サルヴァまで四十日。
俺はボリスと二人で船に乗った。
メーヴェだ。ドールスの船。ヨストが舵を取る。
俺はもう監査官ではない。
王国金庫を回す男だ。
だがこの船旅ではただの商人でいることにした。
商人のほうが話が早い。
国の名で行くと戦の話になる。
商人の名で行けば勘定の話になる。
サルヴァの港はまだ閉じていた。
軍船が三隻出てきた。
四年前と同じだ。
先頭の船にアドリクがいた。
港務の頭だ。日に焼けた顔。目が細い。
少し老けていた。
「北の船か」
「メルクハーフェンです」
「塩か」
「今日は塩じゃありません」
アドリクは俺の顔を見た。
「……あんた、塩の商人だな」
「覚えてましたか」
「四倍で買った塩だ。忘れるか」
彼は船に乗り込んできた。
剣は抜いていない。
四年前と同じだ。
「今日は何を売る」
「売りません」
俺は言った。
「勘定を合わせに来ました」
アドリクは俺を見た。
俺は麻袋から綴りを出した。
「アドリクさん」
「なんだ」
「サルヴァは、戦でいくら損してますか」
彼は答えなかった。
「数えます」
俺は言った。
「塩が入らない。魚が腐る。年にいくら捨ててますか」
「……知らん」
「二年行っとらんからですか」
「行っとらん」
四年前と同じ言葉だ。
誰も数えていない。
「数えました」
俺は言った。
「サルヴァは戦の前北と交易して、年に二万ターレン儲けてました」
俺は綴りを指した。
「戦でそれがゼロになった」
「二年で四万捨てた」
俺は言った。
「三年目も捨てる」
アドリクは動かなかった。
「アルヴェントは戦費を年に六万かけてます」
俺は言った。
「南方諸市も四千の兵を養ってる。年に二万」
俺は指を折った。
「両方とも、儲けを捨てて、金を燃やしてる」
「戦をしてるのは、王と議会です」
俺は言った。
「サルヴァの港務はしてません」
俺はこの男を見た。
「オルデ村の百姓もしてません」
「してない者がいちばん損してる」
アドリクは麻袋の上に腰を下ろした。
「兄さん」
「はい」
「あんた何が言いたい」
「相殺です」
俺は言った。
「戦の前、北はサルヴァに塩を売り、サルヴァは北に秘薬を売った」
俺は綴りを開いた。
「金をそのたびにやり取りしてた」
「これからは金をやり取りしません」
俺は言った。
「北の塩と南の秘薬を帳簿の上で突き合わせる」
俺は指で押さえた。
「塩の代金と秘薬の代金を相殺する」
「差額だけ動かせばいい」
俺は言った。
「戦で銀貨が国境を越えられなくても、紙の上でなら越えられます」
アドリクは俺を見た。
「戦の最中に交易するのか」
「します」
「王が許すのか」
「王は知りません」
俺は言った。
「これは商人の勘定です。王の戦とは別の紙です」
俺はこの男を見た。
「塩と秘薬の相殺に王の許しは要りません」
「掟に書いてないからです」
アドリクはしばらく動かなかった。
それから笑った。
「兄さん」
「はい」
「あんた掟の隙間をよく見つけるな」
「隙間じゃありません」
俺は言った。
「掟が追いついてないだけです」
俺はこの男を見た。
「戦は王が始めた。交易は、俺たちが先に始めます」
その月サルヴァとメルクハーフェンの間に相殺市ができた。
塩が南へ。秘薬が北へ。魚が北へ。鉄が南へ。
銀貨はほとんど動かなかった。
紙が動いた。
俺はその差額の帳簿を王国金庫で預かった。
南方諸市の秘薬が北へ流れ始めた。
北の塩が南へ流れ始めた。
サルヴァの魚が腐らなくなった。
オルデ村の麦に値がついた。
両方の村が少しずつ痩せなくなった。
三月後南方諸市の議会から使者が来た。
王都ではなくメルクハーフェンにだ。
俺のところに来た。
使者はこう言った。
「南方諸市は交易の再開を望んでいる」
「もう始まってます」
俺は言った。
「塩と秘薬はもう動いてます」
「それは商人の交易だ」
使者は言った。
「わしが言うのは国の交易だ」
彼は俺を見た。
「港を開きたい」
俺はこの男を見た。
「港を開くには戦を止めることになります」
「なる」
「南方諸市が先にそれを言うんですか」
使者は頷いた。
「議会は数えた」
彼は言った。
「戦で年に二万捨てとる。交易が戻れば年に二万入る」
彼は俺を見た。
「差は四万だ」
「面子より四万のほうが重い」
俺は笑った。
だがこの日は笑うようなことだった。
南方諸市が先に折れた。
いや。
折れたんじゃない。
——数えたんだ。