WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ソビエト赤軍西部戦線・敵航空機識別報告
一九二〇年

敵の小型双発機について。

機体は低速。
布張り。
固定脚。
左右の発動機形状が異なる個体あり。

当初、郵便および連絡用途の旧式機と判断した。

しかし本機は、包囲部隊への弾薬、医薬品、命令書および食料投下に使用されている。
また、負傷者を後送し、損傷後も短期間で再出現する。

本機を撃墜した場合、残骸を放置してはならない。
敵は機体を回収し、再利用する可能性が高い。

前線部隊からの呼称は、

「空飛ぶ荷車」
「戻ってくる郵便屋」
「殺しても帰る狼」

など。

なお、本機は既に郵便機とは見なさないものとする。


第11話 もう郵便ではない

「爆弾を積みたい」

 

 陸軍大尉が言った。

 

 小屋の中が静かになった。

 

 実業家は帳簿から顔を上げる。

 

 元独立運動家は樽の蓋を削る手を止める。

 

 元白軍将校は、何か言おうとしてやめた。

 

 元ドイツ帝国軍技師は、露骨に嫌な顔をした。

 

 ポーランド軍将校だけが、両手で額を押さえた。

 

「言うと思った」

 

「まだ何も説明していない」

 

 大尉は机へ地図を広げた。

 

「説明しなくてよい」

 

 軍将校が答える。

 

「嫌な予感しかしない」

 

「敵の砲兵陣地がある」

 

「砲兵に砲兵で対処しろ」

 

「位置が悪い」

 

「歩兵を回せ」

 

「湿地だ」

 

「騎兵は」

 

「機関銃がある」

 

「なら砲撃しろ」

 

「観測できん」

 

「何のための軍だ!」

 

「だから航空機を使う」

 

 大尉は、地図上の一点を指さした。

 

「WILK二号機なら低く飛べる。速度も遅い。目標を確認しやすい」

 

「褒めているのか」

 

 元ドイツ技師が聞いた。

 

「軍事的長所だ」

 

「遅いと言った」

 

「命中させるには都合がよい」

 

「何を命中させる」

 

「爆弾だ」

 

 軍将校が机を叩こうとした。

 

 そこに軸受はなかった。

 

 代わりにパン生地の試料皿があった。

 

 手を止める。

 

「郵便機だぞ!」

 

 大尉は答えた。

 

「もう郵便以外の方が多い」

 

 誰も否定できなかった。

 

     ◇

 

 WILK一号機は、前線から一度だけ戻っていた。

 

 一度だけである。

 

 返却ではない。

 

 大修理のため、担架に載せられるような状態で運び込まれた。

 

 右脚は別の機体の物。

 

 左翼端は布だけでなく木枠まで交換。

 

 胴体には十七個の弾痕。

 

 貨物扉には、前線整備兵が勝手に取り付けた追加蝶番。

 

 主翼下には投下金具。

 

 後部には機関銃架らしき物まであった。

 

 軍将校は、それを見つけた時に叫んだ。

 

「武装するなと言っただろう!」

 

 前線整備兵は答えた。

 

「敵機が来るので」

 

「逃げろ!」

 

「遅いので」

 

「低く飛べ!」

 

「地上から撃たれます」

 

「ではどうしろと言う!」

 

「機関銃を付けました」

 

 理屈だけは一貫していた。

 

 元ドイツ技師は機関銃架を確認し、さらに怒った。

 

「穴を直接開けるな!」

 

「金具を通す場所がなかったので」

 

「補強板を入れろ!」

 

「時間が」

 

「墜落する方が時間を失う!」

 

 元白軍将校は機関銃架を揺らした。

 

「少し弱い」

 

「お前は評価するな!」

 

 結局、勝手に取り付けられた機関銃架は外されなかった。

 

 技師が正式な補強を施し、図面まで作った。

 

「なぜ認める!」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「どうせまた付ける」

 

「禁止しろ!」

 

「禁止しても付けた」

 

「だから取り上げろ!」

 

「敵機は来る」

 

 技師は不機嫌そうに機関銃架の寸法を書き込んだ。

 

「なら、せめて墜落しない付け方にする」

 

 そうして郵便機は、機関銃を持った。

 

     ◇

 

 爆弾搭載の話し合いも、同じ流れをたどった。

 

「許可しない」

 

 軍将校が言う。

 

「既に前線で載せた」

 

 大尉が答えた。

 

 小屋の空気が凍った。

 

「何を」

 

「手榴弾」

 

「どこへ」

 

「貨物室へ」

 

「どうやって落とした」

 

 大尉は少し言いにくそうにした。

 

「手で」

 

 元ドイツ技師が目を閉じた。

 

「誰が」

 

「後席の兵士が」

 

「安全装置は」

 

「栓を抜いてから落とした」

 

「機内で抜くな!」

 

「落とす直前です」

 

「機内だ!」

 

 元白軍将校が尋ねる。

 

「効果は」

 

「敵の馬車一台を止めた」

 

「ほう」

 

「感心するな!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

 大尉は続ける。

 

「だが危険だった。だから正式な投下具がほしい」

 

「だから、とはならない!」

 

「既にやっている以上、安全な方法が必要だ」

 

 元ドイツ技師が、大尉を見る。

 

 長い沈黙。

 

 それから軍将校を見る。

 

「否定できない」

 

「否定しろ!」

 

「現場は続ける」

 

「命令で止める!」

 

「命令書を運ぶのもこの機体だ」

 

「私の命令書で私の機体を止められないのか!」

 

 実業家が静かに口を挟んだ。

 

「正式な改造契約が必要ですね」

 

「商売にするな!」

 

「無断改造より安全です」

 

「また正論で殴る!」

 

     ◇

 

 試験用爆弾は、最初から爆弾ではなかった。

 

 砂袋だった。

 

 元ドイツ技師が、主翼下に簡単な投下架を設計した。

 

 構造は単純。

 

 金属枠。

 

 固定帯。

 

 操縦席または後席から引く解除索。

 

 投下時、機体へ当たらず下へ落ちる角度。

 

 元白軍将校は図面を見て言った。

 

「もっと多く吊れる」

 

「一つずつ試す」

 

「左右に二つ」

 

「重量が増える」

 

「均等になる」

 

「投下後に変わる」

 

「同時に落とせばよい」

 

「解除が片方だけ失敗したら」

 

「もう一度引く」

 

「その間、機体が傾く!」

 

 軍将校が腕を組む。

 

「だから爆弾を積むな」

 

 大尉は答える。

 

「手榴弾を手で落とすよりよい」

 

「比較対象が最悪だ!」

 

 元独立運動家は、砂袋の縫い目を確認していた。

 

「破れたら」

 

「砂が落ちる」

 

 技師が答える。

 

「飛行中に?」

 

「試験だからな」

 

「畑へ砂をまくことになる」

 

 実業家が聞いた。

 

「農業用途へ転用できますか」

 

「今は黙っていろ!」

 

 全員が同時に言った。

 

     ◇

 

 投下試験は、町外れの空き地で行われた。

 

 地面には白い円が描かれている。

 

 直径五十メートル。

 

「大きすぎないか」

 

 大尉が言った。

 

「最初は当てるより、機体へ当てないことが重要だ」

 

 技師が答える。

 

「敵砲兵陣地はもっと狭い」

 

「今日は敵ではない」

 

「砂袋だ」

 

「だからこそ安全にやる」

 

 二号機が離陸する。

 

 操縦は軍将校。

 

 後席には大尉。

 

 貨物室には元白軍将校。

 

「なぜお前が乗っている」

 

 軍将校が振り返る。

 

「投下を確認する」

 

「大尉がいる」

 

「実戦経験がない」

 

「お前は航空爆撃の経験があるのか」

 

「少し」

 

「またその“少し”か!」

 

 一回目。

 

 高度百メートル。

 

 速度は低い。

 

 白い円へ接近。

 

 大尉が解除索を引く。

 

 砂袋は落ちなかった。

 

「落ちない!」

 

「もう一度引け!」

 

「引いている!」

 

 元白軍将校が投下架を蹴った。

 

 砂袋が外れた。

 

 ただし機体の後方ではなく、斜め横へ飛んだ。

 

「蹴るな!」

 

「落ちた」

 

「主翼へ当たるところだったぞ!」

 

 砂袋は白い円から百メートル離れた畑へ落ちた。

 

 地上で農場主が叫ぶ。

 

「またうちか!」

 

     ◇

 

 二回目。

 

 解除具を調整。

 

 油を差す。

 

 砂袋の固定帯を変更。

 

 再び飛ぶ。

 

 今度は落ちた。

 

 白い円の手前。

 

 距離三十メートル。

 

「惜しい」

 

 大尉が言う。

 

「外れている」

 

 技師が地上で記録する。

 

「風を補正していない」

 

 軍将校が着陸後に言った。

 

「照準が必要だ」

 

 元白軍将校が答える。

 

 全員が彼を見る。

 

「言うと思った」

 

 軍将校が呟いた。

 

「床の観測窓がある」

 

 白軍将校は図面を広げる。

 

「そこへ線を引く」

 

「郵便投下用の窓だぞ」

 

「投下位置を見るためだ」

 

「爆弾にも使えると?」

 

「落とす物が違うだけだ」

 

「そこが重大なのだ!」

 

 元ドイツ技師は観測窓の図面を見る。

 

「速度、高度、風向きごとの目安線は作れる」

 

「お前まで!」

 

「手で勘に頼るより安全だ」

 

「爆撃を安全と言うな!」

 

「味方に落とさないためだ」

 

 軍将校は言葉に詰まった。

 

 そして翌日、観測窓へ投下照準線が描かれた。

 

     ◇

 

 三回目。

 

 高度百メートル。

 

 一定速度。

 

 白い円の手前に引かれた基準線を通過。

 

 後席の大尉が観測窓を覗く。

 

「今!」

 

 解除索を引く。

 

 砂袋が落ちる。

 

 機体の下を通過。

 

 空中で回転。

 

 白い円の中へ着弾した。

 

 地上から歓声が上がった。

 

 軍将校は操縦席で顔をしかめた。

 

「成功してしまった」

 

 元白軍将校は満足そうに頷く。

 

「次は二つだ」

 

「増やすな!」

 

     ◇

 

 正式な軍用改造の承認は、下りなかった。

 

 だが試験継続の許可は出た。

 

 軍という組織は、時に不思議な言葉を使う。

 

「採用ではない」

 

「実戦試験である」

 

「正式装備ではない」

 

「現地の判断で使用可能」

 

「爆撃機ではない」

 

「軽貨物投下能力を有する連絡機」

 

 実業家は承認書を読んだ。

 

「つまり、使ってよいのですね」

 

「そうは書いていない」

 

 軍将校が答える。

 

「禁止とも書いていません」

 

「役所言葉を商売に利用するな」

 

「利用できるように書かれています」

 

「書いた者に言え!」

 

 大尉は、試験用として小型爆弾四発を持ってきた。

 

 一発ごとに、木箱へ入っている。

 

「これを積む」

 

 軍将校が聞いた。

 

「目標は」

 

「敵砲兵陣地」

 

「実戦か」

 

「実戦試験だ」

 

「言葉遊びが始まったぞ」

 

     ◇

 

 出撃前。

 

 二号機の貨物室には、爆弾だけでなく別の物も積まれていた。

 

 軍用郵便。

 

 命令書。

 

 医薬品。

 

 パン生地樽一つ。

 

 軍将校は積載一覧を見た。

 

「なぜ全部同時なのだ」

 

 大尉が答える。

 

「帰路で包囲部隊へ補給する」

 

「爆撃任務の帰りに?」

 

「航路が近い」

 

「機体を何だと思っている」

 

「WILKだ」

 

 答えになっていない。

 

 だが妙に納得できてしまった。

 

 元ドイツ技師は爆弾投下架を確認する。

 

「安全栓は投下直前まで外すな」

 

「分かっている」

 

「機内で扱うな」

 

「分かっている」

 

「手榴弾の時の兵士を乗せるな」

 

「今回は正式な航空兵だ」

 

「正式なら安心という根拠はない」

 

 元白軍将校が爆弾を見た。

 

「小さいな」

 

「砲兵陣地を破壊するには足りない」

 

 大尉が答える。

 

「馬と弾薬車を散らせればよい」

 

「なら低く飛ぶ」

 

「危険だ」

 

「高ければ当たらん」

 

「照準線がある」

 

「試験は百メートルだ」

 

「実戦では三百」

 

「当たるか」

 

「分からん」

 

 軍将校が二人を見る。

 

「今からでもやめるか」

 

 二人とも答えなかった。

 

     ◇

 

 二号機は、敵砲兵陣地へ向かった。

 

 雲は低い。

 

 風は弱い。

 

 地上には森と湿地。

 

 敵前線の手前で高度を上げる。

 

「敵機は」

 

 軍将校が尋ねる。

 

 後席の大尉が周囲を見る。

 

「見えない」

 

「対空射撃は」

 

「目標へ近づけば来る」

 

「嫌な説明だな」

 

 貨物室では元白軍将校が爆弾を確認している。

 

「一発目、準備」

 

「勝手に準備するな」

 

「安全栓はまだだ」

 

「ならよい」

 

「近づいたら抜く」

 

「機内で抜くなと言っただろう!」

 

「投下口の直前だ」

 

「機内だ!」

 

 敵砲兵陣地が見えた。

 

 林の縁。

 

 砲四門。

 

 弾薬車。

 

 馬。

 

 兵士たち。

 

 発砲の煙。

 

 大尉が観測窓を覗く。

 

「右へ少し」

 

 軍将校が機首を修正。

 

「高度三百」

 

「速度維持」

 

 地上から銃撃が始まる。

 

 小さな黒煙。

 

 機関銃弾が機体の後方を通る。

 

「まだか!」

 

「待て!」

 

「撃たれている!」

 

「今!」

 

 解除索。

 

 一発目が落ちる。

 

 続いて二発目。

 

 機体が軽くなる。

 

 軍将校はすぐ左へ旋回。

 

 後方で爆発。

 

 一発は林へ。

 

 一発は弾薬車の近く。

 

 馬が散る。

 

 砲兵たちが地面へ伏せる。

 

「命中は」

 

「一発近い!」

 

「砲は」

 

「分からん!」

 

「もう一周するか」

 

 元白軍将校が言う。

 

「しない!」

 

 軍将校と大尉が同時に答えた。

 

     ◇

 

 残り二発は、別の目標へ使われた。

 

 帰路で見つけた敵の輸送車列。

 

 馬車十数台。

 

 護衛歩兵。

 

 道路は狭い。

 

「落とせば止まる」

 

 白軍将校が言う。

 

「本来の目標ではない」

 

 軍将校が答える。

 

「持ち帰るか」

 

「危険だ」

 

 大尉が言う。

 

「着陸時に爆弾を積んだままは避けたい」

 

「では落とす」

 

「簡単に言うな」

 

「空き地へ捨てるより敵へ落とす」

 

 軍将校は歯を食いしばった。

 

「一度だけだ」

 

 二号機は低く降りた。

 

 輸送車列が気づく。

 

 兵士たちが散る。

 

 地上から小銃射撃。

 

 観測窓に道路が入る。

 

「今!」

 

 三発目。

 

 道路脇へ。

 

 爆発で土煙。

 

 先頭の馬車が横転する。

 

 後続が詰まる。

 

 四発目。

 

 車列中央。

 

 直撃ではない。

 

 だが馬が暴れ、車輪が溝へ落ちる。

 

 道路が塞がった。

 

「離脱!」

 

 二号機が高度を上げる。

 

 胴体へ弾が当たる。

 

 貨物室の木板が割れる。

 

 パン生地樽の側面へ穴が開いた。

 

 生地が少し漏れる。

 

 白軍将校が布を押し当てた。

 

「樽がやられた!」

 

「機体は!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「飛んでいる!」

 

「なら樽より先に機体を見ろ!」

 

「樽も補給物資だ!」

 

     ◇

 

 包囲部隊への補給は続行された。

 

 穴の開いた樽。

 

 医薬品。

 

 郵便。

 

 命令書。

 

 爆撃の帰りに、同じ機体がそれらを落とした。

 

 地上の兵士たちは、狼の印を見て歓声を上げた。

 

 樽は落下中に布が外れ、生地を少し撒き散らした。

 

 それでも本体は広場へ落ちた。

 

 後日の報告には、

 

樽側面に銃弾痕。

内容物一部流出。

残りを焼成。

味に問題なし。

 

敵弾を受けたパンとして兵士に人気あり。

 

 と書かれた。

 

 実業家は報告を読んだ。

 

「宣伝に使えます」

 

「使うな」

 

 軍将校が即答した。

 

     ◇

 

 二号機が帰還した時、主翼には五つの穴。

 

 胴体に三つ。

 

 貨物室の板が一枚割れ、投下架の固定具が曲がっていた。

 

 だが発動機は二基とも動いていた。

 

 着陸後。

 

 元ドイツ技師は無言で機体を調べた。

 

 誰も話しかけなかった。

 

 翼を叩く。

 

 布を押す。

 

 発動機架を見る。

 

 脚の接合部を確認。

 

 貨物室の穴を覗く。

 

「直せる」

 

 しばらくして言った。

 

 元白軍将校が答える。

 

「ならよい」

 

「よくない」

 

 技師は振り返った。

 

「次は補強する」

 

「やはり直せる」

 

「お前はそれしか言わんのか!」

 

 軍将校は大尉へ聞いた。

 

「効果は」

 

「砲兵陣地は一時沈黙。輸送車列は道路上で停止」

 

「破壊したか」

 

「不明」

 

「では成功か」

 

「味方部隊は砲撃を受けずに移動できた」

 

 軍将校は目を閉じた。

 

「成功だな」

 

 それを認めるのが嫌そうだった。

 

 だが、認めるしかなかった。

 

     ◇

 

 翌日。

 

 軍から正式文書が届いた。

 

WILK二号機による軽貨物投下試験について、一定の成果を認める。

 

同機を爆撃機として正式採用するものではない。

 

ただし、戦術上必要な場合に限り、小型爆発物の投下を許可する。

 

投下装置は製造者の承認を受けたものを使用すること。

 

 軍将校は文書を机へ置いた。

 

「爆撃機ではないそうだ」

 

 実業家が答える。

 

「爆弾を落としてよい連絡機ですね」

 

「同じではないか」

 

「予算区分が違います」

 

「そこか」

 

 元独立運動家は、新しいパン生地を樽へ詰めている。

 

「次は何樽だ」

 

「三樽」

 

「増えたな」

 

「包囲部隊の人数が増えた」

 

「バターは」

 

「別容器で試す」

 

 軍将校が振り返る。

 

「今度は何を始める」

 

「飛行中に牛乳を冷やす」

 

「なぜ」

 

「上空は寒い」

 

「やめろ」

 

「試すだけだ」

 

「その言葉で何度、装備が増えたと思っている!」

 

 元白軍将校は、二号機の主翼下を見ていた。

 

「爆弾架に缶を吊れる」

 

 元ドイツ技師も見る。

 

「重心が合えば」

 

「対応するな!」

 

     ◇

 

 前線では、WILK機の扱いが変わり始めていた。

 

 最初は郵便屋。

 

 次に負傷兵運び。

 

 補給機。

 

 連絡機。

 

 そして今では、小さな爆弾を落とす。

 

 敵の兵士たちも、その変化に気づいた。

 

 遅い。

 

 低い。

 

 目立つ。

 

 撃てば穴が開く。

 

 それでも落ちない。

 

 落ちても、しばらくすると別の場所からまた現れる。

 

 ある赤軍部隊の報告には、こう記された。

 

狼印の双発機は、撃墜を確認できない限り、任務を継続する。

 

損傷を与えた場合も油断してはならない。

 

機体は低速だが、地形に沿って進入し、輸送、救護、偵察および小規模攻撃を同一飛行で実施する。

 

これは既に郵便機ではない。

 

 その報告書が書かれた頃。

 

 WILKの小屋では、軍将校が同じ言葉を叫んでいた。

 

「これはもう郵便機ではない!」

 

 実業家は帳簿を見ながら答えた。

 

「郵便も運んでいます」

 

「それで郵便機を名乗れると思うな!」

 

「では多用途機と」

 

「勝手に分類を変えるな!」

 

 元独立運動家が樽の蓋を閉める。

 

「名前は何でもよい」

 

 元白軍将校が頷く。

 

「帰ってくればな」

 

 元ドイツ技師は、二号機の新しい補強図面を机へ広げた。

 

「帰らせるために、次は主翼を強くする」

 

 軍将校は図面を見る。

 

「また重くなるのか」

 

「少し」

 

「その“少し”を信用したことは一度もない」

 

 だが、止めろとは言わなかった。

 

 前線は次の飛行を待っている。

 

 郵便を。

 

 弾薬を。

 

 医薬品を。

 

 パンを。

 

 時には爆弾を。

 

 そのすべてを同じ機体へ積み、WILKはまた空へ送り出す。

 

 郵便機でなくなった日が、いつだったのか。

 

 後世の研究者にも分からなかった。

 

 おそらく最初から、ただの郵便機ではなかったのである。

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