髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第七十六話 殺しても鍵が残る

 

 王国金庫がフリースラントと港の盟約を結んだ。

 王家の鍵を王女が持っている。

 だから王家が結ぶのと同じ格だ。

 フリースラントは港の使用を得た。

 塩が安く入る。海の道が開く。

 公は王女を娶らずに欲しいものを得た。

 王女は嫁がずに済んだ。

 王家の面子は立った。

 フリースラントは和議の証人に立った。

 南方諸市は信じた。

 戦が終わる見込みが立った。

 全部勘定が合った。

 合いすぎた。

 俺は合いすぎる勘定を信用しない。

 案の定動いた者がいた。

 ヴァルター公の残党だ。

 領を召し上げられた王弟にはまだ金で繋がった者がいた。

 徴税請負で領を失った二人の貴族。

 銀を抜いていた造幣局の古い手代たち。

 俺が潰した者たちだ。

 彼らは俺を潰そうとした。

 最初は噂だった。

 ――カイ・ハーゼルは王国金庫で私腹を肥やしている。

 ――手形を安く買い高く売って儲けている。

 ――王女をたぶらかしている。

 噂は半分本当だった。

 俺は手形を安く買って高く売った。一万二千儲けた。

 だがそれは全部街角に貼ってある。

 ――この紙を書いた男は手形を持っています。値が上がれば儲かる。だから疑ってください。

 俺は内緒事で儲けていない。

 先に明かして儲けた。

 噂は効かなかった。

 貼ってあるからだ。

 次に彼らは王に訴えた。

 ――金庫をハーゼルが握っている。危険だ。

 ――一人の商人に国の金を任せるな。

 王は俺を呼んだ。

 

「監査官」

「はい」

「そなたが金庫を握っていると訴える者がおる」

 

 俺はこの王を見た。

 目が赤い。

 だが前より少し眠れているように見えた。

 

「握っていません」

 

 俺は言った。

 

「金庫の鍵は四つあります。俺は一つも持っていません」

「四つの鍵は誰が持つ」

 

 王が聞いた。

 

「一つは、監査官のヨナス」

 俺は言った。

 

「一つは、宰相のザイツ」

 

 俺は指を折った。

 

「一つは、ヴィント商会のアルノー・ヴィント」

 

「あの商人か」

 

 王が言った。

 

「あの男は王国の最大の貸し手だ。そなたの敵ではないのか」

「敵です」

 

 俺は頷いた。

 

「半分、敵です」

 

 俺はこの王を見た。

 

「俺が潰れるといちばん儲かる男です」

 

「なぜ敵に鍵を渡す」

 

「俺が金庫で四つ目を書こうとしたら」

 

 

「あの男は止めません。俺が堕ちるのを見たいからです」

 

 俺はこの王を見た。

 

「見たい男が鍵を持っていれば俺は堕ちられない」

 

「あの男は俺をいちばん厳しく見張ります」

 

 俺は言った。

 

「敵だからです」

 

 王はしばらく俺を見ていた。

「四つ目の鍵は」

 

 王が聞いた。

 俺は答えなかった。

 王が目を細めた。

 

「四つ目の鍵は誰が持つ」

「王女殿下です」

 

 王の顔が動いた。

 

「イレーネか」

「殿下です」

 

 俺は頷いた。

 

「殿下は数字が読めます。この国でいちばん、正確に」

「王が間違えたとき」

 

 俺は言った。

 

「殿下が金庫を止められます」

 

 王は動かなかった。

 目が赤い。

 

「わしが間違えたとき」

 

 王は言った。

 

「娘が、わしを止めるのか」

「止めます」

 

 俺は頷いた。

 王は長いこと動かなかった。

 それからこう言った。

 

「あの子は九つの年にこの国が死んでいると言った」

 

 王は言った。

 

「わしは笑って頭を撫でた」

 

 彼は俺を見なかった。

 

「可愛いことを言うと思った」

 

 俺は動かなかった。

 

「あの子は正しかった」

 

 王は言った。

 

「十五年、正しかった」

 

 彼は玉座の肘掛けを掴んだ。

 

「わしは十五年、聞かなかった」

 

 王は顔を上げた。

 目が赤い。

 

「今度は聞く」

 

 王は言った。

 

「あの子に鍵を持たせよ」

 

 俺を潰そうとした者たちはその月消えた。

 金庫の鍵が四つあることが街角に貼られたからだ。

 

              ◆

 

 ――王国金庫の鍵は四つある。

 ――監査官宰相ヴィント商会王女。

 ――一つでも欠ければ金庫は開かない。

 ――カイ・ハーゼルは鍵を持っていない。

 俺を殺しても金庫は動かない。

 俺を潰しても鍵は四つ残る。

 ――潰す理由がなくなった。

 アルノー・ヴィントが金庫に俺を訪ねてきた。

 六十五の目立たない男だ。

 

「ハーゼルさん」

「ヴィントさん」

「あなたは殺されなくなりましたね」

「なりました」

 

 俺は頷いた。

 

「三十年前、わたしはこの街でいちばん速い新参でした」

 

 ヴィントは言った。

「綴りを読み、値をつけ、四つ目を書いた」

 

 彼は俺を見た。

「誰もわたしを止められなかった」

「わたしはこの街を飼いました」

 

 彼は言った。

 

「三十年静かでした」

 

 

 

「静かすぎました」

 

「あなたは」

 

 彼は言った。

 

「自分を止める者を四人作った」

 

 

「――わたしにはそれができなかった」

 

 俺はこの老人を見た。

 三十年前の俺だ。

 

「ヴィントさん」

「はい」

「あんたには俺がいます」

「あんたが四つ目を書いたら俺が数えます」

 

 俺は言った。

 

「あんたが数え違えたら、俺が教えます」

 

 俺はこの老人を見た。

 

「三十年誰も教えなかった。今からは俺が教えます」

 

 アルノー・ヴィントはしばらく俺を見ていた。

 それから少しだけ笑った。

 

「遅かった」

 

 彼は言った。

 

「三十年遅い」

「遅くありません」

 

 俺は言った。

 

「あんたはまだ生きてます」

 

 俺はこの老人を見た。

 

「――数え違いは生きてるうちなら割れます」

 

 

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