髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第七十五話 二人で数える

 

 俺は書庫へ行った。

 イレーネ・ヴァル・アルヴェントは卓に向かっていた。

 綴りを読んでいた。

 俺はその向かいに座った。勧められる前に。

 行儀が悪い。

 彼女は何も言わなかった。

 

「殿下」

「ハーゼル」

「一つ、数えきれないことがあります」

 

 イレーネは綴りから顔を上げた。

 俺が数えきれないと言うのをこの女は初めて聞いた。

 

「南方諸市が和議を望みました」

 

 俺は言った。

 

「戦は終わります」

「聞きました」

「ですが和議にはフリースラントの後ろ盾が要ります」

「わたしの婚姻ですね」

 

 彼女は言った。

 

「そうです」

 

 俺は頷いた。

 

「戦は消したのに婚姻が消えませんでした」

 

「フリースラント公が欲しいのはあなたじゃない」

 

 俺は言った。

 

「港です。あの国には港がない」

 

 俺は綴りを出した。

 

「あなたを娶ればアルヴェントの港が使える。それが欲しい」

 

「港を婚姻なしで渡せますか」

 

 イレーネが聞いた。

 

「渡せます」

 

 俺は言った。

 

「ですが王家の面子が潰れます」

 

 俺はこの女を見た。

 

「王女を娶るはずだった公に港だけ渡す。王家は袖にされた形になる」

「王が呑みません」

「呑みません」

 

 俺は頷いた。

 

「面子を立てるには、王家と同じ格の者がフリースラントと結ばれればいい」

 

 

「この国に王家と同じ格の者は一人しかいません」

 

「あなたです」

 

 彼女は言った。

 

「王が公位を与えようとした男」

「俺です」

 

 俺は頷いた。

 

「俺が公位を受けて、フリースラントと港の盟約を結べば」

 

 俺は言った。

 

「あなたは嫁がなくて済む。王家の面子も立つ」

 

 イレーネは動かなかった。

 

「あなたは公位を蹴りました」

 

 彼女は言った。

 

「割に合わないと」

「蹴りました」

「なぜ今受けるのですか」

「受けません」

 

 俺は言った。

 イレーネの手が止まった。

 

「受けたら俺は、髑髏をかぶります」

 

 俺は言った。

 

「公位を持てば領を守る。領を守るために、数えるのをやめる」

 

「あなたが嫌った、髑髏をかぶった男になります」

 

「あなたは髑髏をかぶらない男を求めた」

 

「俺が髑髏をかぶってあなたを助けたら」

 

「俺は、あなたの求めたものでなくなります」

 

 書庫は静かだった。

 二百年ぶんの綴りが床から積んである。

 

「四年前、あなたは俺に言いました」

 

「――数え違いは割れません。一人のものです」

 

「俺は払いますと答えた。あなたは、何を、と聞いた」

 

「俺は答えられませんでした」

 

「払うものを数えていなかったからです」

 

「今も数えきれていません」

 

「髑髏をかぶるのは払い方を間違えている。それは分かった」

 

「ですが、正しい払い方が分からない」

 

 俺は卓に両手を置いた。

 

「殿下」

「はい」

「俺は四年一人で数えてきました」

「この勘定は割れません」

 

「割れないものは、一人のものです」

 

 俺はイレーネを見た。

 

「――二人のものにしてください」

 

 イレーネは俺を見ていた。

 灰色の目だ。

 乾いていた目が。

 少し動いた。

 

「ハーゼル」

「はい」

「あなたは、わたしに勘定を手伝えと言うのですか」

「そうです」

 

 俺は頷いた。

 

「あなたは数字が読めます」

 

 俺は言った。

 

「九つの年に国の死を数えた。俺より先に数え終わっていた」

 

 

「俺が数えきれないものを、あなたなら数えられるかもしれない」

 

 イレーネはしばらく動かなかった。

 それから綴りを閉じた。

 閉じて卓の上に両手を置いた。

 俺と同じ形だ。

 

「数えましょう」

 

 彼女は言った。

 俺たちは書庫で三日数えた。

 港を、誰がフリースラントに渡すか。

 王家の面子をどう立てるか。

 南方諸市をどう信じさせるか。

 三日目にイレーネがこう言った。

 

「ハーゼル」

「はい」

「あなたは公位を蹴った」

「蹴りました」

「王国金庫を取った」

「取りました」

「王国金庫は、王家のものですか」

 

 彼女が聞いた。

 俺は動かなかった。

 

「違います」

 

 俺は言った。

 

「王家のものでも俺のものでもない。四つの鍵のものです」

「四つの鍵のうち一つは」

 

 彼女は言った。

 

「わたしが持っています」

 

 

 イレーネは俺を見ていた。

 

「王国金庫がフリースラントと港の盟約を結べばいい」

 

 彼女は言った。

 

「王家ではなく金庫が」

「金庫は王家と同じ格ではありません」

 

 俺は言った。

 

「面子が立ちません」

「立ちます」

 

 イレーネは言った。

 

「金庫の鍵の一つを王家が持てばいい」

 

 俺は動かなかった。

 

「わたしが鍵を持っています」

 

 彼女は言った。

 

「わたしは王の娘です」

 

 

 

「王家の鍵を持つ金庫がフリースラントと結べば、それは王家が結ぶのと同じ格です」

 

 俺はしばらくこの女を見ていた。

 この女は俺が三日数えて数えきれなかったものを。

 半日で数え終えた。

 俺が渡した鍵で。

 

「殿下」

「はい」

「あなたは俺より上手いですね」

 

 イレーネは少しだけ笑った。

 四年で初めて見る笑い方だった。

 

「ハーゼル」

 

 彼女は言った。

 

「二人で数えると速いですね」

 

 俺は答えなかった。

 答えると負けるからだ。

 だがこの日は。

 負けてもよかった。

 

 

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