和議はサルヴァで結ばれた。
白い街だ。
石が白い。屋根が白い。日を返す街だ。
アルヴェント王国。
南方諸市の議会。
フリースラント証人。
三つの印が一枚の紙に押された。
二十年の戦が終わった。
俺はその場にいた。
王国金庫の名代として。
王家の鍵を持つ王女の名代として。
和議の条項は七つあった。
俺はその七つを全部読んだ。
表も裏も。
四つ目に罠はなかった。
七つ目に罠はなかった。
俺が書いたからだ。
和議の条項を書いたのは俺だ。
四つ目にこう書いた。
――いずれの側もこの和議を破りたるときは破りたる側が相手方の失いたるものを二倍にして償う。
罠ではない。
破ると損をする。
だから破らない。
面子で和議を守るのではない。
破ると割に合わないから守る。
俺は正しさに値をつけた。
和議を守ることが儲かるようにした。
サルヴァの港が開いた。
北の船が入ってきた。
塩を積んで。
アドリクが桟橋に立っていた。
日に焼けた顔。目が細い。
「兄さん」
「アドリクさん」
「戦が終わったな」
「終わりました」
「あんたが終わらせたのか」
「違います」
俺は首を振った。
「終わらせたのは、あんたらです」
俺はこの男を見た。
「南方諸市の議会が数えた。面子より四万が重いと」
俺は桟橋を見た。
「俺は四万を数えただけです」
「数えただけか」
「数えただけです」
俺は頷いた。
「誰も数えなかった。だから二十年続いた」
俺はこの男を見た。
「数えれば終わる戦でした」
俺はサルヴァからオルデ村へ馬で四日行った。
ボリスが後ろについてきた。
馬に乗るのが少し上手くなっていた。
オルデ村は丘の中腹にある。
石を積んだ家が三十ばかり。
村は少し痩せなくなっていた。
相殺市で麦に値がついたからだ。
塩が入るようになったからだ。
マレナが家から出てきた。
六十を越えた痩せた女だ。
だが前より少し背が伸びて見えた。
「北の者か」
「カイ・ハーゼルです」
「知っとる」
彼女は俺を見た。
「麦を届けた男だ」
俺は馬を降りた。
「戦を止めて来いと言われました」
俺は言った。
「止めました」
マレナは動かなかった。
しばらく動かなかった。
「……止めたのか」
「止めました」
俺は頷いた。
「和議がサルヴァで結ばれました。三日前です」
マレナは家のほうを見た。
家の戸口に男が立っていた。
若い。脚が一本ない。
杖をついている。
マレナの息子だ。
北の戦で脚をなくして帰った片方の息子だ。
マレナはその息子を見ていた。
「もう一人は」
俺は聞かなかった。
聞けなかった。
もう一人の息子は帰ってこない。
戦が終わっても帰ってこない。
俺はそれを数えていた。
戦を止めても死んだ者は戻らない。
俺は値をつける男だ。
だが死んだ者に値はつかない。
戻らないものは割れない。
マレナはしばらく息子を見ていた。
それから俺のほうを向いた。
「北の者」
「はい」
「戦を止めたのは」
彼女は俺を見た。
「もっと早くできたのか」
俺は動かなかった。
答えなければ卑怯だ。
俺はこの女に卑怯なことをしたくなかった。
「できました」
俺は言った。
「二十年誰も数えなかった」
俺は言った。
「数えれば終わる戦でした」
俺はこの女を見た。
「もっと早く誰かが数えていれば」
「あなたの息子は二人とも帰ってました」
マレナは動かなかった。
俺は頭を下げた。
値をつける男が値のつかないものの前で頭を下げた。
マレナはしばらく俺を見ていた。
それからこう言った。
「頭を上げろ」
俺は頭を上げた。
「あんたが数えたから、次の村の息子は帰る」
彼女は言った。
「うちのは帰らん。だが次のは、帰る」
彼女は家のほうへ歩き出した。
歩きながらこう言った。
「北の者」
「はい」
「次は」
彼女は振り返らなかった。
「――次は何も持ってこんでいい」
「顔だけ見せに来い」
俺はその背に頭を下げた。
今度は下げなくてもよかった。
だが下げた。