阿佐野店。
午後。
一台のゲーム機の前で、浜谷がしゃがみ込んでいた。
「うーん……」
扉を開け、機械の内部を覗き込む。
エラーの原因は、おそらく奥の方。
見える。
しかし。
絶妙に手が届きにくい。
「そこかぁ……」
浜谷は右腕を機械の中へ突っ込んだ。
狭い。
内部の部品を避けながら、さらに奥へ。
指先を伸ばす。
「……っ」
痛い。
腕のどこかが内部の金属に擦れた。
浜谷は一瞬だけ顔をしかめる。
「痛いわ……」
しかし、手は引っ込めない。
もう少し。
指先で部品を探り、位置を確認する。
「あった」
原因を直す。
手を引き抜き、動作確認。
エラー表示が消えた。
「よし」
扉を閉める。
正常に動き始めたゲーム機を確認してから、浜谷は立ち上がった。
そして右腕を見る。
「あーあ」
また一本。
細い赤い線が増えていた。
とはいえ、珍しいことでもない。
手の甲。
指。
腕。
よく見れば、細かい傷がいくつもある。
特に利き手である右手は多かった。
ゲーム機の中へ手を入れる。
工具を使う。
狭いところに腕を突っ込む。
そのたび、いつの間にか傷が増えている。
浜谷本人も、いちいち気にしてはいなかった。
「浜谷くん」
「はい?」
振り返ると、細井が立っていた。
「終わった?」
「終わりました!!動いてますよ」
「やるじゃん」
細井がゲーム機を見る。
そして。
浜谷の右手を見る。
「……浜谷くん」
「はい」
「手、どうしたの?」
「手?」
浜谷も自分の手を見る。
「ああ、これですか」
細井が近くから見る。
「傷だらけだね」
「そうですか?」
「うん」
浜谷は改めて右手を眺めた。
確かに。
新しいものから、薄くなったものまで。
細かな傷があちこちに残っている。
「いつもこんな感じですよ」
「メンテしてると、いつの間にか増えてるんですよね」
「気をつけなよ」
「いや、もう慣れましたよ」
浜谷が苦笑する。
「機械の奥に手入れないと届かない時もあるんで」
「でも痛いでしょ?」
「さっきも痛かったです」
「ほら!」
「はい」
あまり反省しているようには見えない。
細井が呆れたように右腕を見る。
「というか、腕にもあるじゃん」
「あ、本当だ」
「今気づいたの?」
「はい」
「もう……」
そこへ。
「何してるニダ?」
茂田がやってきた。
「茂田さん」
「浜谷くんの手見てたんです」
細井が答える。
「手?」
茂田も浜谷を見る。
そして。
右手と腕にある細かな傷を見た。
「あー」
何かを理解したように頷く。
「メンテしてたら増えるんですよ」
浜谷が言う。
「それもあるニダ」
「それも?」
茂田は浜谷の格好を見る。
いつもの制服。
紺色のポロシャツ。
そして。
半袖。
「琉くん」
「はい」
「年がら年中半袖だからニダ!!」
「そこですか!?」
浜谷が自分の腕を見る。
「長袖なら腕は守れるニダ!」
「いや、でも動きにくいじゃないですか」
「傷だらけになるよりいいニダ!」
「暑いんですよ!」
「冬でも半袖ニダ!」
「店内暖かいじゃないですか!」
細井が笑う。
「浜谷くん、ずっと半袖ですもんね」
「細井さんまで」
「だって本当じゃん!」
「メンテする時だけでも長袖着ればいいニダ」
「そのためだけに着替えるんですか?」
「じゃあ傷を増やすニダ?」
「それは嫌ですけど……」
浜谷は自分の右腕を見る。
細かい傷。
その大半が、いつついたものなのか覚えていない。
「……まあ」
少し考える。
「気をつけます」
細井が浜谷を見る。
「わかったら長袖着なさい!」
「でも半袖でいきます」
「何も変わってないニダ!」
茂田の声が響いた。
その後。
浜谷はまた別のゲーム機に呼ばれた。
「すみません、これ動かなくて」
「はい、今見ますね」
扉を開ける。
中を覗く。
どうやら。
また奥だった。
「……」
浜谷は右腕を見る。
傷だらけの右手。
そして。
半袖。
少し離れたところから、茂田が見ている。
細井も見ている。
「……」
浜谷は慎重に右腕を機械の中へ入れた。
「長袖着る気はないんですね」
細井が呟く。
「ないニダ」
茂田が答えた。
「たぶん明日も半袖ニダ」
機械の奥から。
「聞こえてますよ!」
元気な声が返ってきた。
傷は増える。
エラーは直る。
そして浜谷は。
今日も半袖だった。