メアVS猫という、事情を知らない者からすれば一体何をやっているのだろうか? と首を傾げたくなってしまう対決は、辛くもメアに軍配が上がった。
「何とか、捕まえた!」
素早さを上げる異能と坂道を利用して空に逃げた際は、一体どうすれば良いんだ!? と頭を抱えたが、何とか猫の確保に成功した。
具体的な方法としては、スリングショットが分かり易い例だろう。伸縮性のある糸を使い、自分を弾に見立てて勢いよく空に飛ばしたのだ。
狙いが外れてしまえば、間違いなく「任務」が失敗になってしまう一か八かの賭け。しかし、メアは見事勝利を掴むことができた。
『で、この後の着地は一体どうするんだ?』
覚めぬ興奮は、ワンダーの現実的な一言によってあっという間に霧散した。
「あ! どうしよう!?」
気付いた時には、既に落下の体制に入ってる。
真下には年期の入った工場の屋根が。
今から異能を行使した所で屋根に直撃する方が早い。
「……うん。これは無理」
故にメアは諦めた。
猫が怪我をしないように、強く抱きしめて自分自身をクッションの代わりにする。
大丈夫だ。
以前、車に思い切り轢かれても死ななかったのだ。
思い切り屋根にぶつかったとしても、痛い程度で済まされるーー筈だ。
「うおおおお! 何とかなれぇ!」
そして、屋根に直撃。
かなり古くなっていたのか、余り痛みは無い。
ドカベキボキ! という粉砕音と共に、工場内部へダイナミックな入場を果たす。
「ッ、何とか……届け!」
無事だからと言って、気を抜く暇はない。
今度は地面に直撃してしまうのだから。
メアは異能を行使した後、可能な限り衝撃を殺して着地。
「な、何とかなった。本当に、死んじゃうかと思った」
『全く。常に状況をよく見ろと言ってるだろ? 一つの物事に対して集中する余り、視野が狭くなるのはお前の悪い癖だ』
喜びも束の間、ワンダーから鋭い意見が飛んでくる。
『そして、今も尚、その悪癖は発揮されているようだな』
「……へ?」
メアは工場内部をグルリと見回す。
外からは分からなかったが、どうやらこの工場は随分昔に廃棄されたらしい。並べられた機械は錆だらけの汚れだらけ。
既に本来の役目は終えています、と言わんばかりに地面は雑草で生い茂り、ゴミが散乱している。
そんな中、柄の悪そうな男達と涙目の少女が一人。
突如、屋根をぶち壊してダイナミックに入場してきたメアを、目が見開かんばかりに凝視していた。
「だ、誰か知らないけど、お願い! 助けて!」
最初に我に返ったのは名も知らぬ少女。
瞳の端に涙を溜めながらも、メアに向かって助けを呼ぶ。
「余計な事言ってるんじゃねぇ! この、ガキが! 何処の誰か知らないが、さっさと出て行った方が身の為だぜ!」
「俺達は、泣く子も黙る「餓狼組」だ! 邪魔するっていうなら、容赦はしねえぞ! あ"!?」
柄の悪い男達がメアに向かって威嚇を行う。
メアにとってはどうでも良かった。
重要なのは、幼気な少女が柄の悪い男達に酷い事をされそうになっている、という事実だけだ。
「貴方は、私に助けて欲しいんですか?」
「……!」
少女は必死になって頷く。
「この人達は、悪い人ですか?」
「おい! テメェ、さっきから黙って聞いてたら……」
漂う悪意。
メアは他者の悪意を感じ取る事ができる、という特技を持っている。
口元は、ゆっくりと弧を描く。
「成程。……では、助けないといけませんね。えぇ、見過ごす事なんて、私には出来ませんから」
先ほどまでの、年相応な雰囲気は霧散する。
纏う雰囲気は異質そのもの。
息が詰まってしまうような、威圧感を放つ。
男達は思わず後ろに下がってしまうが、メアを睨みつけている。
「舐めやがって! テメェに「餓狼組」の恐ろしさを見せてやる!」
「何、意気の良い商品が一つ増えるだけだ!」
「後でボスに沢山褒めて貰えるぜ!」
自分自身を奮い立たせる為の虚勢を張りながら、男達はメアに立ち向かう。
対するメアは、異能を行使する。
指先から伸びる糸が、壊れた屋根から差し込まれる陽光に照らされて、不気味に輝くのだった。
※
呆気なく決着がついた。
倒された男達は全員、床の冷たさを無理やり味わう羽目になった。
「つ、強ェ……!」
「なんなんだよこの女! しかも、異能力者じゃねえか!」
「クソが! クソが! クソが!」
メアは少女を優しく抱きしめる。
「依頼」の猫に関しては、いつの間にか何処かにいってしまったが、今は大して気にしなくても良いだろう。
「大丈夫でしたか?」
「こ、怖かった……! わ、私、突然知らない人たちに連れてこられて、これからどうなっちゃうんだろう、って不安になって……! 助けを呼んでも、誰も助けてくれなくて……! だから、だから……!」
「もう大丈夫ですよ。私が助けに来ましたから」
安心したのか、少女は泣き出してしまう。
メアは少女の頭を優しく撫でる。
「これで、勝ったと思うなよ、女ァ!」
完膚なきまで叩きのめした男達は、床に倒れながらもメアを睨みつける。
「お前は「餓狼組」の構成員に手を出したんだ!」
「つまり、組の面子を潰したってことだ!」
「これから安全に、街を歩けると思うなよ? お前だけじゃねぇ! お前の家族だって、酷い目に遭わせてやる!」
只の負け惜しみだったのかもしれない。
だが、彼女の逆鱗に触れた。
「……私の、家族を、酷い目に遭わせる?」
「お、お姉ちゃん?」
優しく少女の頭を撫でていた手が離れる。
黄色の瞳は冷たさを帯び、倒れ伏す男達を見つめる。
「ねえ、貴方達、今、なんて言った?」
「き、聞こえなかったのか? だったら、何度でも言うぞ! 俺達「餓狼組」の面子を潰し……ガァッ!?」
様子が変わったメアに困惑しつつも、それでも吠えようとする男達。しかし、途中で言葉は遮られる。
メアが男達の顔面を、靴裏で思い切り踏みつけたからだ。
「貴方達は今、私の家族を酷い目に遭わせるって言った。言ったよね? 私、記憶力は良い方だから、絶対に忘れない。覚えてる」
もう一度、踏みつける。
「酷い目に遭わせるっていったけど、どんな風にするつもり? 殺す? 傷つける? それとも、トラウマでも植え付ける? ……まあ、どちらにしても許される事じゃ無いよね」
もう一度、踏みつける。
「私は家族が好き。大好き。こんな私を、家族は暖かく迎えてくれる。私をちゃんと愛してくれる。だからね、家族を傷つけようとする奴は誰が相手でも絶対にーー許さない」
もう一度、踏みつける。
既に返答は無い。
男達は全員気を失っていた。
「どうすれば良いんだろう? 貴方達は、私の家族を酷い目に遭わせるって言った。もしかしたら、貴方達がやるんじゃ無くて、貴方達の仲間がやるのかもしれない」
暫くの間、考え込むメア。
「あ、そっか」
名案を思い付いた、とばかりにメアは手を叩く。
なんてことも無いように言う。
「貴方達の組織「餓狼組」を潰せば良いんだ。私の家族に手出しできないように」
気絶した男達に向けて話しかけるメア。
当然、男達はなんの反応を示す事も無い。
しかし、その表情は恐怖によって引き攣っているように見えた。
「あの、わ、私は?」
「安全な場所まで送るよ。何かあったら大変だし」
「あ、ありがとうございます」
メアが送り届けてくれるという事実にホッとしつつも、メアのあまりの変わりように少女は再び涙目になってしまうのだった。
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