏も。

 七つ目——綴りを持ち出してはならない——を指で押さえてこう言った。

 

「これを書いたのはヴィント商会の法務です」

 

 彼は言った。

 

「わたしがいた部署です」

「書き換えられますか」

 

 俺は聞いた。

 

「書き換えます」

 

 彼は頷いた。

 

「解かれた監査官が綴りの写しを一部だけ持ち出せるように」

 

 彼は俺を見た。

 

「一部だけです。全部は駄目です」

「なぜ一部なんです」

 

 俺は聞いた。

 

「全部持ち出せたら次の監査官が王国を売れます」

 

 彼は言った。

 

「一部だけなら自分が数えた証だけ持ち出せる」

 

 彼は任命状を見た。

 

「あなたが七つ目に引っかかったのを見ました」

 

 俺はこの男を見た。

 

「あなたは解かれた日に鍵を返しました」

 

 ヨナスは言った。

 

「返したから何も証せなかった」

 

 彼は俺を見た。

 

「次の監査官は自分が数えた分だけ写しを持って出られます」

 

「そうすれば」

 

 彼は言った。

 

「解かれても証せます」

 

 俺はしばらくこの男を見ていた。

 

「ヨナスさん」

「はい」

「あんた俺より上手いですね」

「読んでから来ましたので」

 

 俺は笑った。

 王国は変わり始めた。

 国庫に戻った金。

 造幣局から五万三千二百。

 軍務庁から三万八千。

 徴税請負から二万一千。

 ヴァルター公から六万。

 締めて十七万二千二百ターレン。

 王国の借金は十四万。

 

 ——返せる。

 二十年ぶりに王国は借金を返せる国になった。

 俺はそれを東門の市の壁に貼った。

 三十枚を貼って誰も動かなかった壁だ。

 今度は一枚だけ貼った。

 ——王国は借金を返せます。

 ——王国の手形は値がつきました。

 ——この国は生き返りました。

 人が集まった。

 百人が集まった。

 今度は帰らなかった。

 手形を持っている者がいたからだ。

 その手形が値打ちを持ったからだ。

 俺は市の隅でそれを見ていた。

 正しさに値がついた。

 王の弟が盗んでいるという正しさが。

 王国の手形は八割だという値に書き直された。

 同じ数字を別の紙に書いただけだ。

 片方は誰も動かない。

 片方で街が動いた。

 ボリスが俺の隣に立った。

 

「勝ったな」

 

 俺は答えなかった。

 勝った。

 王国は生き返った。

 王の弟は落ちた。

 手形に値がついた。

 俺は儲けた。

 全部勘定が合っている。

 一つだけ合っていない。

 

 ——戦はまだ、終わっていない。

 

 イレーネは来春嫁ぐ。

 嫁げば戦が終わる。

 だが国はもう生き返った。

 

 ——あの女はもう嫁がなくていいはずだ。

 

 

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