髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第七十三話 王の娘の勘定  ――幕間 イレーネ・ヴァル・アルヴェント

 

 わたしは九つの年に国の死を数えた。

 父の机に紙が積んであった。

 借入の綴りと税の見込み。

 並べれば答えが出た。

 この国は死んでいる。

 わたしはそれを父に言った。

 父は笑って頭を撫でた。

 可愛いことを言うと。

 誰も聞かなかった。

 わたしはそれから十五年数え続けた。

 毎晩寝床の影を数えた。

 毎朝毒味された飯を食べた。

 王の娘は狙われる。

 嫁ぐための駒だからだ。

 わたしは自分の値を知っていた。

 王の娘の値は婚姻で決まる。

 どこへ嫁ぐか。いくらの支度金がつくか。何人の兵が動くか。

 

              ◆

 

 わたしは自分を数えられる女だった。

 だから自分に値をつけた。

 フリースラント公が一万を出すと言った。

 わたしは一万五千と言った。

 この国の一年ぶんの不足だ。

 わたしが嫁げば一年この国が生きる。

 兵が八千南に向く。戦が終わる。

 安い買い物だとわたしは思った。

 王の娘一人で国が一年生きて戦が終わる。

 安い。

 わたしはその勘定に満足していた。

 あの男が来るまでは。

 カイ・ハーゼル。

 井戸の水を味で見分けた男だ。

 王女の前で鼻で笑った男だ。

 ――王冠は髑髏です。かぶれば死ぬ日を数えて生きることになる。割に合いません。

 

             ◆

 

 わたしはその言葉を、生まれた日から予定に組み込んで生きてきた。

 誰もそれを言葉にしなかった。

 あの男が初めて言葉にした。

 わたしはあのときあの男にもう一度言ってくれと頼んだ。

 二度聞いても足りなかった。

 あの男は王座を蹴った。

 公位を蹴った。

 髑髏をかぶらなかった。

 あの男は何も持っていない。

 持っていないから数えられる。

 わたしは王の娘だ。

 王家を持っている。

 だから自分を売るしかない。

 あの男は自由だ。

 わたしは自由でない。

 わたしはあの自由が欲しかった。

    

          ◆

 

 それが恋だと気づいたのは。

 あの男がこう言ったときだ。

 ――嫁がなくて済みます。

 あの男の声は少し高かった。

 値をつける男の声は高くならない。

 四年あの男を見てきた。

 一度も高くならなかった。

 あのときだけ高かった。

 わたしはそれを勘定に入れた。

 そして遅いと言った。

 盟約は結ばれていた。

 破ればフリースラントは敵に回る。

 金の話ではなくなっていた。

 わたしは正しかった。

 正しかったが。

 あの男はそれから戦を終わらせようとしている。

 金では兵は買えない。

 あの男はそれを認めた。

 

              ◆

 

 認めて別の道を数え始めた。

 南方諸市が先に和議を望んだという報せが来た。

 交易の相殺で両方の村が痩せなくなった。

 議会が数えた。面子より四万が重いと。

 わたしはその報せを三度読んだ。

 三度読んで気づいた。

 

              ◆

 

 ――あの男は、わたしの婚姻を要らなくしようとしている。

 南方諸市が自分から和議を望めば。

 フリースラントの八千の兵は要らない。

 兵が要らなければ婚姻は要らない。

 わたしは売られなくて済む。

 あの男は金ではわたしを買い戻せなかった。

 だから戦のほうを消しにかかった。

 わたしを売る理由のほうを。

 わたしはその勘定を長いこと見ていた。

 あの男は一グロートも損しない。

 交易が戻れば王国金庫がその相殺を預かる。あの男が回す。

 戦が終われば戦費六万が浮く。国が生き返る。

   

           ◆

 

 そのついでに。

 わたしが売られなくて済む。

 安いとあの男は言うだろう。

 わたしを助けるのにあの男は一グロートも損しない。むしろ儲かる。

 安いと。

 わたしはその勘定が。

 嫌いではなかった。

 あの男はわたしを施しで助けない。

 施しで助けられたら、わたしはあの男に頭が上がらなくなる。

 頭の上がらない相手とは対等になれない。

 あの男はそれを知っている。

 だから儲けながらわたしを助ける。

 

              ◆

 

 ――割に合う形でわたしを助けようとしている。

 わたしは書庫の窓から外を見た。

 王都の空は灰色だった。

 だが街灯に油が戻っていた。

 戦費が前線に届くようになったからだ。

 あの男が幽霊兵の給金を止めさせたからだ。

 王都に灯りが戻っていた。

 わたしはその灯りを数えた。

           

   ◆

 

 ――十五年数えて初めて増える数を数えた。

 わたしは王国金庫の鍵を手に取った。

 あの男が渡した鍵だ。

 ――聞かれなくても、止められます。

 あの男はそう言った。

 わたしは十五年聞かれなかった。

 あの男はその声に値をつけた。

 鍵という値を。

 わたしは鍵を握った。

 握ってこう思った。

 ――あの男の隣ならわたしは髑髏をかぶらなくて済む。

 

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