一九三四年
Bizon改良型十二機の製造に必要な主輪用タイヤについて、現行供給元のみでは予定数量を確保できない。
不足理由。
農業用トラクター向け需要増加。
貨物車およびバス向け需要増加。
救急車両向け需要増加。
軍用車両向け照会増加。
不況期の設備縮小。
天然ゴム価格の変動。
熟練工不足。
資材部は、南部ゴム製品工場への設備貸与および航空用タイヤ試作委託を提案した。
陸軍航空部は、
「航空機用タイヤの製造経験がない工場へ任せてよいのか」
と質問した。
WILK社は、
「製造経験のある工場からは、納品できないと回答されている」
と返答した。
陸軍航空部は、
「品質は保証できるのか」
と再質問した。
WILK社は、
「作って壊せば、壊れ方は保証できる」
と回答した。
航空部は回答の意味を照会中である。
南部のゴム製品工場は、まだ動いていた。
完全には止まっていない。
靴底。
荷車用の固形ゴム輪。
農業用ホース。
工場用ベルト。
雨具の補修材。
注文があれば作る。
注文がなければ掃除をする。
掃除する場所もなくなれば、機械へ油を差す。
油を差す必要もなくなれば、工員を早く帰す。
門には社名が残っていた。
文字の一部が剥がれている。
煙突から煙は出ている。
細い。
ユダヤ人実業家は、門前で帳簿を閉じた。
「倒産していませんね」
工場主が答えた。
「まだな」
「借金は」
「ある」
「賃金は」
「遅れている」
「材料は」
「少ない」
「注文は」
「お前たちが持ってきた」
元ドイツ軍技術者は、工場の天井を見た。
梁。
滑車。
古い送風管。
蒸気配管。
加硫槽。
「槽は何年使っている」
工場主が答える。
「二十二年」
「検査は」
「毎年している」
「誰が」
「私が」
「圧力試験は」
「漏れたら直す」
元ドイツ軍技術者がポーランド軍将校を見る。
「使えん」
工場主の顔が硬くなる。
元独立運動家が加硫槽を叩いた。
「直せば使える」
「圧力容器だぞ」
「だから直す」
「叩いて判断するな」
元白軍将校は工場の床を見ていた。
靴底。
切れ端。
黒い粉。
油。
壁際に積まれた古い荷車輪。
「人は」
ユダヤ人実業家が尋ねた。
「四十七人」
「以前は」
「百二十六人」
「戻せますか」
工場主は笑った。
「注文があればな」
ポーランド軍将校が言った。
「航空機用タイヤだ」
工場主は初めて彼を見る。
「飛ぶのか」
「飛行機だからな」
「タイヤも?」
「飛行中は収納される」
元白軍将校が口を挟む。
「一部は外へ出ている」
工場主は嫌そうな顔をした。
「飛ぶのか」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「外れなければな」
工場主は門の方を見た。
「帰ってくれ」
帰らなかった。
まず工場の設備を調べた。
混練機。
圧延機。
布へのゴム引き設備。
手作業の成形台。
加硫槽。
金型。
検査台。
どれも古い。
だが、全部が無価値ではない。
元ドイツ軍技術者は混練機の軸受を見る。
「摩耗している」
工場の職工が答えた。
「右側だけだ」
「なぜ」
「材料投入が右からだから」
「左右を入れ替えろ」
「機械が壁に近い」
「壁を壊せ」
工場主が叫ぶ。
「人の工場を勝手に壊すな!」
元独立運動家が壁の裏へ回る。
「倉庫だ」
「だから何だ」
「壁を半間動かせる」
「簡単に言うな」
ユダヤ人実業家が帳簿へ書く。
混練機移設および壁面改修。
工場主が覗き込む。
「誰が払う」
「設備貸与契約へ含めます」
「貸与?」
「WILKが設備費を出します。工場はあなたのままです」
工場主は疑った。
「買わないのか」
「売りたいのですか」
「売れば借金は減る」
「その後は」
工場主は答えなかった。
ユダヤ人実業家は続ける。
「航空用タイヤの最低発注数を保証します」
「何本」
「試作を通れば、まず六十本」
ポーランド軍将校が振り返る。
「五十六本ではなかったか」
「予備と不良分です」
「不良を買うのか」
「不良を出さずに六十本納めてもらいます」
工場主が言った。
「試作が通らなければ」
「靴底とホースを作ってください」
「借金は」
「減りません」
「では何の救済だ」
ユダヤ人実業家は工場内を見る。
働く者。
止まった機械。
空いた作業台。
「救済契約ではありません」
工場主の顔が硬くなる。
「仕事の契約です」
少し間があった。
工場主は鼻で息を吐いた。
「その方がましだ」
航空機用タイヤは、靴底を大きくすれば作れる物ではなかった。
荷重。
衝撃。
発熱。
低温。
油。
泥。
石。
高速回転。
空気圧低下。
長期保管。
着陸時には、数トンの機体を受ける。
しかもBizonの主輪は大きく、柔らかい。
荒れた地面へ沈みにくい。
腹で降りた時には、一部露出したタイヤが機体を受ける。
工場の職工たちは、WILKから持ち込まれた古い主輪を囲んだ。
一人が言った。
「馬車より大きい」
別の者。
「トラクターより細い」
三人目。
「靴底なら何人分だ」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「靴底で考えるな」
工場主が尋ねる。
「何層だ」
「試作一号は布層十六」
「厚すぎる」
「荷重がある」
「硬くなる」
「だから低圧だ」
「低圧なら潰れる」
「潰れるように作る」
職工たちが顔を見合わせた。
工場主が言った。
「お前たちは、壊れない物を作りたいのか、潰れる物を作りたいのか」
元ドイツ軍技術者は黒板を借りた。
丸いタイヤ。
接地面。
荷重。
変形。
「潰れる」
線を引く。
「戻る」
別の線。
「熱を持ちすぎない」
さらに線。
「布がずれない」
工場主が尋ねる。
「全部か」
「全部だ」
「一つに決めろ」
ポーランド軍将校が思わず頷いた。
「その気持ちは分かる」
元ドイツ軍技術者が二人を睨んだ。
最初の試作は、丸くならなかった。
一部が厚い。
一部が薄い。
回すと上下する。
元独立運動家が手で転がした。
「荷車なら使える」
元ドイツ軍技術者が答える。
「飛行機へ付ける」
「荷車に付けて試せばよい」
「何を」
「転がるか」
「見れば分かる!」
二つ目。
形は丸い。
だが重い。
規定より十一キログラム増。
ポーランド軍将校が言った。
「十一キログラムなら」
元ドイツ軍技術者が即答する。
「左右で二十二」
「機体全体では小さい」
「軍は同じ言い方で装甲も無線も銃も増やした」
「今回は必要部品だ」
「重い必要部品を全部載せれば飛ばない」
三つ目。
重量は下がった。
布層の重なりを変えた。
だが加硫後、側面に小さな膨らみが出た。
気泡。
切り開く。
内部に空隙。
工場主が言った。
「捨てる」
元ドイツ軍技術者が止める。
「残せ」
「不良だ」
「原因を調べる」
「材料が無駄になる」
「次の材料を無駄にしないためだ」
工場主は切り開かれたタイヤを見る。
「不良品まで保管する場所はない」
元独立運動家が工場の壁を指す。
「吊るせ」
「見世物か」
「教材だ」
ポーランド軍将校が嫌そうな顔をする。
「また教材か」
元白軍将校が言った。
「壊れた物はよく教える」
「壊していない。作るのに失敗したんだ」
「もっと教える」
タイヤ試験機が必要になった。
完成したタイヤへ荷重を掛け、回転させ、段差を踏ませる。
南部工場にはない。
WILKにも専用品はない。
元独立運動家は、廃車になった貨物車の後車軸を持ち込んだ。
「これを使う」
元ドイツ軍技術者が見る。
「回転数が足りない」
「歯車を変える」
「荷重は」
「上から押す」
「何で」
元独立運動家は、工場の天井クレーンを指した。
「重りを吊るす」
工場主が叫ぶ。
「天井を壊す気か!」
元白軍将校が柱を見た。
「重りを床へ置け」
「どう押す」
「油圧ジャッキ」
「荷重計は」
ユダヤ人実業家が言った。
「鉄道工場から借ります」
ポーランド軍将校が尋ねる。
「なぜ鉄道工場にある」
「車輪荷重を測ります」
「貸すのか」
「代わりにホースを納めます」
工場主が初めて少し笑った。
「うちの仕事か」
「あなたの仕事です」
試験機は三日で組まれた。
貨物車の車軸。
電動機。
交換歯車。
油圧ジャッキ。
鉄道用荷重計。
木製の段差。
鉄製の段差。
泥を入れる箱。
水を掛ける管。
元ドイツ軍技術者は完成品を見た。
「安全覆いがない」
元独立運動家が板を持ってくる。
「付ける」
「板では破片が貫く」
「鋼板を」
「重い」
「動かさない」
「点検できない」
ポーランド軍将校が言った。
「試験より覆いの設計の方が長いぞ」
元白軍将校が答える。
「破裂したタイヤは議論を待たん」
試作四号。
荷重を掛ける。
回転。
ゆっくり。
速度を上げる。
タイヤが変形する。
接地面が平たくなる。
段差を踏む。
一度。
二度。
百回。
千回。
工場の職工たちは交代で見る。
発熱。
表面温度。
空気圧。
布層のずれ。
異音。
三時間後。
側面に亀裂。
停止。
工場主が亀裂へ指を当てる。
「浅い」
元ドイツ軍技術者が切る。
内部の布まで届いている。
「使えない」
職工の一人が悔しそうに言った。
「三時間も持った」
「飛行機は三時間で捨てない」
「着陸の時しか使わないだろう」
元白軍将校が答える。
「その一回で割れたら死ぬ」
職工は黙った。
元ドイツ軍技術者は亀裂の始点を見る。
側面の布端。
重なり。
「ここだ」
工場主も覗く。
「端が揃いすぎている」
「段差になる」
「ずらすか」
「ずらせ」
「手間が増える」
「死亡者は減る」
工場主は職工へ言った。
「ずらせ」
試作五号。
布層の端を少しずつずらす。
ゴム配合も変更。
天然ゴムを増やす。
充填材を減らす。
柔らかくなる。
摩耗は増える。
元ドイツ軍技術者が言った。
「寿命は短くてよい」
ポーランド軍将校が反応する。
「よくない」
「硬くして着陸で割れるより、交換時期が早い方がよい」
「軍は長く使いたい」
「なら予備を買え」
ユダヤ人実業家が頷く。
「その通りです」
ポーランド軍将校が二人を見る。
「結託するな」
五号は試験を続けた。
三時間。
六時間。
十二時間。
翌朝も回っている。
工場主は夜中に三度起きた。
一度目は試験機の音が変わった気がした。
変わっていない。
二度目はタイヤが破裂した夢を見た。
破裂していない。
三度目は試験係が寝ていた。
本当に寝ていた。
起こした。
「交代は」
「来ません」
「なぜ」
「賃金が遅れているので、夜勤を断られました」
工場主は黙った。
翌朝、ユダヤ人実業家へ言った。
「前払いは」
「契約締結後です」
「試作中だ」
「試作費は支払います」
「今日」
「書類が」
工場主が机を叩いた。
「お前たちの軍人と同じことを言うな!」
ポーランド軍将校が振り返る。
「私は何も言っていない!」
ユダヤ人実業家は小切手帳を出した。
「試作費の半額を先に」
工場主は受け取らない。
「賃金へ回す」
「そのためです」
「失敗しても返さんぞ」
「失敗した理由を記録すれば返さなくて結構です」
工場主は小切手を見た。
「成功したら」
「注文します」
「失敗したら」
「次を作ります」
工場主は受け取った。
その日の夕方、遅れていた賃金の一部が支払われた。
夜勤希望者が増えた。
試作五号は二十四時間を越えた。
段差。
水。
泥。
低圧。
一度空気を抜く。
再充填。
回転再開。
三十時間。
側面温度上昇。
だが亀裂なし。
三十六時間。
表面摩耗。
許容範囲。
四十時間。
停止。
分解。
切開。
内部の布層に軽いずれ。
破断なし。
元ドイツ軍技術者は記録を見る。
「地上試験は通す」
工場主が言った。
「航空試験は」
「これからだ」
職工たちの顔から笑みが消えた。
「まだあるのか」
ポーランド軍将校が、珍しく同情した。
「飛行機だからな」
航空試験は、最初から飛ばなかった。
古いTurへ片側だけ試作タイヤを付ける。
反対側は既存品。
左右で挙動を比べる。
滑走。
低速。
中速。
急制動。
旋回。
元白軍将校が操縦席へ入る。
ポーランド軍将校が言った。
「左右が違うぞ」
「比べるためだ」
「曲がる」
「直す」
「高速で振られたら」
「止める」
「なぜお前はいつも一言で済ませる!」
元白軍将校は窓から顔を出した。
「説明している間に滑走路がなくなる」
試験開始。
低速。
問題なし。
中速。
新タイヤ側が少し柔らかい。
急制動。
機体がわずかに試作側へ引かれる。
停止。
元ドイツ軍技術者が接地跡を見る。
「変形が大きい」
工場主が尋ねる。
「失敗か」
「空気圧を上げる」
「低圧タイヤでは」
「低すぎた」
調整。
再試験。
今度は直進。
段差を通す。
格納庫前の未舗装地。
轍。
泥。
タイヤは沈む。
だが抜ける。
既存品より少し柔らかい。
操縦席の元白軍将校が言った。
「悪くない」
元ドイツ軍技術者が走ってくる。
「何が」
「衝撃が少ない」
「数字で」
「尻が痛くない」
「測定器ではない!」
元白軍将校は座席を叩いた。
「ここにある」
次は離陸。
脚を収納。
飛行。
再展開。
着陸。
一度目は軽荷重。
二度目は燃料追加。
三度目は貨物搭載。
工場主と職工数名が滑走路脇で見ていた。
自分たちのタイヤを付けた飛行機が浮く。
工場主が呟く。
「本当に飛んだ」
職工が答える。
「タイヤは回っていません」
「黙れ」
着陸。
主輪が接地する。
白煙。
一度沈む。
戻る。
機体は真っ直ぐ走る。
停止。
職工たちが駆け寄る。
表面。
側面。
ビード。
温度。
異常なし。
工場主はタイヤへ手を当てた。
熱い。
生き物のように温かい。
元ドイツ軍技術者が言った。
「まだ一回だ」
工場主が答える。
「分かっている」
「十回やる」
「分かっている」
「その後、荒地」
「分かっている!」
ポーランド軍将校が笑った。
珍しいことだった。
七回目の着陸で、試作タイヤは釘を踏んだ。
滑走路脇の仮設格納庫建設現場から落ちた釘。
空気が抜ける。
ゆっくり。
機体は停止済み。
工場主の顔が青くなる。
元ドイツ軍技術者は釘を抜かなかった。
「位置を記録」
「穴が開いた」
「見れば分かる」
「失格か」
「貫通試験をする予定だった」
元独立運動家が言った。
「手間が省けた」
ポーランド軍将校が仮設格納庫の建設責任者を探す。
「釘を落とした奴は誰だ!」
元白軍将校はタイヤを見る。
空気が抜けても、完全には潰れていない。
布層と厚い側面が機体を支えている。
「少し走れるな」
元ドイツ軍技術者が頷く。
「低速なら」
「滑走路を空ける程度は」
「できる」
ポーランド軍将校が戻ってくる。
「予備輪へ交換だ」
元独立運動家が尋ねる。
「その前に走らせるか」
「穴が開いているぞ!」
「穴が開いた時にどうなるかを見る」
工場主も頷いた。
「見たい」
ポーランド軍将校は全員を見た。
「飛行機を壊す集会ではないぞ!」
元白軍将校が操縦席へ戻る。
「歩く程度だ」
「速度を上げるな!」
低速で移動。
試作側は潰れる。
だが輪郭を保つ。
機体は曲がらず、整備場所まで到達した。
停止。
ジャッキ。
車輪交換。
元ドイツ軍技術者は、穴の開いたタイヤへ印を付けた。
「合格」
工場主が驚く。
「穴が開いたのに?」
「釘はどのタイヤにも刺さる」
「なら何が合格だ」
「刺さった後も選択肢が残った」
元白軍将校が操縦席から降りる。
「滑走路の真ん中で止まらずに済んだ」
工場主は、潰れたタイヤを見る。
壊れている。
だが役目を完全には失っていない。
「お前たちの飛行機と同じか」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「そう作れ」
南部ゴム製品工場との契約が結ばれた。
工場はWILKの所有にならない。
設備の一部はWILKが貸与。
航空用金型。
検査器具。
混練機の改修部品。
加硫槽の安全装置。
製造手順。
品質検査員の教育。
最低発注数。
原材料価格変動時の協議。
軍の契約停止時にも、試作設備費の一部を補償する条項。
工場主は契約書を最後まで読んだ。
「長い」
ユダヤ人実業家が答える。
「飛行機の契約より短いです」
「軍が支払わなければ」
「WILKが先に支払います」
ポーランド軍将校が振り向く。
「聞いていない」
「工場を止めれば、Bizonも止まります」
「軍から回収できるのか」
「あなたが回収してください」
「私か!」
元白軍将校が笑う。
「軍を知っている者がよい」
「知っているから嫌なんだ!」
量産第一号タイヤが加硫槽から出た日、工場の煙は以前より太くなった。
戻ってきた工員。
新しい見習い。
賃金支払日。
靴底の注文も続いている。
ホースも作る。
荷車輪も作る。
航空用だけにはしない。
航空注文が止まった時、工場全部が止まらないようにする。
ユダヤ人実業家が言った。
「航空用の利益で、一般製品の設備も直してください」
工場主が尋ねる。
「なぜWILKがそこまで言う」
「航空注文は長く続くとは限りません」
ポーランド軍将校が反論する。
「軍は継続的に必要とする」
四人が彼を見る。
「何だ」
元白軍将校が言った。
「軍の継続は、平和の継続とは違う」
ポーランド軍将校は返事をしなかった。
最初の納品。
タイヤ六本。
木枠へ固定。
製造番号。
材料配合番号。
布ロット。
加硫日。
担当班。
検査結果。
一つずつ記録されている。
年配の工場職工が、木枠へ白い字を書いた。
航空用。
若い見習いが、その下へ小さく書く。
空気を入れすぎるな。
工場主が見つけた。
「消せ」
「なぜ」
「正式表示ではない」
元ドイツ軍技術者が読んだ。
「残せ」
工場主が振り返る。
「よいのか」
「規定圧も書け」
若い見習いは数字を足した。
その横へ、元独立運動家が黄色い札を付けた。
工場主が尋ねる。
「黄色は食料では」
「これは注意札だ」
「色を増やすな」
元ドイツ軍技術者が言った。
「色だけに頼るな」
ポーランド軍将校が頭を抱える。
「タイヤ一つで、また規格が増える」
ユダヤ人実業家は納品書へ署名した。
「六本です」
「残りは」
工場主が答える。
「作っている」
「いつ」
「一機ずつだ」
ユダヤ人実業家は少し笑った。
WILKの考え方が、もう工場へ移り始めていた。
タイヤ工場を出る前。
ユダヤ人実業家は、工場主から別の注文書を見せられた。
農業組合。
低圧荷車用タイヤ。
救急車製造会社。
悪路用タイヤ。
地方バス会社。
耐久性の高い大型タイヤ。
陸軍。
貨物車向け試作照会。
ポーランド軍将校が言った。
「軍用車両まで作るのか」
工場主が答える。
「タイヤだけだ」
「WILKの工場ではないぞ」
「知っている」
「航空機用を優先しろ」
工場主は契約書を指した。
「航空用だけにはしないと書いてある」
ポーランド軍将校がユダヤ人実業家を見る。
「お前が入れたのか」
「一つの注文先へ依存させないためです」
「軍の納期は」
「守ります」
「民間品を作って遅れたら」
工場主が答えた。
「十二機を同じ日に作らない会社が言うな」
元白軍将校が声を上げて笑った。
ポーランド軍将校は何も言えなかった。
夜。
WILK本社へ戻ったユダヤ人実業家は、供給表を更新した。
従来の供給元。
南部ゴム製品工場。
国外調達。
三本の線。
どれか一つが止まっても、すぐには全機が止まらない。
その下に、各国から届いた需要報告があった。
英国。
軍用貨物車向けタイヤ増産。
フランス。
航空基地用の給油車および救急車両。
ドイツ。
道路輸送力拡張に伴う大型タイヤ不足。
スウェーデン。
冬季車両用ゴム製品。
アメリカ。
農業機械と長距離貨物車の需要増。
車輪が増えている。
工場が動く。
輸送が増える。
農業。
救急。
郵便。
旅客。
すべて必要な用途だった。
その横へ、別の用途も書ける。
兵站。
動員。
弾薬輸送。
負傷者後送。
部隊移動。
同じタイヤだった。
ユダヤ人実業家は、その夜はまだ何も書き加えなかった。
ただ、南部工場の生産能力欄へ赤い線を引く。
一社へ集中させない。
金型の図面を複製する。
国外支社へ一部保管。
材料配合表も、別の場所へ。
ポーランド軍将校が部屋へ入ってきた。
「まだ働いているのか」
「供給表です」
「タイヤは確保できた」
「今は」
「今は?」
ユダヤ人実業家は帳簿を閉じる。
「車輪が必要になってから工場を探すのでは遅いということです」
「十二機の話だろう」
「ええ」
彼は窓の外を見た。
夜の線路を、貨物列車が通っている。
木材。
石炭。
機械。
食料。
どこへ運ばれるかは見えない。
ただ、以前より長い。
「十二機だけなら」
貨車の音が遠ざかる。
「一社で足りたかもしれません」
ポーランド軍将校は、その言葉の続きを聞かなかった。
聞かなくても、分かり始めていた。
WILKの黄金期には、多くの車輪が必要になる。
そして車輪は、
飛行機を帰すためにも、
軍隊を前へ進めるためにも使われる。