一九三二年六月
同日午前、町広場において失業者、商工業者、労働組合員、退役軍人、慈善団体関係者および政治団体構成員による合同集会が開催された。
町役場への申告参加人数は五百名。
警察による概算最大人数は千四百名。
見物人、通行人、参加団体に所属しない者を含めた総数は不明。
集会で確認された要求は以下のとおり。
地域雇用の拡大。
技能登録者への短期作業配分。
食品価格の引下げ。
外部委託先選定基準の公開。
小規模商店の保護。
国外出身者の採用状況説明。
外国資本による地域支配の阻止。
WILK経営陣の退陣。
WILK工場の地域共同管理。
最後の二項目は、開催申請時の要求書には存在しなかった。
午後、集会参加者の一部がWILK正門前へ移動した。
石、瓶、木片その他が投擲された。
同工場警備員に銃器使用なし。
武器庫開扉なし。
負傷者は工場関係者、集会参加者、警察官および身元不明者を含む。
死者数については記録ごとに差異がある。
本記録は、誰が最初に暴力を用いたかを確定するものではない。
確定できなかったためである。
朝の広場には、まだ隙間があった。
演説台の前。
旗と旗の間。
警察が張った縄の内側。
集会へ来た者たちは、知人を見つけて挨拶をした。
昨日まで同じ工場にいた者。
同じ技能登録の列へ並んだ者。
同じ店で掛売りを頼んだ者。
子供が同じ学校へ通う者。
仕事を失った者もいれば、週に二日だけ働いている者もいる。
まだ仕事がある者もいた。
商店主は店を閉めて来た。
閉めずに、妻へ任せて来た者もいる。
失業者の一人は、妻が作った小さな包みを持っていた。
パン。
干したリンゴ。
水。
長い集会になるかもしれない。
彼は隣に立つ男へ半分を渡した。
「食うか」
「あとでいい」
「腐らんぞ」
「腹が減ってから食う」
二人は笑った。
その時点では、まだ笑えた。
最初に演説台へ立ったのは失業者代表だった。
閉鎖された農業機械工場の元職工。
声は大きくなかった。
拡声用の漏斗へ顔を寄せる。
「我々は仕事を求めています」
広場から声が返る。
「そうだ!」
「施しではありません」
「そうだ!」
「登録札を持ち、呼ばれる日を待つだけでは、家族を養えません」
拍手。
「短期でもよい。修理でもよい。道路でも、荷役でもよい。働いた分だけ払われる仕事を求めます」
強い拍手。
演説台の横で、商店会代表が頷いていた。
労働組合の書記も頷く。
牧師は胸の前で手を組んでいる。
要求は明快だった。
仕事。
それだけなら、WILK側にも話す余地があった。
次に商店会代表が立った。
「我々は、地域の商店を守ることを求めます」
拍手は少し小さくなった。
「大きな会社が食品も、冷蔵設備も、箱も、台車も作れば、小さな店や工房はどうなる!」
「そうだ!」
「商品を置けば売国と呼ばれ、置かなければ客を失う。町の商売を、町の者が決められない状態を終わらせなければならない!」
今度は商店主たちが強く拍手した。
失業者の一部は聞いていた。
一部は隣と話していた。
仕事を求める者と、WILKの商売を制限したい者。
目的は近いようで、同じではない。
三人目。
労働組合の書記。
「会社は採用基準を公開せよ!」
広場の後方から声。
「紹介をなくせ!」
「地元を先にしろ!」
書記は続けた。
「技能を持つ者が門前で待つ一方、誰かの紹介を受けた者が先に入る。その疑いをなくすためにも、透明な選考が必要である!」
年配の旋盤工は、広場の端で聞いていた。
今日は工場へ行かなかった。
仕事はあった。
だが朝、監督へ休みを求めた。
同じ列に並んだ者たちが何を言うか、自分の耳で聞きたかった。
彼の少し前に、門前で最初に声を上げた男が立っている。
まだ互いに話していない。
演説が三人目を終える頃、広場の隙間はなくなっていた。
町の外から来た者もいた。
近隣の閉鎖工場。
鉄道沿線の失業者団体。
別の町の政治組織。
集会の話を聞いて見物に来た若者。
酒の匂いをさせた者もいた。
旗が増える。
最初からあった旗の後ろに、別の旗が立つ。
文字も強くなる。
仕事を町へ。
その隣。
町を取り戻せ。
さらに後ろ。
外国人の会社を許すな。
失業者代表は、その旗を見つけた。
演説台を降りたばかりだった。
旗を持つ若者へ近づく。
「その旗は下ろせ」
若者が彼を見る。
「なぜだ」
「外国人を追い出す集会ではない」
「誰が追い出すと言った」
「許すなと書いてある」
「会社を許すなだ」
「人間もいる」
「同じだろう」
失業者代表の顔が硬くなった。
「同じではない」
若者は笑った。
「仕事を奪った者の味方をするのか」
「誰が奪った」
「見れば分かる」
「何を見た」
若者は煙突を指した。
広場からも、WILKの煙が見える。
「動いている」
それだけだった。
最後に演説台へ上がったのは、町へ来て日が浅い政治活動家だった。
開催申請書に名前はない。
だが、漏斗の前へ立った時には、誰も止めなかった。
彼は最初、穏やかに話した。
「皆さんの要求は正当です」
拍手。
「仕事を求めることも」
拍手。
「商店を守ることも」
拍手。
「家族へ食べさせることも」
さらに拍手。
「では、なぜ我々にはそれがないのか」
広場が静かになる。
活動家は間を置いた。
「仕事が消えたからでしょうか」
誰かが答える。
「そうだ!」
「本当に、消えたのでしょうか」
活動家は煙突を指した。
「煙は出ている」
何人かが同じ方向を見る。
「パンもある」
「そうだ!」
「倉庫もある」
「あるぞ!」
「海外へ送る商品もある!」
「そうだ!」
声が増える。
活動家は少しずつ声を強くした。
「なら、仕事は消えていない!」
拍手。
「誰かの手へ集められたのだ!」
広場の空気が動いた。
失業者代表が演説台へ近づく。
「話を変えるな!」
活動家は聞こえないふりをした。
「我々の町で作り!」
「そうだ!」
「我々の道を使い!」
「そうだ!」
「我々の働き手を選び!」
「そうだ!」
「利益だけを国外へ送る!」
ユダヤ人実業家が国外へ利益を送っているという証拠はない。
むしろ利益の多くは工場、食堂、倉庫、支社維持へ戻されている。
だが、その場で帳簿を開く者はいない。
活動家が叫ぶ。
「誰が町を奪った!」
一瞬、答えはなかった。
そして後方から声。
「WILKだ!」
別の声。
「外国人だ!」
さらに別の声。
「商人どもだ!」
「ユダヤ人だ!」
その言葉が出た瞬間、牧師が演説台へ上がろうとした。
「やめなさい!」
活動家の横へ手を伸ばす。
だが周囲の者に押される。
強くではない。
ただ、人が多すぎた。
牧師は台から落ちかけ、別の男に支えられた。
失業者代表が漏斗を奪おうとする。
活動家は離さない。
「そんな話をしに来たんじゃない!」
「皆さんの声を止めるな!」
「お前の声だ!」
群衆から聞こえたのは、その最後だけだった。
声を止めるな。
歓声が上がった。
WILK正門では、守衛が広場の方角を見ていた。
音はまだ遠い。
言葉までは分からない。
ただ、歓声だけが風に乗る。
ポーランド軍将校は警備員を並べた。
銃なし。
警棒。
革手袋。
厚い作業着。
顔を覆う物は使わせない。
「門の外へ出るな」
「はい」
「挑発へ返事をするな」
「はい」
「工場名を罵られても、家族を罵られても、返事をするな」
若い警備員の顎が動いた。
「はい」
返事はした。
納得したわけではない。
元白軍将校は武器庫の前にいた。
二つの錠。
一本の鍵は彼。
もう一本はポーランド軍将校。
扉の向こうには緑の麻袋。
十一粍。
七・九二粍。
短帯。
航空機から外された銃もある。
工員たちの一部は、そこに何があるか知っている。
知らない者も、武器庫であることは知っていた。
元白軍将校は扉の前へ椅子を一つ置き、座った。
元ドイツ軍技術者が通りかかる。
窓板の固定具を確認していた。
「そこで何をしている」
「座っている」
「見れば分かる」
「誰も開けないようにする」
「鍵がなければ開かない」
「鍵を持つ者がいる」
元ドイツ軍技術者は彼を見る。
「自分も含めてか」
「そうだ」
元ドイツ軍技術者は何も言わず、次の窓へ向かった。
食堂には黄色い麻袋。
医務室には赤い麻袋。
元独立運動家は二輪台車を並べていた。
通常の荷役用。
担架板付き。
医療箱付き。
水樽用。
全部、同じ車輪。
ユダヤ人実業家が名簿を持って来た。
「工員家族は」
食堂主任が答える。
「現在、四十三名です」
「増えたら」
「第二食堂を開けます」
「子供は」
「奥の倉庫。窓が少ない」
元ドイツ軍技術者が口を挟む。
「出口も少ない」
「裏口があります」
「荷物をどけろ」
「もうどけました」
ポーランド軍将校が入ってきた。
「広場から人が動いた」
全員が止まる。
「こちらへ?」
「一部だ」
元白軍将校が武器庫前から声を掛けた。
「人数は」
「分からん」
「旗は」
「多い」
「警察は」
「間に入ると言っている」
元白軍将校が鼻を鳴らす。
「入れればな」
ポーランド軍将校は彼を睨んだ。
「煽るな」
「事実だ」
ユダヤ人実業家は上着を整えた。
「代表者と話します」
四人が同時に彼を見る。
「出るな」
元白軍将校。
「危険です」
ポーランド軍将校。
「門前では話せない」
元ドイツ軍技術者。
「代表者が誰か分からない」
元独立運動家。
ユダヤ人実業家は答えた。
「私の名前が出ているなら、私が話すべきです」
元白軍将校が立ち上がる。
「お前の話ではない」
「私の名前を使っています」
「名前を使っているだけだ」
「だからこそ」
「出れば、連中の話に形を与える」
ユダヤ人実業家は彼を見る。
元白軍将校は続けた。
「お前を見れば、あれが敵だと言える」
部屋が静かになった。
ポーランド軍将校が言った。
「代表者だけ中へ入れる」
元独立運動家が尋ねる。
「誰を代表者とする」
「申請書の五人だ」
「政治活動家は入れない」
「申請にない」
「群衆が認めるか」
誰も答えなかった。
外から、最初の叫びが聞こえた。
まだ門までは遠い。
だが近づいている。
仕事を返せ!
集会の先頭にいたのは、最初から歩くつもりだった者ではなかった。
広場で演説を聞き、誰かがWILKへ行くと言い出し、その後ろへ付いただけの者も多い。
失業者代表は先頭へ出ようとしていた。
「広場へ戻れ!」
誰も聞かない。
「役場へ要求書を出すんだ!」
返事。
「WILKに直接言えばいい!」
「代表者だけで行く!」
「また代表者だけか!」
「俺たちを置いて話を決めるな!」
最初は歩いていた。
次第に速くなる。
後ろから押される。
旗が揺れる。
子供を連れた者が路地へ抜ける。
見物人は建物の脇へ避ける。
それでも付いていく者もいる。
何が起きるか見たい。
何も起きなければ笑って帰る。
何か起きれば、見たと語れる。
沿道の窓が閉まる。
鎧戸が下りる。
商店主は扉へ閂を掛ける。
WILK製品を棚の奥へ隠した店も、
WILK製品を置かなかった店も、
同じように戸を閉めた。
群衆は店の違いを見なかった。
正門前。
警察の列。
その向こうにWILKの門。
さらに内側に警備員。
群衆は止まった。
後ろは止まらなかった。
前の者が押される。
警察官が両手を広げる。
「押すな!」
誰も押しているつもりはない。
全員、後ろから押されていると思っている。
失業者代表が警官へ叫ぶ。
「申請書の代表者を通せ!」
警察官が頷く。
「五名まで!」
政治活動家が前へ出る。
「私も入る」
「名簿にない」
「民衆が選んだ」
「いつ」
「今だ!」
周囲から拍手。
失業者代表が彼の腕を掴む。
「お前は来るな」
活動家が大声を出す。
「話し合いを拒むのか!」
「お前とは話さない!」
群衆の後方には、何が起きているか見えない。
聞こえたのは、
話し合いを拒む。
その言葉だけだった。
「拒否したぞ!」
誰かが叫ぶ。
「最初から話す気がない!」
「門を開けろ!」
声が重なる。
門の内側で、若い警備員が警棒を握り直した。
元白軍将校が武器庫の方から来た。
「力を抜け」
「来ます」
「握りすぎれば動けん」
「門を越えます」
「まだ越えていない」
「時間の問題です」
元白軍将校は群衆を見る。
同じ町の者たち。
知っている顔もある。
食堂へパンを納めた男。
機械工場で働いていた者。
軍で見たことのある退役兵。
技能登録へ来た年配者。
旗の後ろには、顔の見えない者。
「まだ敵ではない」
若い警備員が彼を見る。
「向こうもそう思っていますか」
元白軍将校は答えなかった。
門の小窓が開いた。
ポーランド軍将校が外へ声を掛ける。
「申請代表者五名を受け入れる!」
群衆から怒号。
「全員で話せ!」
「隠れるな!」
「ユダヤ人を出せ!」
その言葉に、門内の何人かが動いた。
警備員。
工員。
家族。
元白軍将校が振り返る。
「見るな」
だが聞こえている。
「ユダヤ人を出せ!」
「外国人を出せ!」
「町を返せ!」
元独立運動家が食堂入口を閉める。
中の子供が泣き始める。
母親が口を押さえる。
「静かに」
子供は余計に泣く。
元ドイツ軍技術者は窓板を差し込んだ。
一枚。
二枚。
外の光が細くなる。
「全部塞ぐな!」
ポーランド軍将校が叫ぶ。
「上を残している!」
「外が見えない!」
「石は見なくても入る!」
その直後。
何かが門へ当たった。
乾いた音。
全員が止まる。
石が一つ。
門の鉄板へ当たり、地面へ落ちた。
外で笑い声が起きた。
拍手も少し。
投げた者は見えない。
元白軍将校は落ちた石を見た。
「始まった」
ポーランド軍将校が叫ぶ。
「警備員、動くな!」
二つ目。
門の上を越えた。
事務棟の窓へ当たる。
ガラスが割れる。
中から悲鳴。
外で歓声。
その歓声に驚いて、後方の者が前へ押す。
警察の列が曲がる。
三つ目。
誰かの頭へ当たった。
群衆側。
男が倒れる。
血。
周囲が叫ぶ。
「中から投げた!」
実際には、門の上部へ当たって跳ね返った石だった。
それを見た者もいた。
見なかった者もいる。
「中からだ!」
一人が叫ぶ。
次には十人が叫ぶ。
「WILKが投げた!」
門内の警備員が否定する。
「投げていない!」
声は届かない。
届いても信じられない。
石が増えた。
一つ。
五つ。
十。
誰が最初に拾ったか、もう意味はなかった。
広場から遅れて来た者は、門前へ着いた時には既に石が飛んでいるのを見た。
彼らにとって、石の投げ合いは最初から始まっていた。
工場側も投げていると聞いた。
警察が先に殴ったとも聞いた。
集会の代表者が捕まったとも聞いた。
ユダヤ人実業家が国外へ逃げたとも。
何一つ確認されていない。
だが群衆の中で、確認する場所はない。
人は隣の言葉を聞く。
隣も、その隣から聞いただけだった。
一人が空き瓶を投げた。
割れる。
誰かが旗竿で警察の盾を押す。
警察官が警棒で払う。
旗竿の男が倒れる。
後ろからは、警察が殴ったように見える。
「やり返せ!」
叫び。
縄が切れる。
警察の列へ人が流れ込む。
警官一人が転倒。
別の警官が引き上げようとして、群衆の腕を殴る。
その男は殴られた理由を知らない。
自分は前へ押されただけだった。
彼も怒る。
隣の男も怒る。
警官を殴ろうとした者を、失業者代表が止める。
「やめろ!」
背後から拳が飛ぶ。
失業者代表がよろめく。
誰が殴ったか見えない。
「裏切り者だ!」
声。
先ほどまで彼の演説へ拍手していた者の声だったかもしれない。
門の内側。
若い工員が大きなスパナを持って現れた。
元白軍将校が止める。
「置け」
「窓を割られました!」
「置け」
「妻が中にいる!」
「だから置け」
「向こうは棒を持っている!」
「それを持って門へ行けば、お前も棒を持った側だ」
若い工員の目が赤い。
「黙ってやられろと?」
「下がれと言っている」
「門を越えたら!」
「越えてから考えろ」
「遅い!」
元白軍将校はスパナを掴んだ。
若い工員が離さない。
「放せ!」
「お前が放せ」
「家族を守る!」
「家族の前で人を殺す気か!」
工員の手が止まる。
「殺すつもりは」
「工具で頭を殴れば死ぬ」
「ならどうすれば」
元白軍将校はスパナを取り上げた。
「生きて帰ることを考えろ」
工員は拳だけになった。
それでも門を睨んでいる。
「向こうは敵です」
元白軍将校は石の音を聞いた。
「まだだ」
「いつ敵になる!」
元白軍将校は答えた。
「こちらが殺すと決めた時だ」
門の外で、荷車が横倒しにされた。
誰が倒したのか分からない。
群衆が押したのか。
持ち主が盾にしようとしたのか。
荷車の上には空の木箱。
それが崩れ、板が道へ散る。
誰かが板を拾う。
盾にする。
別の者は棒にする。
日常の道具が、用途を変える。
門を叩く。
金具が鳴る。
警備員が内側から押さえる。
元ドイツ軍技術者は門の支柱を見た。
「左が先に抜ける」
ポーランド軍将校が怒鳴る。
「今それを言うな!」
「補強を持ってこい!」
元独立運動家が二輪台車で木材を運ぶ。
「どこへ」
「左支柱」
板。
楔。
鎖。
工員たちが押し込む。
外から門が揺れる。
内側で補強が組まれる。
「台車をどけろ!」
「次を運ぶ!」
「赤袋を優先しろ!」
医務室から声。
最初の負傷者が入っていた。
窓ガラスで腕を切った事務員。
頭へ石を受けた警備員。
赤袋が開かれる。
包帯。
消毒薬。
副木。
医療係が傷を確認する。
「次!」
門外にも倒れた者がいる。
警察官。
集会参加者。
見物人。
誰も運べない。
群衆が押し合っている。
その中で、一人の女が叫んでいた。
「息子が倒れた!」
誰も聞かない。
声が多すぎる。
女は門へ近づこうとする。
押し戻される。
倒れた少年は、十六か十七。
集会へ来たのか、見物に来たのか分からない。
足を踏まれ、頭を打っている。
元独立運動家が門の小窓から見つけた。
「外に一人倒れている」
ポーランド軍将校が見る。
「開けられない」
「小門なら」
「群衆が入る」
元白軍将校が近づく。
「警察へ合図しろ」
「警察列が崩れている」
元独立運動家は二輪台車を指した。
「縄を付けて出す」
元ドイツ軍技術者が即座に言う。
「人を載せる前に転倒する」
「板を低くする」
「車輪止めは」
「外へ行く者が要る」
若い工員が前へ出た。
「俺が行く」
元白軍将校が彼を見る。
先ほどスパナを奪われた男。
「武器は持つな」
「分かっています」
「殴られても戻れ」
「はい」
「相手を殴るために行くな」
工員は一瞬、門外を見る。
「人を拾いに行きます」
小門が開く。
一人分。
警備員二人が体で隙間を塞ぐ。
若い工員と医療係が低い台車を押して出る。
石が飛ぶ。
一つが台車へ当たる。
「WILKが出てきた!」
叫び。
別の声。
「怪我人だ!」
一瞬、石が減る。
若い工員は倒れた少年へ辿り着く。
母親が彼の腕を掴む。
「助けて!」
「離して、載せる!」
周囲の男二人も手を貸す。
一人は、さっき門へ石を投げた者だった。
自分でも忘れていない。
だが今は少年の脚を持つ。
台車へ載せる。
医療係が頭を支える。
戻る。
群衆の中から声。
「連れていくな!」
「WILKに捕まるぞ!」
母親が叫ぶ。
「治してくれるならどこでもいい!」
その一言に、誰も反論できなかった。
小門が開く。
少年。
母親。
医療係。
若い工員。
中へ入る。
すぐ閉じる。
外からまた門が叩かれた。
医務室。
少年の頭から血。
呼吸はある。
医療係が処置する。
母親は泣きながら手を握る。
黄色い麻袋から水が出される。
「飲ませないで」
「なぜ」
「意識が曖昧です」
母親は水筒を握る。
隣では、頭に包帯を巻かれた警備員が座っている。
少年を見ている。
少年の服には、集会の印が付いていた。
警備員は何も言わなかった。
母親が彼に気付く。
「あなたたちが投げた石で」
警備員の顔が硬くなる。
「投げていない」
「皆そう言う!」
「本当に投げていない!」
医療係が二人の間へ入る。
「今は黙ってください」
母親は泣く。
警備員は壁を見る。
双方とも、自分が嘘を言っているとは思っていない。
外では、誰かが火を持ち出した。
空き瓶。
布。
燃料。
見た者が止める。
「火はやめろ!」
「門を開けさせる!」
「工場には燃料がある!」
「だから燃える!」
「町ごと燃えるぞ!」
火を持った若者は腕を振り払う。
政治活動家が少し離れた場所から見ている。
止めない。
自分で投げもしない。
失業者代表が人を掻き分けて近づく。
顔に血。
「火を消せ!」
若者が叫ぶ。
「臆病者!」
「仕事を求めに来たんだ!」
「仕事は中にある!」
「燃やしたらなくなる!」
その言葉に、周囲の何人かが止まった。
工場を燃やせば、仕事は戻らない。
分かる。
だが別の声。
「中の連中が独り占めしている!」
若者が瓶を持ち上げる。
失業者代表が飛びつく。
二人が倒れる。
瓶が道へ落ちる。
割れる。
火が広がる。
人々が逃げる。
燃えたのは工場ではない。
倒された荷車。
木箱。
旗の端。
煙。
悲鳴。
群衆は、火がどこから出たか分からないまま動いた。
前へ逃げる者。
後ろへ逃げる者。
転ぶ者。
踏まれる者。
警察が押し返す。
門前が一瞬空き、また埋まる。
WILK食堂では、黄色い袋が開かれた。
避難してきた家族へパン。
水。
乾燥チーズ。
子供たちは、外の音を聞きながら食べる。
一人が尋ねた。
「戦争なの」
母親は答えられない。
元白軍将校が通りかかった。
子供は彼にも尋ねる。
「戦争?」
元白軍将校は立ち止まる。
「違う」
「でも音がする」
「人が騒いでいるだけだ」
「怖い」
「そうだな」
「いつ終わる」
元白軍将校は門の方を見る。
「皆が疲れたら」
子供はパンを握った。
「すぐ?」
「分からん」
彼は嘘をつかなかった。
世界の別の場所でも、同じ週。
フランス。
WILK支社の冷蔵倉庫前へ、港湾労働者の集会から分かれた四十余名が来た。
外国の食料を売るな。
倉庫の乳製品はフランス国内で作られた物だった。
支社員が説明した。
聞かれなかった。
窓二枚。
負傷者一名。
英国。
港の倉庫街。
外国人労働者の解雇を求める集会。
当日勤務していた二十二名のうち、十九名が英国籍だった。
名簿を見せようとした管理人は、
名簿を偽造している。
と言われた。
石が三つ。
窓一枚。
その夜、別の通りで移民商店の看板が剥がされた。
ドイツ。
週三日操業の工員たちが、夜勤を続ける部品工場の前へ集まった。
外国資本の犬。
工場は国内五社へ部品を納めていた。
WILK向けは売上の一割以下。
説明した職長は殴られた。
翌朝、新聞は労使間の小規模衝突と報じた。
アメリカ。
食料配布所。
黄色い袋を受け取った男が、まだ受け取っていない男に殴られた。
中身は同じ。
順番は到着順。
殴った男は、
先に割り込んだ。
と主張した。
列の者の証言は分かれた。
農村。
借金を返し終えた農家の納屋が燃えた。
隣人は何も見ていない。
その農家は翌月、土地を売った。
買った者は、火事とは無関係だった。
少なくとも記録上は。
同じ命令はない。
同じ組織もない。
言葉も違う。
旗も違う。
それでも、その週の各地で人々は、
自分より少しだけ持っている者を見つけた。
そして、
なぜ自分ではない。
と考えた。
答えが見つからない時、
あいつが持っているからだ。
という説明は、よく働いた。
WILK正門前。
雨が降り始めた。
最初は小さい。
熱を持った石畳へ落ちる。
火を消すほどではない。
だが煙を低くする。
群衆の顔へ黒い水が流れる。
警察の増援が到着した。
馬。
警棒。
盾。
銃は肩に掛けられている。
抜かれてはいない。
それを見た群衆の一部が逃げる。
一部は怒る。
「軍を呼んだぞ!」
軍ではない。
警察。
だが制服と銃は、遠目には同じだった。
政治活動家は後ろへ下がった。
旗を別の者へ渡す。
失業者代表は燃えた荷車の側で座り込んでいた。
腕を傷めている。
彼はまだ叫ぶ。
「帰れ!」
誰に向けているか、自分でも分からない。
群衆へ。
警察へ。
WILKへ。
政治活動家へ。
全員へ。
誰も聞かない。
雨が強くなる。
旗が重くなる。
紙の標語が破れる。
人々は寒さを思い出す。
家を思い出す。
濡れた服。
待っている家族。
翌日の仕事。
ない仕事。
少しずつ離れる。
誰かが勝ったわけではない。
要求が通ったわけでもない。
ただ、疲れた。
門が開いたのは、完全に人がいなくなってからではなかった。
負傷者を運ぶため。
二輪台車が出る。
赤い麻袋。
黄色い麻袋。
警察官。
集会参加者。
見物人。
工員。
区別せず運ぶ。
「こいつは石を投げていた!」
若い警備員が叫ぶ。
元独立運動家が答える。
「脚が折れている」
「だから何だ!」
「運ぶ」
負傷した男が台車の上で抵抗する。
「触るな!」
医療係が押さえる。
「動くと骨がずれる」
「恩を売る気か!」
「止血するだけだ」
「WILKの世話にはならん!」
「なら血を止めてから帰れ」
赤袋が開かれる。
包帯。
副木。
男は罵り続ける。
医療係は返事をしない。
固定する。
別の台車。
頭から血を流す警察官。
その次。
門を守っていた警備員。
同じ赤袋。
同じ布。
血の色は同じだった。
印刷室では、負傷者名簿が作られた。
氏名。
住所。
所属。
負傷箇所。
搬送先。
家族への連絡。
身元不明者には番号。
元印刷工が紙を送る。
次々刷る。
昨日まで整備手順書と食品包装を刷っていた機械。
今日は人の名前。
「同じ姓が二人います」
助手が言った。
「住所を入れろ」
「分からない方は」
「年齢」
「推定です」
「服装を書け」
「後で訂正できますか」
「生きていれば」
主人は言った後で、手を止めた。
助手も黙る。
印刷機だけが動く。
夜。
雨は止まなかった。
門前には石。
折れた旗竿。
濡れた紙。
血。
割れた瓶。
一足だけの靴。
誰のものか分からない帽子。
警察は残った。
WILK警備員も残る。
武器庫は開かなかった。
緑の麻袋は、一つも動かなかった。
元白軍将校は二つの鍵を確認した。
ポーランド軍将校へ片方を返す。
「終わったか」
ポーランド軍将校が尋ねた。
元白軍将校は門外を見る。
「今日はな」
元ドイツ軍技術者が折れた門金具を拾った。
「交換する」
元独立運動家が壊れた台車を見る。
「車輪は使える」
ユダヤ人実業家は負傷者名簿を持っていた。
「死者は」
「まだ確定していません」
医療係が答える。
「病院へ送った二人が危険です」
「工員は」
「一人重傷」
「外の者は」
「数えています」
ポーランド軍将校が言った。
「外の者ではなく、名前で書け」
医療係は頷いた。
その夜、五人の机へ各国支社から電報が届いた。
フランス。
英国。
ドイツ。
ベルギー。
スウェーデン。
アメリカ。
窓破損。
暴行。
不買。
投石。
拘束。
放火未遂。
ユダヤ人実業家は世界地図へ印を付けた。
一つ。
二つ。
三つ。
増える。
ポーランド軍将校が地図を見る。
「示し合わせたのか」
「その方が、まだ安心できます」
「なぜだ」
「指示した者を止めれば済みますから」
元ドイツ軍技術者が報告を並べた。
「原因が違う」
元独立運動家が尋ねる。
「結果は」
「似ている」
元白軍将校は地図を見た。
「戦線に似てきた」
ポーランド軍将校が答える。
「戦争ではない」
元白軍将校は濡れた外套を脱いだ。
「まだな」
町の酒場は、夜になっても開いていた。
窓には板。
片方だけ。
集会へ参加した者たちが集まっている。
服は濡れ、泥が付いている。
包帯を巻いた者もいる。
一人の男が、店の中央で声を張り上げていた。
門前で、止めようとした仲間を殴った男。
その仲間とは、閉鎖工場で同じ班だった。
同じ旋盤を使った。
同じ親方へ文句を言った。
同じ酒場で何度も飲んだ。
男は杯を机へ叩きつけた。
「俺は止めようとしたんだ!」
周囲の者が見る。
「最初から、俺は暴力には反対だった!」
誰かが頷く。
「見ていたぞ」
何を見ていたのかは言わない。
男は続ける。
「あいつが先に掴んできた!」
実際には、相手が火を持った若者を止めようとして腕を広げた。
男はその背後から殴った。
一度。
相手が振り返る。
二度目。
倒れた。
男は、その瞬間をまだ覚えていた。
だから大声を出す。
「俺は仲間を守っただけだ!」
杯を飲む。
「警察もWILKも、俺たちを敵として扱った!」
また話す。
「向こうが先に石を投げた!」
さらに話す。
「俺は倒れた奴を助けようとした!」
言葉が一つ増えた。
最初にはなかった。
周囲の者が言う。
「そうだ。お前は前にいた」
男は頷く。
「俺はずっと止めていた」
繰り返す。
自分にも聞かせる。
「ずっとだ」
拳を振った記憶の前へ、
止めようとした記憶を置く。
倒れた顔の上へ、
警察の盾を重ねる。
自分の笑い声の上へ、
群衆の怒号を重ねる。
何度も。
何度も。
やがて、自分が殴った瞬間は見えなくなり始める。
「俺には何の非もない」
男は言った。
最初は、周囲へ向けた言葉だった。
今は、自分の中でも事実になりつつあった。
酒場の隅。
額に包帯を巻いた男が座っていた。
殴られた側。
杯には口を付けていない。
中央の男を見ている。
反論しない。
拳が来る前の顔を覚えている。
怒りに歪んだ顔ではなかった。
興奮していた。
嬉しそうですらあった。
誰かを殴ってよい理由を、ようやく得た者の顔。
一度目の拳。
二度目。
倒れた自分を見て、相手が一瞬だけ目を逸らしたこと。
その後、群衆の方へ向き直り、
別の者と何かを叫んだこと。
全部覚えている。
中央の男が、さらに声を張る。
「あの時の連中は、人間じゃなかった!」
杯が掲げられる。
「獣だ!」
何人かが同意する。
「そうだ!」
「獣だった!」
隅の男は、包帯の下の痛みを感じた。
昨日まで仲間だった。
同じ職場。
同じ食事。
同じ酒。
名前も知っている。
家族も知っている。
それでも、あの時の顔を見てしまった。
人の顔をしていた。
人の言葉を使っていた。
人の正義を叫んでいた。
だからこそ、余計に理解できなかった。
中央の男は笑っている。
既に自分の中で、無実になり始めている。
隅の男は何も言わなかった。
ただ、心の中で覚えた。
あれは、もはや人ではない。
中央の男が、また言う。
「獣どもめ!」
隅の男は、静かに思った。
獣だったのは、誰だ。
答えは口にしない。
相手はもう事実を隠しているのではない。
自分の中から、事実を消し始めている。
なら、こちらが何を言っても届かない。
それでも記憶は残る。
拳の形。
声。
目。
倒れた床。
誰も止めなかったこと。
やった側は、忘れるために叫んだ。
繰り返し叫ぶうちに、自分の記憶まで騙し始めた。
やられた側は、何も叫ばなかった。
ただ覚えていた。
酒場の外。
雨に濡れた通りには、まだ石が残っていた。
翌朝になれば誰かが片づける。
窓も直される。
門も直される。
店も開く。
人々は昨日のことを、それぞれ都合よく語る。
だが安定は、もう戻らなかった。
壊れたのは窓でも門でもない。
人が、隣人を人として見るための何かだった。
一九三二年六月。
崩れながらも残っていた日常は、この夜に終わった。
そして狂気は、
誰のものでもない顔をして、
静かに幕を上げた。