怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
職場体験編もそろそろ大詰め……早くないかって?
体育祭よりもめちゃくちゃ書きやすくって………
――時計の針を、わずかに巻き戻す。
大通りの爆音と火煙から遠く離れた、街灯の光すら届かない冷たく暗い路地裏。
生臭い血の臭いが漂うその袋小路で、飯田天哉は、求めてやまなかった仇敵の姿を視界に捉えていた。
だが地面には、血まみれで倒れ伏すプロヒーロー・ネイティブ。その胸元に刃を突き立てようとしていたのは、ボロボロのマフラーを靡かせ、全身に無数の刃物を帯びた男――『ヒーロー殺し』ステイン。
(いた……! 間違いなく、こいつだ……!!)
飯田の意識が、ステイン一人へと集中する。視界が怒りで赤く染まり、耳の奥で激しい心音と耳鳴りが鳴り響く。
新幹線に乗る前……不器用ながらも、必死に自分を案じて投げかけてくれたブロリーの言葉が、脳裏をよぎった。
わかっている。
ブロリーの言う通りだ。憎しみに身を任せて動くことが、ヒーローとして正しくないことくらい、頭では痛いほど理解している。
だが――。
(無理だ……! 抑えられるはずがない……!!)
ベッドの上で、下半身の感覚を失い、それでも弟に無理して笑ってみせた兄の顔。
多くの人々を救い、誰からも愛され、自分の憧れのすべてだった兄・インゲニウムのヒーロー生命を、理不尽に奪い去った元凶が、いま目の前にいるのだ。
思わず、思わず叫んでしまった。
「――俺はインゲニウム!!!お前を倒すヒーローの名だ!!兄さんの仇を……取らせてもらう!!!」
飯田はマフラーから凄まじい爆音を噴射させ、憎悪のままにステインへと突進した。
しかし――現実は、あまりにも非情だった。
数多の死線を潜り抜けてきた本物の殺人鬼にとって、私怨で周りが見えなくなった少年の直線的な攻撃など、止まった獲物も同然。
「甘い」
紙一重で蹴りを躱され、すれ違いざまに肩口を刃で裂かれた。血が飛び散った瞬間、ステインはその切っ先に付着した血をペロリと舐め取る。
その途端、飯田の全身から唐突に力と感覚が失われ、アスファルトの上へと無様に崩れ落ちた。
「な……身体が……動かない……!?」
「インゲニウム……先刻やった男の弟か。怒りに飲まれ奇襲すら失敗するとは……あまりにも愚か」
ステインの濁った双眸が、氷のように冷たく飯田を見下ろす。刃の切っ先が、動けない飯田の腕を無慈悲に踏み躪り、肉を穿った。
「ぐ、あああっ……!!」
「兄の仇か。私怨で力を振るうな。……貴様のような『贋物』がのさばるから、この社会は腐敗する」
冷徹な宣告とともに、ステインが長刀を逆手に構え直した。喉元を貫くための、確実な処刑の切っ先。
(ダメだ……動け……! 動いてくれ、僕の足……!!)
どれだけ命令しても、指先一つピクリとも動かない。死の恐怖と、復讐すら果たせなかった己の無力さに、飯田の目から絶望の涙が溢れ出した。
振り下ろされる刃――死を覚悟した、その刹那。
「―やめろ!!」
路地裏全体に声が響き、人影が勢いよくステインへ向かって向かってきていた。
「――っ!?」
ステインが眉を動かした瞬間には、すでに遅く、路地裏の狭い壁面を三角跳びで超高速反射し、上空の死角から弾丸のように肉薄してきた緑色の影。
「5%!デトロイト・スマッシュッッ!!!!」
渾身のフルカウルを乗せた拳が、ステインの顔面をまともに捉えた。凄まじい衝撃波が路地裏の空気を破裂させ、殺人鬼の身体が真横のゴミ箱へと激しく吹き飛んでいく。
着地と同時に、緑谷は荒い息を吐きながら、素早く飯田とネイティブの前に立ちはだかり、背後で片手をスマートフォンに向けて位置情報を送信した。
「緑……谷…君……!?」
床に転がった飯田が、信じられないものを見るように目を見開く。
「どうして……君が……! 逃げろ……! そいつは……ッ!」
「助けに来たんだ、飯田君!」
緑谷は振り返らず、全身にバチバチと緑のスパークを纏わせながら、低く身構えた。
瓦礫の中から、ステインがゆっくりと身を起こす。鼻血を手の甲で無造作に拭い、その禍々しい殺気を帯びた眼光を緑谷へと向けた。
だが、その瞳に宿っていたのは、緑谷に対する警戒や興味ではなかった。
「……いい動きと攻撃だ、久しぶりに体に響いたぞ――だが、ちがう」
ステインは刀を構え直し、吐き捨てるように、低く濁った声で言い放った。
「――貴様に用はない……俺が待っているのはただ一人!――八木蕗利!! 彼だけだ!!」
ステインが放つ圧倒的な殺気を正面から浴びながらも、緑谷の瞳は1ミリも揺らがなかった。友を守るため、大切な仲間を救うため、緑谷は拳を固く握り直し、鋭く言い返した。
「そっちには無くても、僕にはある!」
緑谷は飯田達の前に立ち、構えを取りながらそう告げた。
――偽物を育て続ける雄英の体育祭などと言う祭りに、興味など無かった。だから見なかった。
『うぅ"ぅ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!!!』
「――なんだ……この生徒は」
「八木蕗利……俺がこの世で一番嫌いなバケモンだよ」
だが死柄木という男に見させられた、体育祭の映像……そこで一人目立っている生徒『八木蕗利』。圧倒的なパワーにスピード、そして成長速度…どれをとっても優秀だった。
ただただ力の制御もまともにできないだけの生徒だと思っていた、自分の力に溺れ暴れているだけの生徒だと―――しかし、そうでは無かった。
彼は自分に敗北した相手に対し敬意を払っていた、そして見てわかるほどに、周りに気を遣い力を押さえていた。
『人を傷つけてしまうんじゃないか、壊してしまうんじゃないかって……ずっと逃げてばかり、いました。でも……今日、ここでみんなと戦って……上鳴も、飯田くんも、轟も、爆豪も……みんな、オレのことを怖がらないで、真っ直ぐに、本気でぶつかってきてくれました』
『みんなが全力で来てくれたから……オレも、逃げないでいられました。オレに力をくれたのは……戦ってくれた、みんなです。だから……本当に、ありがとうございました』
『ヒーロー科以外のみんなも、自分なりに、本気で、戦っていました………だから、拍手喝采はオレだけじゃなくて、この場にいる全員にあげてください――今日は…ありがとう、ございました』
「―――――――」
上っ面だけの言葉じゃない。
名声のためでも、カメラの向こうの大衆に媚びを売るためのお題目でもない。
己が持てる規格外の暴力を誰よりも恐れ、誰よりも忌み嫌い、それでもなお他者を敬い、感謝を捧げる――その巨大な肉体の奥底から絞り出された、剥き出しの魂の言葉だった。
現代のヒーロー社会は腐りきっている。
誰もが『個性』という力を得て傲慢になり、他者を見下し、金と名声を求めて軽薄に笑う贋物ばかりだ。
だが、八木蕗利はどうだ。
天災そのものと呼ぶべき圧倒的な力をその身に宿しながら、力に溺れず、勝利に驕らず、敗者の痛みに心を寄せ、自らを最も下に置いて頭を下げていた。
その瞳の奥に宿る、己の力を「他者のために律する」という強烈な覚悟――それこそが、俺が追い求めてやまない『本物』の輝きそのものだった。
だが……安全な舞台の上だからこそ言える綺麗事ではないのか? 人殺しの刃を前にしても、死の恐怖に晒されても……その高潔さを保ち続けられるのか?
確かめたかった。
歪みきった社会の中で見出した、あまりにも眩しすぎるその光が、本物か、それともただのまやかしなのか。
己の刃で、この手で、直接その魂を試食し、見定めたいと渇望していた。
死柄木が何か喚いていたが……どうでもいい。とにかく知りたかった
だからこそ――。
「――会わねばならないのだ……彼に、八木蕗利に!!!!」
ヒーロー殺し・ステイン……彼は今日――この夜で、自分が終わってもいいと言う覚悟でやってきていた。
「怪我人はここへ!!重傷者はわかるように目印をつけて!!」
「もう平気だよ、ヒーローが来たからね」
時は今に戻り、ブロリーがいる場所。地獄のようだった大通りは、今や統率された救助現場へと姿を変えていた。
恐怖で足の竦んでいたプロたちに、先ほどの動揺はもう微塵もない。
「消火班、ビル左手から回り込んでください!」
マニュアルが鋭い指示を飛ばしながら、個性を使って鎮火していく。
他のプロたちもそれぞれの『個性』をフル活用し、ある者は硬質化した皮膚で崩れかけの柱を支え、ある者は粘着性の蔦を張り巡らせてひび割れた外壁の崩落を食い止めていた。
ただ敵を倒すだけがヒーローではない。
混乱を鎮め、道を拓き、傷ついた人々を一人残らず安心の光の中へ連れ戻す――それこそが、何重もの修羅場を潜り抜けてきた『プロ』たる所以だった。
そしてその中心で、最も頼もしい力となっていたのがブロリーだった。
「道が塞がってて救急車が通れない…!退かせるか?」
「はい…!…持ち上げます……!」
道路の真ん中でひしゃげ、救急車の進路を完全に塞いでいた大型トラック。ブロリーは車体の底に右手を差し込むと、静かに息を整え、足を踏みしめた。
「ふんッ……!!」
何tもある鉄の塊が、信じられない軽やかさで宙へと持ち上がる。余計な反動も、周囲を傷つけるような乱暴な放り投げもしない。ブロリーは慎重にトラックを抱え上げ、歩道脇の安全なスペースへとそっと下ろした。
「すげえ……! 道が開いたぞ、救急車を通せ!!」
「こっちの瓦礫の下にも人が挟まれてる! 手を貸してくれ!」
「はいッ…すぐに、行きます!!」
要請の声に、ブロリーは足を弾ませて駆け寄る。
倒壊したコンクリートの塊を、豆腐でもどかすかのように片手で持ち上げ、隙間から救出された市民へと、大きな身体を折り曲げて目線を合わせた。
「もう大丈夫です。ゆっくり、息を吸ってください」
煤で汚れ、擦り傷だらけの顔に浮かぶ、どこまでも柔らかく温かな笑み。その巨体に最初は怯えていた幼い子供も、ブロリーの大きな手のひらに包まれると、張り詰めていた涙をポロポロと零しながら小さく頷いた。
「ありがとう……お兄ちゃん……!」
「どういたしまして。……さあ、あっちの救護テントへ行こう」
子供を抱き上げ、待機していた救急隊員へと丁寧に引き渡す。額に滲んだ汗を腕で拭いながら、ブロリーは街を駆け回るプロたちの背中を見つめていた。
(すごい……みんな、誰一人諦めてない……)
血を流しながらも市民を抱きかかえ、煙に巻かれながらも声を張り上げる大人たち。
父・オールマイトのような圧倒的な象徴ではなくとも、一人ひとりが自分の持ち場で懸命に命を繋ぎ止めている。その泥臭くも気高い姿が、ブロリーの胸を強く打っていた。
「いやぁ…!ほんとに助かったよ!ありがとう!」
「君がいなかったら、もっと被害が広がってたと思う……本当にありがとう」
「…いえ、オレは…」
プロヒーローたちから向けられた真っ直ぐな感謝の言葉に、ブロリーは大きな体を縮こまらせ、慌てて両手をぶんぶんと振った。頬がほんのりと赤く染まり、困ったように眉尻を下げる。
「オレが動けたのは……皆さんが、怪我をしながらも、絶対に諦めないで……市民の人たちを守り続けてくれたからです」
あれだけの異次元の力を見せつけておきながら、傲る素振りなど欠片もない。ただただ純粋に、目の前の大人たちの戦いぶりに敬意を払う少年の姿に、プロたちは顔を見合わせ、それから温かな笑みをこぼした。
「おいおい……どこまで出来た子なんだよ」
「まったくだ。将来が恐ろしいぜ……君はきっと、とんでもなく立派なヒーローになるな」
血と煤で汚れたプロの逞しい手が、ブロリーの頑丈な肩をポンと叩く。
かつては「化け物」と恐れられ、捨てられ、誰の手にも触れられないよう殻に閉じこもっていた自分が――今、こうして誰かの役に立ち、温かな手で触れてもらえている。
その温もりが胸の奥へと染み渡り、ブロリーの胸がじんと熱くなった。
――だが、その温かな時間を切り裂くように。
ヴ――ッ、ヴ――ッ。
ブロリーのスマートフォンが、短く、鋭く振動した。
「……っ!」
ブロリーは弾かれたように端末を取り出し、画面を開いた。
液晶に表示されたのは、緑谷からのメッセージ。
そこには言葉など何一つない。ただ、大通りの喧騒から外れた、暗く入り組んだ路地裏を示す『現在位置情報』の赤いピンだけが、無言で点滅していた。
(緑谷……ッ!!)
文字を打つ暇すらない。
一刻の猶予もないという、無言の SOS。
あの生真面目な飯田と、彼を止めに向かった緑谷。二人の身に、今まさに最悪の危機が迫っているのだ。
「……どうした?」
ブロリーの顔色が変わったのを敏感に察知し、プロヒーローの一人が声をかける。ブロリーは画面を握りしめ、路地裏の闇の方角を見据えながら、強く唇を噛んだ。
「……友達が、助けを求めているんです…でも、今は……」
その瞳に宿ったのは、先ほどの照れ笑いとは打って変わった、岩盤のように揺るぎない決意の光。
その強い眼差しを見て、プロヒーロー達は顔を見合って、すべてを察したように深く頷いた。
「行くんだ」
「え……」
「ここはもう大丈夫。火も消し止めたし、救助もあらかた終わった。……君の友達を助けられるのは、君だけだ」
周囲のプロヒーローたちもまた、力強い頷きと笑みをブロリーへと向けた。
「子供の背中を押すのが、大人の役目ってもんだ!」
「行っておいで、ヒーロー!!」
「――はいッ!!」
ブロリーは軽く浮き、その場から一気に空中へと飛び出すと、そのままスマホに表示されている目的地へと向かった。
「――よーし!俺たちも最後まで気合い入れていくぞぉ!」
『おー!!!』
プロ達の士気は一気に高まり、活気もより一層良くなっていくのであった。
次回
オールマイト過激派vsオールマイトの義理の息子