一九三四年
国内航空発動機工場の生産能力拡張について、以下の案が提出された。
第一案。
工場建屋を拡張し、新規労働者を直接雇用する。
利点。
雇用人数が明確である。
増産政策として説明しやすい。
式典で多数の労働者を並べられる。
欠点。
航空発動機の製造経験者は増えない。
熟練工が新人教育へ割かれる。
検査工程が詰まる。
工作機械の台数が不足する。
材料が届かなければ、増えた労働者全員が待機する。
第二案。
発動機工場周辺の企業へ工程の一部を分散し、発動機工場では精密加工、最終組立および検査へ人員を集中する。
対象工程。
木箱製作。
部品洗浄。
防錆包装。
簡易金具。
ゴム管。
電線被覆。
作業服。
帳票印刷。
材料運搬。
廃材選別。
食堂および洗濯。
陸軍航空部は、
「発動機を増産する計画に、なぜ洗濯が含まれるのか」
と質問した。
WILK社は、
「油まみれの作業服を洗う者がいなければ、熟練工が自分で洗うことになる」
と回答した。
陸軍航空部は、
「家で洗えばよい」
と再回答した。
WILK社は、その回答を工員の家族へ転送する案を検討したが、ポーランド軍将校が止めた。
発動機工場の正門前には、再び人が並んでいた。
以前とは違う列だった。
発動機を買いに来た者ではない。
仕事を求める者。
元鉄道工。
農機具工場の旋盤工。
縫製工場を解雇された女工。
倉庫番。
大工。
炭鉱を離れた男。
学校を出たばかりの若者。
工場側は門へ紙を貼っていた。
経験者優先。
精密機械加工経験者。
航空発動機組立経験者。
検査器具取扱経験者。
列に並ぶ者の大半は、どれにも当てはまらなかった。
ポーランド軍将校は列を見た。
「これだけ人がいる」
ユダヤ人実業家が答えた。
「いますね」
「雇えばよい」
元ドイツ軍技術者は工場の窓を見る。
中では旋盤が回っている。
研削盤。
歯切盤。
測定室。
組立台。
「何をさせる」
「訓練すればよい」
「誰が訓練する」
「熟練工だ」
「その間、誰が発動機を作る」
ポーランド軍将校が止まった。
元独立運動家が列の端へ行った。
「木箱を作れる者」
何人かが手を挙げた。
「縫える者」
女たちのほか、革職人が一人。
「荷車を直せる者」
多い。
「油の付いた部品を洗ったことがある者」
全員が困った顔をした。
元白軍将校が言った。
「洗うだけならできるだろう」
元ドイツ軍技術者が即座に答えた。
「洗剤を間違えれば表面処理を落とす」
「では教えろ」
「だから誰が」
また最初へ戻った。
発動機工場の会議室には、工場長と各部門責任者が集まった。
精密加工。
熱処理。
鋳造。
組立。
検査。
資材。
労務。
ポーランド軍将校は増員計画を机へ広げた。
「国は増産を求めている」
工場長が答えた。
「知っています」
「WILKも十二機分を必要としている」
「知っています」
「なら雇え」
工場長は窓の外の列を見た。
「誰を」
ポーランド軍将校も見る。
「全員ではない」
「何人」
「まず百人」
工場長が各部門責任者を見る。
精密加工責任者が言った。
「旋盤工なら十人」
熱処理。
「炉の経験者を二人」
組立。
「機械組立経験者を十五人」
検査。
「測定器を使える者を五人」
労務責任者が紙へ書く。
合計三十二人。
ポーランド軍将校が言った。
「残り六十八人は」
誰も答えなかった。
元独立運動家が尋ねる。
「今、熟練工が自分でやっている仕事は」
工場長の顔が曇る。
「発動機を作っています」
「発動機以外で」
「そんなものはない」
ユダヤ人実業家が資材責任者を見る。
「部品は誰が運びます」
「工員です」
「洗浄は」
「加工班」
「木箱は」
「木工班」
「木工班は発動機工場の所属ですか」
「そうです」
「作業服の補修は」
労務責任者が答えた。
「各自です」
「帳票の印刷は」
「事務員が謄写します」
「不合格品の分類は」
検査責任者。
「検査工です」
「切粉の回収は」
精密加工責任者。
「見習いが」
元ドイツ軍技術者が一つずつ黒板へ書いた。
運搬。
洗浄。
箱。
補修。
印刷。
選別。
切粉。
工具整理。
油の補充。
測定器の清掃。
「これだけある」
工場長が言った。
「発動機工場の仕事です」
「発動機を作る者でなければできないか」
「品質へ関わる」
「全部が?」
「間違えれば関わる」
元ドイツ軍技術者は頷いた。
「なら、間違えないよう工程を作る」
最初に切り出されたのは、輸送箱だった。
発動機本体用。
シリンダー用。
点火装置用。
工具用。
予備部品用。
これまでは工場内の木工班が、必要になるたび作っていた。
だが航空機用部品の増産で、箱の数も増えている。
木工班は七人。
うち二人は熟練。
一人は発動機架の木型も作る。
三人は梱包。
一人は釘を抜いて再利用する係になっていた。
元独立運動家が言った。
「外へ出す」
工場長が反対した。
「寸法を間違える」
「見本を渡す」
「湿った木を使う」
「水分を測る」
「測れない工場が多い」
ユダヤ人実業家が資料を出した。
「近郊に閉鎖寸前の家具工場があります」
「家具と発動機箱は違う」
「木を切り、組み、乾かす点は同じです」
元ドイツ軍技術者が尋ねた。
「乾燥室は」
「あります」
「測定器は」
「ありません」
「買う」
ポーランド軍将校が反応する。
「箱のために測定器を買うのか」
「濡れた箱で発動機を腐らせるより安い」
「木箱で発動機は腐らん」
元ドイツ軍技術者が彼を見る。
「港で一週間雨に当てるか」
「当てない」
ユダヤ人実業家が静かに言った。
「当たることがあります」
誰も否定できなかった。
家具工場へ、乾燥計と規格寸法表が送られた。
最初の注文は二十箱。
家具工場主は図面を見て言った。
「椅子より簡単だ」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「椅子は落としても座れる」
「箱も落とさない」
「船員へ言え」
次は部品洗浄。
加工後の金属部品には、切削油、研磨粉、切粉が残る。
洗浄が甘ければ組立時に異物となる。
洗剤が強すぎれば表面を傷める。
水分が残れば腐食する。
これまでは加工した班が、自分たちで洗っていた。
精密加工責任者が言う。
「外へ出せない」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「工場内に独立洗浄班を作る」
「未経験者へ任せるのか」
「部品ごとに手順を分ける」
「判断が要る」
「判断が要る部品だけ熟練工へ戻す」
洗浄台が三つ作られた。
白札。
通常洗浄。
青札。
油路あり。
黒札。
特殊処理。経験者のみ。
色だけではなく、容器の形も変えた。
通常は角形。
油路ありは丸形。
特殊処理は蓋付き。
元独立運動家が言った。
「暗くても分かる」
ポーランド軍将校が尋ねる。
「洗浄室が暗くなることがあるのか」
元白軍将校が答えた。
「停電する」
「今その話をするな」
「停電は話を待たん」
採用された新人は十二人。
最初の三日は、廃品を洗った。
わざと油を詰めた管。
穴の奥へ研磨粉を入れた金具。
錆びたボルト。
表面処理済みの板。
元ドイツ軍技術者は、一つずつ切って確認した。
洗い残し。
傷。
水分。
洗剤残り。
新人の一人が尋ねた。
「合格品を洗わせてもらえるのは、いつです」
「失敗を見分けられるようになってから」
「何日かかります」
「人による」
「早い者は」
「早いと危ない」
「遅い者は」
「遅すぎても危ない」
新人は困った。
元白軍将校が横から言った。
「止まるべき時に止まれればよい」
元ドイツ軍技術者が頷く。
「それだ」
新人はさらに困った。
作業服の補修は、工場外へ出された。
近郊の縫製所。
不況で軍服注文が途切れ、半分の機械が止まっていた。
工場から油まみれの上着とズボンが運び込まれる。
縫製所の女工たちは顔をしかめた。
「洗ってから持ってきて」
労務担当者が答えた。
「洗濯所はまだありません」
「では縫えません」
「穴だけ」
「油で針が滑る」
元独立運動家が言った。
「洗濯所も作る」
ポーランド軍将校が怒鳴った。
「発動機を増やす話だぞ!」
ユダヤ人実業家は縫製所の隣に、使われていない公衆浴場跡があると確認した。
給水。
排水。
蒸気配管。
ボイラーは故障。
建物は残る。
工業洗濯所改修案。
帳簿へ新しい項目が増えた。
「洗濯で何人雇える」
ポーランド軍将校が皮肉で尋ねた。
「二十人ほどです」
ユダヤ人実業家は普通に答えた。
「そんなに?」
「洗濯、乾燥、仕分け、補修、配送です」
「発動機工場へ二十人入れれば」
元ドイツ軍技術者が言った。
「旋盤は二十台増えん」
「洗濯機もないだろう」
元独立運動家が浴場跡を見る。
「槽はある」
「人の風呂だぞ」
「服も浸かる」
「一緒にするな!」
発動機工場の外へ仕事が出るたび、新しい問題が出た。
木箱の寸法が一分違う。
洗浄済み部品の袋へ番号がない。
作業服の釦が金属製で、機械へ落ちる恐れがある。
防錆紙が不足。
納品車が遅れる。
印刷所が旧版の検査票を増刷した。
工場長は言った。
「やはり工場内でやるべきだった」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「工場内でも起きていた」
「外へ出したから増えた」
「見えるようになっただけだ」
「見える問題は増えている」
「見えない問題よりよい」
ポーランド軍将校は、二人の間で書類を見た。
「対策は」
元独立運動家が答える。
「外注先ごとに連絡員を置く」
「また人が要る」
「未経験者を使える」
「何をさせる」
「品物と紙が同じか見る」
「読み書きが必要だ」
「学校を出た若者が並んでいた」
ユダヤ人実業家は採用名簿を開いた。
「十二人候補がいます」
工場長が尋ねる。
「発動機を知らない」
「箱の数は読めます」
「図面は」
「教えます」
「誰が」
全員が黙った。
また最初へ戻った。
そこで、教育を工程から切り離した。
工場内の倉庫を一つ空ける。
古い机。
黒板。
測定器。
不合格品。
切断した部品。
模擬発動機。
廃止図面。
正しい箱。
間違った箱。
洗浄済みと洗浄不足の部品。
釦の取れやすい作業服。
防錆紙の種類。
簡単な訓練室ができた。
元ドイツ軍技術者は、熟練工を交代で一時間ずつ出す案を作った。
工場長が反対する。
「一時間でも生産が落ちる」
「十人へ教えれば、翌週から十人分の雑務が減る」
「教えられるとは限らない」
「教える訓練もする」
熟練工たちが嫌な顔をした。
旋盤工が言った。
「私は教師ではない」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「知っていることを話せ」
「感覚でやっている」
「感覚を分けろ」
「音を聞けば分かる」
「どう違う」
旋盤工は機械の回転音を真似した。
低い唸り。
少し高い振動。
不規則な音。
新人たちは笑いを堪えた。
旋盤工が睨む。
「笑った奴、聞き分けろ」
機械を回す。
正常。
刃先摩耗。
材料固定不良。
三つの音。
一人だけ当てた。
元白軍将校が言った。
「教師になったな」
旋盤工は機嫌を悪くした。
だが翌日も来た。
訓練室には、番号ではなく段階が付けられた。
第一段階。
運搬、整理、番号確認。
第二段階。
洗浄、包装、単純加工。
第三段階。
機械補助、中間測定。
第四段階。
単独加工。
第五段階。
最終仕上げ、検査、教育。
昇格は勤続年数ではなく、作業試験。
落ちても賃金を下げない。
ただし上位工程へは進めない。
ポーランド軍将校が規定を読んだ。
「失敗しても罰がないのか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「試験で失敗した者を罰すると、次は失敗を隠します」
「何度も落ちる者は」
「向いた工程へ残します」
「昇進できない」
「全員を検査工にする必要はありません」
元独立運動家が言った。
「箱を正しく作る者も必要だ」
ポーランド軍将校は少し考えた。
「軍では階級が上がる」
元白軍将校が答える。
「全員を将軍にするのか」
「そういう意味ではない!」
中古工作機械の一覧が届いたのは、その頃だった。
英国。
閉鎖された自動車部品工場の円筒研削盤。
フランス。
縮小された航空部品工場の旋盤。
ベルギー。
歯車工場の歯切盤。
ドイツ。
債権整理中の工場から出た測定器と工具研削盤。
チェコスロヴァキア。
更新で不要になったボール盤。
一九二〇年代末から一九三〇年代初頭の機械。
新品ではない。
だが国内工場の一部より新しい。
ユダヤ人実業家は価格表を並べた。
「安い」
元ドイツ軍技術者が状態表を見る。
「安い理由がある」
「不況です」
「主軸摩耗。制御盤欠品。専用工具なし」
「直せますか」
「見なければ分からん」
「見に行きますか」
「全部へ?」
「買う候補だけ」
ポーランド軍将校が資料の厚さを見る。
「何台ある」
「候補は六十三台」
「買うのは」
「状態がよければ二十台ほど」
「どこへ置く」
ユダヤ人実業家は発動機工場を指した。
工場長が首を振る。
「床がない」
「周辺工場へ置きます」
「発動機用機械を外へ?」
元ドイツ軍技術者が言った。
「荒加工ならよい」
「精度が出ない」
「最終仕上げを本工場でやる」
工場長は嫌そうな顔をした。
「半完成品が増える」
「熟練工が荒削りから全部やるよりよい」
「材料管理は」
「共通番号を付ける」
「輸送中の傷は」
「専用箱を作る」
家具工場主が呼ばれた。
「また箱か」
「今度は部品用です」
「椅子より簡単か」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「椅子より面倒だ」
家具工場主はため息をついた。
「先に言うようになったな」
工作機械の買付けには、ユダヤ人実業家の既存商流が使われた。
英国の機械商。
ベルギーの港湾倉庫。
フランスの保険代理店。
ドイツの別名義会社。
チェコスロヴァキアの共同出資先。
ポーランド軍将校は契約一覧を見た。
「全部、お前の会社か」
「違います」
「では何だ」
「取引先です」
「持分があると書いてある」
「一部です」
「この会社は親族経営」
「そうです」
「こちらは融資先」
「ええ」
「この倉庫は管理契約」
「はい」
「結局、どこまでがお前のものだ」
ユダヤ人実業家は少し考えた。
「輸送中の事故が起きた場合ですか」
「所有の話だ!」
「所有と責任は一致しないことがあります」
ポーランド軍将校は頭を抱えた。
元白軍将校が契約書を一枚取る。
「機械は届くのか」
「届かせます」
「ならよい」
「よくない!」
最初に届いた中古旋盤は、木箱だけは立派だった。
箱を開ける。
本体。
付属工具。
予備歯車。
説明書。
ただし電動機がない。
ポーランド軍将校が叫ぶ。
「また中身が足りない!」
資材担当者が答える。
「電動機別売と契約書に」
「なぜ買った」
ユダヤ人実業家が答える。
「国内製を付ける予定です」
元ドイツ軍技術者は主軸を回す。
抵抗。
異音。
測る。
「軸受交換」
「使えないのか」
「直せば使える」
「いくらかかる」
ユダヤ人実業家が計算する。
「新品の半額以下です」
「時間は」
「二週間」
「新品なら」
「納期八か月」
ポーランド軍将校は黙った。
元独立運動家が台座を見る。
「車輪を付ける」
元ドイツ軍技術者が振り向く。
「付けるな」
「移動できる」
「旋盤は動かすな」
「設置するまで」
「運搬台へ載せろ」
「だから車輪を」
「旋盤本体へ付けるな!」
工場の外では、再生作業場の建設が始まった。
中古工作機械を受け入れ、分解し、洗浄し、測定し、部品を作り直す。
発動機工場の隣ではない。
鉄道引込線のある、閉鎖された農機具工場。
そこへ元農機具工、電気工、鉄道修理工が雇われた。
また新しい工場が動き始めた。
資源の共同調達も始まった。
特殊鋼。
アルミ合金。
銅。
耐熱材。
軸受鋼。
天然ゴム。
絶縁材。
発動機工場だけでは注文量が小さい。
WILKの航空機。
南部ゴム工場。
冷蔵設備。
台車。
工具。
電装。
複数企業の必要量をまとめる。
ユダヤ人実業家が一枚の購入表へ集約した。
ポーランド軍将校が驚く。
「こんなに鋼を使うのか」
「種類があります」
元ドイツ軍技術者が言った。
「一緒にするな」
「倉庫は同じでよいだろう」
「棚を分けろ」
「場所が足りない」
「建てろ」
ユダヤ人実業家が帳簿へ書く。
共同材料倉庫。
ポーランド軍将校が叫ぶ。
「また工場が増える!」
「倉庫です」
「同じだ!」
元独立運動家が言った。
「検査室も要る」
「なぜ」
「届いた材料が注文どおりか確かめる」
「証明書がある」
元ドイツ軍技術者が鋼材の束を叩く。
「証明書は材料にならん」
新しい共同倉庫へ、最初の鋼材が届いた。
同じような棒材。
色も似ている。
表面に油。
端へ番号。
一束だけ番号札が外れていた。
倉庫員が言った。
「重さと寸法で分かります」
元ドイツ軍技術者が怒鳴った。
「分からん!」
「見た目は同じです」
「だから分からん!」
「発動機用か、台車用かくらいは」
「逆に使ったらどうする」
「発動機用を台車へ使うなら丈夫になります」
「台車用を発動機へ使った時に死ぬ!」
番号不明材は隔離。
切断試料。
硬さ。
火花。
組成確認。
結果が出るまで使用禁止。
ポーランド軍将校が言った。
「一本の札が外れただけで全部止めるのか」
元ドイツ軍技術者が答える。
「一本だけなら、その一本を止める」
元白軍将校が頷いた。
「全部を止めないためだ」
札は二重化された。
紙札。
金属打刻。
さらに束の端へ塗装。
色だけに頼らない。
文字だけにも頼らない。
位置も決める。
倉庫員は規則表を見て言った。
「材料を置くだけで、この量か」
元独立運動家が答えた。
「間違って置かないためだ」
一か月後。
発動機工場の直接雇用は、当初案の百人には届かなかった。
新規採用は四十一人。
精密加工。
組立補助。
検査補助。
洗浄。
運搬。
一方、周辺企業では、
家具工場、三十八人。
工業洗濯所、二十四人。
縫製所、十七人。
印刷所、九人。
材料倉庫、二十一人。
工作機械再生工場、五十三人。
運送会社、十三人。
小規模金物工場、二十九人。
ゴム管工房、十二人。
合計は、発動機工場へ百人詰め込む案を大きく上回った。
ポーランド軍将校は報告書を見た。
「発動機工場の雇用計画ではなかったのか」
ユダヤ人実業家が答える。
「発動機を増産するための雇用計画です」
「半分以上が発動機へ触れていない」
元ドイツ軍技術者が言った。
「触らせる必要がない」
「それで生産量は」
工場長が別の表を出した。
加工待ち時間。
減少。
部品運搬による機械停止。
減少。
熟練工の洗浄時間。
大幅減。
箱待ち。
減少。
検査待ち。
まだ増加。
ポーランド軍将校がそこを指した。
「詰まっているではないか」
検査責任者が答えた。
「作れる部品が増えたためです」
「悪化したのか」
「前より多く来るようになりました」
元ドイツ軍技術者が黒板へ書く。
次のボトルネック。
検査工。
測定器。
試運転台。
「増産すると、詰まる場所が移る」
ポーランド軍将校が顔をしかめた。
「永遠に終わらんのか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「生産は終わらない方がよいでしょう」
「そういう意味ではない!」
訓練室の第一期修了者が出た。
運搬から洗浄へ。
洗浄から機械補助へ。
機械補助から中間測定へ。
全員が上がったわけではない。
洗浄に残った者。
梱包へ移った者。
木箱検査が向いていた者。
数字を読むのが苦手で、色と形による仕分けを担当する者。
若い女工の一人は、中間測定試験で最も良い成績を出した。
精密加工責任者が言った。
「旋盤経験は」
「ありません」
「測定器は」
「ここで初めて」
「なぜ分かる」
「布を裁つ時と同じです」
「同じではない」
「ずれたら合わないのは同じです」
元ドイツ軍技術者が測定結果を確認した。
再測定。
一致。
「次の段階へ」
精密加工責任者は不満そうだったが、反対はしなかった。
別の若者は、加工は遅いが異音をよく聞き分けた。
旋盤工が自分の補助に取った。
「手は遅い」
「すみません」
「耳はよい」
「ありがとうございます」
「礼を言うな。音が変わったら止めろ」
少しずつ、専門技術が増えていく。
急には増えない。
だが減らさない。
熟練工の仕事を薄めず、周囲を厚くする。
夜。
発動機工場の煙突から、以前より太い煙が出ていた。
周辺の家具工場にも灯り。
洗濯所から蒸気。
再生工場では、中古研削盤の試運転。
材料倉庫へ貨車。
印刷所では翌週分の工程票。
町の食堂には客が戻る。
貸し部屋が埋まる。
パン屋が焼く量を増やす。
靴修理屋に仕事が来る。
発動機工場の門へ並ぶ列は短くなった。
全員が中へ入れたわけではない。
だが工場の外で、別の入口が増えていた。
ユダヤ人実業家は、各企業の雇用表と生産表を机へ並べた。
発動機工場。
木工。
縫製。
洗濯。
運送。
倉庫。
再生工作機械。
一つずつの会社は小さい。
どれかが止まっても、発動機工場全体はすぐには止まらない。
だが全部が動けば、発動機工場の月産は上がる。
元白軍将校が表を見る。
「工場が増えたな」
「会社は以前からありました」
「では何を増やした」
「仕事です」
ポーランド軍将校が遅れて部屋へ入った。
「航空部が視察へ来る」
ユダヤ人実業家が顔を上げる。
「発動機工場へ?」
「雇用増加と増産成果を見る」
元独立運動家が言った。
「家具工場も見せる」
「なぜ」
「箱がなければ出荷できない」
「洗濯所も?」
「作業服がなければ働けない」
「食堂もか」
元白軍将校が答えた。
「腹が減れば働けない」
ポーランド軍将校は五人を見た。
「視察団を町中へ歩かせる気か」
ユダヤ人実業家は生産表を閉じた。
「発動機工場だけを見ても、増産した理由は分かりません」
「では、どこまでが工場だ」
彼は窓の外を見た。
煙突。
倉庫。
洗濯所。
灯りのついた小さな作業場。
線路を走る貨車。
仕事を終えて家へ帰る人々。
「工場を大きくしたのではありません」
ポーランド軍将校が尋ねた。
「では何をした」
ユダヤ人実業家は答えた。
「工場の外を、工場の一部にしました」
後年、発動機工場の増産記録には、新設された工作機械と採用された熟練工の数が大きく記載された。
家具工場が何箱作ったか。
洗濯所が何着洗ったか。
食堂が何食出したか。
運送会社が何往復したか。
それらは小さくしか記録されなかった。
だが、発動機は小さな仕事の上に組み上がった。
精密な軸。
磨かれた歯車。
調整された点火装置。
そして、
乾いた箱。
洗われた部品。
破れていない作業服。
間違っていない番号札。
温かい食事。
華やかな時代は、精密機械だけで作られたのではなかった。
見えない仕事へ人を置き、
見える機械を止めないことで作られた。
その夜も工場は回っていた。
金が回り、
仕事が増え、
発動機が作られていた。
それが何を載せ、
どこへ飛んでいくのかを、
まだ誰も口にはしなかった。