髑髏の王冠   作:朝凪小夜

71 / 72
第七十一話 あとから

 

 次は戦を止めてこい。

 俺はその一行を三十日机に置いていた。

 戦を止める。

 俺にはできない。

 俺はそれを認めている。

 戦を終わらせるのは金ではない。

 フリースラントの八千の兵だ。

 その兵は婚姻でしか動かない。

 俺は金では兵を買えない。

 それは正しい。

 だが正しすぎる。

 俺は正しすぎる答えを信用しない。

 俺はもう一度戦を数えた。

 なぜ戦をしているのか。

 四年前宰相がこう言った。

 ——勝てば、南の港が三つ。関税は年に三千。

 ——戦費は年に六万。

 ——二十年勝ち続けてやっと元が取れる。

 俺はそれを聞いてこう言った。

 ——この戦は、勝っても負けです。

 勝っても負ける戦を、なぜやめないのか。

 ——やめると言った者が殺されるから。

 王の面子だ。

 負けた王は王でなくなる。

 俺はそれを四年数えてきた。

 面子は値がつかない。

 正しさと同じだ。

 面子で人は動かない。

 だから王はやめられない。

 やめる理由に値がつかないからだ。

 俺は机の上でこう書いた。

 ——王がやめて得をするようにすればいい。

 俺は南の綴りを開いた。

 監査官のとき、俺は南方諸市との交易の綴りを数えた。

 戦の前アルヴェントは南方諸市と交易していた。

 北の岩塩を南に売る。

 南の秘薬を北が買う。

 南の魚を北が食う。

 北の鉄を南が買う。

 その交易の額は年に四万ターレン。

 戦でそれが止まった。

 港が閉じた。塩が入らない。魚が腐る。秘薬が北へ出ない。

 俺はそれをサルヴァで見た。

 オルデ村で見た。

 両方の村が痩せていた。

 同じ痩せ方だった。

 ——敵は同じ形をしてる。

 俺は四年前桟橋でボリスにそう言った。

 戦をやめれば交易が戻る。

 年に四万ターレン。

 港が三つ手に入って、関税が三千。

 交易が戻って、四万。

 ——戦をやめたほうが勝つより儲かる。

 俺はその一行を三度読んだ。

 三度読んでも同じことが書いてあった。

 だがまだ足りない。

 交易が戻って四万儲かると言っても、それは正しさだ。

 値がつかない。

 王がその四万を次の朝手に取れなければ動かない。

 俺はそれを東門の壁で学んだ。

 正しさに値をつける。

 交易の四万を王が明日手に取れる形にする。

 俺は宰相の部屋へ行った。

 グレゴール・ザイツは卓に向かっていた。

 目の下が黒い。

 だが前より少し薄くなっていた。

 

「閣下」

「ハーゼルどの」

「戦をやめさせます」

 

 ザイツは顔を上げた。

 

「王はやめません」

「やめます」

 

 俺は椅子に座った。

 

「やめて得をするなら」

 

 俺は紙を出した。

 

「戦の前南方諸市との交易は年に四万ターレンでした」

 

 俺は言った。

 

「戦で止まっています」

 

 俺は指で押さえた。

 

「やめれば四万戻ります」

 

「勝っても関税は三千です」

 

「やめれば四万」

 

 俺はこの男を見た。

 

「十三倍です」

「知っています」

 

 ザイツは言った。

 

「わたしも数えました。十二年前に」

 

 彼は俺を見た。

 

「王に奏上しました」

 

「面子だと仰いました」

「そうです」

 

 俺は頷いた。

 

「面子には値がつきません」

 

 俺は卓に手を置いた。

 

「だから面子で話をしません」

 

「四万で話をします」

 

 ザイツは動かなかった。

 

「王が面子で戦をやめれば負けた王になります」

 

 俺は言った。

 

「王が四万のために戦をやめれば、賢い王になります」

 

 俺はこの男を見た。

 

「同じことを別の紙に書くだけです」

 

「戦をやめるとは書きません」

 

 俺は言った。

 

「南方諸市と交易を再び開く。そう書きます」

 

 俺は指を折った。

 

「交易を開くには港が要る。港を開くには戦を止める」

 

「戦をやめるんじゃない」

 

 

 

「交易を開くんです」

 

 ザイツはしばらく俺を見ていた。

 目の下が黒い。

 

「ハーゼルどの」

「はい」

「王はそれでも頷かないかもしれません」

「頷かないかもしれません」

 

 俺は頷いた。

 

「そのときは南方諸市に先に頷かせます」

 

「南方諸市が交易を望んでいると王が知れば」

 

 俺は言った。

 

「王は負けたのではなく、南が折れたのだと思えます」

 

 俺はこの男を見た。

 

「面子が立ちます」

「南方諸市をどうやって頷かせるのです」

 

 ザイツが聞いた。

 俺は椅子から立った。

 

「サルヴァに知り合いがいます」

 

 俺は言った。

 

「港務の頭です。塩を四倍で買った男だ」

 

 俺は扉のほうへ歩いた。

 

「オルデ村に村長がいます」

 

「息子を二人戦にやった女です」

 

 俺は言った。

 

「片方は脚がない」

 

 俺は扉に手をかけた。

 

「あの女は戦を止めて来いと言いました」

 

「閣下」

 

 俺は振り返った。

 

「四年前南のオルデ村であの村長が俺に聞きました」

 

 俺は言った。

 

「——戦をしとるのは誰だ」

 

「俺はこう答えました」

 

「——王と議会です。あんたと俺はしてません」

 

 俺は扉を押した。

 

「してない者同士で先に勘定を合わせます」

 

 俺は言った。

 

「王と王が、あとから追いつく」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。