中央銀行という言葉はこの世にない。
俺が作る言葉だからだ。
◆
王は設立の詔を出した。
名は俺が決めた。
——王国金庫。
場所は王城の北。造幣局の隣だ。
銀を抜いていた男の隣に置いた。
わざとだ。
金庫は三つの仕事をする。
一つ。王国が金を借りるときその紙に値をつける。四つ目のような罠がないか確かめる。
二つ。王国が手形を切るときその手形の値打ちを決める。誰でもその値を見られる。
三つ。王国はこの金庫を通さずに金を借りられない。
三つ目がいちばん大事だ。
王国が金庫を通さずに借りられたら金庫は飾りになる。
三千ターレンが九万になる紙をまた誰かが書く。
だから掟にした。
王令第二十二号。
——王国の借入はすべて王国金庫の値付けを経るべし。
王が印を押した。
この金庫を俺が回す。
だが俺は金庫の金に手が届かない。
鍵を四つ作った。
二年前、俺は自分の金庫にも四つの鍵を作った。
ヨナス。マイヤー。ゲルト。ボーデ。
この街の四人だ。
今度は国の金庫だ。
鍵も国の四人になる。
一つ目はヨナス。
監査官だ。帳簿を数える人。
二つ目はグレゴール・ザイツ。
宰相だ。国を回す人。
三つ目はアルノー・ヴィント。
この街でいちばん金を持っている男。王国にいちばん貸している男。
——俺が潰れるといちばん儲かる男だ。
ヴィントはその話を聞いて笑った。
「わたしに鍵を渡すのですか」
「渡します」
「わたしはあなたの敵でした」
「敵でした」
俺は頷いた。
「今も半分敵です」
「二年前、俺は自分の金庫の鍵の一つをマイヤーに渡しました」
俺は言った。
「俺が潰れると儲かる男です」
俺はこの老人を見た。
「あんたも同じです」
「俺が金庫で四つ目を書こうとしたら」
俺は言った。
「あんたは止めません」
「止めませんな」
彼は頷いた。
「あなたが四つ目を書けば、あなたはわたしのようになる。わたしはそれを見たい」
「そうです」
俺は言った。
「あんたは俺が堕ちるのを見たい」
俺はこの老人を見た。
「だから、あんたが鍵を持つと俺は堕ちられない」
ヴィントはしばらく俺を見ていた。
六十五の目立たない男だ。
「三十年前、わたしにはそういう男がいませんでした」
彼は言った。
「止める、男が」
彼は鍵を受け取った。
「——あなたにはわたしがいます」
四つ目の鍵が残った。
俺はそれを誰に渡すか三十日数えた。
監査官。宰相。最大の債権者。
三人が揃えば国の金はたいてい動く。
だが三人とも国の側の人間だ。
国が間違えたとき三人とも間違える。
二年前俺の金庫の四つ目の鍵はボーデだった。
裏切ったことを人前で言える男。
国の金庫に要るのはそういう鍵だ。
国が間違えたとき間違えたと言える人間。
この国で王が間違えたと言える人間は一人しかいない。
九つの年に国の死を数えた女だ。
俺は書庫へ行った。
イレーネ・ヴァル・アルヴェントは卓に向かっていた。
綴りを読んでいた。
俺はその向かいに座った。勧められる前に。
彼女は何も言わなかった。
「殿下」
「ハーゼル」
「鍵を一つ持ってください」
俺は卓の上に鍵を置いた。
王国金庫の四つ目の鍵だ。
イレーネはそれを見た。
灰色の目が動いた。
「わたしは来春嫁ぎます」
彼女は言った。
「嫁げばこの国の人ではなくなります」
「知っています」
「嫁いだ女が王国金庫の鍵を持つのですか」
「持ってください」
俺は頷いた。
「嫁いでも、あなたは数字が読めます」
俺は言った。
「フリースラントに行っても、鍵はあなたのものです」
俺はこの女を見た。
「王国がまた間違えたとき」
「隣国から鍵を閉じられます」
イレーネの手が止まった。
「わたしが隣国からこの国の金を止めるのですか」
「止められます」
俺は頷いた。
「あなたが鍵を閉じれば王国は金庫を開けられない」
俺はこの女を見た。
「王が間違えても、宰相が間違えても、あなたが止められます」
「なぜわたしに」
俺はこの女を見た。
灰色の目だ。
乾いている。
「九つの年にあなたは国の死を数えました」
俺は言った。
「言った。誰も聞かなかった」
俺は鍵を彼女のほうへ押した。
「十五年聞かれなかった声です」
「この鍵は、聞かれなくても止められます」
イレーネは鍵を見ていた。
長いこと見ていた。
それからそっと手を伸ばした。
鍵を握った。
握ってこう言った。
「ハーゼル」
「はい」
「あなたはわたしに声を返しました」
俺は動かなかった。
答えなかった。
その日の夕方ドールスがメルクから王都へ来た。
老いた船主だ。
「南へ行ってきた」
彼は言った。
「サルヴァから内陸へ四日。オルデという村だ」
俺は動かなかった。
「麦を六百俵届けた」
彼は言った。
「あの村長は痩せた女だった。息子を二人戦にやった女だ」
「なんと言ってました」
ドールスは懐から紙を出した。
字が下手だ。
村長が自分で書いた字だ。
俺はそれを開いた。
書いてあったのは一行だけだ。
——次は戦を止めてこい。