怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
シリアス君の出勤日です。
10月から始まるドラゴンボール、個人的には楽しみです。
「後もう少し……こういうふうに……っ!」
静まり返った薄暗い部屋の中、緑谷はフルカウルを発動させ、小刻みにステップを繰り返していた。
額からは玉のような汗が床へと滴り落ち、息はとっくに上がっている。昼間に掴みかけた感覚――全身を巡る5%の制御を、少しでも早く、確実に身体へと刻み込みたかった。
「コラ阿呆!」
ピシャリ、と乾いた音が静寂を切り裂いた。
「いっ!?」
後頭部に落とされた杖の痛みに、緑谷は頭を押さえて飛び上がった。振り返ると、そこにはパジャマ姿のグラントリノが、呆れたように眉を寄せて立っていた。
「時計を見んか、もう23時じゃぞ。昼に感覚を掴んで浮かれる気持ちは分からんでもないが、疲労で動きが雑になっとる。そんな状態で無駄に動いても、変な癖がつくだけじゃ。……休むのも修行のうちじゃと、俊典から教わっとらんのか!」
「うっ……す、すみません……」
ぐうの音も出ない正論に、緑谷は肩を落として恐縮した。
グラントリノは一つ大きなため息を吐くと、縁側のサッシをガラガラと開け、外の夜風が入る縁側に腰を下ろした。
「ほれ、突っ立っとらんと座れ。少し冷ましてから寝んと、目が冴えて眠れんぞ」
「あ……はい、お邪魔します……」
緑谷は慌てて汗をタオルで拭い、老ヒーローの少し隣に正座した。夜の冷たい風が、火照った身体を心地よく撫でていく。別の部屋からは、すっかり熟睡しているブロリーの穏やかで巨大な寝息が、かすかに届いていた。
しばらく無言で夜空を見上げていたグラントリノだったが、ふと、思い出したように視線を横へと向けた。
「……緑谷」
「は、はい!」
「ここからはヒーローのグラントリノととしてではなく、アイツのじいちゃんであるわしからの質問なんじゃがな……蕗利。……あいつは、学校じゃどんな感じなんじゃ?」
昼間の厳しい鬼教官の気配はどこにもない。
そこにいたのは、ただただ遠くで暮らす不器用な孫の身を案じる、ひとりの老人の姿だった。緑谷は目を丸くし、それから胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じて、自然と笑みをこぼした。
「はい! すごく、みんなに好かれてます。最初は……その、体が大きくて圧倒されちゃう人も多かったですけど、ブロリーくん、本当に優しくて純真だから。困ってる人がいたら真っ先に手を差し伸べるし、クラスのみんな、ブロリーくんのことが大好きなんです」
「……そうか」
緑谷の話を聞きながら、グラントリノはどこか遠い目をして、それから「フッ……」と目元を緩めた。
「…昔よりかは、他人と馴染めているみたいだな。よかったよかった」
心底安心したように小さく笑うその横顔を見て、緑谷はずっと胸の中にあった疑問を、おずおずと口にした。
「あの……グラントリノは、ブロリー君とはいつから知り合いなんですか? ブロリー君は小さい頃からの付き合いだって言ってましたけど」
「いつから、か……」
グラントリノは顎の白髭を撫で、懐かしむように夜空の月を見上げた。
「そうだな……初めて知り合ったのはアイツが、4…いや、5の時だな」
「そんなに前から…」
「俊典の奴がいきなり俺の元へとやってきてな、『私の子です』なんていいやがるから、流石に腰抜かしたわ」
「僕も初めて私の息子だって聞いた時は、変な汗が出続けてました…。小さい頃のブロリー君って、どんな子だったんですか?」
「……一言で言うなれば、『他と距離を取り続ける子』じゃったな」
「……他と、距離を……ですか?」
緑谷が瞬きをすると、グラントリノは夜風に吹かれながら、静かに目を細めた。
「あいつはな、あまりにも幼い頃から……自分の力が『普通じゃない』ってことを、本能的に理解しとったんじゃ。ちょっと触れただけで家具をへし折り、床を踏み抜く。手加減という概念すら知らん歳で、自分が周りの人間を簡単に壊せてしまう化け物じみた力を持っとると気付いてしもうたんじゃな」
杖を握るグラントリノの節くれだった手が、かすかに力を帯びる。
「だからこそ……あいつは徹底的に周りに気を遣い、他人に触れず、関わろうとせんかった。自分が近づけば、誰かを傷つけてしまうかもしれん。周りに怯えられ、拒絶されるのを怖がってな……常に分厚い殻の中に閉じこもって、まるで触れちゃいかん腫れ物のように自分を扱っとったよ」
「そんな……。じゃあ、昔のブロリーくんは……」
「ああ。他人のことなんぞ、まるで信じちゃおらんかったよ。あいつが心を許しとったのは……何があってもあいつを離さなかった俊典とワシの二人だけじゃった」
グラントリノはふぅ、と深く重いため息を夜空へ吐き出した。
今のブロリーからは想像もつかない。いつもクラスメイトを気にかけ、上鳴からもらったあだ名を宝物のように大切にし、誰よりも優しく笑うあの巨漢が――かつては世界中のすべてを拒絶し、怯えきっていたなんて。
緑谷は胸をぎゅっと締め付けられるような痛みを覚えながら、思わず問いかけていた。
「……あの、ブロリー君の…ご両親って」
その問いに、グラントリノはしばし沈黙した。
縁側の木目をじっと見つめ、何か重く冷たい記憶の蓋をそっと開けるように、低く掠れた声で言った。
「―さあの…今どこで何をしているのか、ワシらにはわからん。」
「………それって」
「俊典が拾う前――……アイツは、実の両親に捨てられたんだ。――冬の、山の奥深くにな」
その言葉に緑谷は、胸が締め付けられ、今着ている服の何倍もの重さの重力を……その身に受けているのであった。
「――うし、今日の修行はここまで!こっからは今回は敵ヴィランの居そうなところをパトロールしに行くぞ」
「ぱ、パトロール……職場体験……っぽいですね…」
「戦いばっかてのもあれだからな、今日はフェーズ2……ヴィラン退治&市民の救助だ。着替えたらすぐ出発じゃ。新幹線に乗るぞ」
「えっ、新幹線ですか!? てっきり、この近所を回るのかと……」
「この辺りじゃ、せいぜい引ったくりか酔っ払いの喧嘩くらいしか起きんわい。そんなもんで経験が積めるかい。行くのは東京――渋谷じゃ。あそこなら人口密集地ゆえ、大小問わず事件の温床になっとるからの……そして、人命がかかわるかもしれん場合を考え、その重い衣服はここで脱いでいけ、いいな?」
「―は…はい…!よ、ようやく…!」
二人はそれぞれコスチュームケースを手に取り、移動の準備を始めた。緑谷はようやく重すぎる衣服から解放され、体が羽のように軽くなるのを感じ感動をしていた。
しかしその感動も……今彼が抱えている一つの事をきっかけに、完全に消えてしまった。
「……」
緑谷はグローブの面ファスナーを留めながら、無意識のうちに視線を彷徨わせている。指先が微かに震え、動作がどこかぎこちない。頭の奥底に、昨晩グラントリノから聞かされた衝撃的な言葉が、まるで重い鉄の塊のように居座り続けていた。
アイツは、実の両親に捨てられたんだ。――冬の、山の奥深くにな」
あの後、グラントリノはそれ以上何も語らなかった。
『……この話は、ここで止めじゃ。今少しだけ話した内容は、お前さんの胸の内にだけしまっておけ。あいつに余計な気を遣わせるんじゃないぞ』とだけ告げ、背中を向けて寝室へ戻ってしまったのだ。
(実の両親に……捨てられた……)
幼い頃の記憶を辿る。自分は無個性だと宣告され、どれだけ悔しくて泣いても、母は抱きしめて泣いてくれた。
だが、ブロリーは違った。生まれた時から規格外の力を宿していたがゆえに、誰よりも愛してくれるはずの親から恐れられ、拒絶され、深い山奥へと置き去りにされた。
物を壊すのを恐れて誰にも触れず、分厚い殻に閉じこもっていたという幼少期。
そんな暗闇の中にいた彼が、今ではクラスのみんなを思いやり、常日頃から優しい笑みを浮かべている。
その笑顔の裏に、どれほど深く、残酷な孤独が刻まれていたのか――。
「……緑谷?」
「っ!?」
不意に上空から降ってきた柔らかな声に、緑谷は心臓が跳ね上がるほど驚いて肩をすくめた。
顔を上げると、特注のコスチュームに身を包んだ巨漢が、心配そうに背中を丸め、大きな顔を覗き込んできていた。
「……大丈夫か?さっきから、顔色が悪いぞ……昨日の特訓で、どこか痛めたか?」
「え、あ……っ! う、ううん! な、なんでもないよブロリー感! 全然平気、体もどこも痛くないし、ピンピンしてるよ!」
緑谷は慌てて両手をぶんぶんと振り、いつものように早口でまくし立てた。動揺を悟られまいと必死に笑顔を作ったが、その不自然さは自分でも分かるほどだった。
「……本当か?無理は、してないか?」
「う、うん! ちょっと……新幹線に乗って遠出するから、緊張しちゃってさ。ほら、渋谷なんて滅多に行かないから!」
「そうか……。なら、いい」
ブロリーはどこかホッとしたように眉尻を下げ、ふにゃりと優しく微笑んだ。
疑うことなど微塵も知らない、あまりにも純粋で無垢な眼差し。
(……ダメだ、僕がこんな態度じゃ……)
緑谷はぎゅっと唇を噛み締め、俯きそうになる顔を懸命に持ち上げた。知ってしまった真実の重さに、胸が張り裂けそうになる。けれど、グラントリノの言う通り、同情や腫れ物に触るような気遣いなんて、今を真っ直ぐに生きるブロリーが望むはずがない。
普通でいなきゃいけない。いつも通りのクラスメイトで、仲間でいなきゃいけないのに――どうしても、ブロリーのあの広い背中を見るたび、胸の奥が痛むのを抑えきれずにいた。
「おい、何を突っ立っとるんじゃ! さっさと行くぞ!」
「あ、はい! すぐ行きます!」
「うん」
そんなことを胸にしまいながら、緑谷はグラントリノとブロリーとともに、今回の目的地渋谷へと向かうのだった。
新幹線の車窓を、流れる景色が猛烈な速度で後ろへと飛び去っていく。
ブロリーはその巨躯を小さく丸め、窮屈そうに三人掛けの座席に座りながら、手元のスマートフォンをじっと見つめていた。隣に座る緑谷もまた、画面を開いたまま指先を硬直させている。
「……やっぱり、返事……来ないね」
緑谷の呟きに、ブロリーは重く頷いた。
トーク画面には、二人がそれぞれ送ったメッセージが並んでいる。
『飯田くん、僕たち今渋谷に向かって移動中なんだ。そっちはパトロール順調? 無理してない?』(緑谷)
『飯田、何かあったら、すぐ周りの人に言ってね』(ブロリー)
だが、どちらの文面にも『既読』の文字すら灯らない。
数日前の夜、電話越しに聞いた飯田の、あの感情を押し殺した冷たい声。
そしてブロリーの脳裏に焼き付いている、かつて父を失いかけた時に自分を狂わせた『あの憎しみの目』。
「……何もなければいいけど」
「そうだね…」
「今はそうしていてもいいが、渋谷に着いてからは気持ちは切り替えんといかんぞ? 」
「うん」
「はい…」
二人が俯いた、その時だった。
『――まもなく、保須総合駅。保須総合駅です』
車内アナウンスが流れ、電車の速度がわずかに緩み始める。
保須――その名に、ブロリーと緑谷が弾かれたように顔を上げ、窓の外へと視線を向けた。
「保須市……飯田くんのいる街……」
「……ん?」
窓に額を近づけたブロリーの眉が、ピクリと跳ねた。
遠くに見える市街地。立ち並ぶビル群の合間から――モクモクと、黒く太い煙が幾重にも立ち上っていた。
一つではない。二つ、三つ……まるで街のあちこちで同時に火の手が上がっているかのように。
「な、なんだあれ……火事か!?」
「おい見ろ、煙が……!」
「爆発音聞こえなかったか!?」
乗客たちがざわつき始め、車内が不穏なざわめきに包まれる。グラントリノがすっと立ち上がり、鋭い眼光で車窓を睨みつけた。
「……ただの火事じゃあないな。この異様な空気は……」
グラントリノの言葉が終わるか、終わらないかの刹那――。
鼓膜を劈くような轟音と衝撃が、新幹線の車体を激しく揺るがした。金属の軋む悲鳴。乗客たちの悲鳴が重なり、車内が激震する。
――瞬間、新幹線の壁面が、まるで紙屑のように内側へ向かってベコォン!と吹き飛んだ。
舞い散る鉄屑と粉塵の奥から、血まみれのプロヒーローが一人、人形のように車内へと叩きつけられ、激しく転がる。
「う、あぁぁぁっ……!」
「プロが……やられた!?」
緑谷が息を呑んだ。そして――へしゃげた新幹線の外壁、ぽっかりと空いた大穴の向こうから、漆黒の夜風を切り裂いて『それ』が姿を現した。
露出した不気味な脳髄。
巨大で筋骨隆々の異様な肉体。
ギョロリとした生気のない瞳を見開き、奇怪な咆哮を撒き散らす化け物――。
「……USJの……『脳無』……!?」
「ィィィァァァ……!!」
金属を歪ませて車内へ雪崩れ込んできた脳無が、血走った眼球をギョロリと動かした。その凶悪な視線の先には、腰を抜かして悲鳴を上げることすらできない乗客たちの姿。
「ァァァァァァッッ!!」
剥き出しの牙から唾液を撒き散らし、その剛腕が容赦なく無防備な人々へと振り下ろされようとした――その刹那。
「――させるかッ!!」
「全員!伏せろ!!」
緑谷とブロリーの身体が、示し合わせたわけでもなく同時に弾け飛んだ。ブロリーは一歩で通路を跨ぎ越えると、特注の巨躯を折り曲げるようにして乗客たちを背後に隠し、両腕を大きく広げて仁王立ちになった。万が一の破片や余波すら通さない、文字通りの『肉体の盾』。その分厚い背中が、怯える人々の視界を完全に覆い尽くす。
そして、その巨漢の肩口を足場にするかのように、フルカウル全身に纏った緑谷が虚空へと跳び出した。
(跳べる……! 5パーセントの力を、全身に……ッ!)
思考と身体が完璧に直結する感覚。
通路の壁を蹴り、新幹線の天井を蹴り、弾丸と化した緑谷は、脳無の死角である側頭部へと一瞬で肉薄した。
「スマッッッシュ!!」
渾身の力とスピードを乗せた、フルカウルによる強烈な蹴り込み。グラントリノも、流石に素直に心の中で褒める。
(――さっそく修行の効果が出てきてるな…!!いいぞ小僧!)
ドガアァァァッッ!! と重たい破砕音が響き渡り、人並外れた質量を誇る脳無の巨体が、くの字に折れ曲がって、夜の空へと消えていった。
「……っ、ハァッ、ハァッ……!」
通路へ着地した緑谷は、荒い息を吐きながら自身の右足を見つめた。骨は折れていない。激痛もない。身体を壊すことなく、プロすら圧倒したあの怪物を、自分の力と速度で蹴り飛ばすことができた――。
(できた……! 今の僕のスピード、それに一撃の重さ……これが、フルカウル……!)
確かな手応えと、信じられないほどの高揚感が胸を突き上げる。
「―――おい……なんだよ……あれ」
しかし、乗客のその恐れの声を聞き…そんな気持ちが吹き飛んだ。緑谷はすぐに、その乗客が見ていた方向を見て……息を呑んだ。
炎上するビル群。爆音とともに立ち上る黒煙。
その地獄絵図の真ん中で暴れ回っていたのは、吹き飛ばしたあの一体だけではなかった。
別の通りで車を軽々と投げ飛ばす、翼の生えた異形の怪物、プロのヒーロー達を足蹴りし、踏み、咆哮を上げている。
遠くの交差点でも、路地裏でも――剥き出しの脳髄と奇怪な咆哮を響かせる『脳無』が、街の至る所に何体も蠢いていた。
「――ハッ、ハハハッ!ハハハハハハッ!!!―――さあ……来いよバケモン……こんな光景を前に…お怒らずにいられるかぁ⁇……ゲーム―スタートだ!!!!!!」
次回
脳無…まずはお前達から血祭りにあげてやる…