WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK国外事業部・北大西洋調達調査所設置案
一九三四年

英国および北米から欧州へ輸送される資源、工作機械、食品、医薬品について、北大西洋上の中継拠点を設ける案を提出する。

候補地。

アイスランド。

主な業務。

船会社および航路の調査。
冬季輸送日数の記録。
貨物保険条件の比較。
防湿・防錆包装の確認。
燃料、潤滑油、食料、医薬品の小口備蓄。
無線通信の中継。
英国、カナダ、米国向け貨物の振分け。
北米側供給業者の調査。
船舶および航空機の応急修理資材保管。

陸軍航空部は、

「ポーランドから見て、アイスランドは遠回りではないか」

と質問した。

WILK社は、

「北米から見れば途中である」

と回答した。

陸軍航空部は、

「途中に工場は必要ない」

と再回答した。

WILK社は、

「途中で止まった場合に必要である」

と回答した。

航空部は、

「何が止まるのか」

と質問した。

WILK社は、

「船、貨物、機械、人間のいずれか」

と回答した。

航空部は、回答が広すぎるとして再提出を求めた。


第109話 海の途中を空白にするな

アイスランド支社を作る話は、機械が行方不明になったことから始まった。

 

ノルウェー支社へ送られる予定だった米国製の工具研削盤。

 

書類上では、ニューヨークを出港していた。

 

保険会社も確認している。

 

船会社の記録にも載っている。

 

だが英国へ着いていない。

 

ノルウェーにもない。

 

ポーランド軍将校は輸送書類を机へ並べた。

 

「海へ落ちたのか」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「船は沈んでいません」

 

「なら盗まれた」

 

「船会社は積み替えたと言っています」

 

「どこで」

 

「不明です」

 

「不明とはどういう意味だ!」

 

「書類が別便へ移った可能性があります」

 

元ドイツ軍技術者が尋ねた。

 

「機械ではなく、書類が移ったのか」

 

「機械も移ったはずです」

 

「はず?」

 

「積替港の記録がありません」

 

元独立運動家が地図を見る。

 

ニューヨーク。

 

北大西洋。

 

英国。

 

ノルウェー。

 

「途中で降ろしたのでは」

 

「どこへ」

 

「港」

 

ポーランド軍将校が苛立つ。

 

「港名を言え」

 

元独立運動家は北大西洋の島を指した。

 

「ここ」

 

「アイスランド?」

 

「船が寄る」

 

ユダヤ人実業家は航路表を開いた。

 

確かに一部の船便は寄港する。

 

燃料。

 

郵便。

 

水。

 

積替え。

 

天候待ち。

 

だが工具研削盤が降ろされた記録はない。

 

元白軍将校が言った。

 

「そこへ人を送れ」

 

ポーランド軍将校が振り向く。

 

「機械一台のために?」

 

「一台が消える場所では、次も消える」

 

レイキャヴィークの港は、WILK本社の者たちが想像していたより小さく、そして忙しかった。

 

漁船。

 

貨物船。

 

石炭。

 

魚。

 

樽。

 

木箱。

 

網。

 

氷。

 

風。

 

塩。

 

荷役人夫の声。

 

波止場には、海の匂いと魚の匂いと機械油の匂いが混ざっていた。

 

ポーランド軍将校は帽子を押さえた。

 

「寒い」

 

元白軍将校が答えた。

 

「冬ではない」

 

「十分寒い」

 

元独立運動家は港の倉庫を見ていた。

 

「空いている建物がある」

 

ユダヤ人実業家が言う。

 

「先に機械を探します」

 

「倉庫も探す」

 

「まだ支社を作ると決めていません」

 

元独立運動家は空き倉庫の扉を試した。

 

鍵が掛かっている。

 

「決めている顔だ」

 

元ドイツ軍技術者は荷役用クレーンを見上げた。

 

「吊上能力は」

 

港湾係員が答えた。

 

「荷による」

 

「数字で」

 

「クレーンによる」

 

「どのクレーンだ」

 

「使える方だ」

 

元ドイツ軍技術者の顔が険しくなった。

 

ポーランド軍将校が小声で言う。

 

「ここではやっていけそうだな」

 

工具研削盤は、港の第三倉庫にあった。

 

木箱。

 

製造会社名。

 

送り先。

 

WILKノルウェー支社。

 

間違いない。

 

ただし箱の上には別の荷札が貼られていた。

 

漁業用冷凍設備部品。

 

ポーランド軍将校が叫ぶ。

 

「誰が工作機械を冷凍設備にした!」

 

港湾係員が答えた。

 

「書類にはそうあります」

 

ユダヤ人実業家が荷札を剥がす。

 

下から別の札。

 

さらに下から、元の送り状。

 

三枚。

 

それぞれ違う番号。

 

元ドイツ軍技術者は木箱の角を見る。

 

「一度開けた跡がある」

 

「中身を確認したのか」

 

「釘が打ち直されている」

 

元独立運動家が釘を抜こうとする。

 

「開ける」

 

「待て」

 

「中身が魚だったらどうする」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「研削盤だ!」

 

元白軍将校が答える。

 

「見なければ分からん」

 

箱を開けた。

 

油紙。

 

木枠。

 

工具研削盤。

 

本体はある。

 

ただし、砥石軸がない。

 

付属品箱もない。

 

説明書は入っている。

 

元ドイツ軍技術者が静かに言った。

 

「半分だ」

 

ポーランド軍将校が頭を抱えた。

 

「また足りない!」

 

港湾係員が帳簿を見る。

 

「付属品箱は別荷です」

 

「どこだ」

 

「第二倉庫」

 

第二倉庫へ行く。

 

付属品箱はあった。

 

だが送り先は英国。

 

中身は工具研削盤用。

 

元ドイツ軍技術者は砥石軸を取り出した。

 

「同じ番号だ」

 

ポーランド軍将校が港湾係員へ迫る。

 

「なぜ分けた」

 

「重量区分が違います」

 

「一緒に送られた物だぞ」

 

「保険会社が別梱包を指定したようです」

 

「それを同じ港で別の国へ送る気だったのか!」

 

港湾係員は肩をすくめた。

 

「書類がそうなっています」

 

ユダヤ人実業家は三枚の荷札を並べた。

 

「誰かが間違えたのではありません」

 

「では」

 

「一人ずつ、少しずつ正しいことをした結果です」

 

元白軍将校が言った。

 

「軍と同じだな」

 

ポーランド軍将校は否定しなかった。

 

工具研削盤は、その場で組み直された。

 

元ドイツ軍技術者。

 

港の機械工。

 

漁船修理工。

 

WILKから同行した整備員。

 

木箱の板を作業台へする。

 

油紙を敷く。

 

砥石軸。

 

軸受。

 

駆動部。

 

電動機。

 

電圧が合わない。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「またか」

 

元ドイツ軍技術者が銘板を見る。

 

「米国仕様だ」

 

「英国で変換する予定では」

 

ユダヤ人実業家が契約書を確認する。

 

「英国側の倉庫で電動機を交換する契約です」

 

「ここへ来たから交換されていない」

 

「ええ」

 

元独立運動家が港の発電設備を指した。

 

「回せないか」

 

機械工が答えた。

 

「変圧器が要る」

 

「あるか」

 

「無線局にある」

 

ポーランド軍将校が呆れる。

 

「無線局から借りるのか」

 

元白軍将校が言った。

 

「借りられる物は借りろ」

 

無線局へ交渉。

 

変圧器を借りる。

 

条件。

 

翌日返却。

 

破損時弁償。

 

無線設備を止めない。

 

電線はWILK側で用意。

 

試運転。

 

回転。

 

振動。

 

砥石軸がわずかに振れる。

 

輸送中に曲がった可能性。

 

元ドイツ軍技術者が測る。

 

「許容外」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「直せるか」

 

港の機械工が答える。

 

「船の軸なら直す」

 

「これはもっと小さい」

 

「小さい方が面倒だ」

 

元ドイツ軍技術者が機械工を見る。

 

「設備は」

 

「旋盤と研削盤」

 

「測定器は」

 

「船用だ」

 

「精度は」

 

「お前が見れば分かる」

 

二人は工房へ向かった。

 

ポーランド軍将校が見送る。

 

「初対面とは思えんな」

 

元白軍将校が答えた。

 

「機械の壊れ方は国境を越える」

 

港には、他にも行き先を失った荷物があった。

 

英国向けの潤滑油。

 

カナダ向けの医療器具。

 

ノルウェー向けの銅線。

 

米国へ返送予定の壊れた冷凍機。

 

受取会社が倒産した木箱。

 

船便を逃して二週間置かれた食料。

 

保険会社の確認待ち。

 

通関書類の不足。

 

荷札の剥離。

 

港湾係員が言った。

 

「珍しいことではない」

 

ユダヤ人実業家が尋ねる。

 

「平均で何日止まります」

 

「荷による」

 

「冬は」

 

「天候による」

 

「保険は」

 

「会社による」

 

「盗難は」

 

「物による」

 

ポーランド軍将校が小声で言った。

 

「元ドイツ軍技術者を二人に増やしたような会話だな」

 

ユダヤ人実業家は質問を変えた。

 

「記録はありますか」

 

「帳簿なら」

 

出された帳簿には、船名、日付、荷主、荷札番号、保管位置が書かれていた。

 

ただし、到着理由や出発予定はばらばら。

 

ユダヤ人実業家は頁をめくる。

 

三年分。

 

冬季遅延。

 

春の流氷。

 

暴風。

 

機関故障。

 

積替え失敗。

 

保険確認。

 

「使えます」

 

港湾係員が尋ねる。

 

「何に」

 

「船がどれくらい遅れるかを予測します」

 

「天候は予測できない」

 

「平均は取れます」

 

「平均どおりの嵐は来ない」

 

元白軍将校が帳簿を見る。

 

「だが、何もないよりよい」

 

ユダヤ人実業家は頷いた。

 

「ここへ調査員を置きます」

 

ポーランド軍将校が振り向く。

 

「機械は見つかったぞ」

 

「次の機械が来ます」

 

「次も迷子になる前提か」

 

「迷子にならないなら、調査員は暇です」

 

「暇な者を雇うのか」

 

「暇な支社は、よい支社です」

 

元独立運動家が空き倉庫を指した。

 

「では借りるか」

 

ユダヤ人実業家は少し考えた。

 

「小さい方を」

 

「大きい方が空いている」

 

「最初から大きい物を借りるな」

 

ポーランド軍将校が驚いた。

 

「お前が言うのか」

 

借りた倉庫は、海に近すぎた。

 

扉を開けると潮風。

 

床は湿っている。

 

屋根から一か所、雨漏り。

 

壁には魚の匂いが染みついていた。

 

元ドイツ軍技術者が戻り、入口で止まった。

 

「材料を置く場所ではない」

 

元独立運動家が答える。

 

「直す」

 

「床から湿気が上がる」

 

「板を敷く」

 

「板も湿る」

 

「石を置く」

 

「倉庫内に石を積むな」

 

ポーランド軍将校が壁を触る。

 

「冷たい」

 

元白軍将校が言った。

 

「外も冷たい」

 

「役に立たん感想を言うな」

 

ユダヤ人実業家は改修費を計算した。

 

床上げ。

 

排水。

 

屋根補修。

 

二重扉。

 

通風口。

 

小型暖房。

 

乾燥棚。

 

防錆包装室。

 

無線室。

 

「倉庫を借りるより建てた方が安くないか」

 

ポーランド軍将校が尋ねた。

 

「土地から必要です」

 

「では借りる」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「壁の内側へもう一枚壁を作る」

 

「倉庫の中に倉庫か」

 

「空気層を作る」

 

元独立運動家が頷く。

 

「内側の壁は外せるようにする」

 

「なぜ」

 

「別の建物へ移せる」

 

「まだ移す話をするな」

 

ユダヤ人実業家は帳簿へ書いた。

 

移設可能な内壁および床台。

 

ポーランド軍将校が見た。

 

「言葉が長い」

 

「価格も少し上がります」

 

「少しで済むのか」

 

アイスランド支社の最初の職員は六人だった。

 

港湾帳簿を読める事務員。

 

英語とデンマーク語を話す通訳。

 

船舶無線経験者。

 

機械工。

 

倉庫員。

 

調理と清掃を兼ねる女性。

 

ポーランド軍将校が名簿を見た。

 

「支社長は」

 

ユダヤ人実業家が事務員を指した。

 

「彼です」

 

「航空経験は」

 

「ありません」

 

「工作機械は」

 

「詳しくありません」

 

「では何ができる」

 

事務員が答えた。

 

「どの船がいつ入り、どの荷がどこへ行ったか分かります」

 

「それだけか」

 

「それが分からないから、あなた方は来たのでは」

 

ポーランド軍将校は黙った。

 

元白軍将校が笑う。

 

「支社長だな」

 

ユダヤ人実業家は続けた。

 

「技術判断はノルウェー支社へ送ります」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「写真と寸法を先に送れ」

 

「無線で写真は送れません」

 

「図を描け」

 

支社長が尋ねる。

 

「どの程度」

 

元ドイツ軍技術者は紙へ、木箱、軸、割れ、銘板を書いた。

 

細かい。

 

寸法。

 

角度。

 

傷の位置。

 

支社長が見た。

 

「これを毎回?」

 

「必要な時だけだ」

 

「必要かどうかは」

 

「見れば分かる」

 

支社長の顔が曇った。

 

ポーランド軍将校が言う。

 

「分からない者へ言う言葉ではないぞ」

 

元ドイツ軍技術者は少し考えた。

 

「分からなければ、全部描け」

 

支社長はさらに曇った。

 

備蓄品の選定会議が始まった。

 

ポーランド軍将校は言った。

 

「特殊鋼」

 

ユダヤ人実業家が首を振る。

 

「重すぎます」

 

「アルミニウム板」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「潮風に弱い」

 

「発動機」

 

「整備できない」

 

「工作機械」

 

「精度検査はノルウェー」

 

ポーランド軍将校が苛立つ。

 

「では何を置く!」

 

元独立運動家が答えた。

 

「油」

 

「何の」

 

「発動機油。機械油。防錆油」

 

元白軍将校。

 

「食料」

 

「魚はある」

 

支社長が言った。

 

「魚だけでは働けません」

 

調理担当の女性が頷いた。

 

「野菜も要ります」

 

ポーランド軍将校が尋ねる。

 

「軍需備蓄の話では」

 

ユダヤ人実業家が項目を書いた。

 

燃料。

 

潤滑油。

 

防錆剤。

 

医薬品。

 

乾燥食品。

 

缶詰。

 

防寒具。

 

汎用工具。

 

無線部品。

 

電線。

 

発電機部品。

 

梱包材。

 

木材。

 

縄。

 

元独立運動家が言った。

 

「釘」

 

ポーランド軍将校が即座に答える。

 

「落とすな」

 

「倉庫で使う」

 

「飛行場へ持っていくな」

 

「まだ飛行場はない」

 

「作る気か?」

 

誰も答えなかった。

 

倉庫の半分は、すぐ魚で埋まった。

 

WILKが買ったのではない。

 

支社の運営費を稼ぐため、現地の漁業会社と取引を始めた。

 

塩漬け。

 

干物。

 

魚油。

 

缶詰。

 

冷凍魚。

 

英国向け。

 

ポーランド向け。

 

ドイツ向け。

 

ユダヤ人実業家が契約書を作る。

 

ポーランド軍将校が呆れた。

 

「航空資材調査所ではなかったか」

 

「帰りの船を空にしないためです」

 

「またその理屈か」

 

「空荷の運賃は高いです」

 

元独立運動家が魚箱を開ける。

 

「保存食にできる」

 

調理担当の女性が言った。

 

「塩が強い」

 

「水で戻す」

 

「船では水も貴重です」

 

元白軍将校が一切れ食べる。

 

「酒が要る」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「軍用食の試験を始めるな」

 

元ドイツ軍技術者は魚油の樽を見た。

 

「機械油へ使えるか」

 

支社長が答える。

 

「魚油です」

 

「分かっている。潤滑性は」

 

「臭います」

 

「性能を聞いている」

 

元独立運動家が言う。

 

「革へ塗れる」

 

「機械から離れろ」

 

結局、魚油は防水材、皮革処理、石鹸原料として試験されることになった。

 

また一つ、航空資材調査所の業務が増えた。

 

北米側の調査も始まった。

 

米国。

 

中古工作機械商。

 

冷凍設備会社。

 

農業機械工場。

 

電装品業者。

 

缶詰設備会社。

 

カナダ。

 

木材。

 

小麦。

 

鉱物。

 

港湾倉庫。

 

英国向け船会社。

 

アイスランド支社は、注文を受ける前に確認する。

 

本当に在庫があるか。

 

梱包できるか。

 

船へ積めるか。

 

輸出書類は揃うか。

 

付属品は含まれるか。

 

電圧は何か。

 

製造会社は存続しているか。

 

交換部品はあるか。

 

ユダヤ人実業家は調査票を作った。

 

項目は四十を超えた。

 

支社長が電報を送る。

 

調査票が長すぎる。

 

ユダヤ人実業家。

 

機械が届かないより短い。

 

支社長。

 

電報代が高い。

 

ユダヤ人実業家。

 

重要項目のみ電報。詳細は郵送。

 

支社長。

 

重要項目はどれか。

 

元ドイツ軍技術者が横から紙を取った。

 

型式。重量。電圧。付属品。主軸状態。輸送傷。説明書。交換部品。

 

元独立運動家が追加する。

 

木箱の中に本体があるか。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「そこまで聞く必要があるのか」

 

全員が工具研削盤を見る。

 

必要だった。

 

最初の冬季航路調査では、予定どおりに何も進まなかった。

 

第一便。

 

暴風で四日遅延。

 

第二便。

 

港へ入れず、別港へ。

 

第三便。

 

機関故障。

 

第四便。

 

予定より二日早着。

 

倉庫員が休みで、荷役できず。

 

第五便。

 

荷は来た。

 

書類が次便。

 

ポーランド軍将校は報告書を読んだ。

 

「役に立たん航路だ」

 

支社長から返電。

 

役に立たないのではなく、予定どおりには役立たない。

 

元白軍将校が笑った。

 

「よい支社長だ」

 

ユダヤ人実業家は遅延日数を表へ入れた。

 

最短。

 

平均。

 

最長。

 

冬季。

 

夏季。

 

機械。

 

食品。

 

危険物。

 

「平均を取っても嵐は平均どおり来ないぞ」

 

ポーランド軍将校が言う。

 

「ええ」

 

「では何のためだ」

 

「余裕を決めるためです」

 

「何日の」

 

「船を待てる日数です」

 

元白軍将校が言った。

 

「食料がその日数分あれば、待てる」

 

元独立運動家。

 

「燃料も」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「防錆も」

 

ポーランド軍将校は少しずつ理解した。

 

「倉庫は、貨物を置くだけではないのか」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「遅れる時間を置きます」

 

無線室は、倉庫の二階に作られた。

 

小型送信機。

 

受信機。

 

予備電池。

 

発電機。

 

航路表。

 

天候記録。

 

船会社の符号。

 

英国。

 

ノルウェー。

 

カナダ。

 

米国。

 

ポーランド。

 

最初の通信試験。

 

ノルウェー支社。

 

受信良好。

 

英国側代理店。

 

雑音多し。

 

ポーランド本社。

 

一部欠落。

 

元独立運動家が言った。

 

「短く送る」

 

ユダヤ人実業家が頷く。

 

「定型文を作ります」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「部品状態を定型文で送るな」

 

「番号で」

 

「番号表を共有する」

 

ポーランド軍将校が警戒した。

 

「暗号か」

 

「商業符号です」

 

「軍が見れば暗号に見える」

 

「魚の注文も同じ形式で送ります」

 

元白軍将校が言った。

 

「魚に混ぜろ」

 

ポーランド軍将校が怒鳴る。

 

「軍事通信を魚へ混ぜるな!」

 

元独立運動家が紙へ書いた。

 

魚箱十二。油樽四。研削盤一。軸曲がり二粍。

 

「混ざっているではないか!」

 

倉庫には、小さな休憩室も作られた。

 

本来は職員用。

 

長椅子。

 

炉。

 

毛布。

 

湯。

 

簡単な食事。

 

だがある晩、英国へ向かう船が故障した。

 

乗員の一部が港へ降ろされた。

 

機関工。

 

無線士。

 

船員。

 

一人は発熱。

 

宿は満室。

 

支社長は休憩室を開けた。

 

毛布。

 

魚のスープ。

 

医薬品。

 

翌朝、船会社から礼状が届いた。

 

ポーランド軍将校が報告を読んだ。

 

「支社の物を勝手に使ったのか」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「職員が決めました」

 

「規定は」

 

「ありませんでした」

 

「なら作れ」

 

元白軍将校が言った。

 

「人が凍えている時に規定を読むのか」

 

「そうではない。次に備えるためだ」

 

ユダヤ人実業家は頷いた。

 

臨時宿泊。

 

医療。

 

食料。

 

船会社への請求。

 

身元確認。

 

家族への連絡。

 

規定が作られた。

 

元独立運動家が言った。

 

「寝台を増やす」

 

「職員六人だぞ」

 

「船員が来る」

 

「毎日ではない」

 

「毎日でないから折り畳みにする」

 

元ドイツ軍技術者が壁を見る。

 

「固定が弱い」

 

「まだ付けていない」

 

「付ける前に言っている」

 

ポーランド軍将校は、もう止めなかった。

 

春。

 

アイスランド支社の倉庫は、最初より物が増えていた。

 

だが満杯ではない。

 

油。

 

食料。

 

工具。

 

医薬品。

 

無線部品。

 

防寒具。

 

魚。

 

木箱。

 

一時保管の工作機械。

 

次便待ちの荷。

 

返品待ち。

 

行き先変更。

 

棚には余裕が残されている。

 

ポーランド軍将校が視察に来た。

 

「空いているな」

 

支社長が答えた。

 

「空けています」

 

「使える場所を使わないのか」

 

「急に来た荷を置くためです」

 

「何が来る」

 

「分かりません」

 

「分からない物のために空ける?」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「分かっている物だけで埋めると、予定外の物を置けません」

 

元白軍将校が長椅子を見る。

 

「人間もか」

 

「ええ」

 

ポーランド軍将校は、一瞬だけ休憩室を見た。

 

毛布。

 

炉。

 

食器。

 

壁に貼られた船の時刻表。

 

「何人泊まれる」

 

支社長が答えた。

 

「通常八人。詰めれば二十人」

 

「詰めるな」

 

元ドイツ軍技術者が即座に言った。

 

「換気が足りない」

 

元独立運動家。

 

「隣室も空ける」

 

「倉庫だぞ」

 

「今は」

 

ポーランド軍将校が振り向いた。

 

「その言葉を使うな」

 

夜。

 

ユダヤ人実業家は無線室で、各国から届いた報告を読んだ。

 

米国。

 

中古工作機械の売却増加。

 

冷凍設備の在庫過剰。

 

農業機械部品の価格低下。

 

カナダ。

 

木材と小麦の輸出照会。

 

英国。

 

発動機部品の需要増加。

 

港湾倉庫の混雑。

 

ノルウェー。

 

特殊鋼検査。

 

中古機械修理。

 

ポーランド。

 

Bizon量産。

 

発動機不足。

 

すべて別々の報告。

 

だが、アイスランド支社を通すと線でつながる。

 

米国で買う。

 

カナダで積む。

 

アイスランドで確認する。

 

英国へ送る。

 

ノルウェーで検査する。

 

ポーランドで使う。

 

逆方向にも線が引ける。

 

ポーランドから英国へ。

 

英国からアイスランドへ。

 

アイスランドからカナダへ。

 

カナダから米国へ。

 

物。

 

機械。

 

図面。

 

人。

 

ユダヤ人実業家は最後の項目だけ、まだ報告書へ書かなかった。

 

元白軍将校が部屋へ入ってくる。

 

「倉庫は足りるか」

 

「今は」

 

「また今か」

 

「今のために作っています」

 

「先のためではないのか」

 

ユダヤ人実業家は航路表を見る。

 

船名。

 

出港日。

 

寄港地。

 

空き貨物。

 

空き船室。

 

「先のために作る物は、今も役に立たなければ残りません」

 

元白軍将校が頷いた。

 

「魚を売りながら道を残す」

 

「ええ」

 

「人を乗せる道か」

 

ユダヤ人実業家は答えなかった。

 

無線機から雑音。

 

続いて、英国から短い通信。

 

機械二台、出港。

医薬品一箱、追加。

船室四、空き。

 

支社長が内容を記録する。

 

機械。

 

医薬品。

 

空き船室。

 

三つとも、同じ紙へ書かれた。

 

後年、アイスランド支社は北大西洋調達調査所として記録された。

 

扱った主な品目。

 

工作機械。

 

燃料。

 

潤滑油。

 

医薬品。

 

食品。

 

無線部品。

 

魚介類。

 

防寒具。

 

その記録には、船の遅延日数や貨物損傷率が細かく残されている。

 

だが、最初の年に作られた休憩室については、小さくしか書かれていない。

 

折り畳み寝台。

 

毛布。

 

炉。

 

食器。

 

二十人分の非常食。

 

当時、それは故障した船の乗員を泊めるためだった。

 

倉庫には資源が置かれた。

 

無線室には航路が置かれた。

 

帳簿には空き船室が記録された。

 

海の途中は、もう空白ではなかった。

 

そこには、

 

荷物を受け取る者がいた。

 

船を待つ者がいた。

 

遅れを数える者がいた。

 

次の港へ連絡する者がいた。

 

そして、どこにも着けなかった者を、一晩だけでも泊める場所があった。

 

WILKはアイスランドへ支社を作った。

 

北米と英国から資源を運ぶためだった。

 

数年後。

 

そこを通過した最も重い貨物は、工作機械ではなかった。

 

自分で歩き、

 

自分の名前を持ち、

 

それでも送り状のない人間だった。

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