南方諸市が和議を望んだ。
その報せは王都に届いた。
王はそれを、南が折れたと受け取った。
面子が立った。
だが戦はまだ終わっていない。
和議には盟約が要る。
盟約には担保が要る。
南方諸市は疑っている。
アルヴェントが和議を結んで、兵を休ませ、また攻めてくるのではないかと。
二十年戦ってきた相手だ。
紙一枚では信じない。
だからフリースラントが要る。
俺はそれを宰相の部屋で聞いた。
「南方諸市はフリースラントの後ろ盾を望んでいます」
ザイツは言った。
「フリースラントが和議の証人に立てば南方諸市は信じます」
「アルヴェントがまた攻めれば」
俺は言った。
「フリースラントが黙っていない」
「そうです」
ザイツは頷いた。
「フリースラントの八千の兵が抑えになります」
「そのフリースラントを盟約に引き込むには」
「婚姻です」
ザイツは言った。
「王女殿下が嫁がれれば。フリースラントはアルヴェントの側に立ちます」
俺は動かなかった。
戦は終わる。
だが婚姻は要る。
俺は戦を消した。
消したのに婚姻は消えなかった。
俺はそれを三十日数えた。
金では兵は買えない。
交易で戦は終わる。
だが和議の担保は血縁でしか立たない。
――俺の数えはそこでまた止まった。
俺はフリースラント公を数えることにした。
あの男が本当に欲しいものは何か。
俺は王国金庫にフリースラントとの交易の綴りを集めた。
フリースラントは北の国だ。
海に面していない。
港がない。
フリースラントの塩は全部アルヴェントから買っている。
俺はその一行を三度読んだ。
港がない。
フリースラント公が婚姻で欲しいのは王女ではない。
――港だ。
アルヴェントの王女を娶ればアルヴェントの港が使える。
塩が安く入る。海の道が開く。
公が欲しいのは血縁ではない。
血縁のその先にある港だ。
俺はそれを数えた。
港を婚姻なしでフリースラントに渡せるか。
俺は王国金庫の帳簿を開いた。
アルヴェントの港は王国のものだ。
王国金庫がその使用の値を決められる。
フリースラントに港の使用を売る。
婚姻でなく、契約で。
俺はその紙を書いた。
書いて止まった。
港を売れば公は婚姻を要らなくする。
だがそれは王家の面子を潰す。
王女を娶るはずだった公に港だけ渡す。
王家は公に袖にされた形になる。
王がそれを呑まない。
俺はその紙を机に置いたまま三日見ていた。
金では兵は買えない。
港では面子は買えない。
どこかに値のつかないものが一つ残る。
四年前、イレーネが俺に言った。
――数え違いは割れません。一人のものです。
あのとき俺はこう言った。
――払います。
イレーネはこう聞いた。
――何を払うのですか。
俺は答えられなかった。
払うものをまだ数えていなかったからだ。
俺は今それを数えている。
港を売れば王家の面子が潰れる。
王家の面子を立てるには、王家の誰かがフリースラントと対等の格で結ばれなければならない。
王女でなくてもいい。
王家と同じ格の者がフリースラントと盟約を結べばいい。
俺はその一行を書いた。
書いてしばらく動かなかった。
王家と同じ格。
この国に王家でなくて王家と同じ格の者はいない。
一人を除いて。
王が公位を与えようとした男が一人いる。
俺はそれを蹴った。
割に合わないと言った。
俺は机の上の紙を見ていた。
俺が公位を受ければ。
俺は王家と同じ格になる。
俺がフリースラントと港の盟約を結べば。
王女は嫁がなくて済む。
王家の面子は立つ。
――俺が髑髏をかぶればあの女はかぶらなくて済む。
俺はその一行を三度読んだ。
三度読んでも同じことが書いてあった。
俺は笑わなかった。
笑うようなことではなかった。
これが、俺が払うものだ。
数え違いは割れない。
俺は金だけを数えて、あの女に一万五千の値をつけた。
あの女は自分に一万五千の値をつけた。
二人とも足りなかった。
足りなかった分を俺が払う。
俺は髑髏をかぶる。
俺は机の上の紙を破った。
破った。
俺は髑髏をかぶらない。
かぶれば俺は数えるのをやめる。
守るものができるからだ。
あの女を守るために俺が数えるのをやめたら。
俺はあの女がいちばん嫌ったものになる。
髑髏をかぶった男に。
あの女は髑髏をかぶらない男を求めた。
俺が髑髏をかぶったら、俺はあの女の求めたものでなくなる。
――払い方を間違えた。
俺は新しい紙を出した。
払うものは髑髏じゃない。
俺はそれをまだ数えきれていない。
だが一つだけ分かった。
――あの女に聞けばいい。
俺は四年一人で数えてきた。
だがこの勘定は割れない。
割れないものは一人のものだ。
――二人のものにすればいい。