髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第六十九話 王冠を差し出す

 

 俺は王都に留まった。

 留まったのはまだ数え終わっていないことがあったからだ。

 国は生き返った。

 国庫に金が戻った。

 王の弟は落ちた。

 なのに、戦は終わらない。

 イレーネは嫁ぐ。

 俺はそれを数え直した。

 三十回数え直した。

 国が生き返っても戦は終わらない。

 戦を終わらせるのは金ではない。

 フリースラントの八千の兵だ。

 八千の兵は金では買えない。

 婚姻でしか動かない。

 俺はそれを認めた。

 金で国は救えた。

 だが戦は金では終わらない。

 ——俺の数えはそこまでだった。

 冬の初めに宰相に呼ばれた。

 グレゴール・ザイツの部屋にもう一人いた。

 王だ。

 ライナルト三世。

 五十を越えている。目が赤い。

 俺は膝をつこうとした。

 

「よい」

 

 王は言った。

 

「そなたは膝をつく男ではない」

 

 俺は立ったままでいた。

 

「監査官」

「監査官では——」

「監査官だ」

 

 王は言った。

 

「今日からまた監査官だ」

 

 俺は動かなかった。

 

「そなたは弟を落とした」

 

 王は言った。

 

「わしの弟だ」

 

 俺は待った。

 

「礼を言う」

 

 俺はこの王を見た。

 目が赤い。

 眠っていない人間の目だ。

 この王は二十年国が痩せるのを見てきた。

 なぜ痩せるか分からなかった。

 分からないことは恐ろしい。

 弟が盗んでいた。

 王はそれを庇った。

 庇ったのは分からなかったからだ。

 分かった日に庇うのをやめた。

 

「監査官」

「はい」

「そなたに褒美を取らせる」

 

 王はザイツを見た。

 ザイツは紙を出した。

 俺はその紙を見た。

 ——ヴァルター公の旧領。

 ——これをカイ・ハーゼルに与える。

 ——公位をもって。

 俺はその紙を三度読んだ。

 公位。

 荷役上がりの商人に公位。

 王の弟の旧領。

 俺はその紙を卓に戻した。

 

「割に合いません」

 

 部屋が静かになった。

 王が俺を見た。

 

「……なんと」

「割に合わないと申し上げました」

 

 俺はこの王を見た。

 

「公位を頂けば俺は貴族になります」

 

 俺は言った。

 

「貴族は領を持ちます。領を持てば守ることになる」

 

 俺は指を折った。

 

「守るものができれば俺は弱くなります」

 

「今俺は何も持っていません」

 

 俺は言った。

 

「首になっても痛くない。領を取られても痛くない。持っていないからです」

 

 俺はこの王を見た。

「持っていない男は数えられます」

 

「公位を頂いた瞬間から」

 

 俺は言った。

 

「俺は領を守るために数えるのをやめます」

 

 俺はこの王を見た。

 

「——ヴァルター公と同じになります」

 

 王は動かなかった。

 目が赤い。

 

「では何が欲しい」

 

 王は言った。

 

「そなたはこの国を救った。何か取らせねばならん」

 

 俺はしばらく考えた。

 三年半前ボリスが聞いた。

 ——何なら欲しいんだあんたは。

 俺はこう答えた。

 ——金庫の鍵かな。

 あのとき俺はそれが何か分かっていなかった。

 今は分かる。

 

「陛下」

 

 俺は言った。

 

「一つ作らせてください」

「なんだ」

「王国の金を数える場所です」

 

 俺は言った。

 

「王国が金を借りるとき、その紙に値をつける場所」

 

俺は指を折った。

 

「四つ目のような罠が書いてないか確かめる場所」

 

「王国が手形を切るとき、その手形がいくらの値打ちか決める場所」

 

 俺は言った。

 

「誰でもその値を見られる。誰でもその紙をその値で売り買いできる」

 

「王国はその場所を通さずに金を借りられない」

 

 俺は言った。

 

「借りるときは必ず値をつけられる」

 

「三千ターレンが三十年で九万になる紙は」

 

 俺は言った。

 

「その場所が止めます」

 

 王は動かなかった。

 

「そのような場所を誰が回す」

 

 王は言った。

 

「俺です」

 

 俺は言った。

 

「ではそなたが王国の金を握ることになる」

 

 王は言った。

 

「それは公位より大きい力だ」

「なります」

 

 俺は頷いた。

 

「そなたを誰が止める」

 

 王は言った。

 

「そなたがその場所で四つ目を書いたら誰が止める」

 

 俺はこの王を見た。

 いい問いだ。

 三年半前俺は同じことを自分に問うた。

 ——俺は必ず規則を破る。

 ——止められるのは俺が潰れて得をする奴だけだ。

 

「陛下」

 

 俺は言った。

 

「その場所を止めるのは俺が潰れて得をする者です」

 

 俺は指を折った。

 

「一つ。その場所の帳簿は毎月街角に貼ります。誰でも読める」

 

 二本目。

 

「二つ。その場所の鍵は四つ作ります。俺は持ちません」

 

 三本目。

 

「三つ。鍵の一つは俺が潰れると儲かる男に渡します」

 

 俺は手を開いた。

 

「俺を、王が止めるのではありません」

 

 俺は言った。

 

「俺が、自分を止める仕組みを、自分で作ります」

 

 王はしばらく俺を見ていた。

 それからザイツを見た。

 ザイツは頷いた。

 

「監査官」

 

 王は言った。

 

「そなたは王冠を要らぬと言い、金庫を欲しがる」

 

「王冠は髑髏です」

 

 俺は言った。

 

「金庫は鍵です」

 

「髑髏をかぶった男は殺されます」

 

 俺は言った。

 

「鍵を持った男は——」

 

 俺はそこで言葉を止めた。

 鍵を俺は持たない。

 四つに割って渡す。

 

 

「——鍵を作った男は殺されません」

 

 俺は言い直した。

 

「殺しても鍵が四つ残るからです」

 

 

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