髑髏の王冠   作:朝凪小夜

74 / 76
第七十四話 割れないもの

 

 南方諸市が和議を望んだ。

 その報せは王都に届いた。

 王はそれを、南が折れたと受け取った。

 面子が立った。

 だが戦はまだ終わっていない。

 和議には盟約が要る。

 盟約には担保が要る。

 南方諸市は疑っている。

 アルヴェントが和議を結んで、兵を休ませ、また攻めてくるのではないかと。

 二十年戦ってきた相手だ。

 紙一枚では信じない。

 だからフリースラントが要る。

 俺はそれを宰相の部屋で聞いた。

 

「南方諸市はフリースラントの後ろ盾を望んでいます」

 

 ザイツは言った。

 

「フリースラントが和議の証人に立てば南方諸市は信じます」

 

「アルヴェントがまた攻めれば」

 

 俺は言った。

 

「フリースラントが黙っていない」

「そうです」

 

 ザイツは頷いた。

 

「フリースラントの八千の兵が抑えになります」

「そのフリースラントを盟約に引き込むには」

「婚姻です」

 

 ザイツは言った。

 

「王女殿下が嫁がれれば。フリースラントはアルヴェントの側に立ちます」

 

 俺は動かなかった。

 戦は終わる。

 だが婚姻は要る。

 俺は戦を消した。

 消したのに婚姻は消えなかった。

 俺はそれを三十日数えた。

 金では兵は買えない。

 交易で戦は終わる。

 だが和議の担保は血縁でしか立たない。

 ――俺の数えはそこでまた止まった。

 俺はフリースラント公を数えることにした。

 あの男が本当に欲しいものは何か。

 俺は王国金庫にフリースラントとの交易の綴りを集めた。

 フリースラントは北の国だ。

 海に面していない。

 港がない。

 フリースラントの塩は全部アルヴェントから買っている。

 俺はその一行を三度読んだ。

 港がない。

 フリースラント公が婚姻で欲しいのは王女ではない。

 ――港だ。

 アルヴェントの王女を娶ればアルヴェントの港が使える。

 塩が安く入る。海の道が開く。

 公が欲しいのは血縁ではない。

 血縁のその先にある港だ。

 俺はそれを数えた。

 港を婚姻なしでフリースラントに渡せるか。

 俺は王国金庫の帳簿を開いた。

 アルヴェントの港は王国のものだ。

 王国金庫がその使用の値を決められる。

 フリースラントに港の使用を売る。

 婚姻でなく、契約で。

 俺はその紙を書いた。

 書いて止まった。

 港を売れば公は婚姻を要らなくする。

 だがそれは王家の面子を潰す。

 王女を娶るはずだった公に港だけ渡す。

 王家は公に袖にされた形になる。

 王がそれを呑まない。

 俺はその紙を机に置いたまま三日見ていた。

 金では兵は買えない。

 港では面子は買えない。

 どこかに値のつかないものが一つ残る。

 四年前、イレーネが俺に言った。

 ――数え違いは割れません。一人のものです。

 あのとき俺はこう言った。

 ――払います。

 イレーネはこう聞いた。

 ――何を払うのですか。

 俺は答えられなかった。

 払うものをまだ数えていなかったからだ。

 俺は今それを数えている。

 港を売れば王家の面子が潰れる。

 王家の面子を立てるには、王家の誰かがフリースラントと対等の格で結ばれなければならない。

 王女でなくてもいい。

 王家と同じ格の者がフリースラントと盟約を結べばいい。

 俺はその一行を書いた。

 書いてしばらく動かなかった。

 王家と同じ格。

 この国に王家でなくて王家と同じ格の者はいない。

 一人を除いて。

 王が公位を与えようとした男が一人いる。

 俺はそれを蹴った。

 割に合わないと言った。

 俺は机の上の紙を見ていた。

 俺が公位を受ければ。

 俺は王家と同じ格になる。

 俺がフリースラントと港の盟約を結べば。

 王女は嫁がなくて済む。

 王家の面子は立つ。

 ――俺が髑髏をかぶればあの女はかぶらなくて済む。

 俺はその一行を三度読んだ。

 三度読んでも同じことが書いてあった。

 俺は笑わなかった。

 笑うようなことではなかった。

 これが、俺が払うものだ。

 数え違いは割れない。

 俺は金だけを数えて、あの女に一万五千の値をつけた。

 あの女は自分に一万五千の値をつけた。

 二人とも足りなかった。

 足りなかった分を俺が払う。

 俺は髑髏をかぶる。

 俺は机の上の紙を破った。

 破った。

 俺は髑髏をかぶらない。

 かぶれば俺は数えるのをやめる。

 守るものができるからだ。

 あの女を守るために俺が数えるのをやめたら。

 俺はあの女がいちばん嫌ったものになる。

 髑髏をかぶった男に。

 あの女は髑髏をかぶらない男を求めた。

 俺が髑髏をかぶったら、俺はあの女の求めたものでなくなる。

 ――払い方を間違えた。

 俺は新しい紙を出した。

 払うものは髑髏じゃない。

 俺はそれをまだ数えきれていない。

 だが一つだけ分かった。

 ――あの女に聞けばいい。

 俺は四年一人で数えてきた。

 だがこの勘定は割れない。

 割れないものは一人のものだ。

 

 ――二人のものにすればいい。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。