無職転生~異聞 月下の剣士   作:彼岸花さつき

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第十八月 子供と戦士

 子供と戦士  

 

 

 三週間が経った。

 

 俺たち『デッドエンド』は、Dランクへ昇格していた。

 

 思っていたより早い。

 

 気になって昇格条件を調べてみたところ、FからEへ上がるには、Fランクの依頼を十回こなすか、Eランクの依頼を五回連続で成功させる必要があるらしい。

 

 EからDへ上がる場合は、Fランクの依頼を五十回、Eランクなら二十五回、Dランクなら十回連続で成功させる。

 

 もちろん、失敗が続けば降格もある。

 

 自分より下の依頼を五回、同ランクの依頼を十回連続で失敗すれば降格。上のランクの依頼なら、失敗しても降格はないが、五回連続で失敗すると受けられなくなる。

 

 なるほど。

 

 俺たちが急速に昇格できたのは、ジャリルとヴェスケルが毎日、低ランクの依頼をこなしてくれたおかげだ。

 

 現在はDランク。

 

 一つ上であるCランクの依頼まで受けられる。

 

 今の俺たちなら、Cランクの依頼をこなすこと自体は難しくない。Cランクへの昇格も、そう遠くはないだろう。

 

 そろそろ、ジャリルたちとの関係を切るべきかもしれない。

 

 二人は今のところ真面目に働いている。

 

 ペットを攫うような真似も、もうしていないらしい。

 

 しかし、依頼を交換する行為が、どんな問題につながるかは分からない。

 

 金もそれなりに貯まった。

 

 Cランクへ上がったところで二人とは決別し、リカリスの町を出る。

 

 それが一番いいだろう。

 

 とはいえ、あと少しだけ利用させてもらうつもりだ。

 

 安定して稼げる状況を、昇格直前に手放すのは惜しい。

 

 金は、あればあるだけいい。

 

 現在の所持金は、緑鉱銭一枚、鉄銭七枚、屑鉄銭十四枚、石銭三十五枚。

 

 石銭に換算すると、合計千八百七十五枚。

 

 千八百七十五円。

 

 全財産を使っても、アスラ大銅貨二枚に届かない。

 

 大陸が違えば物価も違う。

 

 比べたところで仕方がないのだが、数字にしてみると悲しくなってくる。

 

 そんなことを考えながら依頼板を眺めていると、一枚の依頼書が目に留まった。

 

 謎の魔物の捜索と討伐。

 

 場所は、リカリスの町から南にある石化の森。

 

 森の奥で、正体不明の影が目撃されたらしい。

 

 正体を突き止め、危険な魔物である場合は討伐する。

 

 捜索だけなら屑鉄銭五枚。

 

 討伐まで成功すれば、鉄銭二枚。

 

 期限は早急。

 

 依頼主は、行商人のベルベーロ。

 

「気になるのか?」

 

 隣にいたジャリルが聞いてきた。

 

「報酬がいいですからね。ただ、依頼内容が曖昧すぎます」

 

 謎の魔物。

 

 実際には何もいないかもしれない。

 

 いたとしても、見つけた魔物が依頼主の見た影と同じものだと、どう証明すればいいのだろうか。

 

「こういう依頼は、やめておいた方がいいぞ」

 

「どうしてです?」

 

「依頼主と解釈が食い違って、報酬を出してもらえないことがあるからな」

 

 似たような経験なら、すでに一度している。

 

 二週間ほど前、アシッドウルフの素材を集める依頼を受けた。

 

 俺たちは指定された数の牙と尻尾を持ち帰ったのだが、依頼主からは「必要だったのは全身だ」と言われた。

 

 依頼書には、そこまで詳しく書かれていなかった。

 

 それでも依頼失敗とされ、俺たちは違約金を払う羽目になった。

 

 思い出すだけでも腹立たしい。

 

 今回も、同じような目に遭う可能性はある。

 

 普通なら避けるべきだ。

 

 だが、鉄銭二枚。

 

 その輝きが、俺の目を曇らせていた。

 

「もう一度ぐらい、勉強しておくのも悪くないでしょう」

 

「あんたも懲りないな」

 

「討伐できなかった場合、違約金は屑鉄銭五枚分ですよね?」

 

「ああ。鉄銭二枚は特別報酬だからな」

 

 ならば、最悪でも屑鉄銭五枚。

 

 石化の森でほかの魔物を狩れば、違約金ぐらいは回収できるだろう。

 

「受けます」

 

「俺は止めたからな」

 

「覚えておきます」

 

 ちなみに、ルイジェルド、エリス、コジローの三人には、ギルドの外で待ってもらっている。

 

 ノコパラがルイジェルドへ絡み、ほかの冒険者がエリスへ妙な視線を向ける。

 

 そのうえ、コジローの長刀を見て近寄ってくる者までいる。

 

 三人を中でわざわざ待たせておく理由もない。

 

 止めてくれる者もいないまま、俺は依頼を受けた。

 

 後になって振り返れば、この頃の俺は明らかに判断を誤っていた。

 

 何もかもが順調だった。

 

 依頼を受ければ成功する。

 

 金が貯まり、ランクも上がる。

 

 その慣れが慢心を生み、危険を軽く見せていた。

 

 もっと稼ぎたい。

 

 早くランクを上げたい。

 

 そんな焦りが、目の前の利益へ手を伸ばさせたのだ。

 

 ◇

 

 石化の森。

 

 リカリスの町から丸一日ほど南へ進んだ街道沿いに、その森はあった。

 

 先の尖った、骨のような木々が無数に生えている。

 

 遠目には、森そのものが石へ変えられてしまったようにも見えた。

 

 この森を突っ切れば、次の町までの道程を大きく短縮できる。

 

 だが、アーモンドアナコンダやエクスキューショナーといった、Bランク相当の魔物が生息している。

 

 通り抜けようとするのは、腕の立つ護衛を何人も雇った、急ぎの行商人ぐらいだという。

 

 森という場所は、それだけで危険だ。

 

 まして魔大陸の森となれば、なおさらである。

 

 その入り口に、俺たちを含めた三つのパーティーが集まっていた。

 

 Bランクパーティー『スーパーブレイズ』。

 

 Dランクパーティー『トクラブ村愚連隊』。

 

 そして、Dランクパーティー『デッドエンド』。

 

 森へ入る前にほかのパーティーと遭遇した場合、一応は互いの目的を確認する。

 

 森の中で突然鉢合わせするより、先に相手の顔と人数を知っておいた方がいい。

 

 冒険者の常識らしい。

 

 現在、三パーティーのリーダーが顔を突き合わせている。

 

 つまり、俺もその中にいた。

 

 エリス、ルイジェルド、コジローは、少し離れた場所で待っている。

 

 エリスは退屈そうに腕を組み、コジローは会話よりも森の奥へ注意を向けていた。

 

「で、なんなんだ、てめえらは」

 

 苛立った声を上げたのは、『スーパーブレイズ』のリーダーだった。

 

 名前はブレイズ。

 

 リカリスへ着いた初日、俺たちを笑った豚顔の男だ。

 

 悪口ではない。

 

 本当に豚の頭をしている。

 

 門番にも同じ種族がいたが、正確な種族名は覚えていない。

 

 俺の中では豚頭族(オーク)で統一されている。

 

 スーパーブレイズは、六人で構成された多種族のパーティーだ。

 

 魔大陸でBランクまで上がっている以上、全員が相応の経験と実力を持っているはずだ。

 

「俺たちは依頼で来たんだ!」

 

 不機嫌そうに言い返したのは、『トクラブ村愚連隊』のリーダー、クルトだ。

 

 彼らは三人組。

 

 いずれも、俺やエリスとそれほど歳が離れているようには見えない。

 

「僕らも同じです」

 

 俺が続けると、ブレイズは舌打ちした。

 

「ブッキングかよ。嫌な予感はしてたんだ」

 

「ブッキングって、なんだ?」

 

 クルトがおずおずと尋ねる。

 

「あぁ?」

 

 ブレイズの声が一段低くなった。

 

「まあまあ。ここは経験豊富な先輩から、初心者へ一つご教授願えませんかね」

 

 俺が揉み手をしながら間へ入ると、ブレイズは地面へ唾を吐いた。

 

「別々の依頼主が同じ件で依頼を出して、ギルドが気づかず全部貼り出しちまうことだよ」

 

 なるほど。

 

 依頼主が三人。

 

 依頼書も三枚。

 

 内容は違って見えるが、実際には同じ魔物や事件を指している。

 

 そういうことか。

 

 念のため、それぞれの依頼内容を聞く。

 

 スーパーブレイズは、石化の森へ現れた白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)の討伐。

 

 トクラブ村愚連隊は、森で発見された謎の卵の採取。

 

 俺たちデッドエンドは、正体不明の魔物の捜索。

 

「捜索? Dランクに、そんな依頼があったか?」

 

 クルトが首を傾げる。

 

「Cランクの依頼です。あなたたちがギルドを出た後に貼り出されたんですよ」

 

「そっちの方がよかったな……」

 

 クルトが小さくぼやく。

 

 三つの依頼は、確かに関係していそうだ。

 

 この森には本来、白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)は生息していない。

 

 それなのに討伐依頼が出たということは、誰かが目撃したのだろう。

 

 謎の影は白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)。

 

 謎の卵も、白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)の卵。

 

 そう考えれば、すべてがつながる。

 

 だが、まったく別の魔物が複数いる可能性もある。

 

 この段階で、同じものだと決めつけるのは早い。

 

「それで、こういう場合はどうするんです?」

 

「早い者勝ちだ」

 

 ブレイズが言い切ると、クルトが目を剥いた。

 

「お前らが先に魔物を倒したら、俺たちの依頼はどうなるんだよ!」

 

「卵だったか? 見つけたら割るに決まってんだろ。白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)に繁殖されたら困るからな」

 

 ブレイズは鼻で笑う。

 

「なあ、ルーデウス。お前からも何か言ってくれよ!」

 

 クルトが助けを求めるように俺を見た。

 

 白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)が倒されれば、謎の魔物を捜索する俺たちの依頼にも影響が出るかもしれない。

 

 もっとも、捜索が目的なのだから、白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)がいたと報告するだけで達成になる可能性はある。

 

 駄目だったとしても、途中で魔物を狩れば違約金分ぐらいは稼げるだろう。

 

「まだ、同じものだと決まったわけではありません。白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)とは別の魔物がいる可能性もありますよ」

 

「それで、一緒に捜そうってか?」

 

 ブレイズが露骨に嫌そうな顔をする。

 

「俺たちに、子守をしろとでも言うつもりか?」

 

「誰がお前らの世話になるって言った!」

 

 クルトが即座に噛みついた。

 

「そう言いながら、いざとなったら守ってもらうつもりなんだろ? Dランクには、この森は厳しいからな」

 

 なるほど。

 

 俺とクルトたちが、スーパーブレイズの後ろへついていき、安全に依頼をこなす。

 

 ブレイズは、そうなることを警戒しているのだ。

 

 彼らにしてみれば、負担だけが増える。

 

 無論、俺も一緒に行動するつもりはない。

 

 ルイジェルドが槍を振るうところを、ほかの冒険者へ見られたくない。

 

 強すぎるせいで、本物のスペルド族だと気づかれる可能性がある。

 

 コジローの剣も、目立ちすぎる。

 

「子守は必要ありません。『デッドエンド』は単独で動きます」

 

 一方的にそう告げ、俺は二人から離れた。

 

 ◇

 

 待っていた三人のもとへ戻る。

 

「何を話してたの?」

 

 エリスがすぐに聞いてきた。

 

「三つのパーティーが、同じ魔物を追っているかもしれないんです」

 

 俺は話の内容を簡単に説明した。

 

「それで、譲ったの?」

 

「まさか。早い者勝ちです」

 

「そう。なら、さっさと見つけに行きましょう!」

 

 エリスは剣の柄へ手を置き、嬉しそうに笑った。

 

 最近の仕事は、素材を傷つけないよう魔物を狩り、延々と剥ぎ取りを続けるものばかりだった。

 

 本人にしてみれば、冒険というより単純作業だったのだろう。

 

「コジローは、何か気になることがありますか?」

 

「さて。獲物の姿も定かでない狩りとは、妙な話ではあるな」

 

「依頼主も、はっきりとは見ていないらしいです」

 

「ならば、まず足跡を探すほかあるまい」

 

 もっともな意見である。

 

「いつもどおり、ルイジェルドさんに索敵してもらいましょう。僕らは謎の魔物を優先して──」

 

「待て」

 

 ルイジェルドが、森へ入っていくクルトたちを見ながら言った。

 

「どうしました?」

 

「あの三人が心配だ」

 

「トクラブ村愚連隊ですか?」

 

「ああ。あいつらの実力では、この森は危険すぎる」

 

「つまり?」

 

「手を貸す」

 

 やはり、そうなるか。

 

「なら、一緒に行けばいいじゃない」

 

 エリスは簡単に言う。

 

「一緒に行動すると、ルイジェルドさんがスペルド族だと気づかれるかもしれません」

 

「別にいいでしょ?」

 

「よくありません」

 

 仕方がない。作戦変更だ。

 

 まずはあの三人についていく。ついでに恩も売れれば悪くない。

 

 ただスペルド族だと知られれば、どんな騒ぎになるか分からない。

 

 命を救った相手なら、少なくともこちらを敵視することはないと思いたい……。

 

 そう信じたいところだが、魔大陸におけるデッドエンドへの恐怖は、そんなに単純なものではない。

 

「なら、後ろからついていきましょう」

 

「尾行するのか?」

 

「はい。後ろから追って、危険になった時だけ助けましょう」

 

 ルイジェルドは不満そうだったが、反対はしなかった。

 

 コジローは、森へ入っていく三人の背を眺めていた。

 

「どう思います?」

 

「年若くはある。されど、本人らは戦う者としてここへ来たのであろう」

 

「そうですね」

 

「とはいえ、危うい足取りよな。ルイジェルド殿が気に掛けるのも分からぬではない」

 

「では、見失わないうちに追いましょう」

 

 こうして俺たちは、トクラブ村愚連隊を尾行することになった。

 

 ◇

 

 クルトたちは意気揚々と森の奥へ進んでいった。

 

 先の尖った木々の間を、周囲へ十分な注意を払うこともなく歩いていく。

 

 ルイジェルドの眉間には、深い皺が刻まれていた。

 

「奴ら、森へ入るのは初めてなのか?」

 

「僕に聞かれても分かりませんよ」

 

「迂闊すぎる」

 

 その懸念は、すぐに現実となった。

 

 クルトたちは索敵に失敗し、一体のエクスキューショナーと遭遇した。

 

 人型の魔物。

 

 中身は、かつて冒険者だった者の成れの果てだという。

 

 巨大な剣を持ち、分厚い全身鎧を身に着けている。

 

 鎧が重いため、動きはそれほど速くない。

 

 だが、ひたすらに頑丈で、剣の扱いにも長けている。

 

 単独で現れ、大きさも人間と変わらない。

 

 それでもBランクに分類される強敵だ。

 

 しかも、倒すと剣も鎧も一緒に消える。

 

 危険なうえに金にもならない。

 

 冒険者にとっては、最悪の部類に入る魔物だろう。

 

 クルトたちは、遭遇した瞬間に逃げ出した。

 

「助けるぞ」

 

 ルイジェルドが身を乗り出す。

 

「待ってください。まだ逃げられます」

 

「しかし──」

 

「まだピンチじゃありません」

 

 エクスキューショナーは、全力で逃げるクルトたちへ追いつくほどではなかった。

 

 少しずつ距離が開いていく。

 

 このままなら、振り切れる。

 

 そう思った時だった。

 

 クルトたちの逃げた先で、木々の隙間から巨大な蛇が姿を現した。

 

 一匹。

 

 二匹。

 

 さらに、その奥にもいる。

 

 アーモンドアナコンダ。

 

 体長三メートルほどの蛇型の魔物で、胴にはアーモンドに似た模様が並んでいる。

 

 強力な毒牙を持ち、動きは素早い。

 

 数匹で群れ、耐久力も高い。

 

 こちらもBランク相当の強敵だ。

 

 背後にはエクスキューショナー。

 

 正面にはアーモンドアナコンダの群れ。

 

 挟み撃ちにされたクルトたちは、泣くことも笑うこともできないような顔をしていた。

 

「今度こそ助けるぞ!」

 

「もう少し待ってください」

 

 俺は、再びルイジェルドを止めた。

 

 すぐに飛び出すより、ぎりぎりまで待った方が恩は大きくなる。

 

 多少の怪我なら、治癒魔術で治せる。

 

 絶体絶命のところへ現れ、鮮やかに救出する。

 

 そうすれば、正体を知られてもこちらへ好意的になってくれるかもしれない。

 

 完璧な作戦。

 

 そう思っていた、その時。

 

 エクスキューショナーが、大剣を振り上げた。

 

 コジローの目が細まり、その足が地を蹴る。

 

 だが、姿を悟られぬよう取っていた距離が、今だけは遠すぎた。

 

 長刀が届くより早く、大剣が振り下ろされた。

 

「あっ!」

 

 エリスの叫び。

 

 鳥の顔をした少年の体が、二つに分かれて宙を舞った。

 

 一撃だった。

 

 俺の頭から、すべての計算が吹き飛んだ。

 

 見誤っていた。

 

 これから危険になるのではなかった。

 

 彼らは、すでに死の淵へ立っていたのだ。

 

「だから言った!」

 

 ルイジェルドの怒声が響く。

 

 俺は返事もできず、エクスキューショナーへ岩砲弾を放った。

 

 同時に、ルイジェルドとエリスが飛び出す。

 

 すでに駆け出していたコジローは、クルトたちと魔物の間へ滑り込んだ。

 

 岩砲弾がエクスキューショナーへ直撃する。

 

 倒せた。

 

 そう思ったが、魔物は立っていた。

 

 右腕だけが吹き飛び、巨大な剣が地面へ落ちている。

 

 慌てたせいで、狙いがずれたのだ。

 

 エクスキューショナーは残った左手で剣を拾い、こちらへ駆けてくる。

 

 遠くから見ていた時とは違う。

 

 重い全身鎧からは想像もできない速さだった。

 

 だが、もう外さない。

 

 俺は足元の土を泥へ変えた。

 

 エクスキューショナーの片足が沈み、前のめりに倒れる。

 

 その真上へ巨大な岩塊を作り出し、勢いよく落とした。

 

 鈍い音とともに、鎧ごと地面へ押し潰す。

 

 一方、ルイジェルドとエリスはアーモンドアナコンダへ斬り込んでいた。

 

 槍が蛇の頭部を貫く。

 

 エリスの剣が、迫る牙を横から叩き斬る。

 

 別の一匹が、生き残った二人へ回り込もうとした。

 

 すでにその前へ立っていたコジローの長刀が閃く。

 

 金属音が一つ。

 

 次の瞬間には、アーモンドアナコンダの頭部が地面へ落ちていた。

 

 コジローは追撃に加わらず、残された二人の前へ立った。

 

 長刀を低く構え、彼らへ近づく魔物だけを通さない。

 

 ほどなくして、戦闘は終わった。

 

 エクスキューショナーは岩の下。

 

 アーモンドアナコンダは、すべて地面へ倒れていた。

 

 生き残ったクルトは、真っ青な顔で肩を上下させていた。

 

 その傍らでは、四本腕のバチロウも青ざめたまま、倒れたガブリンを見つめている。

 

「た、助かった……。お前ら、強かったんだな……」

 

 楽勝だった。

 

 俺たちにとっては、倒せる相手だった。

 

 それなのに、一人を助けられなかった。

 

「助けるのが遅れた。悪かった」

 

 クルトの目には、俺たちへの憧れの色が浮かび始めていた。

 

 その視線に耐えられず、俺は顔を背けた。

 

 視線の先には、上下に分かれた少年の死体がある。

 

 嘴のある顔。

 

 名前は、確かガブリン。

 

 俺が余計な計算をしなければ、死なずに済んだ。

 

 そう考えた瞬間、胸倉を掴まれて木に押し付けられた。

 

「あれは、お前のせいだ」

 

 ルイジェルドが、死体を顎で示した。

 

 エリスは死体と俺たちを交互に見ている。

 

 コジローは動かなかった。

 

 ルイジェルドに俺を傷つけるつもりはないと、分かっているらしい。

 

「はい……」

 

「三人とも助けられた!」

 

 分かっている。

 

 俺だって、こんな結果を望んだわけではない。

 

 最善を選んだつもりだった。

 

 できるだけ大きな成果を得ようとしただけだ。

 

 反省している。

 

 後悔もしている。

 

 なのに、どうして今、さらに責められなければならないのか。

 

 胸の奥で、情けない怒りが膨れ上がった。

 

「俺だって一生懸命なんだよ!」

 

 気づけば、声を荒らげていた。

 

「ここ一番で、できるだけ大きな成果を出そうとしたんだ! なんで、それを責められなきゃならないんだよ!」

 

「死んだからだ!」

 

 短い言葉が、真っ直ぐ突き刺さった。

 

「ぐっ……」

 

 何も言い返せなかった。

 

 俺が殺したようなものだ。

 

 エリスも今日は黙っている。

 

 彼女も思うところがあったんだろうか。

 

 死んだ少年を、じっと見つめていた。

 

 コジローは一度だけガブリンへ目を向け、それから俺を見た。

 

 責めるでもない。

 

 慰めるでもない。

 

 何も言わなかった。

 

 その沈黙が、かえって胸に残った。

 

「お、おい。仲間割れはやめてくれよ。仲間が死んだのは、俺たちのせいなんだから……」

 

 止めに入ったのは、クルトだった。

 

「お前には関係ない。こいつの問題だ」

 

「関係はないけど、分かるさ!」

 

 クルトは引かなかった。

 

「俺たちが戦っているのを見て、助けるか見捨てるかで意見が割れたんだろ?」

 

 違う。

 

 意見は割れていなかった。

 

 ルイジェルドは最初から助けようとしていた。

 

 俺が独断で止めただけだ。

 

「確かに、あんたらは強い。でも、助けに入れば万が一だってある。俺たちを助ける義理もないだろ!」

 

 ルイジェルドの髪が逆立つ。

 

「義理の問題ではない! 子供を助けるのは、大人の責任だ!」

 

 その言葉を聞き、クルトの顔に怒りが浮かんだ。

 

「俺たちは子供じゃない!」

 

 クルトは拳を握りしめた。

 

「冒険者だ! ルーデウスのリーダーとしての判断は正しい!」

 

 ルイジェルドが言葉を詰まらせる。

 

 だが、俺は自分の判断が正しかったとは思えない。

 

「仲間が死んだのだぞ」

 

「見れば分かる!」

 

 クルトの声が震えた。

 

「俺たちだって、このままずっと三人でやっていけると思ってた! でも、死ぬかもしれないことぐらい、覚悟してここへ来たんだ!」

 

 胸が痛んだ。

 

 俺には、そんな覚悟などなかった。

 

 冒険者という仕事を、金を稼ぐ手段としてしか見ていなかった。

 

「若くても、年寄りでも、冒険者なら覚悟してる! ガブリンのことは、俺たちの問題だ!」

 

 青臭い言葉だ。

 

 世間を知らない若者の意地だと言うこともできる。

 

 だが、そこには必死さがあった。

 

 所持金と冒険者ランクばかりを気にして、依頼をゲームのように扱っていた俺に、欠けていたものだ。

 

「助けてもらったことには感謝してる。でも、仲間のことは俺たちの責任だ。依頼の危険を見誤った、リーダーである俺の責任なんだ」

 

 ルイジェルドは、しばらくクルトを見つめていた。

 

 やがて胸倉から手を離し、俺を地面へ下ろす。

 

「クルトと言ったな」

 

「あ、ああ」

 

「子供扱いして悪かった。お前たちは、一人前の戦士だ」

 

 クルトは返事をしなかった。

 

 ただ、歯を食いしばりながら頷いた。

 

 ルイジェルドは俺へ向き直る。

 

「ルーデウス。すまなかった」

 

「謝らないでください」

 

 俺は首を振った。

 

「俺が間違えた事実は、消えません」

 

「いや。お前は、彼らの戦士としての誇りを守ろうとしたのだ。すぐに助けようとした俺の方が浅はかだった」

 

「違います」

 

 そんなことは、一切考えていなかった。

 

 俺が考えていたのは、恩を高く売ることだけだ。

 

「あの二人組の時も、そうだったな……」

 

 ルイジェルドは、一人で納得してしまった。

 

 俺は納得できない。

 

 今回の失敗は、必ず反省しなければならない。

 

 何が悪かったのか。

 

 次に同じ状況へ遭遇した時、どう判断すべきなのか。

 

 一つずつ整理しなければならない。

 

 そう思う一方で、ルイジェルドが勝手に好意的な解釈をしてくれたことへ、安堵している自分もいた。

 

 勘違いしてくれるなら、それでいい。

 

 結果的に関係が壊れなかったなら、よかったではないか。

 

 そんな浅ましい考えが、心の底から浮かんでくる。

 

 自分が嫌になりそうだった。

 

 ◇

 

 クルトたちは、ガブリンの死体を抱えて町へ戻ることになった。

 

 俺たちは、せめて森の入り口まで護衛した。

 

 ルイジェルドなら、町まで送ろうと言い出すかと思った。

 

 だが、そうはしなかった。

 

 彼はクルトたちを、守られるべき子供ではなく、自分の意志で戦う戦士として認めたのだ。

 

 森の入り口へ着くと、クルトは死んだ仲間を背負ったまま振り返った。

 

「一人欠けた。無事に町まで戻れないかもしれない」

 

 それでも、と続ける。

 

「死ぬ覚悟はしてる」

 

 その背中は、ひどく物悲しく見えた。

 

 エリスが駆け寄る。

 

「頑張りなさいよ!」

 

 人間語なので、クルトには通じない。

 

 それでも、エリスの表情と声から、言いたいことは伝わったらしい。

 

「ありがとう……確か、こうだったか?」

 

 クルトはエリスの手を取った。

 

 そして、親指の付け根あたりへ軽く口づけをした。

 

「えっ!」

 

 エリスが固まる。

 

 俺も固まった。

 

 クルトは満足そうに笑い、仲間とともに街道を歩いていった。

 

 エリスは我に返ると、口づけされた部分を鎧の裾で何度も擦った。

 

「ち、違うんだから!」

 

 何が違うのかは分からない。

 

 革の手袋越しなのだから、そこまで必死になる必要もない気がする。

 

「これ、もう使わないから!」

 

 エリスは手袋を外すと、森の奥へ放り投げた。

 

「装備品を投げるな!」

 

「新しいものを買う金が勿体ないでしょう!」

 

 ルイジェルドと俺の声が重なる。

 

 反射的に叫んだとはいえ、こんな時まで金のことが口から出てしまう。

 

 我ながら、重症である。

 

「うるさい!」

 

 エリスは涙目で地団駄を踏んだ。

 

 こんな姿を見るのは久しぶりだ。

 

 手の甲への口づけ。

 

 あれには、何か特別な意味があるのだろうか。

 

「ルーデウス! はい!」

 

 エリスが、俺の目の前へ手を差し出した。

 

 俺は反射的に舐めた。

 

「──っ!」

 

 エリスの顔が真っ赤になる。

 

 次の瞬間、拳が飛んできた。

 

 意識を刈り取られかねない、本気の一撃だった。

 

 首の骨が折れるかと思った。

 

 この拳なら世界を狙える。

 

 そんなことを考えながら、俺は無様に地面を転がった。

 

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