すみません。
一瞬、意識が飛んだ。
自分は今まで、一体何をしていたのだろうか?
ゆっくり目を開けば、驚愕した表情を浮かべる1人の青年がいた。
「そんな……馬鹿な!? 「耽溺の魔本」の支配から逃れた!? 禁忌指定物なのに!?」
右手に違和感があった。
視線を向ければ、蓮の手には一振りの刀が握られていた。
装飾などは施されていない、無骨な刀だ。しかし、蓮の目には刀が光輝いていた。時々刀の輪郭がぶれ、別の姿を覗かせる。
「まさか、その刀? その刀が「耽溺の魔法」の影響を防いだとでも言うのですか!?」
残念ながら蓮の思考は朦朧としており、青年が何を言っているのか理解はできない。ただ、蓮が持つ刀で青年が持つ本を切り裂かなければいけないという事だけは分かった。
「ッ! 皆さん! 私たちの考えを理解してくれない、異端が現れました! 即刻排除して下さい!」
青年に近付こうとする蓮。
間に立ちふさがるのは、見覚えのある3人の少女。
燃え盛る業火が。
凍てつく氷塊が。
見えざる攻撃が。
蓮に襲い掛かってくる。
「大丈夫。安心して。僕は、君たちを傷つけたりしないから」
蓮は刀を振る。
鋭い刃は襲い掛かってきた異能だけでは無く、少女達をも切り裂く。しかし、血が吹き出す事も、身体の中身が外に出る事も無かった。
全くの無傷。
少女達は糸の切れた人形のように、意識を失って床に倒れる。
「……こんな、こんな事があって良いのか? 私の願いの成就まで、後一歩だというのに! 願いを目前にして、こんな、こんな理不尽が許されて良いのか!?」
「ごめん。僕には、貴方のやっている事が正しいのか、正しくないのか、分からない。ただ、誰かに迷惑を掛けるなら、それ相応の覚悟をしなければいけない」
青年は懐から拳銃を取り出し、蓮に向かって撃とうとする。
余りにも遅かった。
青年が引き金を引くよりも早く、蓮が青年の身体を切りつける。
先程と同様、糸の切れた人形のように意識を失い、その場で倒れた。
残ったのは蓮と、ボロボロになった一冊の本。
「…………」
蓮は本を見つめ、刀を突き立てる。
甲高い悲鳴が響き渡る。
ボロボロだった本は、更にボロボロとなり、元の原型を留めていない程のゴミくずへと変わり果ててしまった。
「…………」
蓮は「耽溺の魔本」と呼ばれた一冊の本の行く末を見届けた後、他と同じように意識を失う。そして、その場に倒れるのだった。
※
「……まだだ! まだ、私は終わってなどいない……!」
蓮に切りつけられてしまった事により、意識を失いそうになってしまったリーダー。しかし、辛うじてギリギリの所で踏みとどまっていた。
計画は失敗に終わった。
自身の野望を成就させる為のキーアイテム。「耽溺の魔本」は既に破壊された。
『自由の庭』は半壊状態。
だが、やり直せる。
たて直せる。
崇高な意志である自分が存在する限り『自由の庭』は永久に不滅だ。そして、命ある限り、自分の考えの正しさを世界に証明するつもりだ。
「取り合えず、この場から急いで逃走しないと。随分やられてしまいましたが、皆さん大丈夫でしょうか? 助けに行く事ができない、というのは心苦しいですね」
リーダーの予想が正しければ『自由の庭』は数名残っている。
中でも『自由の庭』最強の異能力者である萬 継人は無事だろう。何故なら、幾人もの「魔術師」達を葬ってきた、凶悪な戦闘狂なのだ。
万が一、彼に襲い掛かった何者かが存在していたとしても、返り討ちに遭うのがオチ。継人が倒されてしまうなんて事はあり得ない。
「……うん?」
ふと、リーダーの耳朶を打つ破壊音。
音の発生源は、恐らく2階からだ。
恐らくは『自由の庭』と何者かが交戦している……などと状況を予測している最中。空から人が降ってきた。
「え?」
その人の容姿を確認して、リーダーは思わず声を漏らす。
降ってきた人物の正体は『自由の庭』最強の異能力者として名高い萬 継人だった。
「まさか、継人さんがやられ、た? ……でも、一体、誰が? 一体、誰があの人に勝つことが出来るって言うんだ!」
「あれ? もしかして、もう終わりですか?」
声が聞こえた。
継人と同じように、空からやってきたのは1人の少女。ツインテールに結ばれた銀色の髪に、満月のような黄色の瞳が特徴的だ。
「おーい。もしもーし? ……残念。反応が無いようですね」
倒れ伏す継人の身体をツンツンしたり、顔の近くで掌をぶんぶんと振って反応を伺う。何も反応が無い、という事実に残念がるように息を吐く。
間違いない。
彼女だ。
継人の手に掛かれば、あっという間に捻りつぶされてしまうような少女が、逆に継人を倒してしまった。
まるで、性質の悪い夢でも見ている気分だった。
「……?」
ふと、少女が背後を振り返る。
リーダーは廊下の窓ガラス越しに、2人の様子を眺めていた。
咄嗟にしゃがんで身を隠す。
正面から戦うなんて、冗談ではない。
リーダーは異能を持たない一般人。ましてや、相手は『自由の庭』最強の異能力者を倒した強者だ。
今はまだ気付かれていない。
その隙に、この場から逃げなければ。
「キャハッ! やっぱり、誰かいるなぁ、って思ってたんですよ。そんな所で、一体何をしてるんですか?」
「……上手く隠れていたつもりだったんですけど、どうして分かったんですか?」
先程まで、距離が離れていた少女が窓を開け、その窓の縁に乗り上げるような形でいた。黄色の瞳はランランと輝き、縮こまって隠れていたリーダーを睥睨する。
「私、かくれんぼが得意なんですよ」
「……私はどうやら、かくれんぼが苦手なようですね」
逃走は無意味。
抵抗は無駄。
説得は無謀。
リーダーに出来る事は、両手を上げて抵抗の意志は無いと、目の前の少女に伝える事だけだった。
「貴方も私が先程倒した方々のお仲間なんですよね? 事情はよくわかりませんが、抵抗の意志は無いと」
「ええ。その通りです。後は、貴方のご自由に」
「分かりました。では、拘束させて頂きますね」
少女は異能を行使して、リーダーを捕縛し始める。
全身に絡みつく糸は、どれだけ力を籠めた所で引きちぎる事はできないだろう。
ああ、羨ましい。
もしも自分にも異能があれば。
そんな事を思いながら、リーダーは全身に糸を巻き、捕縛された。
かくして『自由の庭』の首魁が捕まった事を切っ掛けに、第一異能学園のテロリスト襲撃事件は幕を閉じるのだった。
※
蓮は1人、屋上で黄昏ていた。
本来であれば侵入禁止の場所。
教師に見つかれば、叱られる所では済まされないだろう。それでも蓮はこの場へと趣き、あっという間に過ぎてしまった数日間の事を思い出す。
テロ集団『自由の庭』が学園を襲撃し、見事撃退した後。学園は、いつもより騒がしく感じられた。
なにせ「魔術師」育成を目的とした養成校を、テロ集団が襲撃するなど前代未聞の事だ。マスコミ達はこぞって注目し、不法侵入によって警察の御用になる記者も決して少なくは無かった。
テロ襲撃による犠牲者はゼロだが余りにも衝撃的な事件だった為、精神を病んでしまった子も少なくは無い。
犠牲者ゼロ、という事実はかなり重要だ。
仮に何名か死者が出てしまっていたら、学園が置かれている状況にも大きな変化が生じただろう。
「僕は……もっと、強くならなければいけない」
『自由の庭』の創始者にして、首魁。リーダーと名乗った青年は、無事に捕まった。だが、捕まえたのは蓮では無く他の誰か。
捕まえた人物は匿名を希望した為、正体が誰なのかは分かっていない。
リーダーと対峙した際、蓮の心の中に驕りが存在していた事実を否定する事はできない。だからこそ、まんまと敵の術中に嵌まってしまった。
辛うじて意識を保ち、リーダーが持っていた謎の書物を破壊する事には成功したが、果たしてあれは一体何だったのだろうか?
そもそも、蓮が異能を行使した際、本来であれば5分時間が経過しなければ顕現する事ができない「魔祓の剣」を顕現する事ができたが、何故顕現する事ができた?
(いや、そもそもアレは「魔祓の剣」じゃ無かったかもしれない。もっと何か……更に上を行くような……)
結局の所、蓮達は一歩間違えてたら命を失っていた。
蓮だけであればまだ良い。
自分を信じてついてきてくれた朱音や氷刃。美野里の3人を危険に晒してしまった、という事実が許せない。
「僕は強くならないといけない。……もっと、もっと、強くならないと!」
「一体、屋上で何大声を出してんのよ」
反省会を行っているのに夢中で、背後から迫る気配に気付かなかった。
回避しようとするが失敗。
思い切り頭を叩かれる。
とても痛かった。
「アンタが何を後悔してるのか、おおよそ察しはつくけど一つ言わせて。アンタについていく、って選択をしたのは私たちよ! なのに、アンタ1人でその責任を背負おうとすんな!」
胸倉を掴み、自身の顔に引き寄せる朱音。
彼女の可愛らしい顔がドアップで映し出され蓮としては気が気では無かった。だが、朱音の言っている事は正しい。
頭を叩かれるよりもきつかった。
「……確かにそうだ。ごめん。朱音」
言いたい事は沢山あった。
でも、それはただの言い訳に過ぎない。
だからこそ、蓮は全てを飲み込んで素直に謝罪を行う。
「分かれば良いのよ。分かれば。良い? アンタ1人で強くなるんじゃ無くて、私たち皆で強くなるの。それを絶対に、忘れない事」
「うん。約束するよ」
迷いは晴れた。
憑き物がとれたように笑いながら、蓮は朱音と共に屋上を後にする。
※
「そういえば聞いた? 『自由の庭』にも、厄介な異能力者がいたらしいんだけど、全員警察や「魔術師」がやってくる前に、全員倒されてたって話」
「聞いたよ。凄いよね。一体、誰がやったんだろう?」
「噂によると、ウチの生徒らしいわよ。生徒会長が皆に隠れてこっそり倒した、なんて話もまことしやかに噂されてるらしいけど、果たして真相はどうなのかしら?」
そんな、蓮と朱音の会話を盗み聞きしながら、メアはその場で蹲る。
鈍い光沢を放つ銀色の髪が床についてしまうが、当の本人は気にした様子も無い。
『だから言っただろ? さっさと声を掛けないと教室に戻ってしまうぞ、って』
「分かってた。分かってたのに……!」
蓮が自分の実力不足を悩み、屋上で黄昏ていた時、実はメアも屋上にいたのだ。
時間は昼休み。
メアはいつもの如く、屋上の更に上に存在する貯水タンクエリアで昼食を取っていた。そんな中、蓮がやって来たのだ。
彼とは「争奪戦」を通して仲良くなれたーー尚、メアの主観。ーー上に、教室でも割と話すーーその大半が、業務連絡のようなもの。ーー仲なのだ。
これはもう友達になって下さい! とお願いすればイケるのでは!? と思い機会を伺っていたのだが、勇気が出せずに気を伺い続けていた。
ようやく、今ならイケるか? という所で、朱音が乱入。
その場で第三者が聞いてはいけないような会話をし始め、屋上を去ってしまった。
聞いてはいけない事を聞いてしまった申し訳なさと、どうして自分はもっと前に声を掛ける事が出来なかったのか? という後悔で、感情がぐちゃぐちゃになってしまう。
辛い。苦しい。悲しい。家に帰りたい。
『駄目に決まってるだろ。ほら、早く弁当を食べろ。5限もあるんだぞ。後、大半はお前の意気地のなさが原因だ。反省しろ』
メアの心の耐久値はボロボロだというのに、空想上の友達であるワンダーは慰めの言葉をかけてくれないどころか、背中を刺してくる始末。
果たして、これが友達の姿なのだろうか?
「私はただ友達が欲しいだけなのに!」
メアの心の底からの叫びは、虚しく木霊するのだった。
前途多難。
彼女が友達を得るまでの道のりは、果てしなく険しい上にまだまだ掛かりそうだった。
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