WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――町警察署・夜間暴行事件集計
一九三二年六月十四日から同月二十一日

確認された事件。

集団暴行 十一件。
単独暴行 七件。
投石 十九件。
住宅および商店への器物損壊 二十三件。
放火未遂 三件。
誤認逮捕 四件。
自警行為中の衝突 八件。

被害者および加害者の所属について、以下の申告があった。

WILK関係者。
反WILK集会参加者。
商店会関係者。
失業者団体関係者。
労働組合員。
国外出身者。
退役軍人。
いずれにも該当しない者。

事件の多くで、当事者双方が、

「先に襲われた」

と主張した。

最初の報復行為が何であったかについて、警察署は結論を出せなかった。

理由。

各当事者が、異なる事件を最初の事件として申告したため。


第101話 獣狩りの夜

酒場で無実を叫んだ男は、翌朝には自分が本当に無実であると信じていた。

 

昨夜まで残っていた記憶もあった。

 

仲間の背中。

 

振り上げた拳。

 

骨へ当たった感触。

 

倒れた男の額。

 

一瞬だけ目が合ったこと。

 

だが、それらは別の記憶に覆われ始めている。

 

群衆を止めようとしていた自分。

 

警察へ押し返された自分。

 

仲間を守るため前へ出た自分。

 

混乱の中で誰かに掴まれ、反射的に腕を振った自分。

 

相手が倒れたことには気付かなかった自分。

 

酒場で何度も話した。

 

家へ帰って妻にも話した。

 

翌朝、隣人にも話した。

 

「俺は止めようとしただけだ」

 

一度目は弁明だった。

 

二度目は説明。

 

三度目からは記憶になった。

 

妻は腫れた拳を見た。

 

「殴ったの?」

 

男は答えた。

 

「殴られそうになった」

 

質問への答えにはなっていなかった。

 

妻はそれ以上聞かなかった。

 

男も、答えなかったことに気付かなかった。

 

昼。

 

町は昨日の騒ぎを片づけていた。

 

割れた窓へ板を打つ。

 

路上の石を集める。

 

燃えた荷車を脇へ寄せる。

 

血の跡へ水を流す。

 

掲示板から破れた紙を剥がす。

 

仕事がある者は仕事へ行った。

 

店を開けられる者は店を開けた。

 

学校も始まった。

 

教会の鐘も鳴った。

 

ただ、人々は互いの顔を以前より長く見た。

 

昨日、どこにいたか。

 

何をしていたか。

 

誰の側にいたか。

 

顔に傷があるか。

 

服に泥が付いているか。

 

町中が、目撃者になったつもりでいた。

 

だが実際に見たものは、それぞれ違った。

 

酒場の男は通りを歩いた。

 

知人が声を掛ける。

 

「大丈夫だったか」

 

「俺は平気だ」

 

「前にいたんだろう」

 

「止めていた」

 

「聞いたよ」

 

「誰から」

 

「皆から」

 

皆とは誰か。

 

男は尋ねなかった。

 

話が広がっている。

 

自分が止めていたことが。

 

その事実に安心した。

 

殴った仲間の姿は見なかった。

 

見かけても、話しかけるつもりだった。

 

昨日は大変だったな。

 

それだけで済むと思っていた。

 

殴られた男は、診療所で包帯を替えていた。

 

額の傷は深くない。

 

左耳の後ろが腫れている。

 

医師は言った。

 

「二、三日は酒を控えろ」

 

「分かった」

 

「吐き気は」

 

「ない」

 

「目眩は」

 

「少し」

 

「今日は一人で帰るな」

 

診療所の外には、兄が待っていた。

 

「誰にやられた」

 

殴られた男は答えなかった。

 

兄はもう知っている。

 

酒場にいた者から聞いた。

 

「昔の班の奴だろう」

 

「名前を出すな」

 

「なぜだ」

 

「面倒になる」

 

「もうなっている」

 

「終わった」

 

兄は額の包帯を見る。

 

「お前の頭では終わっていない」

 

殴られた男は歩き始めた。

 

兄が付いてくる。

 

「警察へ行け」

 

「見ていた者がいない」

 

「いた」

 

「皆、自分の見たものを話している」

 

「酒場の奴らは、あいつが止めていたと言っている」

 

「そうだろうな」

 

兄が足を止めた。

 

「お前を殴ったのに?」

 

殴られた男も止まる。

 

「今のあいつの中では、殴っていない」

 

兄は理解できなかった。

 

「何を言っている」

 

「そういうことだ」

 

「拳を振ったかどうかだろう」

 

「違う」

 

「何が」

 

殴られた男は答えなかった。

 

説明しても伝わらない気がした。

 

本人が自分を騙し終えた後では、事実を知る者の方が嘘つきになる。

 

その夜。

 

酒場の男は、いつもより遅く店を出た。

 

仲間たちが何度も酒を勧めた。

 

「止めに入った英雄だ」

 

誰かが笑った。

 

男も笑った。

 

最初は居心地が悪かった。

 

英雄ではない。

 

そこまではしていない。

 

だが否定すれば、何をしたのか聞かれる。

 

だから、

 

「大したことじゃない」

 

とだけ答えた。

 

その言葉は、周囲には謙遜と受け取られた。

 

「お前がいなければ、もっと酷かった」

 

「そうかもしれん」

 

男は言った。

 

言ってから、昨日の自分が群衆を止めている姿を思い浮かべた。

 

実際には存在しない場面だった。

 

だが、細部まで見えた。

 

腕を広げる自分。

 

興奮した仲間を押し戻す自分。

 

殴りかかってきた相手の腕を受ける自分。

 

倒れた者を助け起こそうとする自分。

 

よくできた記憶だった。

 

男は店を出た。

 

夜道。

 

街灯は少ない。

 

窓へ打ち付けられた板。

 

濡れた石畳。

 

昨日の雨が溝に残っている。

 

背後から足音。

 

一人ではない。

 

男は振り返った。

 

三人。

 

あるいは四人。

 

顔を布で隠している。

 

帽子を深く被った者もいる。

 

「何だ」

 

返事はない。

 

男は歩みを速めた。

 

後ろも速くなる。

 

「誰だ!」

 

一人が前へ回った。

 

男は立ち止まる。

 

「金ならないぞ」

 

その言葉が終わる前に、腹へ拳が入った。

 

息が止まる。

 

膝が落ちる。

 

肩を掴まれ、壁へ押し付けられる。

 

「昨日はよくも」

 

誰かが言った。

 

声は低く作られていた。

 

男は顔を上げる。

 

「誰だ」

 

答えの代わりに頬を殴られる。

 

口の中が切れる。

 

鉄の味。

 

「俺は何もしていない!」

 

男は叫んだ。

 

また殴られる。

 

「やめろ!」

 

脇腹へ蹴り。

 

倒れる。

 

背中。

 

脚。

 

腕。

 

頭を庇う。

 

「俺は止めていた!」

 

本気で叫んだ。

 

嘘ではない。

 

彼の中では、そうだった。

 

「聞いてくれ!」

 

顔を隠した者たちは聞かない。

 

一人が棒を持っていた。

 

振り下ろす。

 

男の腕へ当たる。

 

鈍い音。

 

悲鳴。

 

「獣め」

 

誰かが言った。

 

その言葉だけは、はっきり聞こえた。

 

昨日、自分が酒場で使った言葉だった。

 

男は理解した。

 

理解したつもりになった。

 

WILKの連中だ。

 

昨日の報復。

 

工員か。

 

外国人か。

 

あのユダヤ人の手先か。

 

警備員か。

 

殴られた仲間ではない。

 

仲間なら話せば分かる。

 

自分には非がない。

 

だから、自分を殴る者は敵でなければならない。

 

その整合性だけが、痛みの中で完成した。

 

「WILKか!」

 

男が叫ぶ。

 

一瞬、相手の動きが止まった。

 

それが答えに見えた。

 

「やはりそうか!」

 

再び棒が振り下ろされた。

 

意識が途切れた。

 

男が見つかったのは、一時間ほど後だった。

 

帰宅途中の薬局店主。

 

路地に人が倒れている。

 

顔は腫れ、口元に血。

 

左腕がおかしな方向へ曲がっている。

 

「誰か!」

 

店主が叫ぶ。

 

近くの家から人が出る。

 

男は目を開けた。

 

「奴らだ」

 

「誰だ」

 

「WILKの……」

 

「見たのか」

 

「顔を隠していた」

 

「ではなぜ」

 

男は咳き込んだ。

 

「昨日の仕返しだ」

 

その言葉は、救助した者たちへ届いた。

 

翌朝には町の半分へ届いた。

 

診療所。

 

男の左腕は折れていた。

 

肋骨にもひび。

 

顔の腫れ。

 

医師が尋ねた。

 

「犯人を見たか」

 

「顔を隠していた」

 

「何人」

 

「五人」

 

実際には三人か四人だった。

 

「声は」

 

「外国訛りだった」

 

実際には低く作られ、判別できなかった。

 

「何を言われた」

 

「昨日のことを言われた」

 

「具体的には」

 

男は考える。

 

昨日はよくも。

 

それだけ。

 

だが、今の記憶では続きがあった。

 

我々へ逆らったな。

WILKの敵め。

次は殺す。

 

「WILKの名を出した」

 

医師が記録する。

 

「相手が?」

 

男は一瞬止まった。

 

最初にWILKと言ったのは自分だった。

 

だが、もう自信がなくなっている。

 

「出した」

 

彼は答えた。

 

記録へ書かれた。

 

犯人側がWILKに言及したと申告。

 

その一行は、翌日には、

 

WILK関係者が襲撃を認めた。

 

へ変わった。

 

警察署で事情聴取が行われた。

 

薬局店主。

 

近隣住民。

 

酒場の客。

 

被害者本人。

 

「昨日、彼は何をしていた」

 

警官が尋ねる。

 

酒場の客が答える。

 

「暴力を止めていた」

 

「見たのか」

 

「本人から聞いた」

 

「見た者は」

 

客は周囲を見る。

 

別の男が手を挙げる。

 

「前にいた」

 

「何をしていた」

 

「混乱していた」

 

「殴ったか」

 

「見ていない」

 

見ていない。

 

否定ではない。

 

だが記録には、

 

暴行行為を目撃した者なし。

 

と書かれた。

 

被害者の男は包帯姿で言った。

 

「俺には何の非もない」

 

警官は頷かなかった。

 

否定もしない。

 

「犯人に心当たりは」

 

「WILKの連中だ」

 

「根拠は」

 

「昨日の報復だ」

 

「昨日、WILK関係者を殴ったのか」

 

男の顔が変わった。

 

「殴っていない!」

 

「では、何の報復だ」

 

「向こうは俺たち全員を敵だと思っている!」

 

論理は繋がっていなかった。

 

だが腫れた顔は説得力を持っていた。

 

警察署の外では、仲間が待っている。

 

一人が言った。

 

「何もしていない奴まで襲うのか」

 

別の者が答える。

 

「最初から狙っていたんだ」

 

「警察は守れない」

 

「なら自分たちで守るしかない」

 

誰が最初に言ったか、後には分からなくなった。

 

その夜。

 

酒場の奥に十二人が集まった。

 

自警の相談。

 

そう呼んだ。

 

「通りごとに二人」

 

「顔は隠すか」

 

「隠さなければ家族が狙われる」

 

「武器は」

 

「武器ではない。棒だ」

 

「鎖もいる」

 

「工具を持つ者も」

 

「喧嘩をしに行くんじゃない」

 

「自衛だ」

 

全員が頷いた。

 

店主は不安そうに言った。

 

「警察へ届けた方がいい」

 

「届けた」

 

「巡回を増やすと言っていた」

 

「いつから」

 

「分からん」

 

「今夜また来たらどうする」

 

それで話は決まった。

 

顔を隠す。

 

棒を持つ。

 

二人以上で歩く。

 

不審者へ声を掛ける。

 

逃げたら追う。

 

抵抗したら押さえる。

 

「殴るな」

 

最初に襲われた男が言った。

 

左腕を吊っている。

 

「俺たちは奴らとは違う」

 

皆が頷いた。

 

「捕まえるだけだ」

 

誰かが言った。

 

その夜、三組が町へ出た。

 

別の通り。

 

二人の若者が歩いていた。

 

一人はWILKの木箱部門に勤める工員。

 

もう一人は従兄弟。

 

遅番を終え、家へ帰るところだった。

 

曲がり角に、顔を布で隠した四人。

 

「止まれ」

 

工員が足を止める。

 

「何だ」

 

「どこから来た」

 

「仕事だ」

 

「どこの」

 

答える必要はない。

 

だが答えなければ怪しまれる。

 

「WILK」

 

四人の空気が変わった。

 

「昨日、いたな」

 

「何に」

 

「門前だ」

 

「仕事をしていた」

 

「嘘をつくな」

 

「本当だ」

 

一人が棒を上げる。

 

「顔を見せろ」

 

「そっちが先に見せろ」

 

その返答が挑発になった。

 

棒が胸を押す。

 

工員が払い除ける。

 

「触るな」

 

「抵抗したぞ!」

 

四人が動く。

 

従兄弟が間へ入る。

 

「待て!」

 

殴られる。

 

工員が相手を押し倒す。

 

別の棒が肩へ当たる。

 

喧嘩は数秒で始まった。

 

誰も最初から殴るつもりはなかった。

 

少なくとも、後には全員そう語った。

 

工員は頭を切った。

 

従兄弟は歯を折った。

 

自警団側も一人、鼻を折った。

 

警笛。

 

警察が来た時には、双方が叫んでいる。

 

「先に襲われた!」

 

それは両方にとって事実だった。

 

自分が最初に受けた行為だけを、始まりとして数えていた。

 

翌朝。

 

WILK工員住宅では、襲われた二人の話が広がった。

 

「帰宅途中に囲まれた」

 

「顔を隠していた」

 

「WILKの者か確認された」

 

「棒を持っていた」

 

そこまでは事実。

 

そこから変わる。

 

「工員狩りをしている」

 

「名簿を持っている」

 

「家まで追うつもりだ」

 

「子供も狙われる」

 

証拠はない。

 

だが前夜、工員が襲われたことは事実だった。

 

事実が土台になれば、その上へ何でも積めた。

 

若い警備員が言った。

 

「夜警を作るべきだ」

 

別の工員が答える。

 

「会社は何もしないのか」

 

「警備は門の中だけだ」

 

「では家族は」

 

「自分たちで守る」

 

元独立運動家へ相談が届いた。

 

彼は止めた。

 

「会社名で自警団を作るな」

 

「なぜです」

 

「外から見れば私兵になる」

 

「では襲われろと」

 

「警察へ同行を求めろ」

 

「来ません」

 

「複数で帰れ」

 

「もうやっています」

 

「顔を隠すな」

 

「相手に覚えられます」

 

「隠せば、相手と同じになる」

 

工員は黙った。

 

「同じではありません」

 

元独立運動家は答えなかった。

 

目的は違う。

 

理由も違う。

 

だが夜道では、顔を隠し棒を持つ集団同士になる。

 

見分ける者はいない。

 

三日目。

 

薬局の窓が割られた。

 

最初に襲われた男を助けた店だった。

 

紙。

 

暴徒を匿うな。

 

店主はどちらの側から来た紙か分からなかった。

 

反WILK側の男を助けたため、WILK寄りから狙われたのか。

 

負傷者を警察へ運んだため、仲間を売ったと見なされたのか。

 

あるいは、ただ薬を盗もうとした者が理由を後付けしたのか。

 

警察へ届ける。

 

警官は紙を見た。

 

「心当たりは」

 

「ありすぎる」

 

「一番怪しいのは」

 

「分からん」

 

「最近揉めた相手は」

 

「町全部だ」

 

警官は記録へ、

 

犯人不明。

 

と書いた。

 

四日目。

 

染色工房の夜番が、工房裏で男を捕まえた。

 

顔を布で隠している。

 

手には油の瓶。

 

放火犯だと思った。

 

殴った。

 

男は倒れた。

 

瓶の中身は灯油だった。

 

だが男は放火のためではなく、家の灯り用に買って帰る途中だったと主張した。

 

なぜ顔を隠していたのか。

 

「夜道で襲われるから」

 

なぜ工房裏を通ったのか。

 

「近道だから」

 

本当かもしれない。

 

嘘かもしれない。

 

誰にも分からない。

 

男の兄弟は翌日、

 

WILKの下請け工房が無関係な町民を捕らえて暴行した。

 

と訴えた。

 

染色工房側は、

 

放火未遂を阻止した。

 

と主張した。

 

瓶。

 

布。

 

夜道。

 

それぞれの話に、必要な証拠が揃っていた。

 

五日目。

 

町警察署の地図へ印が増えた。

 

赤。

 

集団暴行。

 

黒。

 

投石。

 

青。

 

放火および放火未遂。

 

最初は三つ。

 

次に七つ。

 

今は二十を超えている。

 

署長が地図を見た。

 

「同じ集団か」

 

部下が答える。

 

「少なくとも四つあります」

 

「所属は」

 

「自警団を名乗る者が二つ。工員の帰宅同行組。商店夜警。ほかにも退役軍人の巡回があります」

 

「犯人集団は」

 

「全員、犯人を探していると言っています」

 

「では捕まえた者は」

 

「別の自警団員でした」

 

署長は目を閉じた。

 

「武器を取り上げろ」

 

「武器ではないと主張します」

 

「棒だろう」

 

「杖。工具。荷車の部品。犬除け。夜道の護身用」

 

「顔を隠すなと命じろ」

 

「防寒だと言います」

 

「六月だぞ」

 

「身元を守るためとも」

 

「それを顔を隠すと言う!」

 

部下は黙った。

 

署長は地図を見る。

 

「最初は誰だ」

 

「何の」

 

「最初に夜襲した者だ」

 

「分かりません」

 

「昨日の暴動で殴った者への報復では」

 

「その可能性はあります」

 

「なら、殴られた者の周辺を調べろ」

 

「本人は関与を否定しています」

 

「証拠は」

 

「ありません」

 

「襲われた男の証言は」

 

「WILK関係者と言っています」

 

「見たのか」

 

「顔は隠れていたと」

 

署長は机へ拳を置いた。

 

叩かなかった。

 

「何も分からんな」

 

部下が答える。

 

「分かることはあります」

 

「何だ」

 

「今夜も誰かが出ます」

 

その夜、町の各所で人が集まった。

 

工員住宅。

 

酒場。

 

商店の裏。

 

教会の倉庫。

 

退役軍人会の部屋。

 

誰も暴徒とは名乗らない。

 

夜警。

 

巡回。

 

自衛。

 

護送。

 

警戒。

 

使う言葉は違う。

 

持つ物は似ていた。

 

棒。

 

工具。

 

縄。

 

笛。

 

懐中電灯。

 

厚手の手袋。

 

布で隠した顔。

 

全員、自分たちは守る側だと思っている。

 

全員、相手は襲う側だと思っている。

 

町の外れ。

 

若い男が一人で歩いていた。

 

仕事を探しに来たばかり。

 

技能登録もまだ。

 

町の事情を知らない。

 

前方に三人。

 

顔を隠している。

 

振り返る。

 

後方にも二人。

 

別の集団。

 

双方が若い男を挟んだ。

 

前の集団が尋ねる。

 

「どちらだ」

 

若い男は意味が分からない。

 

「何が」

 

後ろの集団も近づく。

 

「そいつらの仲間か」

 

「誰の」

 

「答えろ」

 

「今日来たばかりだ」

 

前の一人が言う。

 

「嘘だ」

 

後ろの一人も言う。

 

「挟み撃ちか」

 

若い男は両手を上げた。

 

「何も持っていない」

 

前後の集団は、互いを見た。

 

顔は分からない。

 

服装も似ている。

 

棒も似ている。

 

誰かが笛を吹いた。

 

誰かが駆け出した。

 

誰かがそれを襲撃開始と受け取った。

 

若い男は最初に倒れた。

 

どちらの棒が当たったか、誰も見ていない。

 

翌朝。

 

新聞は一連の事件を、

 

夜間治安悪化。

 

と報じた。

 

町役場は、

 

市民に冷静な行動を求める。

 

と発表した。

 

警察は、

 

夜間の集団行動を控えるよう要請する。

 

と掲示した。

 

各集団は、その紙を読んだ。

 

そして言った。

 

「我々ではない」

 

全員が同じことを言った。

 

WILKでは、国外支社からも報告が届いた。

 

――フランス支社。

 

倉庫警備員が帰宅途中に暴行された。

 

翌夜、現地職員が倉庫周辺を巡回。

 

別の通りから来た青年二名を侵入者と誤認。

 

一名負傷。

 

双方が相手を先行襲撃集団と主張。

 

――英国支社。

 

不買集会参加者が夜間に負傷。

 

労働団体は移民労働者による報復と発表。

 

警察は根拠なしと判断。

 

発表翌日、移民商店三軒の窓が破損。

 

破損した商店のうち二軒は、当該労働者と無関係。

 

――ドイツ国内取引先。

 

工員住宅へ投石。

 

翌夜、反対派関係者と見なされた住宅へ投石。

 

最初の投石者は不明。

 

双方が、自衛組織の結成を発表。

 

――アメリカ代理店。

 

食料配布所で負傷した男の兄弟が、別地区の配布職員を襲撃。

 

職員は最初の騒動に参加していなかった。

 

兄弟は、

 

「同じ組織である」

 

と主張。

 

配布所の運営団体は別組織だった。

 

報告書を見たポーランド軍将校は言った。

 

「どこも同じか」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「始まりは違います」

 

元ドイツ軍技術者が紙を並べる。

 

「壊れ方は同じだ」

 

元独立運動家が尋ねた。

 

「本社から何を送る」

 

「警備手順」

 

ポーランド軍将校が答える。

 

元白軍将校は首を振った。

 

「警備だけでは足りん」

 

「では何が要る」

 

「逃げ道」

 

「支社を捨てるのか」

 

「人を捨てるよりよい」

 

誰も反論しなかった。

 

その日の夜。

 

最初に襲われた男は、鏡の前に立っていた。

 

顔の腫れ。

 

縫われた唇。

 

吊られた左腕。

 

痛み。

 

これは偽物ではない。

 

自分は確かに襲われた。

 

だから、自分は被害者だ。

 

その事実が、昨日までのすべてを塗り潰した。

 

仲間を殴ったこと。

 

倒れた相手を見たこと。

 

酒場で笑ったこと。

 

それらは、もう敵が作った話に思えた。

 

「俺は何もしていない」

 

鏡の自分へ言った。

 

疑いはなかった。

 

「奴らが先だ」

 

妻が部屋の外で聞いている。

 

男は続けた。

 

「あいつらは獣だ」

 

町の別の場所。

 

額に包帯を巻いた、殴られた側の男が兄と座っていた。

 

兄が言った。

 

「昨夜、あいつがやられた」

 

男は黙っている。

 

「お前の知り合いか」

 

「違う」

 

「本当に」

 

「違う」

 

兄は信じ切れない顔をした。

 

「仕返しではないのか」

 

殴られた男は窓の外を見る。

 

顔を隠した者たちが通りを歩く。

 

どちらの側か分からない。

 

「あいつは、WILKにやられたと言っている」

 

兄が続ける。

 

「今夜、仲間が巡回に出るそうだ」

 

「止めろ」

 

「なぜ」

 

「また誰かを殴る」

 

「守るためだ」

 

殴られた男は兄を見る。

 

その言葉を昨日も聞いた。

 

同じ言葉。

 

同じ顔。

 

「守るためなら、誰を殴ってもいいのか」

 

兄は答えなかった。

 

外で笛が鳴った。

 

別の通りからも笛。

 

それが警告なのか、集合なのか、襲撃の合図なのか分からない。

 

夜の町へ、人々が出ていく。

 

獣を探すため。

 

家族を守るため。

 

仲間を守るため。

 

昨日の傷へ報いるため。

 

明日の襲撃を防ぐため。

 

自分が怖くないと証明するため。

 

全員が、自分の中に理由を持っていた。

 

誰一人、自分を獣だとは思っていない。

 

顔を隠す。

 

棒を持つ。

 

仲間だけで固まる。

 

相手の言葉を聞く前に、所属を尋ねる。

 

答えが気に入らなければ、嘘だと思う。

 

逃げれば犯人。

 

抵抗すれば暴徒。

 

黙れば怪しい。

 

説明すれば言い訳。

 

夜の中では、誰が獣なのか見分ける方法がなかった。

 

それでも人々は見つけた。

 

自分ではない者を。

 

一九三二年六月。

 

暴動は一日で終わった。

 

獣狩りは、その翌夜から始まった。

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