WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK国外事業部・北欧材料検査拠点設置案
一九三四年

航空発動機および機体生産に必要な輸入資源について、供給元からポーランド国内工場へ直接搬入する現行方式を再検討した。

対象。

特殊鋼。
アルミニウム材。
銅。
軸受。
天然ゴム。
耐熱材。
絶縁材。
工作機械。
精密測定器。
潤滑油および防錆剤。

現行方式の問題。

到着後に規格不適合が判明する。
輸送中の破損と製造時の不良を区別できない。
証明書と現物が一致しない場合がある。
不適合品を返送する費用が高い。
一度ポーランドへ集積すると、別国の工場へ回しにくい。
輸入許可、鉄道、港湾のいずれかが止まると全量が滞留する。

北欧の港湾都市に、受入倉庫、材料検査所および工作機械調査部門を設ける案を提出する。

候補国。

ノルウェー。

陸軍航空部は、

「ポーランドで使う材料を、なぜ一度ノルウェーへ送るのか」

と質問した。

WILK社は、

「ポーランドで使えない材料を、ポーランドまで運ばないためである」

と回答した。

陸軍航空部は、

「使える物はすべて本国へ送れ」

と指示した。

WILK社は、

「すべて本国へ送れば、本国以外では使えない」

と再回答した。

航空部は、回答が質問への返答になっているか検討中である。


第108話 資源を本国へ全部送るな

ノルウェー支社を作る話は、倉庫不足から始まった。

 

共同材料倉庫へ、英国から特殊鋼が届いた。

 

フランスから銅管。

 

スウェーデンから軸受鋼。

 

ベルギー経由で中古研削盤。

 

米国から測定器。

 

全部、ポーランドへ入ってきた。

 

そして全部、置く場所がなかった。

 

倉庫の通路には木箱。

 

壁際には棒材。

 

天井近くまで積まれた防錆紙。

 

検査待ちの材料。

 

返品待ちの材料。

 

送り先未定の機械。

 

ポーランド軍将校は通路へ横向きに入った。

 

「これ以上置けん」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「だから国外へ置きます」

 

「国外へ置いた物は使えん」

 

「必要な分だけ送ります」

 

「全部必要だ」

 

元ドイツ軍技術者が棒材の札を確認した。

 

「これは使えん」

 

ポーランド軍将校が振り向く。

 

「なぜ」

 

「規格が違う」

 

「証明書には航空用とある」

 

「硬さが足りない」

 

「なら返品しろ」

 

ユダヤ人実業家が運賃表を見る。

 

「ここから英国へ戻すと、買値の三割以上かかります」

 

「では台車へ使え」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「高い台車になる」

 

元独立運動家が一本持ち上げる。

 

「工具へ回す」

 

「工具鋼ではない」

 

「杭は」

 

「鋼を見れば全部杭にするな」

 

元白軍将校が倉庫の奥を見た。

 

「届く前に調べられなかったのか」

 

ユダヤ人実業家は答えた。

 

「書類上は合格品でした」

 

「現物は違う」

 

「ええ」

 

「なら現物を見る場所を、もっと手前に置け」

 

全員が彼を見た。

 

ポーランド軍将校が言う。

 

「手前とはどこだ」

 

ユダヤ人実業家は壁の地図を指した。

 

北海。

 

バルト海。

 

英国。

 

スウェーデン。

 

ノルウェー。

 

「港です」

 

候補地の資料が集められた。

 

オスロ。

 

銀行。

 

商社。

 

港。

 

鉄道。

 

政府機関。

 

ただし土地が高い。

 

南部の工業港。

 

化学工場。

 

金属工場。

 

水力電力。

 

大型貨物を扱える岸壁。

 

土地は比較的安い。

 

ただし商業事務所から遠い。

 

ポーランド軍将校が資料をめくった。

 

「どちらか一つにしろ」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「両方です」

 

「支社は一つだ」

 

「登記は一つです」

 

「建物が二つある」

 

「用途が違います」

 

「支社は建物ではないのか」

 

元独立運動家が言った。

 

「会社は建物ではない」

 

「お前は話を広げるな」

 

元ドイツ軍技術者は工業港の設備表を見ていた。

 

「硬さ試験機がある」

 

「現地工場のものです」

 

「借りられるか」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「共同出資すれば」

 

ポーランド軍将校が資料から顔を上げた。

 

「もう出資の話か」

 

「先方は設備更新資金を探しています」

 

「まだ支社もないぞ」

 

「支社がないから、既存企業を使います」

 

元白軍将校が尋ねた。

 

「倉庫は」

 

「港湾会社が空き倉庫を持っています」

 

「誰の会社だ」

 

「共同経営者の知人です」

 

ポーランド軍将校は目を細めた。

 

「お前の知人ではないのか」

 

「会ったことはありません」

 

「ではなぜ信用できる」

 

「祖父の代から取引があります」

 

部屋が静かになった。

 

「祖父?」

 

「魚油と穀物です」

 

「航空資材の話ではなかったか」

 

「商売は航空機が生まれる前からあります」

 

元白軍将校が少し笑った。

 

「飛行機より古い道か」

 

「ええ」

 

ノルウェー側の港湾会社は、小さかった。

 

倉庫三棟。

 

荷役用クレーン二基。

 

事務所。

 

防錆包装の作業場。

 

魚油と機械部品を扱っている。

 

共同経営者は年老いたノルウェー人だった。

 

ユダヤ人実業家を見ると、最初に言った。

 

「父親に似ていない」

 

「よく言われます」

 

「祖父には少し似ている」

 

「会ったことが?」

 

「港で樽を数えた」

 

ポーランド軍将校が小声で尋ねる。

 

「何年前だ」

 

元白軍将校が答える。

 

「聞かない方がよい」

 

年老いた共同経営者は、倉庫の鍵をユダヤ人実業家へ見せた。

 

「これはお前の家から預かった」

 

ポーランド軍将校が目を見開く。

 

「支社を作りに来たのではないのか」

 

ユダヤ人実業家は鍵を見た。

 

古い真鍮。

 

番号。

 

一族の商標。

 

「まだ残っていたのですか」

 

「倉庫は建て替えた。鍵だけ残した」

 

「何の倉庫だった」

 

「乾燥魚、亜麻仁油、銅線。時々、逃げてきた商人の荷物」

 

年老いた共同経営者は鍵を机へ置いた。

 

「持ち主は戻らなかった」

 

ユダヤ人実業家は、すぐには手を伸ばさなかった。

 

「相続人は」

 

「手紙を三度出した。返事はない」

 

「帳簿は」

 

「ある」

 

「利益は」

 

「倉庫維持へ使った。残りは別口座だ」

 

ポーランド軍将校が二人を見比べた。

 

「どういう関係だ」

 

年老いた共同経営者が答えた。

 

「預かっただけだ」

 

元白軍将校が静かに言った。

 

「同じ種類の人間か」

 

ユダヤ人実業家は鍵を受け取った。

 

「帳簿を確認します」

 

「倉庫も使え」

 

「先に持分を整理します」

 

「今でもそこからか」

 

「今だからです」

 

倉庫は空ではなかった。

 

魚油の樽。

 

機械油。

 

木箱。

 

船舶部品。

 

古い織機。

 

分解された小型発電機。

 

壁際には、梱包された旋盤が一台。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「もう工作機械がある」

 

年老いた共同経営者が答えた。

 

「英国の工場から買った。買主が潰れた」

 

元ドイツ軍技術者が木箱を開ける。

 

油紙。

 

鋳鉄。

 

主軸。

 

付属品。

 

「比較的新しい」

 

「一九二九年製だ」

 

「なぜ売らない」

 

「買い叩かれた」

 

ユダヤ人実業家が帳簿を見る。

 

「保管費が機械の価値へ近づいています」

 

「だからお前に売る」

 

「所有者は」

 

「銀行だ」

 

「銀行の同意は」

 

「取った」

 

「価格は」

 

年老いた共同経営者は紙を出した。

 

ユダヤ人実業家が見る。

 

少し黙る。

 

「安すぎます」

 

ポーランド軍将校が驚いた。

 

「安いなら買え」

 

「後で問題になります」

 

「高く買う気か」

 

「正しい価格で買います」

 

年老いた共同経営者が笑った。

 

「祖父と同じことを言う」

 

「祖父はどうしました」

 

「値切った」

 

ユダヤ人実業家は初めて少し困った顔をした。

 

元白軍将校が笑った。

 

「似ていないな」

 

ノルウェー支社の最初の仕事は、支社を作ることではなかった。

 

倉庫の中身を数えることだった。

 

誰の物か。

 

いつ入ったか。

 

保険は残っているか。

 

税は払われているか。

 

持ち主は生きているか。

 

相続人はいるか。

 

売ってよいか。

 

動かしてよいか。

 

ポーランド軍将校は三日目に音を上げた。

 

「古い樽一本まで調べる必要があるのか」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「他人の物なら」

 

「中身は油だ」

 

「所有者は油ではありません」

 

「腐っていたら」

 

「処分します」

 

「なら今捨てろ」

 

「処分権を確認してからです」

 

元独立運動家は樽を叩いた。

 

「中身を燃料へ使える」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「成分を調べろ」

 

「燃えればよい」

 

「発動機へ入れる気か」

 

「暖房だ」

 

「先に言え」

 

元白軍将校は、棚の上の小箱を見つけた。

 

中には手紙。

 

鍵。

 

株券。

 

古い家族写真。

 

年老いた共同経営者が言った。

 

「戻らなかった男の荷物だ」

 

「何年」

 

「十四年」

 

「家族は」

 

「分からん」

 

ユダヤ人実業家は箱の番号を帳簿へ写した。

 

「持って帰るのか」

 

「ここへ残します」

 

ポーランド軍将校が尋ねた。

 

「なぜ」

 

「最後に置かれた場所だからです」

 

一瞬だけ、誰も話さなかった。

 

元独立運動家が古い織機を指した。

 

「これは誰のだ」

 

年老いた共同経営者が答える。

 

「私のだ」

 

「なら分解して棚を作る」

 

「やめろ」

 

会話は元へ戻った。

 

検査所には、すぐ立派な研究設備を置けなかった。

 

最初に揃ったもの。

 

秤。

 

寸法測定器。

 

硬さ試験機。

 

小型切断機。

 

研磨機。

 

顕微鏡。

 

加熱炉。

 

薬品棚。

 

防錆試験箱。

 

引張試験機は高かった。

 

現地の造船所から借りることになった。

 

ただし造船所側の予約が優先。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「必要な時に使えん」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「最初から全部買う金はありません」

 

「発動機工場へ出資したばかりだ」

 

「ええ」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「支社を増やしすぎではないか」

 

ユダヤ人実業家は首を振る。

 

「ここはまだ支社ではありません」

 

「では何だ」

 

「出張所です」

 

「登記書類には支社とあるぞ」

 

「登記上は支社です」

 

「さっき違うと言った!」

 

元白軍将校が倉庫の扉を開ける。

 

「風が入るぞ」

 

元ドイツ軍技術者が叫ぶ。

 

「試験片へ潮風を当てるな!」

 

最初に検査されたのは、スウェーデンから届いた軸受鋼だった。

 

証明書。

 

寸法。

 

重量。

 

硬さ。

 

表面。

 

切断。

 

組織確認。

 

三十本中、二本だけ硬さが違った。

 

同じ束。

 

同じ札。

 

同じ出荷書類。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「別ロットが混じった」

 

現地倉庫員が尋ねる。

 

「使えないのか」

 

「用途による」

 

「発動機へは」

 

「使わない」

 

「台車へは」

 

「使える」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「なら全部ポーランドへ送れ」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「二本だけ別の送り先へ回します」

 

「一緒に送ればよい」

 

「国内でまた分けるのですか」

 

「分ければよい」

 

「そのための倉庫と人が必要です」

 

「もうある」

 

「足りないからここを作っています」

 

ポーランド軍将校は黙った。

 

元独立運動家が二本へ大きな札を付けた。

 

航空発動機使用禁止。

一般機械用。

 

さらに端へ溝を一本入れた。

 

元ドイツ軍技術者が言う。

 

「勝手に削るな」

 

「見分けるためだ」

 

「材料へ傷を入れるな」

 

「端だけだ」

 

「切断予定位置ならよい」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「先に相談しろ」

 

元独立運動家は溝の位置を少し変えた。

 

「今相談した」

 

英国から届いたアルミニウム板は、品質に問題がなかった。

 

だが木箱の内側が湿っていた。

 

海上輸送中に水が入ったらしい。

 

表面に白い腐食。

 

浅い。

 

研磨すれば使える。

 

ただし全部をポーランドへ送り、そこで初めて開梱していれば、さらに進んでいた可能性がある。

 

現地倉庫員が言った。

 

「箱は無傷だった」

 

元ドイツ軍技術者が内側を見る。

 

「釘穴から入った」

 

家具工場へ電報。

 

海上輸送箱、釘部防水を強化。

内側防湿紙追加。

箱底を二重化。

 

家具工場から返電。

 

重量増加。

 

WILK。

 

許容。

 

家具工場。

 

価格増加。

 

ユダヤ人実業家。

 

許容範囲を送れ。

 

家具工場。

 

先に価格を聞くのか。

 

ユダヤ人実業家。

 

先に聞かないと軍が怒る。

 

ポーランド軍将校が電報を読んだ。

 

「私のせいにするな」

 

「事実です」

 

中古工作機械の検品も始まった。

 

一台目。

 

外観良好。

 

主軸摩耗。

 

送りねじに遊び。

 

電動機付き。

 

電圧が違う。

 

二台目。

 

精度良好。

 

制御盤なし。

 

三台目。

 

付属品完備。

 

輸送中に台座が割れている。

 

四台目。

 

動く。

 

説明書がない。

 

五台目。

 

説明書だけ届いた。

 

ポーランド軍将校は木箱を覗いた。

 

「本体は」

 

倉庫員が答えた。

 

「別の船です」

 

「なぜ分けた」

 

「保険会社の指示です」

 

「説明書だけ先に来てどうする」

 

元ドイツ軍技術者が受け取る。

 

「読む」

 

ポーランド軍将校が彼を見る。

 

「喜んでいないか」

 

「説明書があるだけ前回よりよい」

 

元独立運動家は割れた台座を叩いた。

 

「溶接で直す」

 

「鋳鉄だ」

 

「金具を当てる」

 

「精度が狂う」

 

「なら台座を作る」

 

「工作機械の台座を簡単に言うな」

 

ノルウェーの造船所技師が割れ目を見た。

 

「船の機関台より小さい」

 

元ドイツ軍技術者が振り向く。

 

「作れるのか」

 

「精度を出すなら時間が要る」

 

「どれくらい」

 

「二週間」

 

ユダヤ人実業家が尋ねる。

 

「費用は」

 

技師が答える。

 

ユダヤ人実業家は少し考えた。

 

「お願いします」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「ポーランドへ送って直せば」

 

「壊れた機械を運ぶのですか」

 

「直してから送る」

 

「だからここで直します」

 

また一つ、支社の仕事が増えた。

 

倉庫の一角には、材料を用途別に分ける棚が作られた。

 

即時出荷。

 

検査待ち。

 

再検査。

 

一般工業用。

 

航空用。

 

発動機用。

 

工作機械修理用。

 

返品。

 

所有者確認中。

 

ポーランド軍将校が最後の棚を指した。

 

「それは必要か」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「最初からありました」

 

古い箱。

 

鍵。

 

帳簿。

 

誰かが戻るまで動かさない物。

 

「新しい資材と一緒に置くな」

 

元ドイツ軍技術者が言う。

 

「棚を分けろ」

 

「分けています」

 

「部屋も分けろ」

 

「増築が必要です」

 

ポーランド軍将校が警戒する。

 

「また建てるのか」

 

元独立運動家が倉庫の奥を測っていた。

 

「壁を動かせる」

 

年老いた共同経営者が叫ぶ。

 

「人の倉庫を勝手に広げるな!」

 

元白軍将校が言った。

 

「もう共同出資だ」

 

「だから余計に勝手にするな!」

 

輸送経路も試された。

 

第一経路。

 

ノルウェー港から船でバルト海へ入り、ポーランド港へ。

 

第二経路。

 

ノルウェーからスウェーデンへ鉄道。

 

そこからバルト海経由。

 

第三経路。

 

英国へ戻し、別便でフランス支社へ。

 

第四経路。

 

現地で売却し、代わりに必要物資を買う。

 

ポーランド軍将校が四つ目を見た。

 

「送らないのか」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「ポーランドで不要なら」

 

「買った物だぞ」

 

「必要な物へ換えます」

 

「資源は備蓄しろ」

 

「すべてを?」

 

「使える物は」

 

元白軍将校が尋ねた。

 

「いつ使う」

 

「戦時には必要になる」

 

「戦時にポーランドへ取りに戻れるか」

 

ポーランド軍将校が黙る。

 

ユダヤ人実業家は地図へ線を引いた。

 

ノルウェー。

 

英国。

 

フランス。

 

ポーランド。

 

「本国備蓄は必要です」

 

次の線。

 

スウェーデン。

 

ノルウェー。

 

英国。

 

「本国以外の備蓄も必要です」

 

「敵に奪われる」

 

「本国も奪われます」

 

部屋が静かになった。

 

ポーランド軍将校の顔が変わる。

 

元白軍将校がユダヤ人実業家を見る。

 

元独立運動家は何も言わなかった。

 

元ドイツ軍技術者は材料表へ目を落とした。

 

ユダヤ人実業家だけが地図を見ていた。

 

「どこも安全ではありません」

 

彼は続けた。

 

「だから一か所へ集めないのです」

 

ポーランド軍将校は、しばらく返事をしなかった。

 

やがて小さく言う。

 

「今は平時だ」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「今しか分けられません」

 

ノルウェー支社の備蓄量は、当初予定より少なく決められた。

 

大量の鋼材を積み上げる案は却下。

 

代わりに置かれたもの。

 

特殊鋼の標準試料。

 

材料検査記録。

 

供給者一覧。

 

代替供給者一覧。

 

工作機械の部品表。

 

測定器。

 

防錆包装材。

 

小口の重要資源。

 

複数通貨の口座。

 

船会社との契約。

 

保険会社との契約。

 

通関担当者。

 

翻訳者。

 

倉庫員。

 

検査技師。

 

修理工。

 

港湾労働者。

 

現物だけでなく、現物をもう一度集める能力を置く。

 

元白軍将校が一覧を見た。

 

「倉庫に人間まで数えるのか」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「機械は勝手に検査しません」

 

「人間は備蓄できん」

 

「だから雇います」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「雇用表へ備蓄と書くな」

 

「書いていません」

 

「顔がそう言っている」

 

検査所の開所日。

 

式典は小さかった。

 

ノルウェー側の役人。

 

港湾会社。

 

造船所。

 

化学工場。

 

銀行。

 

WILK。

 

倉庫前へ机。

 

旗。

 

パン。

 

魚。

 

コーヒー。

 

ポーランド軍将校は挨拶文を渡された。

 

北欧とポーランドの産業協力。

平和的通商。

雇用創出。

品質向上。

海上輸送の発展。

 

「悪くない」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「軍需とは書いていません」

 

「発動機材料を扱うのだろう」

 

「農機具にも船にも使えます」

 

「航空部が出資している」

 

「一部です」

 

「どこまで民間事業なんだ」

 

元独立運動家が魚を食べながら言った。

 

「魚を運んでいる間は民間だ」

 

「食べながら決めるな」

 

元ドイツ軍技術者は式典を抜け、硬さ試験機の水平を確認していた。

 

ポーランド軍将校が呼ぶ。

 

「写真を撮るぞ」

 

「試験機が傾いている」

 

「後で直せ」

 

「後では最初の試験が間違う」

 

元白軍将校が写真へ入る。

 

「いつものことだ」

 

結果、開所記念写真には四人しか写らなかった。

 

元ドイツ軍技術者は背景で床へしゃがんでいた。

 

最初の正式出荷は、発動機用特殊鋼十二束。

 

検査済み。

 

番号確認。

 

防錆。

 

梱包。

 

二経路へ分ける。

 

八束はポーランドへ。

 

二束は英国支社へ。

 

一束はフランス支社。

 

一束はノルウェーに残す。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「十二束全部、発動機工場が注文した」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「今月必要なのは八束です」

 

「残りもいずれ使う」

 

「必要になったら送ります」

 

「輸送が止まったら」

 

「本国に八束あります」

 

「足りなくなったら」

 

「国外に四束あります」

 

「国外へ取りに行けなければ」

 

元白軍将校が言った。

 

「本国へ全部置いて奪われたら、十二束ともなくなる」

 

ポーランド軍将校は納得していない顔をした。

 

だが出荷書類へ署名した。

 

八。

 

二。

 

一。

 

一。

 

最初の分散備蓄。

 

小さな数字だった。

 

夜。

 

ユダヤ人実業家は、古い倉庫の事務所で帳簿を読んでいた。

 

新しい帳簿。

 

材料。

 

工作機械。

 

検査。

 

輸送。

 

雇用。

 

古い帳簿。

 

魚油。

 

穀物。

 

銅線。

 

預かり品。

 

返還先不明。

 

二つの帳簿は、表紙の色も紙も違った。

 

だが書かれていることは似ていた。

 

誰から受け取ったか。

 

どこへ送ったか。

 

誰が責任を持つか。

 

戻ってきた時、何を返すか。

 

年老いた共同経営者が入ってきた。

 

「鍵は使えたか」

 

「新しい錠前には合いません」

 

「当然だ」

 

「残しておきます」

 

「なぜ」

 

ユダヤ人実業家は古い鍵を机へ置いた。

 

「この倉庫が、私たちより前からここにあった証明です」

 

「倉庫は建て替えたぞ」

 

「約束は残っています」

 

年老いた共同経営者は椅子へ座った。

 

「お前の家は昔から面倒だ」

 

「よく言われます」

 

「預かった物を返そうとする」

 

「返さない家よりは」

 

「返した後も、また預けられる」

 

ユダヤ人実業家は少し笑った。

 

「それも、よくあります」

 

翌朝。

 

ノルウェー支社から最初の報告書がポーランドへ送られた。

 

特殊鋼十二束を検査。

八束を本国へ出荷。

四束を国外分散。

中古工作機械五台を検査。

二台修理可能。

一台部品取り。

一台返品。

一台、本体未着。

 

倉庫能力は不足。

検査人員も不足。

引張試験機は借用品。

 

ただし、運用開始可能。

 

航空部から返電。

 

なぜ四束を国外に残した。

 

ユダヤ人実業家は返事を書いた。

 

八束を本国へ送るためです。

 

ポーランド軍将校が読んだ。

 

「また分かりにくい」

 

「本国の倉庫へ十二束入らないので」

 

「そう書け」

 

「それだけが理由ではありません」

 

「なら全部書け」

 

ユダヤ人実業家は新しい紙を出した。

 

だが、長い説明は書かなかった。

 

一か所へ全量を置かないこと。

一経路へ全量を載せないこと。

一国の許可へ全量を預けないこと。

 

備蓄とは、物を集めることではない。

必要な時に、必要な場所へ残っている状態を作ることである。

 

ポーランド軍将校は最後まで読んだ。

 

「航空部は嫌がるぞ」

 

元白軍将校が言った。

 

「嫌がっても鋼は四か所にある」

 

元独立運動家が地図へ新しい線を引く。

 

「次は西だな」

 

ポーランド軍将校が警戒した。

 

「どこへ行く気だ」

 

ユダヤ人実業家は、机の端に置かれた北大西洋航路表を見る。

 

英国。

 

アイスランド。

 

カナダ。

 

米国。

 

「海の途中です」

 

「海の途中に何がある」

 

元白軍将校が答えた。

 

「次の港がある」

 

ノルウェー支社の倉庫には、すべての資源が揃っていたわけではない。

 

鋼材は少ない。

 

アルミニウム板も少ない。

 

工作機械は壊れている。

 

検査設備は借り物。

 

職員も足りない。

 

それでもそこには、

 

材料を受け取る者がいた。

 

使えるか調べる者がいた。

 

直せるか考える者がいた。

 

別の港へ送り直す者がいた。

 

誰の物かを記録する者がいた。

 

そして、戻ってくる者のために古い鍵を保管する者がいた。

 

WILKはノルウェーへ資源を備蓄した。

 

だが最初に置かれた最も重要なものは、鋼でも機械でもなかった。

 

本国が止まっても、

 

別の場所で仕事を続けるという習慣だった。

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