怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
「おいしっかりしろ!何があった!!」
グラントリノが床に倒れ伏していた血まみれのプロヒーローの肩を揺すり、鋭く問いかけた。プロは苦痛に顔を歪め、途切れ途切れの息で絞り出すように言葉を吐き出す。
「保須の……市街地が……っ、突然現れたヴィラン達に…………襲撃されて……! 街のあちこちで火の手が上がって……プロも、警察も、対処が追いついてない……ッ!」
「街全体がパニックになっとるわけか……」
グラントリノは奥歯を噛み締め、立ち上がった。足裏の噴射口が鋭い光を放ち、即座に現場へ急行する姿勢を取る。
「ワシは今すぐ現場へ向かう! お前達はここで乗客の避難を――」
そこまで言いかけて、グラントリノの言葉がピタリと止まった。
二人の少年の顔。
緑谷の瞳は恐怖を押し殺して真っ直ぐに燃えている。
そしてブロリーは、拳が軋むほど強く握りしめ、かつてないほど真剣な、友と人々を救うための静かな闘志を宿してグラントリノを見つめ返していた。
待てと言って、待てるはずがない。
目の前で人々が傷つき、そして大切な友が闇へ引きずり込まれようとしているこの状況で、二人の魂を足止めすることなど誰にもできないのだ。
(……チッ、俊典そっくりの頑固なツラしおって。この面構えじゃ、縛り付けたって飛び出しよるわい)
老ヒーローは舌打ちを一つ打つと、不敵な、だが最高に頼もしい笑みを口元に刻み込んだ。
「――現役プロヒーロー・グラントリノの名において! 雄英高校1年、緑谷出久・八木蕗利の両名の戦闘を特例として許可する!!」
腹の底から響くような一喝が、車内をビリビリと震わせた。
「ここはワシに任せろ。法律だの何だの、ケツは全部ワシが持ってやる!! ……行って、一人でも多くの人命を救ってこいッッ!!」
『―はいッッ!!』
重なる二人の叫び。
破られた新幹線の壁から、二つの疾風が夜の保須市へと弾丸のように飛び出していった。グラントリノは飛び出していく二人を見送った後、その場の対処をしていくのであった。
燃え盛る保須の夜空を、二筋の影が猛烈な速度で駆け抜けていく。
ビルの屋上を跳び移っていく緑谷は既にフルカウルを使っている状態。その近くには巨躯を低く沈めて驚異的な跳躍を繰り返すブロリーだ。
「ブロリー君!まずは市民の救助を最優先!動けないプロのヒーローも助けよう!」
「わかった!」
後もう少し、もう少しで現場に到着する、二人がそう思った矢先。
「ギィィィァァァ!!」
空を飛ぶ脳無が2体現れた、爪を立て、歯を立て、二人を攻撃。だが二人はその攻撃を軽く体を反らせることにより回避し、そのまますれ違いざまに蹴りを放ち地面へと落とした。
「――軽い…!動ける…!数日前よりも、格段に!!」
「やっぱり、あの時の脳無みたいな力はない」
墜落の衝撃で悶絶する怪物を背後に置き去りにしながら、二人は立ち止まることなく、ビルの屋上から火煙の上がる目抜き通りへと一気に飛び降りた。
「でも、油断は禁物だよ! 数が多すぎるし、市民の人が巻き込まれたら……ッ!」
「うん!」
着地と同時に、凄まじい熱風と阿鼻叫喚の悲鳴が二人を呑み込んだ。
現場はまさに地獄だった。
路面を埋め尽くす車の残骸と炎。粉々に砕け散ったガラス片。逃げ惑う市民たちを背に庇いながら、数名のプロヒーローたちが必死に防衛線を張っていたが――その前線は、今まさに崩壊しかけていた。
「クソッ……! 何なんだコイツらは!!」
「応援はまだか!? 市民の避難が間に合わねえぞ!!」
プロたちの焦燥の叫び。
彼らが対峙しているのは、筋骨隆々の異様な体躯を誇る別の脳無だった。怪物は剥き出しの脳髄を小刻みに震わせながら、プロの放つ攻撃をものともせずに前進し、へしゃげた街灯を丸太のように引き抜いて、瓦礫の下に挟まれた市民とヒーローたちへ容赦なく振り下ろそうとしていた。
「させ……ない!!」
その脳無へ向けて、力を込めた本気の飛び蹴りを食らわせる緑谷。脳無は後方へと吹き飛び、そのまま地面へと倒れ伏す。
「もう、大丈夫…です」
その隙にブロリーが瓦礫を片手でどかし、瓦礫に挟まれていた市民を救助。他のプロヒーロー達に助けた市民を預ける。そして別のプロが驚愕と困惑の入り混じった表情で二人を見つめる。
「君たちは確か雄英体育祭の時の……って、ダメじゃないか!!まだ学生なのに戦闘は…!」
「プロヒーロー・グラントリノから、現場での戦闘と救助の許可は受けています!」
緑谷が素早く言葉を返し、息を整えながら周囲の被害状況を目で追った。倒れ伏した脳無はまだピクピクと痙攣しているが、周囲のプロたちが即座に拘束具を取り出し、押さえ込みにかかっている。
だがまだまだ脳無はいる、さらにいえば脳無が暴れたせいで多くの建物から火が出ており、中に取り残されている者達もいるようだ。
そんな中
「飯田君どこ行ったんだ!?飯田君!!」
煙と怒号が渦巻く通りの向こうから、切迫した叫び声が二人の鼓膜を打った。
プロヒーロー、ノーマルヒーロー・マニュアルが、必死に放水で炎を抑え込みながら、周囲の暗がりを見渡して声を枯らしていた。
「飯田君が…いない…!?」
緑谷の表情が凍りついた。
マニュアルは保須市で活動するヒーロー。新幹線のホームで別れる直前、飯田が向かうと言っていた職場体験先だ。
だが、その事務所の一団の中に飯田の姿が――どこにもない。
「……まさか、飯田君…!ステインを追いかけて!?」
「なんだって…!!?―― っ、俺の責任だ!俺がもっと…強く、言っていれば!!」
「はやく、飯田を探して……」
日前の夜、電話越しに聞いた飯田の張り詰めた声。
そして、かつて血まみれだった父を見た時の、己の内側を焼き尽くしそうになったあの黒い憎悪の炎。
今すぐ駆け出したい衝動が、ブロリーの胸を激しく突き上げる。
――だが。
「きゃあああああっ!!」
「2階に……まだ子供が残ってるんだ!! 誰か、誰か助けてくれッ!!」
頭上から響いた絶叫に、ブロリーはハッと息を呑んだ。
見上げれば、脳無の暴走によって激しく炎上する雑居ビルの窓辺から、黒煙に巻かれた人々が必死に助けを求めて手を伸ばしていた。
道路の先では、さらに別の脳無がアスファルトを砕きながら暴れ回り、負傷したプロヒーローたちを追い詰めている。ここを離れれば、この人たちは焼け死ぬ。プロたちも全滅する――目の前の悲鳴を前にして、背を向けることなど絶対にできない。
(呑まれるな……! 焦るな……! 感情の上に、座れ……!)
グラントリノの教えが、脳裏に雷鳴のように響いた。
ブロリーは奥歯を噛み締め、荒れ狂いそうになる激情を意志の力でグッと押さえ込むと、隣に立つ緑谷の肩を力強く掴んだ。
「……緑谷。オレは、ここを守る。あそこにいる人たちを全員助けて、あのヴィラン達を全員食い止める」
その双眸に宿っていたのは、迷いの一切消え去った、岩盤のように揺るぎない覚悟の光だった。
「だから、飯田のことは……任せた」
「―わかった…!ここは任せたよ、ブロリー君!心配無用だとは思うけど…気をつけて!」
「緑谷も、気をつけて」
バチィッ!! フルカウルのエネルギーを全身に弾けさせ、緑谷はその場から飛び出し、飯田を探しに行った。
友の背中を見送ったブロリーは、深く、静かに息を吸い込んだ。
(……助けられる範囲じゃない、全員助ける。お父さんのように――全てを!!)
ブロリーはグッと力を入れ、構えを取る。燃え盛るビルを見上げ、そして迫り来る脳無を見据えるその背中は、かつて平和の象徴として世界を照らし続けた父の姿と、確かに重なり合っていた。
『!!!』
「!」
『ギィィィァギギギッッ!!!』
ブロリーが歩み出そうとした瞬間、近くにいた脳無達が一斉にブロリーへ向かって走り、飛び出してきた。市民やプロヒーローに目もくれず、ただただブロリーへ向かって進み始めた。
(―最初は、この三人…!)
路地や車道に散らばっていた三体の脳無が、血走った眼球を同時にブロリーへと固定し、アスファルトを爆砕しながら一斉に殺到してきた。
「ァァァァァァッッ…!!!!!!」
正面から突進してくる剛腕の巨漢型。
右手の鋭利な爪を突き出し、頭上から滑空してくる飛翔型。そして瓦礫を蹴り崩しながら死角である背後へ回り込もうとする四足歩行の異形。
プロですら死を覚悟する挟撃――だが、ブロリーの瞳に動揺は微塵もなかった。
(ヒーローは常に…冷静に!)
体内で静かに巡るエネルギーの潮流。
正面から丸太のような剛腕が振り下ろされる刹那、ブロリーはわずかに半身を引いてそれを紙一重で躱した。
空を切った巨腕の勢いを利用するように、手首をそっと掴み――そのままガァンッ!と背後から迫っていた四足歩行の脳無へと投げつける。
「ギャンッ!?」
脳無同士が激突し、派手な破砕音とともに転がった。
頭上から爪を振り下ろしてきた飛翔型に対し、ブロリーは振り返りざまに掌底を顎下へと突き上げる。
ドゴォッ!!
直撃した衝撃波だけで怪物の首が不自然に跳ね上がり、そのまま錐揉み回転しながら地面へと叩きつけられた。
暴発するような緑の火花はない。ただ、必要最小限にして絶対的な質量を的確に叩き込む、完璧な初動制圧。
だが、ブロリーの意識はすでに敵から離れていた。
「――2階!」
地響きとともに跳躍。
燃え盛る雑居ビルの外壁を一段蹴り、ブロリーは窓枠を両手で押し広げて火炎の渦巻く室内へと突入した。
煙に巻かれて倒れていた子供と母親を、その巨大で温かな両腕の中にすっぽりと包み込む。
「大丈夫、もう怖くないよ」
怯える子供の頭を優しく撫で、ブロリーは背中で炎を遮りながら、割れた窓から外へと飛び降りた。
軟着陸と同時に、呆然と立ち尽くしていたマニュアルたちの前へ親子をそっと降ろす。
「マニュアルさん、この人たちを安全な場所へ」
「え、あ……っ、ああ! す、すまない……っ!!」
礼を言うマニュアルの背後、炎の隙間から立ち上がった三体の脳無が、再び奇怪な咆哮を上げてブロリーへと群がってくる。さらに遠くの通りから、新たな二体が建物を薙ぎ倒しながら合流してきた。
計五体。常識で考えれば、プロのチームが一個小隊規模で当たってようやく対処できる戦力だった。
(緑谷のように……全身に巡らせる。おじいちゃんのように……反動を殺さず、流れるように……!)
筋肉の奥底で、かつてないほど濃密なエネルギーが滑らかに循環し始める。
怒りで爆発させるのではない。守りたいという純粋な意志で、その怪力の手綱を握り締める。
「ふぅぁ"ぁ"!!!」
「な……ッ!?」
マニュアルが息を呑んだ。
巨大な質量が、一瞬にして視界から消え失せたのだ。
残されたのは、ブロリーが踏み切ったアスファルトの陥没と、突風の轟音。
次の瞬間には、道路の真ん中で突進していた巨漢型の脳無の目の前に、あの巨体が忽然と現れていた。
「ふッ……!」
グラントリノの足運びをなぞるような、鋭利な踏み込み。ブロリーの身体がコマのように回転し、遠心力と体重のすべてを乗せた回し蹴りが脳無の側頭部を捉えた。
「はぁっ!!」
トラックに撥ね飛ばされたかのような凄まじい衝撃。脳無の巨体が真横へ弾き飛んでビルの一階部分を貫通し、瓦礫の山となって沈黙する。
その蹴りの反動を殺すことなく、ブロリーは足裏で空気を捉えるように地面を滑り、そのまま対面の雑居ビルの壁面へと飛び移った。
「キシャァァァッ!!」
滑空してきた二体の飛翔型脳無が、空中でブロリーを挟み撃ちにしようと爪を伸ばす。だがブロリーは壁を足場にして、まるで小さな小鳥のような軽やかさで――垂直の壁を駆け上がり、三角跳びの要領で天井へと跳ねた。
巨体からは想像もつかない、超高速の立体機動。
「ゔぅぅぅおぉぉ!!」
空中で交差した瞬間、ブロリーの両腕が左右に伸びた。飛翔型の脳無二体の頭部を、空中で鷲掴みにする。
怪物が羽ばたいて逃れようとするよりも早く、ブロリーは体をひねりながら落下速度を乗せ、二体の頭部をガシィィン!!と正面から叩き合わせた。
鈍い衝撃音が夜空に響き、白目を剥いた怪物が重力に従って地面へと落下していく。
「あ……あり得ねえ……っ」
「あの巨体で……あんな跳躍を……!? まるで、弾丸じゃないか……!!」
「アレが、雄英体育祭で優勝した男の実力…!!」
プロヒーローたちが戦慄の声を漏らす。
グラントリノとフルカウル状態の緑谷、この二人の戦闘を間近で見ていたブロリーは……なんと、その二人の動きを完全に覚えてしまった。
正確にいえば、体が勝手に覚えていた。
二人の動きをその身に宿したブロリーは、地上に残った二体の脳無の頭上へと、まるで巨大な隕石のように音もなく舞い降りた。
着地と同時に、地響きのようなステップ。
四足歩行の脳無が飛びかかってくるより早く、その懐へと滑り込み、掌底一発で巨体を宙へと浮かせ――落下してくる背中へ、緑谷のフルカウルを思わせる鋭い踵落としを叩き込む。
クレーターを作って地面にめり込み、完全に意識を断たれた脳無。
最後の一体が恐れをなしたように後ずさりかけたが、ブロリーはその巨躯を風のように低く滑らせ、一瞬で背後を取っていた。
「ぬ"ぅ"ぅ"ぁ"ぁ"!!」
首元を掴み、地面へと静かに、だが決して逃れられない万力の力で組み伏せる。
「――ハ、ハハッ……ありゃ、とんでもねえな…」
「……あんなの見せられたら――黙ってるわけにはいかないわな!!」
「動けるヒーローは全員であの子を援護!!プロのヒーローが子供に全部任せるわけにはいかねえだろ!」
「で、でも、俺たちじゃ足手纏いなんじゃ…」
「何を言ってるんだ!敵を倒すことだけがヒーローの仕事じゃないよ!」
弱音を吐きかけた若手プロの頭を、マニュアルが拳でゴツンと小突いた。彼の瞳には、プロとしての矜持と、現場を預かる大人としての熱い光が宿っていた。
「消火活動! 負傷者の搬送! 逃げ遅れた人の捜索に、彼が沈めてくれたヴィランの完全拘束! 自分たちプロヒーローの仕事は、まだまだ山ほどあるぞ!」
「マ、マニュアルさん……!」
「あの子が命がけで切り拓いてくれた安全を、無駄にしちゃダメだ、背中は俺たち大人が守るんだ!」
その檄に、気圧されていたプロヒーローたちの顔つきが一変した。恐怖と動揺で強張っていた表情から迷いが消え、それぞれの武器や『個性』を構え直す。
(やっぱり、かっこいいな)
ブロリーは改めてプロ達への関心を強め、引き続きます活動を続けていくのであった。
「――貴様に用はない……俺が待っているのはただ一人!――八木蕗利!!彼だけだ!!」
「そっちには無くても、僕にはある!」
そして、その一方で、別の戦いも始まりそうになっていた。
死柄木『………は?アイツ、前よりも強くなって…………クソゲーのボスかよテメェは!!!!!』
戦えば戦うほど、人を見れば見るほど強くなっていくブロリー………敵からしてみれば絶望でしかないですね