髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第七十二話 南の相殺

 

 サルヴァまで四十日。

 俺はボリスと二人で船に乗った。

 メーヴェだ。ドールスの船。ヨストが舵を取る。

 俺はもう監査官ではない。

 王国金庫を回す男だ。

 だがこの船旅ではただの商人でいることにした。

 商人のほうが話が早い。

 国の名で行くと戦の話になる。

 商人の名で行けば勘定の話になる。

 サルヴァの港はまだ閉じていた。

 軍船が三隻出てきた。

 四年前と同じだ。

 先頭の船にアドリクがいた。

 港務の頭だ。日に焼けた顔。目が細い。

 少し老けていた。

 

「北の船か」

「メルクハーフェンです」

「塩か」

「今日は塩じゃありません」

 

 アドリクは俺の顔を見た。

「……あんた、塩の商人だな」

「覚えてましたか」

「四倍で買った塩だ。忘れるか」

 

 彼は船に乗り込んできた。

 剣は抜いていない。

 四年前と同じだ。

 

「今日は何を売る」

「売りません」

 

 俺は言った。

 

「勘定を合わせに来ました」

 

 アドリクは俺を見た。

 俺は麻袋から綴りを出した。

 

「アドリクさん」

「なんだ」

「サルヴァは、戦でいくら損してますか」

 

 彼は答えなかった。

 

「数えます」

 

 俺は言った。

 

「塩が入らない。魚が腐る。年にいくら捨ててますか」

 

「……知らん」

「二年行っとらんからですか」

「行っとらん」

 

 四年前と同じ言葉だ。

 誰も数えていない。

 

「数えました」

 

 俺は言った。

 

「サルヴァは戦の前北と交易して、年に二万ターレン儲けてました」

 

 俺は綴りを指した。

 

「戦でそれがゼロになった」

 

「二年で四万捨てた」

 

 俺は言った。

 

「三年目も捨てる」

 

 アドリクは動かなかった。

 

「アルヴェントは戦費を年に六万かけてます」

 

 俺は言った。

 

「南方諸市も四千の兵を養ってる。年に二万」

 

 俺は指を折った。

 

「両方とも、儲けを捨てて、金を燃やしてる」

 

「戦をしてるのは、王と議会です」

 

 俺は言った。

 

「サルヴァの港務はしてません」

 

 俺はこの男を見た。

 

「オルデ村の百姓もしてません」

 

「してない者がいちばん損してる」

 

 アドリクは麻袋の上に腰を下ろした。

 

「兄さん」

「はい」

「あんた何が言いたい」

「相殺です」

 

 俺は言った。

 

「戦の前、北はサルヴァに塩を売り、サルヴァは北に秘薬を売った」

 

 俺は綴りを開いた。

 

「金をそのたびにやり取りしてた」

 

「これからは金をやり取りしません」

 

 俺は言った。

 

「北の塩と南の秘薬を帳簿の上で突き合わせる」

 

 俺は指で押さえた。

 

「塩の代金と秘薬の代金を相殺する」

 

「差額だけ動かせばいい」

 

 俺は言った。

 

「戦で銀貨が国境を越えられなくても、紙の上でなら越えられます」

 

 アドリクは俺を見た。

 

「戦の最中に交易するのか」

「します」

「王が許すのか」

「王は知りません」

 

 俺は言った。

 

「これは商人の勘定です。王の戦とは別の紙です」

 

 俺はこの男を見た。

 

「塩と秘薬の相殺に王の許しは要りません」

 

「掟に書いてないからです」

 

 アドリクはしばらく動かなかった。

 それから笑った。

 

「兄さん」

「はい」

「あんた掟の隙間をよく見つけるな」

「隙間じゃありません」

 

 俺は言った。

 

「掟が追いついてないだけです」

 

 俺はこの男を見た。

 

「戦は王が始めた。交易は、俺たちが先に始めます」

 

 その月サルヴァとメルクハーフェンの間に相殺市ができた。

 塩が南へ。秘薬が北へ。魚が北へ。鉄が南へ。

 銀貨はほとんど動かなかった。

 紙が動いた。

 俺はその差額の帳簿を王国金庫で預かった。

 南方諸市の秘薬が北へ流れ始めた。

 北の塩が南へ流れ始めた。

 サルヴァの魚が腐らなくなった。

 オルデ村の麦に値がついた。

 両方の村が少しずつ痩せなくなった。

 三月後南方諸市の議会から使者が来た。

 王都ではなくメルクハーフェンにだ。

 俺のところに来た。

 使者はこう言った。

 

「南方諸市は交易の再開を望んでいる」

「もう始まってます」

 

 俺は言った。

 

「塩と秘薬はもう動いてます」

「それは商人の交易だ」

 

 使者は言った。

 

「わしが言うのは国の交易だ」

 

 彼は俺を見た。

 

「港を開きたい」

 

 俺はこの男を見た。

 

「港を開くには戦を止めることになります」

「なる」

「南方諸市が先にそれを言うんですか」

 

 使者は頷いた。

 

「議会は数えた」

 

 彼は言った。

 

「戦で年に二万捨てとる。交易が戻れば年に二万入る」

 

 彼は俺を見た。

 

「差は四万だ」

 

「面子より四万のほうが重い」

 

 俺は笑った。

 だがこの日は笑うようなことだった。

 南方諸市が先に折れた。

 いや。

 折れたんじゃない。

 ——数えたんだ。

 

 

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