綾小路清隆の独白。
綾小路グループで話し合いをした日の夜。
オレは今、自室のベッドに背を預け、天井をぼんやりと見つめていた。
カフェでの竜崎の不自然な仕草に疑問を感じてはいたが、今は詮索している場合ではない。
取り敢えず、この理不尽な状況下でやれることを考えるべきだ。
…そう思考に耽っていると、机に置かれた携帯が軽快な電子音を鳴らした。画面には、軽井沢恵の名前が表示されている。
恵とは、これまでの学校生活においてそれほど深い交流があったわけではない。だが、船上試験でオレに本性を見られてから、交流が増えた。
コイツはそれまで寄生していた平田からオレへ宿主を変えていった。
しかしそれは悪い事では無い、コイツが利用出来る人間だからだ。場を支配できる力を備えており、会話の主導権を握れる術を持っている。
だからこそ、オレは恵を重宝している。
「あのさ、あんたどうするわけ?」
電話に出ると、開口一番に恵は質問をしてきた。
「どう、とは?」
「…状況分かってるわけ?今あたしのグループでも清隆を退学させるって話が出てるよ」
脈絡が分からなかった為、なにについての質問かその言葉まで分からなかったが、やっと理解が追いついた。どうやら試験の話らしい。
「そうらしいな」
「…なんでそんな他人事なの?」
オレの言葉に危機感が無かったからか、恵は苛立ちを隠そうともしなかった。
「この試験は足掻きようがない。プライベートポイントでの救済も難しいぞ、譲渡が禁止されてるからな」
「それはそうだけどさ、なんか無いの?」
確かに理解はしていても、納得は出来ないだろう。人間は理不尽が降りかかると夢を疑うのだから。
「今の段階だと無いな。オレが退学する日も近いのかもしれない」
「ちょっと、そこは冗談でもそんなこと言わないでよ」
怒ったように恵が電話越しで吼えた。
それも当然だろう、コイツにとってオレは宿主なわけだ。寄生虫にとって宿主がいなくなる事は死も同然だった。
「だが、恵に出来ることは無い。お前は悪目立ちしないように大人しくしておくべきだ」
「で、でも…」
「変に刺激すればお前が退学者の候補にあがるぞ。恵はクラスにとって重要な存在だ、あまり不用意な事をしない方が良い」
「そ、そっか。ま、当然よね?」
余計な詮索をさせないように取り敢えず褒めておいた。
すると恵はいつもより声が上ずって反応した。どうやら狙い通り、照れているようだ。
「もしクラスの中で動きがあったら教えてくれ。オレじゃその手の情報は入手しにくい」
「オッケー、何かあったら連絡するね」
短いやり取りの末に恵との電話が終わり、部屋に静寂が戻る。
オレは再び天井を見つめた。
今、退学する可能性が高いのはオレだ。
最近は実力を出す事を厭わなかったが、今回は実力なんて関係ない。退学させることにより貰える報酬、これが全てだ。
確かにグループを作る事で、それ以外の理由でも票は動くだろうが良くも悪くもクラスポイントというのは魅力的だ。
平田や櫛田ならば、どうにか出来たのかもしれない。
だが、オレは今まで影が薄い生徒でしかなかった。それにも拘らずクラスポイントは400ポイント。狙わない理由を捜す方が難しいぐらいには好条件が揃っていた。
「…どうするか」
だが、今は憶測で動くよりも情報を集めつつ、クラスの出方を見るしかないだろう。
オレは備え付けのベッドに身体を預け、静かに目を瞑った。
───────────────────────────
朝、目を覚ましたオレは携帯をチェックする。
すると、昨夜から何件かメッセージが溜まっていた。
その中で緊急性の高そうな平田の話を開けば、どうやらクラスの大半がオレへ入れるという話でまとまりかけていると記されていた。
そして、綾小路グループの方でも心配する声が上がっていた。
この試験は絶対の回避方法が存在しない。たとえ脅迫や脅しで契約を交わしても、土壇場で指名票の記入先を変える事もあり得るからだ。
集中する指名票からの回避方法は一つ、5000万プライベートポイントだけだ。そしてそれも現実的でない以上、オレに打つ手はない。
さらに投票日まで、残された時間はあと3日。
つまり、遅くとも今日くらいにはこの状況を打破する方法の切り口は見つけておきたい。
取り敢えず、恵からの動向の報告を待ちつつ、平田から詳しい話を聞くことにしよう。
どんなに追い詰められようと焦りこそ最悪で、情報を整理する事が大事だからな。
それにしても気付けばこの学校に入学してから、もうすぐ一年が経とうとしていた。
「昔と同じ感覚じゃないな」
支度を済まし、寮の出入り口に向かっている最中。
オレはふと、白い部屋での日々を思い出した。
あの場所で過ごしていた頃の時間は、一秒の狂いも無く、ただ均一に過ぎ去っていくだけだった。
それに比べて今の生活には色がある。友人というものに囲まれ、世間の一般的な人間が過ごすような青春の形をなぞっている。
放課後になれば気の赴くままに時間を潰すことができ、今だってこんな無駄な思考をする余裕がある。
だが、それもあと2年で終わる。
あの永遠に感じられた時間と比べれば、今は明らかに時が早く過ぎ去っている。
それを自覚した時、胸が疼くような感覚がオレを襲った。
「あれは…」
だが、それに気が付かないフリをして、気持ちを切り替えるように首を振った。
すると、いつの間にかロビーに着いていたようだ。
そして、そこには1人の生徒の姿があった。桃色の髪を靡かせ、トボトボと歩いている彼女は、見間違うはずもない知り合いだった。
「おはよう、一之瀬」
「あ、綾小路くん。おはよ…」
その声に振り向いた一之瀬の姿にオレは心の中で驚いた。
普段の姿から想像もつかないほど、目に見えて活力が無かったからだ。それによくよく見れば、目の下にはクマが刻まれていた。
「どうした、何かあったのか?」
「あはは、何でもないよ。うん、なんでも…」
一之瀬は明らかに無理をしているのにも拘らず、心配をさせたくないのか無理やり作り笑いを浮かべて元気のアピールをした。どうやら、竜崎が発した『自分が退学する』という宣言は思った以上に、精神を追い込んでいるらしい。
「一緒に行くか?」
「あ、うん。いいよっ!!」
口を開く度に、白く染まった吐息が漏れる。そんな中、突き刺すような冷気がズボンを掠めオレは思わず小さく身震いした。
「……」
「……」
それと比例するように歩き出したオレたちの空気も冷え込んでいた。
いつもなら一之瀬から話題を振ってくれるのだが、今の彼女にはそんな余裕すらないらしく、足音だけが響いている奇妙な状況だった。
だからこそ、オレはAクラスの状況を知る為に自分から話を切り出す事にした。
「今度の試験、一之瀬はどうするつもりだ?」
竜崎という他クラスでも勝てる者は居ない圧倒的な個の存在。そして一之瀬の人徳を中心としたチームプレー。竜崎と一之瀬という互いに補いあうコンビネーションこそがこのクラスの強みだ。
その片割れである竜崎が退学の危機となった状況で、一之瀬が何の手も打たず大人しくしている筈が無いとオレは確信していた。
「あ、うん。どうだろうね……、何かしてるのかな、私」
「…?」
要領を得ない回答に、オレは思わず首を傾げた。
クラスの中心人物である一之瀬は本来であれば安全圏内では無い。
この試験の本質は、優秀でクラスに貢献していればいるほど損をする悪意のある制度。
だからこそ、一之瀬もこんな風に落ち着いているのは異常な光景だろう。
……もっとも、竜崎が自分が退学するなんて言っていなかったらの話だが。
そんな状況で、少し意識が動転しているのだろうか?ちらりと見た横顔には薄く笑いが貼り付いていた。
「今はこんな状況だから……いや、こんな状況だからこそ何とかするしかない」
「…そうだな」
「うん…、私が何とかするしかないんだよ」
どこか覚悟を決めているような、迷っているような複雑な表情に、オレの中でさらに疑問が膨らんでいく。
「お前は、自分が竜崎の身代わりになろうとしてるのか?」
「え?ヤだな。そんな事しても意味ないよ。だって、私に入れてって話しても誰も話を聞いてくれないんだから」
一之瀬は自嘲気味に首を振った。
「それにこれ以上は深い話はなしだよ。他の人に聞いてもらっても変わらないと思うし、なにより私が解決しなきゃいけない問題だから」
それ以上踏み込むなと暗に言われていた。意図を察したオレは口から出かけた言葉を飲み込んだ。否定したところで今回の試験において他クラスに出来る事は票の誘導程度の小細工のみ。
だからこそ、オレに助けを求めてこないんだろう。
学校側の意図は分からないが、この試験は絶対に退学者が出るようになっている。
嘘という追加ルールを看破できれば退学者を出さずに済む可能性もあるのだろう。
が、仮に真実を見破っても実行に移せるかは怪しいだろう。
「綾小路くんは…大丈夫なの?」
話を変えたくなったのか、今度は一之瀬から話を振ってきた。
「さぁ、どうだろうな。オレもクラスで孤立しているところだ」
「そっか…。竜崎くんと同じ状況の綾小路くんなら、この状況を打開する策を思いつくって、どこかで期待しちゃってたんだけど…」
確かに今思い付きはしたが、それを一之瀬に言うほどオレは善良ではなかった。
それに竜崎がわざとこの状況を作っている可能性がある以上、手を出すのは無粋だろう。
「すまん、期待に沿えなくて」
「あ、いや。ごめんね?なんだか責めてるみたいになっちゃった」
「…いや大丈夫だ」
「じ、じゃあ私先に行くね?」
気まずさに耐えかねたのか、一之瀬は手を振ると小走りで学校へと向かって行った。
取り残されたオレの頭には、一つの策が浮かんでいた。
竜崎は、これまでにおいて一之瀬という人間を評価し、気に入っていたはずだ。
だからこそ、今までは作戦の全貌はまだしも、指針は共有していた。
それなのに竜崎はあそこまで窶れている一之瀬を放置し、姿を見せない。
竜崎は言わないのではなく、言えない。
カフェでの仕草も、契約か何かで迂闊な事を言えないから。
だが、そこまでして情報を制限する必要があるのか。竜崎のような人間は契約程度なら容易に抜け道を突き、周囲を欺くだろう。
それをしないという事は破る事で相当なペナルティがある、もしくはそれを守る事で多大な報酬がある。
竜崎の性格を考慮するならおそらく後者。あの男がペナルティごときに怯む姿は想像できない。
なら、竜崎はこの試験において助かる方法を確保した上で何もしない。
そして、点と点が音を立てて繋がり始めた。カフェでの仕草はオレに伝えようとしている。
退学すると発言する事で、クラス内の地位が低いオレと状況を被せる。
そしてそれに対して何も行動しない事で、突破方法は1人で完結出来る物だとオレに推測させる。
この試験の嘘は退学者を出さない為の救済措置、それはオレには使えない。どれだろうとクラス全員の協力が必須だからだ。つまり、これ以外にも嘘がある。
一つ、仮説が浮かんだ。
だが、これには根拠がない。これを嘘だと断言するのは運任せと同じくらい賭けでしかなかった。
何より答え合わせは投票日だ。今の状況では確かめようがない。
それに、こんな不確実な事を信じていいのか?という疑問が浮かんだ。
ぐるぐると回る頭を整理するために立ち止まっていたオレは、ポケットで震える携帯で現実に戻された。
携帯を開いて、送られたメッセージを見れば、そこには一言だけ書かれていた。
『それだけですか?』
学校に登校すらしていない竜崎から、突如としてそう送られてきた。
それだけ、何の脈絡もなく送られてきた言葉は奇しくもオレの状況と噛みあっていた。
このメッセージの真意が分からなかった為、ひとまず保留にしようと携帯を仕舞おうとし──
「…いや、待て。あれを使えば何とかなるかもしれない」
オレは手を止め、再び画面に目を落とした。
2つのルールを使えば、この状況を打開できる。
何せオレのクラスは元Dクラス、この仮説は竜崎のクラスにも、坂柳のクラスにも出来ないだろう。このクラスだからこそ、まかり通る手だった。
「…取り敢えず、決行は放課後にだな」
もう朝のホームルームの時間が迫っていた。少し早歩きで学校に向かう。
それと並行して、オレは頭を回していた。
────────
放課後のカフェテリアの一角。
そこで、オレはテーブルに置かれた携帯に文字を打ち込んでいた。
考え付いた方法をするには、信用できる人間が必要だった。
今回の試験はクラス内で話し合う事は難しい。
ここのところ教室に漂う空気は悪く、この試験が終わるまではこの状態が続くだろう。今日見かけた生徒は大半が、表情から気力が感じられなかった。
オレへ入れる派閥が大きくなっているのもそうだが、人を切り捨てる事に耐性が無い者が多いのも理由の一つだろう。
『恵、少し頼みたい事がある』
そしてオレは使える駒の中で、最も信用できるのは軽井沢恵だ。
なにより、恵はメッセージを送った際の返信がとても早い。話したいときに話せる都合のいい存在だった。
『え、急になに?』
『ポイントを送ってくれないか』
そのメッセージに既読マークが着いた後、少しの時間が経った。
『あー、別に良いけど。でも譲渡はダメなんでしょ?』
『ルールでは確かに禁止されてるが、もしかしたら送れるかもしれない。試してくれ』
『オッケー、どれくらい要るの?』
詳しく話はしていないが、恵は余計な詮索はせず了承をした。
『1万で良い』
『りょーかい、今送るね』
相変らず、恵は話が早くて助かる。
オレは自分の端末の画面に表示された残高に
***
敷地内にあるとある時計店。
外の喧騒が嘘のように消え去り、浮世離れした空間がオレの視界に広がった。
ショーケースのガラスは指紋ひとつなく磨き上げられ、その向こう側では、色とりどりの時計が展示されていた。
「いらっしゃいませ。何か、お探しですか」
制服姿の高校生など珍しいはずだが、店員の物腰は驚くほど穏やかで、どこか値踏みをするような視線を向けていた。
それもそのはずだ。この学校の施設は、教師と生徒が共有している。
つまり、この時計店は教師向け、あるいは桁外れのプライベートポイントを持つ生徒に向けられた施設ということだ。
オレは静かにショーケースの前を進み、ある一点で足を止める。そして、あらかじめ目星をつけていた装飾は排除された無機質なデザインの時計を指差した。
「これを買いたいです」
「これですと、お値段は60万ppとなりますが…、お手持ちのほどは?」
「あぁ、足ります。
「承知いたしました。では、こちらの決済端末へお進みください」
オレは携帯端末を取り出し口座の数値を確認してから、店員が差し出した決済用の端末へと翳した。
そして、端末のディスプレイに瞬時に表示された結果を視認し、静かに呟いた。
「……エラーと表示されるみたいですね」
「えぇ……大変申し訳ございません。システム側の不具合か、あるいは機械の一時的な故障でしょうか?」
オレの口座には、恵から譲り受けた分を含めて60万pp程持っている。
それにもかかわらず、購入手続きがシステムによって拒絶された。という事は、つまりオレの仮説は正しいと立証できた。
「少し、学校側に相談してきます。それが終わってから出直しても良いですか?」
「はい、かしこまりました。ではその時をお待ちしております」
店員に見送られながら背後を振り返ると、先ほどと変わらない正確さで刻まれる乾いた秒針の音が、オレの脳内に響いた。
───────────────────────────
あくる日のケヤキモール。
学生たちは部活動に勤しむか、あるいは一日の疲れを抱えて寮へと帰宅する途中の時間帯だった。広々としたモール内には、まばらに生徒たちの姿が見え始める頃合いだ。
昨日、下準備をする為、少しだけ夜更かしをしたからか、オレの身体には僅かな気だるさがまとわりついていた。
それに耐えつつも、約束していた人物が来るのを待っていると、視界の端で1人の男がこちらに向かって大きく手を振っているのが映った。
「今日は急な呼び出しにも関わらず来てくれてありがとうね、綾小路くん」
「あぁ。オレも丁度平田と話したかったところだった」
珍しく、平田の方から話があると誘いを受けていたのだ。
そうしてケヤキモールにオレが到着するや否や、平田は周囲の目を気にするように僕の部屋で直接話さないかと提案してきた。
そのため、オレたちは今、寮へと続く静かな道を歩きながら当たり障りない雑談を交わしているところだった。
「もうすぐ一年も終わるね。この一年振り返ると色々な事があったよね」
「あぁ、騒がしい一年だったな」
「うん、でも僕は楽しかったな。クラスメイトとの信頼関係も出来たからね」
「そうだな」
オレたちのクラスは、度重なる退学者によって何度もクラス崩壊の危機が訪れた。が、平田と櫛田の尽力によって何とか持ち直してきた。
その過程において強固となった絆もあれば、対照的に脆くなったものもある。
「今回の試験、僕にはどうしても解決方法が浮かばないんだ。何度頭を悩ませても、ね」
よくよく見れば、平田は目の下には薄っすらクマが出来ていたここ最近、試験のことばかりを考え続けて慢性的な寝不足に陥っているのだろう。
「綾小路くんは、クラスを助ける方法を思いついたりしたのかい?」
平田の瞳には、藁をもすがるような想いが宿っていた。
だからこそ、平田の方から声をかけてくれたのは都合が良かった。
今回の作戦を完遂するためには、平田の協力が必要不可欠なのだから。
「一つ訊きたい。なんで学校側は、今回の救済に必要なポイントをわざわざ『5000万』という途方もない額に設定したのか、疑問に思わないか?」
「あれは……正直、よく分からないけど、絶対に退学者を出したいという意志の表れなんじゃないかな?」
「それはおかしいぞ。本当に退学者を出したいだけなら、態々5000万なんて具体的な数字にする必要はないからな」
この試験は救済が出来ない、これだけで充分なのに具体的な額を提示したのは明確な意図がある筈だ。
平田もオレの指摘に納得したのか、ゆっくりと頷いた。
「…確かに、言われてみればそうだね」
「オレは、この5000万という数字が嘘だと思っている」
丁度、寮の入り口に差し掛かったため、一度話を区切った。
ロビーで数人の生徒が雑談している姿が見えたからだ。
見つからないようにエレベーターに滑り込み、ボタンを押す。
「平田、オレは今
エレベーターの扉が完全に閉まったところで、オレは口を開いた。
「え、そ、それは本当かい!?」
「あぁ」
オレは小さく頷き、携帯の画面を平田に見せた。
「オレの考えが正しければ投票日に救済は5000万ppが必要というのが嘘だと言われ、本来のレートである2000万ppと300cpに戻ると予想している」
「そっか…、でもなんで2000万なんだい?3000とかも考えられるけど」
「それは単純だ。本来は2000万ppで救済できるものをそんな中途半端な額にはしないだろう」
これには他にも根拠があるが、平田に態々言う気は無かった。
それにオレはこのルールが嘘では無いとしても、構わないからだ。平田と生贄にする生徒を騙せれば問題ない。
「じゃ、じゃあこれならクラスの誰かが退学になっても救えるんだね?」
「そうだな、だがこれを平田に譲るのには条件がある」
「条件?それはなにかな」
そう質問されたところで、タイミング良く平田の部屋があるフロアに着いた。
詳細な話は部屋に入ってからするということで話が纏まり、オレは平田に促されて初めてコイツの部屋に足を踏み入れた。
「お邪魔する」
「さぁ座って。今日は寒かったしコーヒーでも淹れようか?」
「態々、悪いな」
「良いんだ、僕が頼んでキミを連れてきたからね」
普段から客が来ているのだろう、平田の動きはこなれていた。
さらりと髪を揺れ動かして、白いマグカップを二つ持ってこちらにやってくるのが見えた。
「それで話の続きなんだけど…」
ことりと机に置かれたそれを手で持ち、匂いを嗅ぐ。
すると、いつも飲んでいるコーヒーとは何かが違うような気がした。
「あぁ。オレは今のクラスの状況をどうにかしたい」
「……それはどういう意味かな?」
「今、クラスはオレを退学させるという事で山内を筆頭としたグループが出来ている。これでは仮に後から救済できたとしてクラスに遺恨が残る」
「それは、確かにそうだね」
マグカップを手に取り、未だ暖かさを失わないそれを少し口に含む。
すると、苦さと渋さが口いっぱいに広がった。コーヒーを普段から飲んではいるがここまでの苦さは初めてだった。
銘柄が原因なのか、もしくは似合わないセリフを言ったからだろうか。そう考えつつも、言葉を続けた。
「山内はクラスの輪を乱している。一度くらい痛い目を見て、それが悪い事なんだと学んで貰った方がいいだろ?」
「…それは」
「平田。この方法が正しければ、誰も消えずに済むんだ。悪くはないと思うぞ。もしかしたらクラスポイントが少し減るかもしれないが、それはこれからでも取り戻せる」
その言葉に平田は頷かなかった。
理解は出来るが、方法は受け入れがたいという事だろう。確かにクラスの空気を考えればこの方法が最善ではない。だからこそ、オレは本命の方を話す事にした。
「そうだな、ならこれを使ってくれ」
「え、なにかな?……ってなにこれ!?綾小路くん、なんでこんな大金を?」
オレは携帯を弄り、平田にある程度の額を送金した。
突然の出来事に平田は、困惑を隠せなかった。
「これを餌に山内を釣ろう。アイツに退学するフリをすれば、これをあげると言ってくれ」
「え、でもそれじゃあ最初の話と矛盾しないかい?だって山内くんを退学させるふりをして、反省させるんだろう?」
「…平田、オレはクラスで争いが起きるのを望んでいない。山内のやり方はクラスメイトを危険に晒すものだ、現にクラスの空気は悪くなっている。だが、オレはそんな山内を見捨てられないんだ」
オレの性格を知っている堀北ならば、この言葉の真意を探ろうとしただろう。
だが、寝不足で判断力が落ちている平田は鵜呑みにした。
「あ、綾小路くん…!!」
「だからこそ、アイツの信頼を回復するためにこの手段を取らせる事に利があると感じた」
「分かったよ!!僕、山内くんに明日にでもその話をしてくるね!!」
「よろしく頼む」
さっきまでの落ち込んでいた様子が見る影もないほど、元気を取り戻した平田が勢いよく頷いた。
クラス内で退学者が出るかもしれないというプレッシャー、それに伴い険悪な雰囲気になるクラス。
それにより、彼の精神は限界まで擦り減っていたのだろう。
オレの話は、まさに蜘蛛の糸のような救いの言葉だったはずだ。
だからこそ、オレが何故2000万も持っているかを疑問に持たない。
それがどんな手段で手に入れたのかを聞けば、足を止めていたのかもしれないのに、とオレは冷ややかに思った。
──
そして、ついに結果発表の時間が来た。
茶柱が教室に来て、席につくように指示をした。
「待たせたな、これからCクラスの結果発表を行う」
ついに審判の時が来た。これより1人の退学者が決まる。
「まず賞賛票から発表を行う。賞賛票の1位は──櫛田桔梗だ」
それはオレの予想通りだった。クラスメイトから慕われていることやクラスへの貢献具合を考えれば、退学した際のポイントが多くても指名票1位は在り得ないだろう。
「そして指名票1位は、35票を獲得した生徒。山内春樹、おまえだ」
その言葉に山内は取り乱さなかった。退学と言われたのにまだ手が残っているそう言いたげな態度に茶柱は眉を寄せた。
だが山内の態度はオレにとって予想通りだった。
「…どうした、もう少し慌ててみたらどうだ?」
「へへ、先生。まだ話は終わってない、そうでしょう?」
周囲の緊張感を全く理解していない山内は、ヘラヘラとした軽薄な笑みを浮かべたまま教壇を見据えた。
「ほう、よく分かったな。確かにまだ話は終わっていない。お前たちに朗報だ、救済に必要なポイントが5000万から2000万へと下がる事となった」
今日の朝、山内はこれまでの発言を一転させ『俺に全部の指名票を入れてくれ』と宣言した。
周囲の人間はその態度に困惑していたが、山内が何度もそう言うので多くの生徒が投票先を山内にしただろう。
平田はオレの頼みを聞き、山内を説得することが出来たらしい。
だからこそ、退学者は山内となった。
そしてポイントも平田に話した通り、2000万ppに変更となった。クラスポイントも引かれると予想していたが、どうやらプライベートポイントだけで救済は出来るらしい。
「これはこの突発的に行われた試験に対して、Bクラスの担任である真嶋先生が主体となり抗議を行う事で取り付けた折衷案だ。そのデモに参加した先生には感謝しておくように」
オレはその言葉に引っ掛かりを覚えたが、取り敢えずは結末を見守ることにした。
「つまりこの場で2000万pp持っている者のみ救済が可能だ。
ただし、事前のルール通り、生徒間でのポイントの譲渡は一切禁止されたままだ」
「え、つまり今の段階で2000万持ってなきゃいけないってことかよ!?」
「まぁ、慌てるなよ。任せろって」
周囲の焦りを他所に、山内はしたり顔でニヤついた。
近くにいる池の肩を叩いて、心配しないように言葉を掛けている。池は何が何だか分からない様子だったが取り敢えず頷いていた。
山内は、持っているポイントで助かると考えているのだろう。
オレは茶柱の言葉を受けて平田がどうなっているのかを確認する為、視線を向けた。
平田は気丈に振舞ってはいるものの、頬に冷や汗をかいていた
アイツは今、心の中でこう思っている事だろう。
『何故、譲渡禁止も嘘だと言わないのか』
『ならなんでオレは送金出来たのか』
だが、もう手遅れだ。
「おい春樹、本当に大丈夫なのかよ?」
「あぁ。俺には秘策があるんだ。だからいけるぜ、この試験!!」
山内は譲渡禁止が真実だという茶柱の警告を無視し、勝ち誇ったように携帯端末を掲げた。周囲の人間に見せつけるように突き出された画面には、しっかりと《2020万pp》と表示されていた。
「山内、何でそんな大金を!?」
「へへ、企業秘密ってやつだぜ!!」
その勢いのまま、山内は勝ち誇った足取りで茶柱の元へと歩み寄り、救済の手続きを進めていく。
茶柱は事務的にそれを対応しているが、何度かオレの方に視線を向けた。どうやってオレがこの試験を切り抜けたのか気が付いたのだろう。
そして、退学しない代わりに茶柱からの脅迫が再開する可能性を予知したオレは深く溜息を吐いた。
その合間にも手続きは進んでいき、最後の項目。ポイントの支払いへとなった。
山内はそれにも顔を変えることなく、強気で送金画面をタップする。
──だが、画面が赤く点滅し、文字が浮かび上がった。
【エラー:不正な処理です】
「なんだ?まぁいっか、もう一回やれば…」
そしてまたしてもエラー。何度も何度も送金の画面をタップするが、送れることは無い。
「なっ……なんでだよっ!?ならもう一回やれば…」
その事実に山内は顔を青ざめ、うわ言のように端末の画面を何度も指で叩き続ける。
しかし、どれだけ時間が経とうと、エラー表示が消えることはなかった。
「…どうやら、システム上でエラーが起きたようだ。やむを得ないな、山内の退学は決行させてもらう」
その姿は滑稽であると同時に人間の醜悪さを浮き彫りにしていた。
周囲の生徒たちは、目の前で繰り広げられた惨劇に息を呑み、誰一人として声を上げれなかった。
だからこそ山内は逆に正気を取り戻したのか、茶柱に詰め寄る。
アイツの中で何かが壊れていっているのだろう、その足取りはおぼついていなかった。
泣き顔にも、怒っているようにも捉えられるような表情で山内は口を開いた。
「お、おかしい!!これは学校側の問題だろっ!」
「
「な、何を言って…?」
「早く来い、準備に時間がかかるのでな」
茶柱の促す冷たい声に引き裂かれるようにして、山内は虚ろな目を宙にさまよわせたまま連れ出されていった。
その後を追うように教室の扉が閉ざされ、重苦しい沈黙だけが残された。
オレは窓の外の曇天を眺めつつ、今回の試験について振り返った。
──この結果の真相はこうだ。
【ポイント譲渡に関する本当の仕様】
・ポイントを譲渡した側:手元の表記上はポイントが減っているように見えるが、実際は送金前の額が使用できる。
・ポイントを譲渡された側:口座の表記上はポイントが増えているように見えるが、実際には1ポイントも増えていない
この試験で譲渡禁止と聞いた時に、オレは疑問を覚えていた。
なら、仮に送ろうとした場合どうなるのか。
仮に送金が出来なければ、この試験での本質である嘘を見抜くというルールが破綻する。
なら真実は、ポイントを送れたうえで、嘘か本当か判断が出来ない。
だからこそオレは時計店で恵から貰ったポイントを含めて丁度ピッタリの物を購入しようとした。本来であれば購入できたはずだが、エラーと表示された。
つまり、あの額は見た目だけのハリボテだった。
仮にこれが他クラスの人間であれば、オレが持っていた2000万という大金と譲渡禁止を何故嘘だと見抜けたのかの根拠を聞きたがるだろう。
退学という危機からクラスを救うヒーローという立場に釣られる単純な性格をした山内。
普段からクラスに貢献して、クラスを救おうとするがゆえに弱っていた平田。
この結果は、この2人が居たからこそ成立するものだった。
…だが、この結果には疑問が残る。
オレは5000万ppでの救済こそが嘘だと考えていた。確かに2000万にはなった。
しかし、結果は教師の抗議が理由だ。
それが真実なのか?なら、何故竜崎は助かっている?
嘘じゃないとしたら何故竜崎は頑なに口を閉ざし、自らの退学という危機に焦燥しなかったのか。
この試験の裏で誰が操り、誰が踊らされていたのか。
答え合わせを知らせる鐘は、静かに鳴り響いている気がした。
次回、本当の終結。