──海軍の軍艦を沈めて数日後。
あれから何日か経って、私たちはとある港町に訪れていた。ジーベックが言うには、この近くの島に次に仲間にしたい男がいるらしい。確かヤノ国から出てきた極道……とか言ってたっけ? 名前は忘れたけど。
「お〜いお嬢ちゃん! 頼まれてた服、仕立て終わったよ〜!」
「……!」
私は商店街の一角にある雑貨屋を物色してたんだけど、向かい側の呉服店の店主が声をかけてきた。数時間前、私は彼にとあるデザインの服を依頼した。今まではマリージョアにいた時に着てたボロボロの服を着回してたんだけど、さすがに格好がつかなくなってきた。
「どうかな!! お気に召すといいんだけど……いや、絶対気にいるはずだ!!」
「……うん、完璧」
青のチェック柄の上着に長いバルーンスカート、お察しの通り秦こころの服だ。これで正真正銘、私はどこに出しても恥ずかしくないこころちゃんになった。鏡の前で諸々確認していると、店主が声高々に言ってきた。
「今日はなんだかとっても気分がいいから、お代はいらないからね〜!!」
「……ありがとう」
「うんうん、よく似合ってるよ! またご贔屓に!!」
テンションの高い店主に見送られて私は店を出た。彼のテンションが異常に高いのは当然私の能力だ。前に私が軍艦から奪ったお金や財宝は全部私が貰ったので、お金には困ってないけど節約できる時には節約しておきたい。
(……あ、新聞買わないと)
そこで私はニューゲートから新聞を買ってくるように頼まれていたことを思い出した。ジーベックは何か用事があるみたいで、私も服を作りたかったから必然的にニューゲートが船番をすることになった。別に何かする用がある訳でもないみたいだったからちょうどいい。お小遣いやるから、とか言ってきたニューゲートにはちょっとムカついたけど。ニューゲートが老け顔だからアレだけど、歳の差は4つくらい。なのに彼は相変わらず私を子供扱いしてくる。
そんなわけで確かさっきの雑貨屋の店先に新聞が置いてあったはずだから、戻って買うことにした。
「……マジか」
だけど新聞はちょうど売り切れてしまったみたいだ。数十分前に見た時はあったはずなのに、タイミングが悪かった。諦めて別の店を探そうと歩き始めた時、背後から野太い男の声が聞こえてきた。
「ジハハハハ……ベイビーちゃん、探し物はこれか?」
「……!」
私は驚いて振り返った。ニューゲートに言われて、見聞色は常に怠らないようにしてるのに簡単に背後を取られた。見るとそこには金髪に和服のような服装、そして二本の刀を携えた男が葉巻を咥えて立っていた。出で立ちもそうだけど、この人只者じゃない……。
「悪ィな……おれが最後の一部を買っちまったみたいだ」
「……あなた、何者?」
「ジハハ……わかるか? その歳でそれだけの見聞色を使うとは、やるなァベイビーちゃん」
その男は片手に持った新聞を見せびらかすように私の前にチラつかせた。でも今はそんなことはどうでもいい、探れば探るほどこの男の底知れなさが伝わってくる。もしかしたらニューゲートと互角? まだ拙い見聞色だけど、それくらいはわかる。
「……初対面でいきなりベイビー呼びとか、女性に対して失礼じゃない?」
「ん? ああ、悪かった。口癖みてェなもんだ、気にすんな」
掴みどころのない男に、私はいつでも応戦できるように警戒心を更に高めた。仮にニューゲートと互角だとしたら私に勝ち目なんてある訳ないけど、それでも逃げる余地くらいはあるはずだ。
「これは詫びだ、持っていけ。おれはもう読み終わったからよ」
「……ありがとう」
男はニヤリと笑いながら新聞紙を差し出してきて、私はそれを渋々受け取った。だけどその笑みに私は何か裏があるように思えて仕方がない。
「ところで……あれはベイビーちゃんの能力か?」
「……そう、って言ったら?」
「いやァ気になっただけだ……面白ェ能力だと思ってよ」
彼が指さした呉服店の方を見ると、店主が未だにハイテンションで呼び込みをしている。どうやらさっきのやり取りを見られてたみたいだ……隠しても無駄だと思って、私は含みを入れつつも正直に言った。
「じゃあなベイビーちゃん、機会があったらまた会おうぜ……ジハハハハ!」
「……なんだったの?」
それを聞くと、嬉しそうに笑いながら男は去っていった。私はその掴みどころのなさと、そこからは想像できない気配に小さくなっていく背中を見つめ続けるしかなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「人間の感情を操る能力者か……面白いモンを見つけたぜ」
こころと別れた金髪の男は、アジトとしている島の外れにある屋敷へと帰っていた。元々付近の島を根城に活動していたこの男は、最近とある海賊の話題を聞き無法者が集まるこの港町にアジトを移していたのだ。
「シキの若頭! 例の男を見つけました!」
「……!」
その時、とある仕事を任せていた部下の一人から声をかけられた。彼に任せていたのは最近噂のとある海賊の監視、及び誘導だ。この付近に訪れているとの情報は得ていたが、やはりこの島にいたらしい。
「そうか……それで、奴は今どこに?」
「それが……途中で見失ってしまいまして……」
「あ……?」
その報告を聞いた瞬間、シキと呼ばれた男の目の色が変わった。咥えていた葉巻を噛み折り、部下に向かってゆっくり歩みを進めていく。
「おい……おれがてめェになんて命令したか覚えてるよな?」
「は……はい! ロックスを見つけ、連れてこいと……」
「ああそうだ……それがてめェは見つけただけで見失っただと?」
「も、申し訳ありません! 何せ恐ろしい男でして……目が合っただけで体が竦むと言うか……」
──ドンッ!
鈍い銃声と共に部下が床に倒れる。足を撃たれ、痛みに悶える彼の頭を掴みシキは鋭い目で睨みつけた。
「てめェがどう感じたかなんざどうでもいいんだよ……要はおれの命令を忠実に遂行できたかどうかだ。それで……てめェは自分がビビったからってしっぽ巻いて逃げてきたって?」
「も……申し訳ありません……若頭、どうか……お慈悲を……」
絞り出した声で命乞いをする部下にシキは容赦なくもう一発、鉛玉を浴びせた。心臓を撃ち抜かれ、静かになった部下の亡骸を放置しシキは懐から葉巻を取り出す。
「ったく……人間の感情ってモンは厄介でいけねェ。おれの理想とする支配にゃ無用の長物だ」
葉巻に火をつけ吹かしながら、先程出会った少女のことを思い出す。感情を操る能力者、その能力があれば部下を100%自分の意のままに使うことができる。それはシキが理想とすることでもあった。
「待ってな……ベイビーちゃん。今迎えに行くからよ」
屋敷の外に出たシキは自らの能力で空に飛び出しあの少女、秦こころの元へと向かうのだった。
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「……はい、頼まれてた新聞」
「悪ィな……ほら、約束の小遣いだ」
「いらない……子供じゃないから」
船に戻ったこころは船番をしていたニューゲートに新聞を手渡した。お駄賃を渡そうとしてくるが、子供扱いしないでと突っぱねる。
「にしてもおめェ……その珍妙な服装はなんだ?」
「……服ボロボロだったから。可愛いでしょ?」
「ノーコメントだ」
身体を一回転させて新品の服を見せびらかすこころに、ニューゲートはどうでも良さそうに新聞を広げた。センスのない人、と悪態をつくこころだがニューゲートは完全にスルーだ。
「……! おいこころ、これを見てみろ」
「……え?」
ブツブツと文句を言うこころにニューゲートは3枚の紙を差し出してきた。どうやら新聞に同封されていた手配書のようだが、そこにはこころがよく知る顔が掲載されていた。
──ロックス・D・ジーベック 懸賞金20億ベリー
──エドワード・ニューゲート 懸賞金4億6000万ベリー
先日の海軍との一戦で、ロックスの一味にニューゲートが加入したことが世界政府に知られたのだろう。ロックスの悪名は言わずもがな、そこに加わったニューゲートの懸賞金は以前の3倍以上に膨れ上がっていた。しかし、こころにとってはそれよりも重要なことがあった。
──“狂面のこころ” 懸賞金5500万ベリー
「……え?」
3枚目の手配書には確かにこころの名前と海軍と交戦している際の写真が大きく写されていた。それを見てこころは動きを止めてしまった。
「まァあれだけ暴れりゃ当然だろうな……にしても初頭の手配でこの額はちょっとしたモンだが」
「……」
実際海軍船一隻の海兵を全滅させ、そしてあのロックスと行動を共にしているのだ。これだけの懸賞金をかけられても全くおかしくはない。
「ショックか?」
「……別に。ジーベックと一緒にいるならいつかこうなるとは思ってたし……それにマリージョアで天竜人一人殺してるから、むしろ今までスルーされてたのが不思議なくらい」
「……!? おいちょっと待て、そんな話は初耳だぞ!」
「言ってないから……」
天竜人を殺した、という話にさすがのニューゲートも驚いた。こころが天竜人の奴隷だったことは知っているが、まさか天竜人を殺害しているとは思わなかった。だが確かに世間的には大犯罪、こころがどこか人生を諦めている節があるのにはそれも関係あるのだろう。
「ジハハハハ!! 面白そうな話をしてるじゃねェか、おれも混ぜてくれよ!!」
「……!」
「あ?」
その時、こころ達がいる軍艦のマストの上から声が響いてきた。二人が見上げると先程街で出会った男が宙に浮き、腕を組みながら彼女らを見下ろしている。
「また会ったな、ベイビーちゃん」
「……まさかつけてきたの? ストーカー?」
「ジハハ……まァそう警戒するな、おれァ傷ついちまうぜベイビーちゃん」
重力を無視したかのようにゆっくりと降りてくる男にこころは最大限の警戒心を向ける。それに対し不敵に笑う男。ニューゲートも只者では無いと気づいたのか、さっきまでとは違いいつでも動けるように身体に力を入れた。
「おい……てめェ一体何者だ?」
「あ? …………え!? ビックリした!! おばあちゃんかと思った!!」
ニューゲートに話しかけられた男は彼を見るなりとぼけた顔でそう言った。重苦しい雰囲気からの落差にこころもニューゲートも無表情で彼を睨んでいる。
「いやおっさんだろどう見ても!! ハイ!! …………チッ、ノリの悪ィ奴らだ」
「おれはまだおっさんって歳じゃねェよアホンダラ。なんなんだてめェは」
「おお、挨拶が遅れたな。おれはシキ、出身は新世界にあるヤノ国ってとこなんだが、今は訳あってこの辺りの輩共を束ねてる……まァ俗に言う極道ってヤツだ」
自分でノリツッコミをするシキ。どうやらツッコんで欲しかったようだが、生憎こころもニューゲートもそういうタイプでは無い。それを察したのか、シキは早々と本題を話し始めた。
「単刀直入に言うが……ベイビーちゃん! おれの部下にならないか?」
「え……?」
「おめェの能力は見させてもらった。貴重な能力だ、おれとお前が組めばこんなちっぽけな島だけじゃなく、いずれ世界を支配することだってできるかもしれねェ! おれと来い! ベイビーちゃん!」
そう話すシキの言葉は本気だった、少なくとも嘘とは思えない。世界を支配するという壮大すぎる野望はロックスにも似たところがあった。圧倒的強者からの誘い、断ればどうなるかわからない。しかしこころの返答は決まっていた。
「……お断り。私はジーベックにしかついて行かないから」
「そうか……ジハハハハ! ならば何か望みはあるか? なんでも叶えてやるぜ?」
「……そういう問題じゃない。何億ベリー積まれても……何をされても……あなたとは行かない」
キッパリと断るこころ。その姿勢にニューゲートはよく言ったと、僅かながら笑みを浮かべて薙刀を手に持った。こころが誘いに乗らなかった以上、この男をこれ以上船に載せておく理由はない。
「チッ……! 面倒事は起こしたくなかったんだがな、仕方ねェ」
「……!?」
「ベイビーちゃんは貰っていくぜェ!!」
瞬間、3人が乗っていた軍艦が宙に浮かび上がった。そのまま空中で回転しニューゲートを投げ落とす。体勢を立て直したニューゲートが見たのは、シキに捕まり連れ去られるこころの姿だった。
「こころ!! ッッ……!! 待ちやがれ!!」
「返して欲しけりゃおれ様の屋敷まで来るんだな!! ロックスにもそう伝えておけ!! ジハハハハ!!」
咄嗟に大気を割り攻撃を仕掛けるニューゲート。しかし空を自在に飛び回るシキに当てるのは至難の業、そのままシキはこころを抱えたまま島の奥へと姿を消した。己の失態に地面を拳に叩きつけるニューゲート。しかし今はそんな場合では無いと、薙刀を携えシキを追いかけるのだった。