髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第七十話 金庫を国に置く

 

 中央銀行という言葉はこの世にない。

 俺が作る言葉だからだ。

             ◆

 王は設立の詔を出した。

 名は俺が決めた。

 ——王国金庫。

 場所は王城の北。造幣局の隣だ。

 銀を抜いていた男の隣に置いた。

 わざとだ。

 金庫は三つの仕事をする。

 一つ。王国が金を借りるときその紙に値をつける。四つ目のような罠がないか確かめる。

 二つ。王国が手形を切るときその手形の値打ちを決める。誰でもその値を見られる。

 三つ。王国はこの金庫を通さずに金を借りられない。

 三つ目がいちばん大事だ。

 王国が金庫を通さずに借りられたら金庫は飾りになる。

 三千ターレンが九万になる紙をまた誰かが書く。

 だから掟にした。

 王令第二十二号。

 ——王国の借入はすべて王国金庫の値付けを経るべし。

 王が印を押した。

 この金庫を俺が回す。

 だが俺は金庫の金に手が届かない。

 鍵を四つ作った。

 二年前、俺は自分の金庫にも四つの鍵を作った。

 ヨナス。マイヤー。ゲルト。ボーデ。

 この街の四人だ。

 今度は国の金庫だ。

 鍵も国の四人になる。

 一つ目はヨナス。

 監査官だ。帳簿を数える人。

 二つ目はグレゴール・ザイツ。

 宰相だ。国を回す人。

  三つ目はアルノー・ヴィント。

 この街でいちばん金を持っている男。王国にいちばん貸している男。

 ——俺が潰れるといちばん儲かる男だ。

 ヴィントはその話を聞いて笑った。

 

「わたしに鍵を渡すのですか」

「渡します」

「わたしはあなたの敵でした」

「敵でした」

 

 俺は頷いた。

 

「今も半分敵です」

「二年前、俺は自分の金庫の鍵の一つをマイヤーに渡しました」

 

 俺は言った。

 

「俺が潰れると儲かる男です」

 

 俺はこの老人を見た。

 

「あんたも同じです」

「俺が金庫で四つ目を書こうとしたら」

 

 俺は言った。

 

「あんたは止めません」

「止めませんな」

 

 彼は頷いた。

 

「あなたが四つ目を書けば、あなたはわたしのようになる。わたしはそれを見たい」

「そうです」

 

 俺は言った。

 

「あんたは俺が堕ちるのを見たい」

 

 俺はこの老人を見た。

 

「だから、あんたが鍵を持つと俺は堕ちられない」

 

 ヴィントはしばらく俺を見ていた。

 六十五の目立たない男だ。

 

「三十年前、わたしにはそういう男がいませんでした」

 

 彼は言った。

 

「止める、男が」

 

 彼は鍵を受け取った。

 

「——あなたにはわたしがいます」

 

 四つ目の鍵が残った。

 俺はそれを誰に渡すか三十日数えた。

 監査官。宰相。最大の債権者。

 三人が揃えば国の金はたいてい動く。

 だが三人とも国の側の人間だ。

 国が間違えたとき三人とも間違える。

 二年前俺の金庫の四つ目の鍵はボーデだった。

 裏切ったことを人前で言える男。

 国の金庫に要るのはそういう鍵だ。

 国が間違えたとき間違えたと言える人間。

 この国で王が間違えたと言える人間は一人しかいない。

 九つの年に国の死を数えた女だ。

 俺は書庫へ行った。

 イレーネ・ヴァル・アルヴェントは卓に向かっていた。

 綴りを読んでいた。

 俺はその向かいに座った。勧められる前に。

 彼女は何も言わなかった。

 

「殿下」

「ハーゼル」

「鍵を一つ持ってください」

 

 俺は卓の上に鍵を置いた。

 王国金庫の四つ目の鍵だ。

 イレーネはそれを見た。

 灰色の目が動いた。

 

「わたしは来春嫁ぎます」

 

 彼女は言った。

 

「嫁げばこの国の人ではなくなります」

「知っています」

「嫁いだ女が王国金庫の鍵を持つのですか」

「持ってください」

 

 俺は頷いた。

 

「嫁いでも、あなたは数字が読めます」

 

 俺は言った。

 

「フリースラントに行っても、鍵はあなたのものです」

 

 俺はこの女を見た。

 

「王国がまた間違えたとき」

「隣国から鍵を閉じられます」

 

 イレーネの手が止まった。

 

「わたしが隣国からこの国の金を止めるのですか」

「止められます」

 

 俺は頷いた。

 

「あなたが鍵を閉じれば王国は金庫を開けられない」

 

 俺はこの女を見た。

 

「王が間違えても、宰相が間違えても、あなたが止められます」

「なぜわたしに」

 

 俺はこの女を見た。

 灰色の目だ。

 乾いている。

 

「九つの年にあなたは国の死を数えました」

 

 俺は言った。

 

「言った。誰も聞かなかった」

 

 俺は鍵を彼女のほうへ押した。

 

「十五年聞かれなかった声です」

 

「この鍵は、聞かれなくても止められます」

 

 イレーネは鍵を見ていた。

 長いこと見ていた。

 それからそっと手を伸ばした。

 鍵を握った。

 握ってこう言った。

 

「ハーゼル」

「はい」

「あなたはわたしに声を返しました」

 

 俺は動かなかった。

 答えなかった。

 

 その日の夕方ドールスがメルクから王都へ来た。

 老いた船主だ。

 

「南へ行ってきた」

 

 彼は言った。

 

「サルヴァから内陸へ四日。オルデという村だ」

 

 俺は動かなかった。

 

「麦を六百俵届けた」

 

 彼は言った。

 

「あの村長は痩せた女だった。息子を二人戦にやった女だ」

 

「なんと言ってました」

 

 ドールスは懐から紙を出した。

 字が下手だ。

 村長が自分で書いた字だ。

 俺はそれを開いた。

 書いてあったのは一行だけだ。

 

 ——次は戦を止めてこい。

 

 

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