一九三四年
英国および北米から欧州へ輸送される資源、工作機械、食品、医薬品について、北大西洋上の中継拠点を設ける案を提出する。
候補地。
アイスランド。
主な業務。
船会社および航路の調査。
冬季輸送日数の記録。
貨物保険条件の比較。
防湿・防錆包装の確認。
燃料、潤滑油、食料、医薬品の小口備蓄。
無線通信の中継。
英国、カナダ、米国向け貨物の振分け。
北米側供給業者の調査。
船舶および航空機の応急修理資材保管。
陸軍航空部は、
「ポーランドから見て、アイスランドは遠回りではないか」
と質問した。
WILK社は、
「北米から見れば途中である」
と回答した。
陸軍航空部は、
「途中に工場は必要ない」
と再回答した。
WILK社は、
「途中で止まった場合に必要である」
と回答した。
航空部は、
「何が止まるのか」
と質問した。
WILK社は、
「船、貨物、機械、人間のいずれか」
と回答した。
航空部は、回答が広すぎるとして再提出を求めた。
アイスランド支社を作る話は、機械が行方不明になったことから始まった。
ノルウェー支社へ送られる予定だった米国製の工具研削盤。
書類上では、ニューヨークを出港していた。
保険会社も確認している。
船会社の記録にも載っている。
だが英国へ着いていない。
ノルウェーにもない。
ポーランド軍将校は輸送書類を机へ並べた。
「海へ落ちたのか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「船は沈んでいません」
「なら盗まれた」
「船会社は積み替えたと言っています」
「どこで」
「不明です」
「不明とはどういう意味だ!」
「書類が別便へ移った可能性があります」
元ドイツ軍技術者が尋ねた。
「機械ではなく、書類が移ったのか」
「機械も移ったはずです」
「はず?」
「積替港の記録がありません」
元独立運動家が地図を見る。
ニューヨーク。
北大西洋。
英国。
ノルウェー。
「途中で降ろしたのでは」
「どこへ」
「港」
ポーランド軍将校が苛立つ。
「港名を言え」
元独立運動家は北大西洋の島を指した。
「ここ」
「アイスランド?」
「船が寄る」
ユダヤ人実業家は航路表を開いた。
確かに一部の船便は寄港する。
燃料。
郵便。
水。
積替え。
天候待ち。
だが工具研削盤が降ろされた記録はない。
元白軍将校が言った。
「そこへ人を送れ」
ポーランド軍将校が振り向く。
「機械一台のために?」
「一台が消える場所では、次も消える」
レイキャヴィークの港は、WILK本社の者たちが想像していたより小さく、そして忙しかった。
漁船。
貨物船。
石炭。
魚。
樽。
木箱。
網。
氷。
風。
塩。
荷役人夫の声。
波止場には、海の匂いと魚の匂いと機械油の匂いが混ざっていた。
ポーランド軍将校は帽子を押さえた。
「寒い」
元白軍将校が答えた。
「冬ではない」
「十分寒い」
元独立運動家は港の倉庫を見ていた。
「空いている建物がある」
ユダヤ人実業家が言う。
「先に機械を探します」
「倉庫も探す」
「まだ支社を作ると決めていません」
元独立運動家は空き倉庫の扉を試した。
鍵が掛かっている。
「決めている顔だ」
元ドイツ軍技術者は荷役用クレーンを見上げた。
「吊上能力は」
港湾係員が答えた。
「荷による」
「数字で」
「クレーンによる」
「どのクレーンだ」
「使える方だ」
元ドイツ軍技術者の顔が険しくなった。
ポーランド軍将校が小声で言う。
「ここではやっていけそうだな」
工具研削盤は、港の第三倉庫にあった。
木箱。
製造会社名。
送り先。
WILKノルウェー支社。
間違いない。
ただし箱の上には別の荷札が貼られていた。
漁業用冷凍設備部品。
ポーランド軍将校が叫ぶ。
「誰が工作機械を冷凍設備にした!」
港湾係員が答えた。
「書類にはそうあります」
ユダヤ人実業家が荷札を剥がす。
下から別の札。
さらに下から、元の送り状。
三枚。
それぞれ違う番号。
元ドイツ軍技術者は木箱の角を見る。
「一度開けた跡がある」
「中身を確認したのか」
「釘が打ち直されている」
元独立運動家が釘を抜こうとする。
「開ける」
「待て」
「中身が魚だったらどうする」
ポーランド軍将校が言った。
「研削盤だ!」
元白軍将校が答える。
「見なければ分からん」
箱を開けた。
油紙。
木枠。
工具研削盤。
本体はある。
ただし、砥石軸がない。
付属品箱もない。
説明書は入っている。
元ドイツ軍技術者が静かに言った。
「半分だ」
ポーランド軍将校が頭を抱えた。
「また足りない!」
港湾係員が帳簿を見る。
「付属品箱は別荷です」
「どこだ」
「第二倉庫」
第二倉庫へ行く。
付属品箱はあった。
だが送り先は英国。
中身は工具研削盤用。
元ドイツ軍技術者は砥石軸を取り出した。
「同じ番号だ」
ポーランド軍将校が港湾係員へ迫る。
「なぜ分けた」
「重量区分が違います」
「一緒に送られた物だぞ」
「保険会社が別梱包を指定したようです」
「それを同じ港で別の国へ送る気だったのか!」
港湾係員は肩をすくめた。
「書類がそうなっています」
ユダヤ人実業家は三枚の荷札を並べた。
「誰かが間違えたのではありません」
「では」
「一人ずつ、少しずつ正しいことをした結果です」
元白軍将校が言った。
「軍と同じだな」
ポーランド軍将校は否定しなかった。
工具研削盤は、その場で組み直された。
元ドイツ軍技術者。
港の機械工。
漁船修理工。
WILKから同行した整備員。
木箱の板を作業台へする。
油紙を敷く。
砥石軸。
軸受。
駆動部。
電動機。
電圧が合わない。
ポーランド軍将校が言った。
「またか」
元ドイツ軍技術者が銘板を見る。
「米国仕様だ」
「英国で変換する予定では」
ユダヤ人実業家が契約書を確認する。
「英国側の倉庫で電動機を交換する契約です」
「ここへ来たから交換されていない」
「ええ」
元独立運動家が港の発電設備を指した。
「回せないか」
機械工が答えた。
「変圧器が要る」
「あるか」
「無線局にある」
ポーランド軍将校が呆れる。
「無線局から借りるのか」
元白軍将校が言った。
「借りられる物は借りろ」
無線局へ交渉。
変圧器を借りる。
条件。
翌日返却。
破損時弁償。
無線設備を止めない。
電線はWILK側で用意。
試運転。
回転。
振動。
砥石軸がわずかに振れる。
輸送中に曲がった可能性。
元ドイツ軍技術者が測る。
「許容外」
ポーランド軍将校が言った。
「直せるか」
港の機械工が答える。
「船の軸なら直す」
「これはもっと小さい」
「小さい方が面倒だ」
元ドイツ軍技術者が機械工を見る。
「設備は」
「旋盤と研削盤」
「測定器は」
「船用だ」
「精度は」
「お前が見れば分かる」
二人は工房へ向かった。
ポーランド軍将校が見送る。
「初対面とは思えんな」
元白軍将校が答えた。
「機械の壊れ方は国境を越える」
港には、他にも行き先を失った荷物があった。
英国向けの潤滑油。
カナダ向けの医療器具。
ノルウェー向けの銅線。
米国へ返送予定の壊れた冷凍機。
受取会社が倒産した木箱。
船便を逃して二週間置かれた食料。
保険会社の確認待ち。
通関書類の不足。
荷札の剥離。
港湾係員が言った。
「珍しいことではない」
ユダヤ人実業家が尋ねる。
「平均で何日止まります」
「荷による」
「冬は」
「天候による」
「保険は」
「会社による」
「盗難は」
「物による」
ポーランド軍将校が小声で言った。
「元ドイツ軍技術者を二人に増やしたような会話だな」
ユダヤ人実業家は質問を変えた。
「記録はありますか」
「帳簿なら」
出された帳簿には、船名、日付、荷主、荷札番号、保管位置が書かれていた。
ただし、到着理由や出発予定はばらばら。
ユダヤ人実業家は頁をめくる。
三年分。
冬季遅延。
春の流氷。
暴風。
機関故障。
積替え失敗。
保険確認。
「使えます」
港湾係員が尋ねる。
「何に」
「船がどれくらい遅れるかを予測します」
「天候は予測できない」
「平均は取れます」
「平均どおりの嵐は来ない」
元白軍将校が帳簿を見る。
「だが、何もないよりよい」
ユダヤ人実業家は頷いた。
「ここへ調査員を置きます」
ポーランド軍将校が振り向く。
「機械は見つかったぞ」
「次の機械が来ます」
「次も迷子になる前提か」
「迷子にならないなら、調査員は暇です」
「暇な者を雇うのか」
「暇な支社は、よい支社です」
元独立運動家が空き倉庫を指した。
「では借りるか」
ユダヤ人実業家は少し考えた。
「小さい方を」
「大きい方が空いている」
「最初から大きい物を借りるな」
ポーランド軍将校が驚いた。
「お前が言うのか」
借りた倉庫は、海に近すぎた。
扉を開けると潮風。
床は湿っている。
屋根から一か所、雨漏り。
壁には魚の匂いが染みついていた。
元ドイツ軍技術者が戻り、入口で止まった。
「材料を置く場所ではない」
元独立運動家が答える。
「直す」
「床から湿気が上がる」
「板を敷く」
「板も湿る」
「石を置く」
「倉庫内に石を積むな」
ポーランド軍将校が壁を触る。
「冷たい」
元白軍将校が言った。
「外も冷たい」
「役に立たん感想を言うな」
ユダヤ人実業家は改修費を計算した。
床上げ。
排水。
屋根補修。
二重扉。
通風口。
小型暖房。
乾燥棚。
防錆包装室。
無線室。
「倉庫を借りるより建てた方が安くないか」
ポーランド軍将校が尋ねた。
「土地から必要です」
「では借りる」
元ドイツ軍技術者が言った。
「壁の内側へもう一枚壁を作る」
「倉庫の中に倉庫か」
「空気層を作る」
元独立運動家が頷く。
「内側の壁は外せるようにする」
「なぜ」
「別の建物へ移せる」
「まだ移す話をするな」
ユダヤ人実業家は帳簿へ書いた。
移設可能な内壁および床台。
ポーランド軍将校が見た。
「言葉が長い」
「価格も少し上がります」
「少しで済むのか」
アイスランド支社の最初の職員は六人だった。
港湾帳簿を読める事務員。
英語とデンマーク語を話す通訳。
船舶無線経験者。
機械工。
倉庫員。
調理と清掃を兼ねる女性。
ポーランド軍将校が名簿を見た。
「支社長は」
ユダヤ人実業家が事務員を指した。
「彼です」
「航空経験は」
「ありません」
「工作機械は」
「詳しくありません」
「では何ができる」
事務員が答えた。
「どの船がいつ入り、どの荷がどこへ行ったか分かります」
「それだけか」
「それが分からないから、あなた方は来たのでは」
ポーランド軍将校は黙った。
元白軍将校が笑う。
「支社長だな」
ユダヤ人実業家は続けた。
「技術判断はノルウェー支社へ送ります」
元ドイツ軍技術者が言った。
「写真と寸法を先に送れ」
「無線で写真は送れません」
「図を描け」
支社長が尋ねる。
「どの程度」
元ドイツ軍技術者は紙へ、木箱、軸、割れ、銘板を書いた。
細かい。
寸法。
角度。
傷の位置。
支社長が見た。
「これを毎回?」
「必要な時だけだ」
「必要かどうかは」
「見れば分かる」
支社長の顔が曇った。
ポーランド軍将校が言う。
「分からない者へ言う言葉ではないぞ」
元ドイツ軍技術者は少し考えた。
「分からなければ、全部描け」
支社長はさらに曇った。
備蓄品の選定会議が始まった。
ポーランド軍将校は言った。
「特殊鋼」
ユダヤ人実業家が首を振る。
「重すぎます」
「アルミニウム板」
元ドイツ軍技術者。
「潮風に弱い」
「発動機」
「整備できない」
「工作機械」
「精度検査はノルウェー」
ポーランド軍将校が苛立つ。
「では何を置く!」
元独立運動家が答えた。
「油」
「何の」
「発動機油。機械油。防錆油」
元白軍将校。
「食料」
「魚はある」
支社長が言った。
「魚だけでは働けません」
調理担当の女性が頷いた。
「野菜も要ります」
ポーランド軍将校が尋ねる。
「軍需備蓄の話では」
ユダヤ人実業家が項目を書いた。
燃料。
潤滑油。
防錆剤。
医薬品。
乾燥食品。
缶詰。
防寒具。
汎用工具。
無線部品。
電線。
発電機部品。
梱包材。
木材。
縄。
元独立運動家が言った。
「釘」
ポーランド軍将校が即座に答える。
「落とすな」
「倉庫で使う」
「飛行場へ持っていくな」
「まだ飛行場はない」
「作る気か?」
誰も答えなかった。
倉庫の半分は、すぐ魚で埋まった。
WILKが買ったのではない。
支社の運営費を稼ぐため、現地の漁業会社と取引を始めた。
塩漬け。
干物。
魚油。
缶詰。
冷凍魚。
英国向け。
ポーランド向け。
ドイツ向け。
ユダヤ人実業家が契約書を作る。
ポーランド軍将校が呆れた。
「航空資材調査所ではなかったか」
「帰りの船を空にしないためです」
「またその理屈か」
「空荷の運賃は高いです」
元独立運動家が魚箱を開ける。
「保存食にできる」
調理担当の女性が言った。
「塩が強い」
「水で戻す」
「船では水も貴重です」
元白軍将校が一切れ食べる。
「酒が要る」
ポーランド軍将校が言った。
「軍用食の試験を始めるな」
元ドイツ軍技術者は魚油の樽を見た。
「機械油へ使えるか」
支社長が答える。
「魚油です」
「分かっている。潤滑性は」
「臭います」
「性能を聞いている」
元独立運動家が言う。
「革へ塗れる」
「機械から離れろ」
結局、魚油は防水材、皮革処理、石鹸原料として試験されることになった。
また一つ、航空資材調査所の業務が増えた。
北米側の調査も始まった。
米国。
中古工作機械商。
冷凍設備会社。
農業機械工場。
電装品業者。
缶詰設備会社。
カナダ。
木材。
小麦。
鉱物。
港湾倉庫。
英国向け船会社。
アイスランド支社は、注文を受ける前に確認する。
本当に在庫があるか。
梱包できるか。
船へ積めるか。
輸出書類は揃うか。
付属品は含まれるか。
電圧は何か。
製造会社は存続しているか。
交換部品はあるか。
ユダヤ人実業家は調査票を作った。
項目は四十を超えた。
支社長が電報を送る。
調査票が長すぎる。
ユダヤ人実業家。
機械が届かないより短い。
支社長。
電報代が高い。
ユダヤ人実業家。
重要項目のみ電報。詳細は郵送。
支社長。
重要項目はどれか。
元ドイツ軍技術者が横から紙を取った。
型式。重量。電圧。付属品。主軸状態。輸送傷。説明書。交換部品。
元独立運動家が追加する。
木箱の中に本体があるか。
ポーランド軍将校が言った。
「そこまで聞く必要があるのか」
全員が工具研削盤を見る。
必要だった。
最初の冬季航路調査では、予定どおりに何も進まなかった。
第一便。
暴風で四日遅延。
第二便。
港へ入れず、別港へ。
第三便。
機関故障。
第四便。
予定より二日早着。
倉庫員が休みで、荷役できず。
第五便。
荷は来た。
書類が次便。
ポーランド軍将校は報告書を読んだ。
「役に立たん航路だ」
支社長から返電。
役に立たないのではなく、予定どおりには役立たない。
元白軍将校が笑った。
「よい支社長だ」
ユダヤ人実業家は遅延日数を表へ入れた。
最短。
平均。
最長。
冬季。
夏季。
機械。
食品。
危険物。
「平均を取っても嵐は平均どおり来ないぞ」
ポーランド軍将校が言う。
「ええ」
「では何のためだ」
「余裕を決めるためです」
「何日の」
「船を待てる日数です」
元白軍将校が言った。
「食料がその日数分あれば、待てる」
元独立運動家。
「燃料も」
元ドイツ軍技術者。
「防錆も」
ポーランド軍将校は少しずつ理解した。
「倉庫は、貨物を置くだけではないのか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「遅れる時間を置きます」
無線室は、倉庫の二階に作られた。
小型送信機。
受信機。
予備電池。
発電機。
航路表。
天候記録。
船会社の符号。
英国。
ノルウェー。
カナダ。
米国。
ポーランド。
最初の通信試験。
ノルウェー支社。
受信良好。
英国側代理店。
雑音多し。
ポーランド本社。
一部欠落。
元独立運動家が言った。
「短く送る」
ユダヤ人実業家が頷く。
「定型文を作ります」
元ドイツ軍技術者。
「部品状態を定型文で送るな」
「番号で」
「番号表を共有する」
ポーランド軍将校が警戒した。
「暗号か」
「商業符号です」
「軍が見れば暗号に見える」
「魚の注文も同じ形式で送ります」
元白軍将校が言った。
「魚に混ぜろ」
ポーランド軍将校が怒鳴る。
「軍事通信を魚へ混ぜるな!」
元独立運動家が紙へ書いた。
魚箱十二。油樽四。研削盤一。軸曲がり二粍。
「混ざっているではないか!」
倉庫には、小さな休憩室も作られた。
本来は職員用。
長椅子。
炉。
毛布。
湯。
簡単な食事。
だがある晩、英国へ向かう船が故障した。
乗員の一部が港へ降ろされた。
機関工。
無線士。
船員。
一人は発熱。
宿は満室。
支社長は休憩室を開けた。
毛布。
魚のスープ。
医薬品。
翌朝、船会社から礼状が届いた。
ポーランド軍将校が報告を読んだ。
「支社の物を勝手に使ったのか」
ユダヤ人実業家が答えた。
「職員が決めました」
「規定は」
「ありませんでした」
「なら作れ」
元白軍将校が言った。
「人が凍えている時に規定を読むのか」
「そうではない。次に備えるためだ」
ユダヤ人実業家は頷いた。
臨時宿泊。
医療。
食料。
船会社への請求。
身元確認。
家族への連絡。
規定が作られた。
元独立運動家が言った。
「寝台を増やす」
「職員六人だぞ」
「船員が来る」
「毎日ではない」
「毎日でないから折り畳みにする」
元ドイツ軍技術者が壁を見る。
「固定が弱い」
「まだ付けていない」
「付ける前に言っている」
ポーランド軍将校は、もう止めなかった。
春。
アイスランド支社の倉庫は、最初より物が増えていた。
だが満杯ではない。
油。
食料。
工具。
医薬品。
無線部品。
防寒具。
魚。
木箱。
一時保管の工作機械。
次便待ちの荷。
返品待ち。
行き先変更。
棚には余裕が残されている。
ポーランド軍将校が視察に来た。
「空いているな」
支社長が答えた。
「空けています」
「使える場所を使わないのか」
「急に来た荷を置くためです」
「何が来る」
「分かりません」
「分からない物のために空ける?」
ユダヤ人実業家が言った。
「分かっている物だけで埋めると、予定外の物を置けません」
元白軍将校が長椅子を見る。
「人間もか」
「ええ」
ポーランド軍将校は、一瞬だけ休憩室を見た。
毛布。
炉。
食器。
壁に貼られた船の時刻表。
「何人泊まれる」
支社長が答えた。
「通常八人。詰めれば二十人」
「詰めるな」
元ドイツ軍技術者が即座に言った。
「換気が足りない」
元独立運動家。
「隣室も空ける」
「倉庫だぞ」
「今は」
ポーランド軍将校が振り向いた。
「その言葉を使うな」
夜。
ユダヤ人実業家は無線室で、各国から届いた報告を読んだ。
米国。
中古工作機械の売却増加。
冷凍設備の在庫過剰。
農業機械部品の価格低下。
カナダ。
木材と小麦の輸出照会。
英国。
発動機部品の需要増加。
港湾倉庫の混雑。
ノルウェー。
特殊鋼検査。
中古機械修理。
ポーランド。
Bizon量産。
発動機不足。
すべて別々の報告。
だが、アイスランド支社を通すと線でつながる。
米国で買う。
カナダで積む。
アイスランドで確認する。
英国へ送る。
ノルウェーで検査する。
ポーランドで使う。
逆方向にも線が引ける。
ポーランドから英国へ。
英国からアイスランドへ。
アイスランドからカナダへ。
カナダから米国へ。
物。
機械。
図面。
人。
ユダヤ人実業家は最後の項目だけ、まだ報告書へ書かなかった。
元白軍将校が部屋へ入ってくる。
「倉庫は足りるか」
「今は」
「また今か」
「今のために作っています」
「先のためではないのか」
ユダヤ人実業家は航路表を見る。
船名。
出港日。
寄港地。
空き貨物。
空き船室。
「先のために作る物は、今も役に立たなければ残りません」
元白軍将校が頷いた。
「魚を売りながら道を残す」
「ええ」
「人を乗せる道か」
ユダヤ人実業家は答えなかった。
無線機から雑音。
続いて、英国から短い通信。
機械二台、出港。
医薬品一箱、追加。
船室四、空き。
支社長が内容を記録する。
機械。
医薬品。
空き船室。
三つとも、同じ紙へ書かれた。
後年、アイスランド支社は北大西洋調達調査所として記録された。
扱った主な品目。
工作機械。
燃料。
潤滑油。
医薬品。
食品。
無線部品。
魚介類。
防寒具。
その記録には、船の遅延日数や貨物損傷率が細かく残されている。
だが、最初の年に作られた休憩室については、小さくしか書かれていない。
折り畳み寝台。
毛布。
炉。
食器。
二十人分の非常食。
当時、それは故障した船の乗員を泊めるためだった。
倉庫には資源が置かれた。
無線室には航路が置かれた。
帳簿には空き船室が記録された。
海の途中は、もう空白ではなかった。
そこには、
荷物を受け取る者がいた。
船を待つ者がいた。
遅れを数える者がいた。
次の港へ連絡する者がいた。
そして、どこにも着けなかった者を、一晩だけでも泊める場所があった。
WILKはアイスランドへ支社を作った。
北米と英国から資源を運ぶためだった。
数年後。
そこを通過した最も重い貨物は、工作機械ではなかった。
自分で歩き、
自分の名前を持ち、
それでも送り状のない人間だった。