一九三四年
Bizon改良型十二機に搭載予定の新型空冷星型発動機について、製造元から納期変更の通知があった。
当初予定。
第一群六基。
第二群六基。
第三群六基。
予備六基。
変更後。
第一群四基。
第二群四基。
第三群は時期未定。
予備分は回答なし。
遅延理由。
軍用機需要の増加。
民間輸送機向け既契約。
鋳造部品不足。
点火装置不足。
熟練組立工不足。
製造元政府による輸出許可審査。
陸軍航空部は、
「発動機が届くまで機体製造を一時停止してはどうか」
と提案した。
WILK社は、
「発動機が届かないため飛行機を作らないのであれば、発動機が届いても飛行機は完成していない」
と回答した。
陸軍航空部は、
「では何を作るのか」
と質問した。
WILK社は、
「発動機以外を作る」
と回答した。
発動機は来なかった。
予定日。
貨車は来た。
木箱も積まれていた。
だが中身は発動機ではない。
取付金具。
排気管。
予備点火栓。
工具。
説明書。
発動機架へ取り付ける銘板。
肝心の発動機だけがない。
ポーランド軍将校は貨車の前で目録を握っていた。
「なぜ銘板が先に来る!」
資材担当者が答えた。
「別工場で作っているからです」
「銘板だけ付けて飛べというのか!」
元ドイツ軍技術者は箱から説明書を取り出した。
「最新版か」
「発動機がないのに読むのか」
「来てから読む方が遅い」
「説明書の発動機と、実際に届く物が同じとは限らんぞ」
元ドイツ軍技術者が止まった。
「どういう意味だ」
資材担当者が別の紙を渡す。
「製造途中で補機配置が変更された可能性があります」
「可能性?」
「正式通知はまだです」
「何が変わる」
「発電機の位置。燃料ポンプ。点火配線。油戻り管」
「全部ではないか!」
ポーランド軍将校が説明書を覗く。
「発動機架は変更しなくてよいのか」
「取付点は同じだと書いてある」
元独立運動家が銘板を一枚持ち上げた。
「なら、これを付けて場所だけ確保する」
元ドイツ軍技術者が奪い取る。
「銘板で重量は分からん」
「石を積む」
「発動機架へ石を載せるな」
「同じ重さなら」
「重さだけ同じでも意味がない!」
元白軍将校が貨車の空いた場所を見る。
「発動機がない分、何か積んで帰るか」
ポーランド軍将校が怒鳴った。
「この貨車は帰り便ではない!」
会議室。
黒板には、十二機の進捗が書かれている。
一号機。
胴体骨組み完成。
翼中央部組立中。
脚取付準備。
二号機。
胴体骨組み七割。
三号機。
胴体骨組み五割。
四号機以降。
部材切断。
発動機。
四基のみ出荷準備中。
ポーランド軍将校は黒板を見た。
「四基なら二機分だ」
元ドイツ軍技術者が答える。
「双発だからな」
「十二機のうち二機しか飛ばせん」
「二機が飛ぶ前に、残り十機を止める理由はない」
「発動機なしで検査できるのか」
「できるものはする」
「重心は」
「模擬重量を積む」
元独立運動家が嬉しそうに顔を上げる。
「石でよいな」
「よくない」
「では鉄塊」
「形が違う」
「木箱へ入れる」
「荷重位置が違う」
元白軍将校が言った。
「壊れた旧発動機を使え」
元ドイツ軍技術者が彼を見る。
「重量が違う」
「中へ鉄を足す」
「回らない」
「地上検査なら回さなくてよい」
元ドイツ軍技術者は少し考えた。
ポーランド軍将校が嫌な顔をする。
「採用するのか」
「外形と取付点を合わせた模擬発動機を作る」
元独立運動家が言った。
「旧発動機の殻を使えば早い」
「殻が足りない」
「木で作る」
「防火壁試験に木を使うな」
「鉄骨と板」
「最初からそう言え」
ユダヤ人実業家は帳簿へ書いた。
発動機模擬架台製作。
ポーランド軍将校が覗き込む。
「発動機が届けば不要になる」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「整備訓練に使える」
元独立運動家が続ける。
「交換訓練にも」
元白軍将校。
「火災訓練にも」
ポーランド軍将校が叫ぶ。
「燃やすな!」
模擬発動機は、発動機ではなかった。
鋼管の骨組み。
重り。
外周輪。
取付点。
補機の位置を示す木箱。
配管接続位置。
重心位置。
重量は実物へ合わせる。
ただし一体では重すぎるため、内部の重りを分割する。
一個二十キログラム。
番号付き。
必要数を入れて、型式ごとの重量へ調整できる。
元独立運動家が重りを一つ持ち上げた。
「取っ手を付ける」
元ドイツ軍技術者が頷く。
「両側に」
「一人で持てる」
「二人で持て」
「一人でも持てる重さだ」
「腰を壊す」
元白軍将校が別の重りを持つ。
「軽い」
ポーランド軍将校が言った。
「お前を基準にするな」
ユダヤ人実業家は製作費を見る。
「重りは共通化できますか」
「他の発動機にも?」
「今後、別型を搭載する場合に」
ポーランド軍将校が警戒した。
「もう別型を考えているのか」
元ドイツ軍技術者が答える。
「今の発動機が来ないからだ」
「来る!」
「いつ」
「製造元へ確認中だ」
元白軍将校が言った。
「来る物を待つ者は、来ない物へ弱い」
「何の格言だ」
「今作った」
模擬発動機一号は、重心位置を間違えた。
図面上の重心。
説明書の重心。
梱包重量表の重心。
三つが一致しない。
元ドイツ軍技術者が紙を並べる。
「どれが正しい」
資材担当者が答えた。
「製造元へ問い合わせています」
「返事は」
「まだです」
ポーランド軍将校が言った。
「平均を取れ」
元ドイツ軍技術者が彼を見る。
「人命に関わる数字を平均で決めるな」
「では三つ作るのか」
元独立運動家が言った。
「重りを動かせるようにする」
全員が彼を見る。
「骨組みの中へレールを付ける」
「固定は」
「楔とピン」
「飛行中に使うわけではない」
「地上試験だけなら十分だ」
元ドイツ軍技術者は図面へ線を引いた。
前後へ移動できる重り台。
上下位置も二段階。
型式変更。
補機変更。
将来の別発動機。
「使える」
ユダヤ人実業家が尋ねた。
「商品になりますか」
ポーランド軍将校が即座に言った。
「ならない」
元ドイツ軍技術者は答えなかった。
元独立運動家も答えなかった。
二人とも、既に別の機体へ使うことを考えていた。
模擬発動機を一号機へ取り付ける。
吊り具。
チェーン。
移動架台。
発動機架。
五人の整備員。
監督一人。
元ドイツ軍技術者。
ポーランド軍将校。
元白軍将校は少し離れて見ている。
「上げろ」
ゆっくり吊る。
模擬発動機が前へ進む。
取付点。
合わない。
右上が三粍ずれている。
作業が止まる。
ポーランド軍将校が言った。
「模擬品の誤差だろう」
元ドイツ軍技術者は発動機架側を測る。
次に模擬発動機。
「発動機架だ」
「図面どおりでは」
年配の旋盤工が製造記録を持ってくる。
「右上取付部の治具へ補修があります」
「いつ」
「昨日」
治具の穴が摩耗し、溶接で埋めて開け直した。
基準点の取り直しが甘かった。
一号機。
二号機。
同じ治具を使っている。
三号機はまだ。
元ドイツ軍技術者が言った。
「二号機を測れ」
測る。
同じ方向へ二粍。
一号機より小さい。
作業者が途中で違和感を持ち、締付順を変えていたためだった。
ポーランド軍将校が顔をしかめる。
「実物が届く前に分かった」
元白軍将校が答える。
「届かなかったおかげだな」
「喜ぶな」
「喜んではいない」
元ドイツ軍技術者は治具へ赤札を付けた。
「使用停止」
生産主任が尋ねる。
「一号機は」
「取付部を直す」
「二号機も」
「直す」
「納期が」
「発動機は来ていない」
ポーランド軍将校が黙った。
反論する材料がなかった。
治具の修理には二日かかった。
その間、別工程を進める。
配線。
床レール。
尾部。
操縦索。
脚。
燃料槽。
翼外板。
発動機がなくてもできることは多い。
だが、発動機がないため決められないことも多い。
排気管の正確な位置。
冷却風板。
補機点検口。
油管の最終取り回し。
発電機配線。
元ドイツ軍技術者は説明書へ印を付けた。
「決められない場所は閉じるな」
板金部門責任者が尋ねる。
「外板を付けないのですか」
「仮止め」
「仮止めのまま移動すると歪みます」
「補助枠を付ける」
「また部品が増える」
「あとで外す」
「外した部品は」
元独立運動家が言った。
「次の機体へ使う」
ユダヤ人実業家が頷く。
「番号を振りましょう」
ポーランド軍将校が顔をしかめた。
「仮部品にも帳簿を作るのか」
「なくすからです」
「誰が」
工場の全員が目を逸らした。
補助枠には青い縞が塗られた。
機体部品と間違えないため。
外す部品。
飛行してはいけない部品。
仮固定。
元独立運動家が提案した。
「形も変える」
「どう変える」
「端を三角にする」
元ドイツ軍技術者が首を振る。
「切る手間が増える」
「穴を大きく開ける」
「強度が落ちる」
「札を付ける」
「外れる」
年配の旋盤工が言った。
「表面へ大きく『外せ』と打刻すればよい」
ポーランド軍将校が言った。
「見える場所ならな」
若い工員が笑う。
「見えない場所へ付けたら、外す時も見えません」
全員が止まった。
元ドイツ軍技術者が若い工員を見る。
「それも記録しろ」
「冗談です」
「事故は冗談から始まる」
補助枠には、両面から見える穴。
青い縞。
大きな打刻。
三つを併用した。
色だけに頼らない。
文字だけにも頼らない。
形だけにも頼らない。
ポーランド軍将校が完成品を見る。
「仮部品の方が目立つな」
元白軍将校が答える。
「外し忘れるよりよい」
発動機製造元から、返事が来た。
重心位置。
説明書が正しい。
梱包重量表は補機なし。
図面は旧型。
補機配置。
変更あり。
発電機は後方へ移動。
燃料ポンプは左下。
油戻り管は太くなる。
取付点。
変更なし。
納期。
未定。
ポーランド軍将校は電報を机へ叩きつけた。
「取付点以外、全部変わっている!」
元ドイツ軍技術者は模擬発動機の木箱を移動させる。
発電機位置。
燃料ポンプ。
配管接続。
「変えられる」
「なぜ平然としている」
「変えられるように作った」
元独立運動家が重り台を後ろへ動かす。
「重心も」
「固定しろ」
「楔を入れる」
「印を付けろ」
ユダヤ人実業家が言った。
「旧配置も残してください」
ポーランド軍将校が尋ねる。
「なぜ」
「旧型発動機を使う可能性があります」
「新型を注文した」
「届かなければ」
「届く!」
今度は誰も反論しなかった。
だが模擬発動機には、旧型と新型の両方の位置が記された。
四基の発動機がようやく到着したのは、予定より三週間遅れてからだった。
大きな木箱。
鉄帯。
防水布。
封印。
製造元の印。
輸出許可証。
税関書類。
陸軍受領書。
WILK搬入票。
ポーランド軍将校は木箱の前で言った。
「今度こそ入っているな」
資材担当者が答える。
「重量は合っています」
「銘板ではないな」
「銘板だけでこの重さなら、別の問題です」
木箱を開ける。
油紙。
木材。
防錆剤。
金属。
星型発動機。
一基目。
工員たちが集まる。
元ドイツ軍技術者が追い払う。
「見るだけの者は離れろ」
誰も離れない。
「落としたら全員で受け止める気か」
少し離れた。
発動機を吊る。
台へ載せる。
外観確認。
輸送傷。
油漏れ。
封印。
番号。
元ドイツ軍技術者は、模擬発動機と並べた。
工員が笑う。
鉄骨と木箱で作った偽物。
隣に本物。
外形は似ている。
似ていない場所もある。
燃料ポンプは、通知位置よりさらに二十粍外側。
ポーランド軍将校の顔が変わった。
「電報と違う」
「取付ブラケットが増えた」
「聞いていない」
「今見た」
元ドイツ軍技術者は模擬発動機へ木片を足した。
「更新する」
「本物があるのに、まだ模擬品を直すのか」
「二基は機体へ付ける」
「残り二基がある」
「一基は分解検査。一基は予備」
「模擬品は」
「残り十機へ使う」
元独立運動家が言った。
「整備学校へも貸せる」
ユダヤ人実業家が帳簿へ書く。
「貸出料金を」
ポーランド軍将校が振り向いた。
「軍へ売った機体の発動機を載せるための道具を、軍へ貸すのか」
「機体とは別契約です」
「契約を増やすな!」
一号機への実発動機搭載。
模擬品で一度通した作業。
吊り具位置。
架台高さ。
作業人数。
工具。
締付順。
配管仮位置。
防火壁との隙間。
全部、記録済み。
それでも本物は違った。
重りではなく、内部に部品がある。
傾けられる角度が限られる。
油が入っている。
突出部が多い。
一度、燃料ポンプが架台へ当たりかけた。
作業員が止める。
「左へ五糎」
「左は点火部が当たる」
「下げろ」
「下げると油溜めが」
元ドイツ軍技術者が手を挙げる。
全員停止。
模擬発動機の記録を見る。
燃料ポンプ追加分。
架台側の横木。
「横木を外せ」
移動架台の一部を外す。
補助輪で支える。
再開。
今度は通る。
取付点へ近づく。
四本。
合う。
ボルト。
仮締め。
対角。
本締め。
規定値。
元ドイツ軍技術者が一つずつ印を付ける。
ポーランド軍将校は時計を見る。
「所要時間は」
生産主任が答える。
「三時間四十二分」
「模擬品では」
「二時間五十分」
「遅い」
元白軍将校が言った。
「最初の本物だ」
「部隊ではもっと早くしろ」
元ドイツ軍技術者が振り返る。
「部隊へ練習させろ」
「発動機を何度も外すのか」
「外さずに早くなると思うな」
二基目は三時間十一分。
作業班を一部変えた。
若い工員を一人増やす。
だが人数を増やしすぎて、工具の受け渡しでぶつかる。
三基目は分解検査へ回す予定だったが、ポーランド軍将校が搭載時間を縮めたいと言い出した。
元ドイツ軍技術者が拒否する。
「内部を確認する」
「製造元で検査している」
「輸送後だ」
「封印はある」
「封印は軸受を見ない」
「十二機分が遅れている」
「不良を十二機へ載せる気か」
ユダヤ人実業家が契約書を開く。
「受領検査を省略した場合、保証条件が変わります」
ポーランド軍将校が止まる。
「どちらに不利だ」
「こちらです」
「分解しろ」
即答だった。
三基目の前部を開ける。
金属粉。
異常なし。
油路。
異常なし。
点火配線。
一本、被覆に浅い傷。
輸送中に固定具へ擦れたらしい。
今すぐ故障するほどではない。
だが振動すれば進む。
元ドイツ軍技術者が指す。
「交換」
資材担当者が尋ねる。
「予備配線は」
「箱にある」
箱を探す。
点火栓。
工具。
銘板。
配線なし。
ポーランド軍将校が目録を見る。
「予備一式と書いてある」
「点火栓一式です」
「配線は」
「別売です」
「発動機の一部ではないのか!」
ユダヤ人実業家が価格表を見る。
「製造元では消耗部品扱いですね」
「注文したのか」
「していません」
「なぜ」
「必要と知らされていません」
元独立運動家が傷を見た。
「被覆だけ直せないか」
元ドイツ軍技術者が答える。
「試験用なら」
「量産機は」
「新品へ交換」
ポーランド軍将校が言った。
「届くまで待つのか」
全員が彼を見る。
彼は自分で言葉に気付いた。
「待つな」
元ドイツ軍技術者が頷いた。
「国内で作る」
点火配線の被覆は、特殊な物だった。
耐熱。
耐油。
振動。
高電圧。
普通の電線では代用できない。
だが構成そのものは、完全に未知ではない。
導体。
絶縁。
編組。
外皮。
接続端子。
WILKの電装部門。
南部ゴム製品工場。
織物工房。
金具工場。
四つを組み合わせる。
ユダヤ人実業家は見積りを並べた。
「少量では高い」
ポーランド軍将校が言った。
「輸入した方が安いのでは」
「届けば」
「またそれか」
元ドイツ軍技術者が傷のある配線を切った。
断面を見る。
「完全な複製はしない」
「なぜ」
「製造設備が違う」
「性能は」
「必要条件を満たす物を作る」
元独立運動家が言った。
「修理用の短い物から」
「接続箇所が増える」
「端子箱を作る」
「重量が増える」
元白軍将校が言った。
「被弾時に一部だけ交換できる」
元ドイツ軍技術者が止まる。
「それは利点だ」
ポーランド軍将校が嫌そうに言った。
「また別物になるのか」
「現場で直せる物になる」
「元の方が軽い」
「届かない軽い物より、届く重い物だ」
ユダヤ人実業家が頷く。
「工場も残ります」
点火配線試作は、発動機の到着より早く始まった。
南部ゴム製品工場へ、小さな追加注文。
工場主から返電。
タイヤの次は電線か。
WILKから回答。
ゴムを使う。
再返電。
靴底も作っている。
WILK。
靴底には使わない。
工場主。
分かっている。
三日後、試作被覆が届いた。
硬い。
曲げるとひび。
却下。
二号。
柔らかい。
油へ浸すと膨れる。
却下。
三号。
耐熱は通る。
低温で硬化。
保留。
四号。
編組を変更。
外皮を薄く。
端子部だけ二重。
試験。
熱。
油。
振動。
絶縁。
合格。
元ドイツ軍技術者は、輸入品と並べた。
国内品の方が少し太い。
重い。
だが端子部を外して交換できる。
ユダヤ人実業家が尋ねる。
「名称は」
ポーランド軍将校が警戒する。
「商品名を付けるな」
「部品番号が必要です」
元独立運動家が言った。
「交換式点火線」
元ドイツ軍技術者が答える。
「そのままだ」
「分かりやすい」
元白軍将校が言った。
「壊れた箇所だけ替えられるなら、それでよい」
ポーランド軍将校は諦めた。
「番号だけにしろ」
ユダヤ人実業家は帳簿へ書いた。
WILK交換式点火線・第一型。
「名前が付いているではないか!」
発動機四基のうち、二基は一号機へ。
一基は分解検査後、二号機へ。
一基は予備。
一号機では地上始動試験が始まった。
燃料。
油。
消火器。
車輪止め。
周囲退避。
右発動機。
始動。
数回回る。
止まる。
再始動。
咳。
白煙。
回転。
安定。
左。
始動。
一度で掛かる。
工員から拍手。
ポーランド軍将校が叫ぶ。
「まだ喜ぶな!」
右発動機の回転が少し揺れる。
元ドイツ軍技術者が計器を見る。
「点火を片系統へ」
回転低下。
許容範囲。
反対。
さらに低下。
「三番気筒」
整備員が排気温度を確認。
低い。
点火栓。
配線。
接続。
国内試作線ではない。
輸入配線。
端子が緩い。
締め直す。
再試験。
正常。
ポーランド軍将校が言った。
「輸入品でも緩むのか」
元ドイツ軍技術者が答える。
「国籍で締付力は変わらん」
元独立運動家が言った。
「緩み止めを足す」
「勝手に足すな」
「試す」
「先に言え」
「今言った」
いつもの声が格納庫へ響いた。
工員たちは少し笑った。
発動機は回っている。
飛行機の形が戻ってきた。
一号機の地上試験が終わる頃、二号機にも発動機が載った。
三号機には模擬発動機。
四号機も模擬品。
五号機は防火壁まで。
六号機は骨組み。
生産は止まらなかった。
発動機が来ない間に見つかったもの。
治具のずれ。
補機配置の変更。
配管干渉。
点火線の不足。
架台の不備。
図面の旧版。
もし十二機すべてを止め、発動機到着後に一斉再開していたら、全部が同じ日に発覚していた。
ポーランド軍将校は進捗表を見る。
「遅れている」
元ドイツ軍技術者が答える。
「止まってはいない」
「十二機のうち飛べるのはまだ一機もない」
元白軍将校が言った。
「飛べる一機を急いで、飛べない十一機を作るよりよい」
「軍は数を必要としている」
ユダヤ人実業家が帳簿を閉じた。
「数を作るために、同じ故障を十二個作らないのです」
ポーランド軍将校は黒板を見る。
一号機。
二号機。
三号機。
それぞれ違う進捗。
だが全機、前日より進んでいる。
「追加発動機は」
資材担当者が答えた。
「次の四基が出荷許可待ちです」
「いつ」
「未定」
ポーランド軍将校は反射的に言いかけた。
待つしかない。
その言葉を飲み込む。
「発動機以外を進めろ」
元ドイツ軍技術者が少しだけ笑った。
「最初からそうしている」
夜。
ユダヤ人実業家は各国からの発動機生産報告を読んでいた。
英国。
航空発動機工場の増設。
既存民間契約の軍向け振替。
フランス。
星型発動機用鋳造設備の拡張。
熟練工の再雇用。
ドイツ。
工作機械注文の急増。
航空関連工場の夜間操業。
イタリア。
発動機輸出契約の見直し。
自国需要優先。
アメリカ。
民間輸送機市場の拡大。
軍からの試作照会増加。
ポーランド。
輸入許可。
外貨。
輸送。
政治交渉。
発動機はただの機械ではなくなりつつあった。
誰へ売るか。
誰へ売らないか。
何基確保するか。
どの国が先に受け取るか。
それ自体が外交だった。
机の上には、WILKが作った模擬発動機の製造表。
国内製交換式点火線。
発動機架治具。
整備訓練手順。
届かなかったから作った物。
届くまでの時間を埋めるために始めた仕事。
だが次に供給が止まった時、それらは時間を稼ぐ。
ユダヤ人実業家は、発動機供給表へ線を三本引いた。
輸入新型。
既存旧型。
将来の国内生産。
最後の項目には、まだ工場名がない。
生産設備もない。
技術者も足りない。
ただ欄だけがある。
元白軍将校が部屋へ入ってきた。
「まだ増やすのか」
「欄だけです」
「欄は工場になる」
「必要になれば」
「必要になると思っている」
ユダヤ人実業家は答えなかった。
窓の向こう。
一号機の発動機が、夜間再試験で回り始めた。
二基の音。
揃っている。
力強い。
だが十二機分には遠い。
「発動機が来なければ、飛行機は飛びません」
ユダヤ人実業家は言った。
元白軍将校が頷く。
「だから作るのか」
「少なくとも、作れない理由を一つずつ減らします」
机の端には、製造元から届いた新しい通知があった。
次回納入数について再調整中。
数字は書かれていない。
ユダヤ人実業家は、その紙を発動機供給表へ綴じなかった。
代わりに、国内製造候補の調査資料へ挟んだ。
WILKはまだ発動機を作れない。
だが発動機を待つだけの会社では、なくなり始めていた。