綾小路清隆の独白。
教室で、朝のホームルームが終わる。
それと同時に、各クラスの選んだ5種目が発表されていく。
教室に残された資料を基に、櫛田の手によって読み上げられる。
Bクラスは得意の学力を活かすように学力系で固め、Dクラスは運動系。そしてオレたちはクラスの中でも能力が高い人間の得意分野を押し付けるように種目を決めた。
そしてAクラスは──
『二人三脚』
必要人数:各クラス4人 時間:順位が決定するまで
ルール・一レース行い、タイムによって勝敗を決める。
司令塔・一度だけ、メンバー変更を行える。
『ジグソーパズル』
必要人数:各クラス1人 時間:30分
ルール・200ピースの無地のパズルを組み上げる早さを競う。
仮に完成しなかった場合、1番ピースが繋がっている生徒の所属する2クラスが勝利となる。
司令塔・任意のタイミングで3回、助言をすることが出来る。
『チェス』
必要人数:各クラス1人 持ち時間:120分(切れ負け)
ルール・1対1の盤面を2つ同時に進行し、10手起きに盤面を交換する。ただし41手目以降も持ち時間は増えない。
司令塔・任意のタイミングから共通する持ち時間40分を使い、指示を出す事が出来る。
『目隠しルービックキューブ』
必要人数:各クラス2人 時間:30分
ルール・全員が目隠しをした状態で3×3×3ルービックキューブの面を揃える早さを競う。
時間が切れた場合、揃えている面数(1面にある同じ色のマス数)で勝負を決める。
司令塔・任意のタイミングで3回、1分間の助言をする事が出来る
『ムカデリレー』
必要人数:各クラス10人 時間:順位が決定するまで
ルール・2クラスで5人組を4つ作り、リレー形式で行う。
司令塔・任意のタイミングで順番を入れ替えることが出来る。
「…なんというか、練習が難しいものばかりだな…」
「そうだね。なにより司令塔の関与が重要すぎるかな…特にチェス、パズル、ルービックキューブはタイミング次第では勝敗に関わっちゃうし」
Aクラスの団結力を活かす、二人三脚とムカデリレー
これは練習すれば伸びるが、体育館など場所を借りなければならない為、他クラスもそれを嗅ぎつけてくるだろう。つまり隠れて、密かに練習を積み重ねて行かなければならない。
なにより、この試験の問題は選ばれるかどうかで徒労に終わるということだ。しかし、何もしないというのは練習量の差により敗北が濃厚となる。
4クラスの生徒がこの1週間で、どう動くかを見極めるのも大切だが、早朝や深夜も練習しているとなれば発見は簡単じゃない。
「取り敢えずルービックキューブは無しだと思う。今から目隠しした状態で竜崎に勝てると思わない」
「そうだね、仮に選ばれたら竜崎くんが出てくると思うし。今から練習しても勝てる可能性は低いだろうね」
このクラスで知らない生徒は居ないだろうが、目隠しした状態でした事は無いだろう。
世界大会でも行われている有名な競技なだけに通ってしまった競技にしか見えなかった。
「取り敢えず何とかなりそうなルービックキューブ以外の4種目は練習した方が良さそうだよね」
「他クラスの種目もあるし、出来るだけ担当する人をバラけさせたいんだけど…どうしようかな?」
正直に言うのなら難しい試験だ。結局全てをカバーするのは時間が足りない。確かにBクラスの勉強特化やDクラスの運動特化は対策のしやすさがある。しかし、それだけでは4分の1しか対応できない。
「一応チェスには覚えがある。やりたい人が居なければオレが担当する」
「そっか、じゃあ綾小路くんに任せるね?」
櫛田たちの言葉通り、竜崎は自分の得意を押し付ける気だ。
だからこそ、3種目もAクラスらしくない個人技を入れてきたのだろう。仮に竜崎が司令塔をやろうとも、オレが打ち手になれば問題ない。
なら、それに対応すべくオレも勝負すべきだ。
「それより、堀北。どうした?お前も話し合いに参加しないのか」
隣に居る堀北は、気だるげに外を眺めていた。まるでこの試験が他人事のように、その姿はAクラスに行く事を目指していたコイツらしくない態度だった。
「いえ、櫛田さんがやってくれてるし、私の出番はないもの」
コイツは自暴自棄なのか?本当にあの堀北なのか?図々しい、暴虐、悪辣、人の心なんて捨ててきた女代表であるあの女の姿か?
もう、なにかありましたと言っているような雰囲気なので、オレは溜息を吐きつつも質問をする事にした。
「そうか。お前が本調子じゃないのは竜崎が関係しているのか?」
「…なんのことかしら」
口では否定しているが、オレはコイツが竜崎以外で心を乱されているのを見たことが無い。
櫛田が堀北を嫌うように、堀北も竜崎を嫌っているのだから。
「いや、竜崎という言葉が聞こえる度に反応してるぞ?無意識か」
「……ッ!?」
やはりそうか。竜崎が何かを仕掛けてきたという事なのだろう。アイツが精神攻撃なんて手段を取るとは思えなかったが、オレの思い違いだったらしい。
「なるほど、合っていたらしい。因みに反応してるというのは嘘だ」
「…貴方って結構性格悪いわよね」
「お前にそんな風になられても何も良い事が無いからな。荒治療というヤツだ」
堀北を観察するように見ていたが、顔を逸らされた。しかし、黙っているのも変だと思ったのか視線だけをこちらに向けた。
「…少し、話をしないかしら?」
その言葉にオレは頷いた。今回の試験においてコイツは重要だ。
平田、堀北、櫛田の誰かを司令塔にする、それがオレの作戦だからだ。
***
「──という事よ」
すまん、竜崎。オレは勘違いしていたらしい。
「それで竜崎を恨むのはお門違いじゃないか?」
堀北の話では兄である学が人間らしくなってしまった。それの原因が竜崎で、だからアイツに対して恨みみたいな感情が出て、長年の目標である兄を失ってしまったから授業にも身が入らなかった……という事らしい。
「…そうね、でも私は、兄さんを変えてしまった彼を許せないわ」
これは無理そうだ。今日の朝、堀北兄と出会い話をしたがその時に言った言葉を撤回できないだろうか?
『もしも鈴音が俺の幻影を追うのを止め、依存を断ち、そして自分自身に正直になれたのなら──俺を超え、お前にとって無視できない存在になるだろう』
そう、堀北兄は言った。
堀北鈴音は──どこまでも兄を模倣しようとし、心の成長が止まってしまった。
学力も身体能力も決して低くはない、二番手三番手にはなれるだけの実力の持ち主。コイツの持つポテンシャルの高さには感心している部分も多くあった。
だが、それは難しい…兄妹揃って同じ人間に影響を与えられているとは、本当に似た者同士だった。
「……そうか。なら、これ以上お前を頼る気はない」
オレはあえて突き放す事にした。今の状況でコイツを劇的に変える材料は揃っていない。
なにより、この状態の人間を試験で使いたいとは思えない。
『あいつを変えてみようと思う、今までのようになんとなくでは無く、本気で』
その言葉に嘘は無かった、変えようと本気で思った。堀北兄と偶然出会い話をしたことがオレの人生に大きく関与しているような。そんな読みをオレはしていた。
「……見捨てるの?」
「見捨てるも何も、お前が戦う気力を失っている以上、戦力外と判断するだけだ。勝負の世界では当然の処置だな」
冷徹に言い放つオレに、堀北は言い返す言葉を失ったように唇を噛み締めた。
今の彼女にどんな言葉をかけても無駄だ。
兄の背中を追い続け、その到達点が思わぬ形で歪められたショックは、一朝一夕で癒えるものではない。
ならば、彼女を無理やり引きずり出すよりも、他のリソースを探すのが合理的だった。
「……綾小路くん」
背を向けて歩き出そうとしたオレの背に、弱々しい、だが縋るような声がかかる。
「なんだ?」
「……兄さんは、竜崎くんと話すとき、少しだけ……楽しそうだったの。それが、私にはどうしても許せなくて……」
それは独白のようであり、自分自身を納得させるための言い聞かせのようでもあった。 オレは足を止めずに、ただ前を向いたまま答える。
「人間が変わること自体は珍しくない。お前が兄の幻影にしがみついている間に、周囲の人間はとうに先へ進んでいるということだ」
「──ッ」
それ以上、言葉を交わすことはなかった。
堀北が使い物にならないとなれば、司令塔の候補は絞られる。表向きクラスを纏めている櫛田、あるいは精神的に深い闇を抱えつつも生徒からの信頼が厚い平田。
山内の退学という決定打を自分の手で下した平田が、今どのような精神状態でこの試験に臨もうとしているのか。
「……さて、どう動くべきか」
堀北妹の扱いは、後々考えるべきだ。
竜崎を倒すための切り札になるかもしれないのだから。
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一之瀬帆波の独白。
準備期間を経て、ついに一年度最終特別試験当日がやって来た。
そんな日の朝、私は星之宮先生と特別棟にある多目的室に向かっていた。そこが今回の試験でメインに使う教室だからだ。
「今日はどう?調子はいい感じかな」
星之宮先生は、私の顔を覗き込みつつそう言葉を掛けてくれた。心配する声色で、いつもの優しい先生の姿に私は緊張で強張っていた身体から力を抜いた。
「はい、いつも通り元気ですよ!!」
「そっか、なら大丈夫そうだね~」
私と星之宮先生はお互いを向きながら笑った。
私が司令塔である事に納得しつつも、竜崎くんが出てこないのには違和感があるのだろう。
朝から頻りに話しかけてくるのは、どういう意図があるかの確認も兼ねている気がした。
「──ここだね」
他愛も無い雑談をしているといつの間にか到着していた。人の気配が無いながらも、静かな特別棟のなんの変哲もない扉に星之宮先生は手を掛けた。
「えっとね、もう一之瀬さん以外の3人は既に到着しているらしいよ?」
教室の扉が開けられ、目に飛び込んできたのはそれぞれのクラスを受け持つ担任の教師と生徒達。
Bクラスは葛城くん、Dクラスは龍園くん。そして、Cクラスは──
「え……、平田くん?」
てっきり堀北さんか、櫛田さんが居ると思っていた私は驚きを隠せなかった。
平田くんが体調不良なのは学年でも噂になっていて、今回は仕切る立場を降りて試験に参加すると思っていたからだ。
「これで各クラスの司令塔が集まったな?」
部屋に鎮座する並べられた2台のパソコンと大きなモニター。それに気を取られつつも真嶋先生が説明を始めたので、意識をそちらに向けた。
「早速だが協力するクラス、そして対決するクラスを決めたいと思う。このくじを4人のうち一人が引き、赤い丸の付いた紙を引いた生徒が協力クラスを選択する権利が与えられる」
くじの入った箱、それを差し出しつつ話を続ける。
「そしてこれを引いた後しばらくの間、教室に戻れる最後の時間がある。そこで作戦会議などを行う事も好きにして良い。時間が来たら担任の先生が迎えに来る」
話を締めくくるが誰も動かなかった。探るような目でお互いを眺めながら誰かが動くのを待っている。
「…えっと、じゃあ誰から引く?」
先生からの催促するような視線が増えたので、私が取り敢えず口を開いた。
「クク、じゃあ俺が引いてやるよ?お前らも文句はねぇだろ」
龍園くんがそれに反応するように一歩前に出たが、葛城くんが手でそれを止めた。
「…いや、龍園に任せるのは怖い。やるならまだ一之瀬に任せるべきだろう」
「そうかよ、教師も居る状況で俺が何かするわけないだろうに」
私が平田くん視線を向けると彼は小さく頷いた。それを了承の合図と捉えた私は真嶋先生へ近寄る。
「そっか、なら遠慮なく引かせてもらうねー」
私は差し出された箱に手を入れ、がさごそと手を動かし1枚のくじを手に取った。
中身は折りたたまれているわけではなく、すぐに結果が分かる仕様だった。
そして私の引いた紙は…
「あ、赤丸が書いてある」
なんと、最初に当たりを引いたみたいだ。なんだか運が良いな、と嬉しい気持ちになった。
「では、協力するクラスを教えて貰おうか」
真嶋先生の促しに私は小さく頷いた。どこと組みたいか、私は既に決めていた。
昨日、竜崎くんと色々と話してそして今日までにあった出来事を踏まえても、選ぶクラスは一つしかない。
「……私たちと協力するクラスは──Bクラス、葛城くんよろしくね?」
私からの言葉に葛城くんは頷き、握手を求めてきた。彼らしい対応に私は心からの笑みを浮かべた。
「あぁよろしく頼む、一之瀬。しかしそうか、なら今回の試験の結果はもう決まったな」
もう、勝負は決まったとしか取れない言葉に口を出す存在が居た。
「おいおい、俺たちが負けるって言いたいのか?」
両手を軽く広げ、心底面白いと言いたげな態度は龍園くんらしかった。
「そうは言っていないが、厳しい戦いにはなるだろう」
「クク。随分侮られてるみたいだなァ、平田?」
龍園くんは平田くんにゆっくり近づき同意を得ようとした。最悪の場合、大事になりそうだったから私が先生に止めるよう言おうかと思った。
「あはは、僕としても運が無かったと思ってはいるけどね」
けど、平田くんは特に怒ることなく笑って流すだけだった。
噂では余裕が無さそうだと聞いていたんだけど、外れてたみたいだ。
「そうか、まぁだが仲良くやろうじゃねぇか?」
Cクラスとしても龍園くんと組むのは嫌みたいだ。
それは当然で、私たちのクラスと同じく彼らも龍園くんによる妨害工作を受けていた。私は実害が無いなら放置しておこうと考えていたけど、竜崎くんはそれこそ龍園くんの狙いだと警戒する姿勢を続けるように言っていた。
…だから私たちのクラスに何も仕掛けてこなかった事に疑問を抱いていた。
嫌がらせをするだけで、特に動かない。龍園くんならそれこそ下剤を混ぜるとかしてきそうなのに…
もしかして、他に目的がある?そう私は考えるも答えは見つからない。
そんな風に考えていた私を龍園くんは目ざとく見つけたらしく、矛先はこちらに向いてきた。
「にしても意外だな?俺はてっきり竜崎が司令塔をやると思っていたんだが、出てきたのはお飾りの女王かよ」
その言葉は私にとって図星だった。
竜崎くん以外敵じゃない、それが私たちのクラスの評価で、事実だった。
クラスの皆は今、Aクラスなのが自分たち実力の結果だって思ってるけどそれは違う。
竜崎くんのお陰なのに、彼は自分の功績を謳うタイプじゃないから理解してない。
「やめて欲しいな、私は任されてこの場に居るんだからね。期待にはしっかり応えるつもりだよ」
だからこそ、私だけは彼を認めなきゃ、見ていなきゃいけない。
しかし、先生の話の途中である事をすっかり忘れていた。だから真嶋先生は大きく手を打ち付け、注目を集めた。
「そこまで…血気盛んなのは学生らしいが、今は説明をする時間だ」
「すみません…」
私が頭を下げて謝ると、真嶋先生は「頭は下げないで良い」と私の行動を止めて、話を続けた。
「これから特別試験当日に向けてのシステムの説明を行う。この多目的室では、このようなパソコンを2台使用する。これと同じ設備が用意してあるもう1部屋あるため、今回はAB、CDで別れて使用する事になる。そしてこのパソコン上で、どの種目に誰を割り当てるかを2人の司令塔がリアルタイムで選んでいく」
大きなモニターに左側のパソコンの画面が大きく映し出される。
茶柱がそのパソコンを操作し、真嶋先生が説明を続ける。
「これはAクラスの生徒の一覧表だ。マウスを操作し、選ぶ生徒の顔写真をドラッグし、種目の枠にドロップする。間違えたり、途中で変えたいと思った場合には、マウスを使い枠外にドロップし直せば再度選択可能だ。ただ今回は2人の司令塔が居るので1人が操作している間、もう1人は操作が出来ない事は留意しておくように」
「なんかテレビゲームみたいですね」
「ほんとよねー」
私がそうぼやくと星之宮先生が反応してくれた。
なんだか、ゲームみたいでワクワクしてしまっている事がバレて少し恥ずかしかった。
「種目ごとの生徒選択には時間制限がある。それは今カウントされている数字になる。
種目に必要な人数が多いほど選択の時間が与えられる。1人につき約30秒だと思っていい」
10人の種目であれば300秒。
「もし時間内に選びきれなかった場合には、不足している生徒の数だけランダムに選択されてしまうので注意するように。逆に過多だった場合にはランダムで弾きだされる」
つまりタイムオーバーは許されないということ。
「司令塔からの指示方法は通話形式ではなく、チャットの文章を機械が自動で読み上げる仕組みを採用している。文章を打ち、エンターを押せば出場者のインカムに送信される」
あとはそれを自動的に機械が読み上げて、伝える。通話形式にしなかったのは不正を防ぐためかな?言い方によっては司令塔のルールを破る事も出来ちゃうからね。
「司令塔が関与を逸脱した行動を取れば、その時点で反則負けを宣告する場合もある。
そしてインカムは1つの種目につき1人までしか身に着けられない。団体戦であっても、指示を受けれるのは1人だけだ。誰にインカムを装着させるかも司令塔が指定する」
やることは想像以上に多そう。
予め決めておくものだろうが、不測の事態は常に想定してなきゃいけないね。
「司令塔の指示は、各々ルールに沿った上で自由なタイミングで差し込み可能だ。
以上が司令塔の役割、その操作方法だ。何か質問は?」
全員に視線を送る真嶋先生だが、誰一人分からない疑問はもうないようだった。
「では、説明はこれで終了とする。各自で教室に戻ってくれ、以上だ」
こうして、私たち司令塔への説明が終わり、解散が告げられる。
教師たちは職員室にいったん戻るのか、部屋から私が出ると後ろを振り返ることなく歩いて行った。
そして龍園くんと葛城くんが直ぐ出ていき…平田くんも歩き出したところで私は声を掛けた。
「ねぇ、平田くん。なんで司令塔をやる事にしたのかな?」
私が話し掛けた事で、彼の歩みが止まり後ろを振り返った。
「え、僕がやるのってそんなに意外かな?」
平田くんは爽やかな笑顔で、透き通った瞳を私に向けてきた。
「うん。私はてっきり他の人がやると思ってたから。なにか心情の変化があったのかなって思ったんだ」
でも私は戸惑う事はしない。私が救われたように彼も誰かに救われたんだろう。それがきっと、綾小路くんだとしたら運命というものを感じてしまう。
竜崎くんを変えれるとしたら、きっと私だけでは無理で、彼の力が必要だと私は思っているからだ。
そして平田くんは、じっくりと考えた後。少しだけ声量を落として一言だけ話した。
「僕は、もう逃げるつもりが無いからね」
それは、なんだか私の姿に重なって見えた。
クラスを救おうとする、彼は私のもしもの姿なのかもしれない。竜崎くんが居なければ私もクラスの全員を助けるなんて夢を諦めていたかもしれないから。
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綾小路清隆の独白。
オレは試験日に雑談をしながら司令塔になった人物の帰宅を待っていた。
今回の試験は退学者が出ないもののクラスポイントは大きく変動する。朝のホームルームが終わり、最終調整をそれぞれがしている様子が眼に入った。
「調子はどうかな?」
櫛田がそんなオレへ話し掛けてきた。この1週間の間にオレはコイツの影として色々と動いていた。クラスの情報を元にメンバーを決め、それを櫛田が代わりに発表する。
そのやりやすさと言ったら格別だ。櫛田もこの1年を通して実力が上がっている。
特にクラスを纏めるという能力において、彼女を上回る存在は少ないだろう。一之瀬もタイプとしては近いがリーダーという性格じゃないからな。
「あぁ、絶好調だ。それにクラスの雰囲気も良いな…何かしたのか?」
「えっと、この試験が終わったらみんなで1年の振り返りをする忘年会的なのをしようって話になってね……それでかな?」
なるほど、それは確かにクラスもモチベーションを取り戻すわけだ。陰鬱としているクラスにはそういったメリハリが重要だからな。
「…ん?オレには何も来てない気がするが」
「え、そうかな?そうかも」
「…え」
まさか認められると思わなかった。だからこそ、オレの口から力の抜けた声が出た。
「あはは、冗談だよ。この1週間よくもこき使ってくれたなって怒ってるわけじゃないから」
どうやら相当に怒りを覚えてるらしい。コイツからすれば承認欲求を満たせるが、それ以上にストレスが溜まっていたのだろう。後で対策を取らなければ、オレに返ってきそうだ。
「おはよ、綾小路くん」
そして櫛田と雑談をしていると平田が丁度帰ってきた。声をかけられ、オレは軽く手を挙げて答える。
「まだ、始まらないみたいだな」
「30分後に試験が始まるって言われたよ」
あくまでも、厳正に進めるためだろう。
協力するクラスが決まり、自クラスでの方針も変わる筈だ。だからこそ、最終調整の時間が設けられた。
特殊な試験である以上どこまでやっても、やりすぎるってことはないか。
いつも通りの雰囲気で、平田が話している。
その姿はクラスの生徒にとって驚きを隠せない出来事だろう。調子が悪そうな理由について質問しても、大丈夫としか言わなかったからだ。
…これには理由がある。
オレが堀北の事情を聞いた日の夜に平田と話したからだ。
全員を助けるという幻想を出す事の愚かさを説いた。
平田を責め、すり潰されるまで執拗に追い込んだ。それは退学者が出たときに、クラスが潤滑に動くパーツとしての役割を期待しているのが建前だ。
そして、1番の目的は竜崎との勝負でもある。
誰も退学させないと誓う一之瀬、そして平田。
この2人は似ていて、違う。
だからこそオレは勝負してみたい。
竜崎が育てる一之瀬とオレが育てる平田のどちらが優秀なのかを。
平田はオレの言葉を聞き、前を向く覚悟を決めた。前を向き、歩き続ければ最後に多くの生徒が残っている。
『ありがとう、綾小路くん…!』
男は特別な時以外に涙を見せない。
だからこそ、オレは涙を見せれる友を持ちたいと思った。
そしてオレの言葉を受け、前を向いた平田は司令塔をやる事になった。
この男の弱音を受け止める仲間が、頼りたいの願える仲間が多く居たからだ。
そんな風に過去に思いを馳せていると、教室の扉が開かれた。そしてその人物は、オレの予想外だった。
「おはようございます、綾小路くん」
「え?椎名か」
その後ろには石崎と伊吹を連れていて、教室中の視線を集めた。
それは嫌悪感を滲ませていて、居心地悪そうに伊吹が身を捩った。しかしそれも当然で、この試験まで、執拗に絡んで来たクラスの人間を受け入れられるわけは無い。
「石崎くんと愉快な仲間たち、ただいま参上と言ったところですね」
ただ椎名ひよりという人間はそんな事を気にはしない。のほほんとそんな事を言う椎名にクラスの空気は少し弛緩した。
「折角協力関係になったんですから、一緒に観戦しようと思いまして」
「そんな遊び感覚で良いのか?」
「はい、私は私の出来る事をやるだけですから」
そういって微笑む椎名に、伊吹は深いため息を吐いた。相変わらず振り回されているらしい。
「…やっぱり私帰るわ。付き合ってらんない」
針の筵とは言わないものの、好意的では無い視線が数多く向けられれば気が散る。
試験も控えているのだから今そんな風に乱されては溜まったものじゃない、そう伊吹は思って歩き出したが……それを細く白い手が掴んだ。
「駄目ですよ、伊吹さん。今回は別の目的も話に来たんですから」
その言葉を訝しみつつも伊吹は腰を下ろした。椎名には相性が悪いらしい。
「…それにしても竜崎くんのクラスは予想通り、一之瀬さんを司令塔にしたみたいですね」
「予想通りか?」
確かに竜崎が司令塔ではない事も考え付いたが、そこまでの自信がある理由は気になる。
「はい…では理由を話す前に質問です。綾小路くんはAクラスをどう分析しますか?」
「結束力の強いクラス、そんな印象だな」
「はい、そうですね。Aクラスは一之瀬さんや神崎くんなど全ての能力がアベレージより上です。何より竜崎くんが居るのが厄介ですね。彼が居なければ特別な脅威を持たない単なる仲良しクラスという評価になっていたでしょう」
「あんたやっぱり、優しい顔に似つかないぐらいドライよね」
その意見を聞いた後、椎名は話を続ける。
「あのクラスはリーダーが不在でした。龍園くんも言っていましたが一之瀬さんや神崎くんはリーダー向きではない、リーダーを支える参謀タイプです。
そんなクラスで竜崎くんがリーダーを降りた理由、気になりませんか?」
竜崎がリーダーを降りた。その可能性にオレは確かに勘付いていた。
竜崎という人間は良くも悪くも信用できない部分がある。この一年を通してアイツは嘘を吐く方が多かった。だからこそ、協力関係を結ぶ場合、それは枷になる。
つまり、一之瀬帆波をリーダーに置いた理由。
それは他クラスと同盟を結ぶことにあると考え付く。一之瀬は他クラスからも信頼があり、非道な手段を取らない聖人と認識されている。
だからこそ、竜崎は一之瀬を上座に置いたのだろう。
「綾小路くんは分かっていそうなので単刀直入に言いますね。私たちも同盟、結びましょうっ」
「「え?」」
その言葉に隣で静かに話を聞いていた堀北や、石崎達が絶句した。
どうやら自クラスにも詳しい話はしていないらしい。
「今後の試験で私たちが勝つには対抗するしかないです。唯一の勝機はCクラスとDクラスが手を組む、そこにあると龍園くんと私は考えました」
とんでもない爆弾を落としたのにもかかわらず、淡々と話を進めていく椎名に『待った』を掛ける存在が居た。
「ま、待ってちょうだい。それは本当なの?」
堀北だ、コイツは今日も外を向いていて素知らぬふりをしていたがこの言葉だけは見過ごせなかったらしい。以前の勢いをこの一瞬だけ取り戻していた。
「え?ですから唯一の勝機は私たちが手を組む──」
「そうじゃなくて、私たち“も”?ってどういうことなの」
その言葉に納得がいったように頷いた後、椎名は補足をした。
「AクラスとBクラスが手を組みそうだから対抗しようって話ですよ」
「…根拠はあるのかしら?」
堀北が疑うように睨むが、椎名は気にせず笑うだけだった。
「まぁまぁ、それは来年なれば分かりますから」
「根拠も無しに?そんな事を信じれるわけないじゃない…」
そうですね、と椎名は微笑んだ。しかしその毒気の抜ける笑みは、堀北の刺を中和するには最適だったようだ。堀北は深いため息を吐きつつも、睨みつけるような目は辞めた。
「…しかしオレたちとか?今回の試験で負ければよりDクラスとの対立は深まるぞ」
「どうなるかなんて分からないですよ。私たちだってこの一年間頑張ってきました、負ける可能性を考えない方がいいと思います」
なぜか自信たっぷりの椎名に、隣に居た伊吹は呆れた。伊吹と堀北、案外似た者同士なのかもな。
そんな中で、遂に試験が始まるらしい。いつの間にか平田も教室から居なくなっていたらしい。話に夢中になり過ぎていたようだ。
「中央のモニターに抽選の結果が表示されるみたいですね」
モニターを見るよう促すと、画面が切り替わる。種目はC→D→A→Bという順番で選ばれるらしい。
3Dの映像に変わり、抽選中の文字が表示される。
つまり1戦目はオレたちが選んだ種目。
そして映し出されたのは──
『バスケットボール』
必要人数:合計5人 時間制限:20分(10分2回)
ルール・通常のバスケットボールに準ずる
司令塔・任意のタイミングでメンバーを1人まで入れ替えても良い。
つまり、これは絶対に落とすことの出来ない種目でもある。
教室から、メンバーに選出された生徒達が出ていく。
その中で、オレは須藤に一言だけ、激励の言葉を掛ける事にした。
「須藤、頑張ってこい」
「あぁ、綾小路も頑張れよな」
山内が消え、元気がなくなったクラスでコイツは頑張っていた。空いた穴を埋めるようにクラスを励ましているコイツは4月のザ不良といった態度から見違えるくらいに成長していた。
「皆さん仲が良いんですね。仲睦まじいのは羨ましいです」
「そうなのか?オレたちからすればいつも通りだが…なら椎名の出番が来るまでここに居れば良いんじゃないか?」
「そうですねではお言葉に甘えて…ふふ、皆さんとワイワイするのはとても楽しくて…嬉しいです」
須藤込みであったため結果はオレたちの勝利。しかし勝ったと言ってもこの試合はこちら側が『必勝』を義務づけられていた。だからこそ、次からの勝負が重要だ。
そして2戦目は『柔道』3戦目は『数学テスト』
ここまでは選んだクラスの方が勝ち、状況はABが1:CDが2となった。
そしてついに竜崎クラスの番が来た。
4回戦の競技。抽選が選び出した結果は───。
『ジグソーパズル』
必要人数:各クラス1人 時間:30分
ルール・200ピースの無地のパズルを組み上げる早さを競う。
仮に完成しなかった場合、1番ピースが繋がっている生徒の所属する2クラスが勝利となる。
司令塔・任意のタイミングで3回、助言をすることが出来る。
だからこそ、選ばれた生徒は意外だった。
「竜崎くんじゃないんですね」
出てきたのは姫野ユキ。所感ではパズルなんて得意では無いと思える生徒だった。
しかし、そんなオレたちを他所にモニターの向こうでは手早く準備が行われていた。
堀北鈴音の成長イベントが軒並み潰れたら、こうなるというIFルート
彼女の成長を楽しみにしててね