髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第七話 金を使わない

 

 締め方が上手い。

 三日で、俺はそれを認めた。

 マイヤーが金を出さない。これは一つ目だ。

 二つ目は、倉だった。港の倉は八つあって、そのうち五つはヴィント商会のものだ。残り三つも、借り主が急に、今月は空きがない、と言い出した。空いていることは知っている。俺は毎朝そこを歩いている。

 三つ目が、一番効いた。

 二十人のうち、二人が「三の目」に来なくなった。

 俺はその二人を、家まで訪ねた。

 一人は荷役で、名をペーターという。倉の前で、俺の顔を見て、目を逸らした。

 

「口は、返す」

 

 彼は言った。

 

「金は要らねえ。ただ、名前を、その紙から消してくれ」

「親方に言われたか」

 

 彼は答えなかった。

 答えないのが、答えだ。

 この男には子どもが三人いる。上が七つで、下がまだ歩かない。荷役を切られたら、その日から食えない。

 俺は懐から銀貨を出した。十枚。

 

「買い戻す。十ターレンだ」

「九ターレンでいい。あんたが前に言った値だ」

「あれは封鎖のときの値だ。今の航路に封鎖はない。十ターレンで、ちょうどいい」

 

 俺は銀貨を彼の手に押しつけた。

 

「ペーターさん」

「なんだ」

「食い扶持が先だ。当たり前だろう」

 

 彼は、しばらく銀貨を見ていた。

 それから、俺の顔を見ずに頷いた。

 

              ◆

 

 もう一人も同じだった。十ターレン返して、名前を消した。

 二十口が、十八口になった。

 残った十八人は、何も言わなかった。ゲルトが卓の上で銭を数えていて、ボリスが俺の隣で酒を飲んでいた。

 

「二人抜けたな」

「抜けた」

「怒らねえのか」

「なんで怒るんだ」

 

 俺は麦酒を口に運んだ。

 

「あの二人は、俺が組んだ賭けに乗ってくれた最初の二十人だ。乗ってくれた奴を、降りたからって恨むのか」

 

 ボリスは笑った。

 この男は、俺の言うことの半分も分かっていない。だが笑うところだけは、いつも間違えない。

 

              ◆

 

 次の航海は三隻ぶんだ。六百ターレン要る。

 手元にあるのは、百八十ターレン。

 足りない。四百二十ターレン、足りない。

 俺は宿の机に紙を広げて、その六百ターレンが、いったい何なのかを書き出した。

 水夫の賃金、二百四十ターレン。

 塩漬け肉と、水と、麦。百五十ターレン。

 麻縄と、帆布と、修繕。百二十ターレン。

 港の使用料、六十ターレン。

 予備、三十ターレン。

 締めて、六百。

 俺はその紙を、長いこと見ていた。

 六百ターレンというものは、この世に存在しない。

 存在するのは、麻縄と、塩漬け肉と、水夫の腕だ。

 銀貨は、それを買うための紙切れにすぎない。ただ、みんながその紙切れを信じているから、銀貨で買える。

 なら。

 俺の紙で買えばいい。

 

              ◆

 

 船具屋のトーマは、頑固な男だ。

 麻縄と帆布を扱っていて、この街で三代続いている。ヴィント商会にも売っているが、ヴィントの言いなりではない。言いなりになったら、値を叩かれると知っているからだ。

 

「現金だ」

 

 俺が入るなり、彼は言った。

 

「あんたには、掛け売りはしねえ。ヴィントに睨まれる」

「現金は持ってきてない」

「じゃあ帰れ」

「これを持ってきた」

 

 俺は卓の上に、紙を一枚置いた。

 紙には、こう書いてある。

 ——この紙を持つ者は、三隻の航海の荷の権利、一口分を有する。三隻が帰港すれば十五ターレンを支払う。すべて沈めば支払わない。荷が欠ければ、欠けた分だけ払いを減らす。この紙は、誰に譲ってもよい。

 

 条項は、五つ。全部読める。隠れた四つ目はない。

 

「麻縄と帆布で、百二十ターレン。十二口ぶんの紙を渡す」

 

 トーマは紙を見た。

 見て、鼻で笑った。

 

「紙切れじゃねえか」

「銀貨も紙みたいなもんですよ」

 

              ◆

 

「トーマさん。銀貨ってのは、なんです」

「銀だろうが」

「銀の塊なら、量って使えばいい。だがあんたは量らない。王の顔が刻んであるから、量らずに受け取る」

 

 俺は懐から一ターレン出して、卓に置いた。

 

「なぜ量らないんです」

「……そりゃ、王が」

「王が保証してるから、でしょう。中身の銀が減ってても、あんたは受け取る。信じてるからだ」

 

 俺はその銀貨を指で回した。

 

「銀貨は、信用でできてる。銀でできてるんじゃない」

 

 トーマは、口を開いて、閉じた。

 

「この紙も同じです。中身は、メーヴェの荷だ。十のうち九、帰ってくる。俺の名前が書いてある。俺は前の航海で、数え違いを見つけて、頼まれもしないのに二十ターレン返した。この街の誰が、そんな馬鹿をやりました?」

 

 俺は紙を、彼の方へ押した。

 

「信用ってのはね、トーマさん。数え直して、払った回数のことだ」

 

              ◆

 

 トーマは、長いこと黙っていた。

 この男は算術を知らない。だが、三代続いた店の主だ。誰が払う男で、誰が払わない男かを、匂いで嗅ぎ分ける。それは算術より難しい仕事で、そして、この街では算術より役に立つ。

「……十二口だな」

「十二口です」

「沈んだら、俺は麻縄をタダで渡したことになるぞ」

「なります」

「帰ってきたら、百八十ターレンだ」

「なります」

 

 トーマは、紙を掴んだ。

 

「六十ターレン儲かるってことか」

「その代わり、十のうち一つで、丸損だ」

 

 彼は紙を懐に入れた。

 

「三代目だぞ、俺は。博打を打ったことがねえ」

「初めてですか」

「初めてだ」

 

 彼は、少しだけ笑った。

 

              ◆

 

 同じことを、食料屋にやった。塩漬け肉と水と麦で百五十ターレン。十五口ぶんの紙。

 水夫の賃金は二百四十ターレンだが、これは半分が前渡しで、残りは帰ってから払う。この街の決まりだ。だから前渡しの百二十ターレンを、十二口ぶんの紙で払った。

 水夫が紙を受け取ると、何が起きるか。

 こいつらは、自分の乗る船の荷を持つことになる。

 沈めば、賃金の半分が消える。

 だから、沈まないように船を動かす。

 これは俺の思いつきではない。ドールスが言ったのだ。水夫は賃金で動くが、賃金は沈んでも出る、と。老人はそれを、四十年、当たり前だと思っていた。

 

              ◆

 

 港の使用料だけは、銀貨で払った。

 市庁舎は紙を受け取らない。当たり前だ。市庁舎が受け取ったら、それはもう金だ。

 六十ターレン。それと予備の三十ターレン。

 締めて九十ターレン。

 俺の手元には、百八十ターレンあった。

 九十ターレン、余った。

 紙で払ったのは、締めて三百九十ターレン。一口十ターレンで、三十九口。

 三十九枚の紙が、この街に出た。

 三隻が出た日、フォーゲルが桟橋に立っていた。

 商会の番頭が、朝の桟橋に立つ理由はない。

 

「ハーゼルさん」

「フォーゲルさん」

「金は、どこから」

「使ってません」

 

 彼の指が、袖の中で動いた。

 

「あんたは俺の金を止めた。倉も止めた。荷役も止めた。上手いもんです。三日で、俺は詰んだ」

 

 俺は帆を見ていた。三枚とも、風を掴んでいた。

 

「——だが、俺は金を使ってない」

 

              ◆

 

「船を出すのに要るのは、金じゃない。麻縄と、塩漬け肉と、水夫の腕だ」

 

 俺は指を折った。

 

「金ってのは、それを買うための紙です。みんなが信じてるから、紙が縄になる」

 

 俺はフォーゲルを見た。

 

「なら、俺の紙で買えばいい。信じてもらえれば」

 

 風が来た。

 

「あんたは俺の金を止めた。だが、あんたには、俺の信用は止められない」

 

 フォーゲルは、動かなかった。

 この男は、俺が何をしたのかを、完全に理解していた。この街で、たぶん、俺以外で唯一。

 だから彼は、笑わなかった。

 

「ハーゼルさん」

「はい」

「あなたは、危険を割った。それは、まだ商売の話でした」

 

 彼の声は、静かだった。

 

「今日、あなたがやったのは、商売の話ではありません」

 

 俺は、彼を見た。

 

「金を作りましたね」

 

              ◆

 

 帰り道、ボリスが聞いてきた。

 

「なあ。あんた、今日、何やったんだ」

 

 俺は少し考えた。

 

「金を作った」

「なんだそりゃ」

「さあ」

 

 自分でもよく分かっていなかったので、そう答えた。

 三日後、俺の紙が、酒場で使われていた。

 水夫が麦酒の代金に紙を出して、酒場の親父が受け取った。

 俺は、それを卓の隅から見ていた。

 誰も俺のところへは来ていない。俺の知らないところで、俺の紙が、麦酒に化けた。

 ——これは、まずいな。

 と、思った。

 思ったが、悪くない気分だった。

 

 

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