三十九枚。
俺が出した紙の数だ。一口十ターレン、帰れば十五ターレン。三十九口。
その紙が、街を回っていた。
水夫が麦酒を買い、酒場の親父がパンを買い、パン屋が薪を買う。薪屋がその紙を持って、俺のところへ来ることはない。次に誰かに渡すからだ。
紙は、回っている限り、俺のところへ戻ってこない。
回るのをやめた瞬間、全部が一度に戻ってくる。
それを、俺は知っていた。
知っていて、止められなかった。
十日目の夜、宿の戸を叩く音がした。
ペーターだった。
口を返して、名前を消した男だ。子どもが三人いて、上が七つで、下がまだ歩かない。
こいつは、俺の顔を見ずに言った。
「明日だ」
「何が」
「親方が、紙を集めてる」
俺は、扉を大きく開けた。
「入れ」
「入らねえ」
ペーターは首を振った。ここで俺の部屋に入ったところを見られたら、この男は終わりだ。
「ヴィント商会が、触れを出す。明日の朝だ。うちはハーゼルの紙を受け取らない、と」
俺は、何も言わなかった。
「親方が、荷役の連中から紙を買い集めてる。一枚八ターレンで。八ターレンでも、明日ゼロになるより、ましだって言って」
ペーターは、そこで初めて俺を見た。
「集めた紙を、明日、全部あんたのところへ持っていく。銀貨に換えろって」
◆
「なぜ、教えに来た」
俺は聞いた。
ペーターは、しばらく黙っていた。
「あんた、俺に十ターレンくれた」
「買い戻しただけだ」
「九ターレンでいいって言ったのに、十くれた」
彼は、拳を握った。
「食い扶持が先だ、って言った」
この男の目は、赤かった。
「あれを言われて、あの銭を持って帰って、俺は子どもに飯を食わせた。あんたの銭で」
彼は、それだけ言って、走って行った。
俺は、開いた扉の前に、しばらく立っていた。
俺の手元には、九十ターレンある。
紙は三十九枚。
帰港すれば、五百八十五ターレン払う。今日払うなら、いくらだ。
俺は机に向かった。
三隻はまだ海の上だ。帰るまで四十日。この航路の過去は、俺が数えた。十のうち一つ沈む。
十のうち九つが十五ターレンになり、十のうち一つがゼロになる。
平均すれば、一口は十三ターレンと半分だ。
だが、今日、銀貨が欲しい者にとっては、それは十三ターレン半ではない。四十日後の十三ターレン半だ。
俺は、十二ターレンと書いた。
四十日待てない者から、俺が買い取る値。
十三ターレン半のものを、十二で買う。
——俺が、一ターレン半、儲ける。
◆
その数字を、俺は三度見直した。
儲けていいのか。
いいのだ、と俺は決めた。
四十日を待てるのは、待てる余裕がある者だけだ。余裕を持っている者は、その余裕を売っている。売ったものには、値がつく。
これは施しではない。商売だ。
施しにした瞬間に、この仕組みは死ぬ。
夜が明ける前に、俺は「三の目」の扉に紙を打ちつけた。
書いてあることは、四つ。
一つ。俺は今日、銀貨を九十ターレン持っている。それ以上は持っていない。
二つ。紙は三十九枚出ている。全部を今日、銀貨にすることはできない。
三つ。今日、銀貨が欲しい者には、一口十二ターレンで買い戻す。九十ターレンなので、七口まで。先に来た者から。
四つ。十二ターレンで売れば、十三ターレン半のものを十二で手放すことになる。損だ。それでも売りたい者は売れ。それは、あんたの都合だ。
俺は釘を三本打った。
夜明けまで、あと一刻あった。
◆
朝、人が来た。
荷役の親方が、紙を十四枚持って先頭にいた。八ターレンで買い集めた紙だ。後ろに三十人ばかりいる。
俺は「三の目」の卓の上に、銀貨を九十枚並べていた。
積まなかった。並べた。積むと、多く見える。多く見せる必要はない。
「銀貨に換えろ」
親方が言った。
「換える」
俺は頷いた。
「一口十二ターレンだ。あんたが十四枚持ってるなら、百六十八ターレン。俺は九十ターレンしか持ってない。だから七口までだ」
「足りねえだろうが」
「足りない」
俺は、卓の上の銀貨を指した。
「見ての通りだ。俺は、あるだけしか払えない」
◆
群衆がざわついた。
誰かが、詐欺だと言った。
俺は、その男を見た。
「読んだか」
男は黙った。
「紙に、何が書いてある」
俺は懐から一枚出して、掲げた。
「三隻が帰港すれば十五ターレンを支払う。荷が欠ければ、欠けた分だけ払いを減らす。——これだけだ。条項は五つ。全部読める。字が読めないなら、隣の奴に読ませろ。俺が読んでやってもいい」
俺は紙を、扉に打ちつけた紙の隣に貼った。
「今日払うとは、一文字も書いてない」
静かになった。
俺は卓から降りて、群衆の中に立った。
こういうときは、上から言ってはいけない。上から言うと、演説になる。演説は、疑われる。
「あんたらが持ってるのは、銀貨じゃない。船だ」
俺は言った。
「三隻、海の上にいる。四十日で帰る。帰れば、一口十五ターレンだ。沈めば、ゼロだ。十のうち一つ、沈む」
俺は指を一本立てた。
「これは俺が数えた。数え方が知りたい奴は、港の書記に聞け。綴りを見せてくれる。俺の数字が間違ってると思うなら、自分で数えろ。俺は、前に一度、数え違えた」
誰かが、息を吸った。
「そのときは、頼まれもしないのに、二十ターレン返した。ここにいる連中の何人かは、その銀貨を受け取ってる」
ゲルトが、卓の後ろで動かなかった。
「——読めば、書いてある」
俺は言った。
「隠してない。四つ目の条項に、罠は入れてない。俺は、そういう紙で親父を殺された男だ」
◆
親方は、俺を睨んでいた。
この男は悪くない。荷役の親方は、荷役の食い扶持を守るのが仕事だ。ヴィントに言われれば、そうする。そうしなければ、三十人が食えない。
俺は、この男の値段を、正しくつけた。
「親方さん」
「なんだ」
「あんたは、一枚八ターレンで買った。十四枚で、百十二ターレン払った」
「そうだ」
「俺は今日、七口を十二ターレンで買う。八十四ターレンだ。あんたが先頭にいる。全部あんたに払ってもいい」
俺は銀貨を七枚ずつ、二列に並べ直した。
「だが、そうすると、あんたの手元には七枚の紙が残る。それは四十日後に、百五枚の銀貨になる」
親方の眉が動いた。
「合わせて、百八十九ターレンだ。あんたは百十二払った。七十七、儲かる」
◆
群衆が、静かになった。
全員が、同じ計算をしていた。
この街の荷役が、頭の中で、掛け算をしていた。
俺が卓の上で賽を並べてから、まだ半年も経っていない。
「親方さん。あんたはさっき、詐欺だと言われる紙を、八ターレンで十四枚買った」
俺は笑った。
「あんた、いい商売してますよ」
誰も、売らなかった。
七口の枠は、埋まらなかった。
九十枚の銀貨は、卓の上に並んだまま、日が暮れるまでそこにあった。
その日の夕方、ヴィント商会の触れが街角に貼られた。
——当商会は、ハーゼルの紙を受け取らない。
誰も、それを見に行かなかった。
◆
フォーゲルは、通りの向かいに立っていた。
朝からずっと、そこにいた。
俺が卓を片付けて出てくると、彼は帽子を取った。
「ハーゼルさん」
「フォーゲルさん」
「九十枚、並べましたね」
「並べました」
「積めば、多く見えたでしょう」
「見えたでしょうね」
俺は、上着の埃を払った。
「多く見せると、次に少なく見せなきゃならん日が来る」
フォーゲルは、少しだけ笑った。
三十年ぶんの笑い方ではなかった。もっと、下手な笑い方だった。
「わたしは、あなたを潰す側です」
「知ってます」
「今日は、負けました」
彼は帽子をかぶり直した。
「主に、そう報告します」
◆
その夜、俺は宿の机に向かった。
紙を一枚、広げた。
今日は勝った。だが、勝ったのは運だ。ペーターが走ってこなければ、俺は明日の朝、何の用意もなく三十人に囲まれていた。
九十枚を並べる時間が、なかった。
俺は、書いた。
——俺の紙は、海に浮かんでいる荷の値打ちを超えて、出してはならない。
一行、書いて、それを見た。
当たり前のことだ。当たり前だが、今日まで俺は、この一行を書いていなかった。
紙が麦酒に化けたとき、俺は「悪くない気分だ」と思った。
あれは、危ない気分だった。
もう百枚出せば、もっと儲かる。二百枚出せば、もっと儲かる。誰も俺を止めない。俺の紙は、俺が出す。
——俺が、いつか、数え違える。
◆
俺は、その下に、もう一行書いた。
書いてから、しばらく動かなかった。
——この規則を、俺以外の誰かに、見張らせなければならない。
俺は、自分を数えられない。