WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK航空工業・一九三五年度軍需受注増加に伴う生産検討会議記録

確認された追加要求。

Bizon用予備発動機。
交換用主脚。
予備プロペラ。
無線機予備品。
機銃交換部品。
機体補修用鋼管。
外皮補修材。
野戦整備工具。
移動式発動機吊上装置。
前線用部品箱。
整備教本。
操縦教本。
整備員追加教育。
操縦士機種転換教育。
地方飛行場用簡易格納設備。
燃料保管設備。

注文担当者は、

「Bizon十二機の追加装備」

と説明した。

技術部は、

「これは十二機分ではない」

と回答した。

注文担当者は、

「数量上は十二機分である」

と再回答した。

技術部は、

「十二機を使い続けるための注文だ」

と訂正した。

軍監督官は、

「違いが分からない」

と発言した。

技術部は、

「分からない方が平和です」

と回答した。

会議は、その発言から予定時間を超過した。




第7章 四年しかない
第114話 注文が増えたから喜ぶな


 

一九三五年。

 

最初に増えたのは、飛行機ではなかった。

 

紙だった。

 

ポーランド軍将校の机には、朝から書類が積まれていた。昨日より高い。一昨日よりも高い。三日前には机の端が見えていた。今日は見えない。

 

「これは何だ」

 

彼は一番上の紙を持ち上げた。

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「注文書です」

 

「見れば分かる」

 

「では何が問題ですか」

 

「多すぎる」

 

「注文が?」

 

「紙がだ!」

 

元独立運動家が別の束を机へ置いた。

 

「学校から」

 

「何の」

 

「整備員教育の追加枠」

 

「置くな!」

 

「どこへ」

 

「別の机へ!」

 

「その机も一杯だ」

 

ポーランド軍将校が見る。

 

確かに一杯だった。

 

元白軍将校が、その横で予備プロペラの注文書を読んでいた。

 

「三十六枚」

 

軍将校が振り返る。

 

「何が」

 

「プロペラ」

 

「十二機なら二十四枚だ」

 

「予備が十二」

 

「多いな」

 

元白軍将校は紙を裏返した。

 

「さらに修理用羽根」

 

「一本ずつ直すのか」

 

「書いてある」

 

元ドイツ軍技術者は、まだ何も言っていなかった。

 

注文書を一枚ずつ抜き出し、別の机へ並べている。

 

機体。

発動機。

主脚。

プロペラ。

無線機。

銃。

弾薬装置。

工具。

教育。

格納設備。

燃料設備。

補修材。

 

そして最後に、

 

予備。

 

と書いた。

 

ポーランド軍将校が尋ねる。

 

「何をしている」

 

「分類」

 

「注文書なら経営部がやる」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「しております」

 

「ではなぜ技術者まで」

 

元ドイツ軍技術者は紙から顔を上げた。

 

「注文が増えすぎた」

 

「良いことではないか」

 

部屋が静かになった。

 

ポーランド軍将校は四人を見る。

 

「何だ」

 

誰も答えない。

 

「会社だぞ」

 

ユダヤ人実業家を見る。

 

「注文が増えれば売上が増える」

 

「はい」

 

「利益も」

 

「条件次第です」

 

「またそれか」

 

「材料価格も上がっています」

 

「それでも仕事は増える」

 

元独立運動家を見る。

 

「雇用も増える」

 

「増える」

 

元白軍将校。

 

「機体も増える」

 

「増える」

 

最後に元ドイツ軍技術者。

 

「では何が不満だ」

 

技術者は、机に並べた紙を指した。

 

「機体以外が増えている」

 

「機体を使うには必要だろう」

 

「そうだ」

 

「なら問題ない」

 

「必要になり方が違う」

 

ポーランド軍将校は嫌な顔をした。

 

「また分かりにくい話を始めるな」

 

「分かりやすい」

 

元ドイツ軍技術者は注文書を一枚取った。

 

Bizon十二機。

 

「これは飛行機を増やす注文だ」

 

次。

 

予備発動機八基。

 

「これは飛行機が壊れる注文だ」

 

「違う!」

 

ポーランド軍将校が即座に否定した。

 

「壊れた時の備えだ!」

 

「だから壊れることを数へ入れている」

 

「機械は壊れる!」

 

「以前から壊れていた」

 

次。

 

交換用主脚十二組。

 

「十二機へ十二組」

 

軍将校が紙を見る。

 

「全機分ではないか」

 

「今までなら六組だった」

 

「脚は壊れやすい」

 

「知っている」

 

「WILKがそう作った!」

 

「引込機構側は壊れても機体を守るよう作った」

 

「なら予備が要る」

 

「以前から要った」

 

技術者は次の紙。

 

前線用補修資材。

 

鋼管。

布。

金具。

索。

燃料管。

油管。

交換用計器。

 

「量が三倍」

 

「部隊が増えるからだ」

 

「十二機しか増えない」

 

「既存機も使う」

 

「だからだ」

 

軍将校は腕を組んだ。

 

「何が言いたい」

 

元ドイツ軍技術者は、最後の束を持ち上げた。

 

整備員追加教育。

操縦士機種転換訓練。

地方飛行場整備講習。

前線部品管理講習。

夜間修理訓練。

損傷機回収訓練。

 

「飛行機の注文ではない」

 

「航空隊を動かすためだ」

 

「そうだ」

 

技術者は全部の紙を一つへ重ねた。

 

「軍は機体を買い始めたのではない」

 

誰も口を挟まなかった。

 

「機体が減ることを前提に、航空隊を買い始めた」

 

会議室が静かになった。

 

外から旋盤の音。鋸。槌。遠くで発動機が一度咳き込み、再び回り始める。

 

ポーランド軍将校は書類を見た。

 

「考えすぎだ」

 

元白軍将校が言った。

 

「そうならよい」

 

軍将校が睨む。

 

「お前まで」

 

「軍は余裕がある時、予備を減らす」

 

「予算を節約するからな」

 

「逃げられない時、増やす」

 

「何からだ」

 

元白軍将校は答えなかった。

 

---

 

十二機の製造は既に始まっていた。

 

ただし、同じ日に始めてはいない。

 

三機。

 

少し遅れて三機。

 

さらに三機。

 

最後の三機。

 

時間差は、そのまま維持されていた。

 

最初の三機で見つかった問題を、後ろへ反映する。

 

部品の寸法。配管位置。発動機架。脚収納部。電線。床レール。

 

最初の機体で一時間かかった作業が、四機目では四十分になった。七機目では三十五分。十機目は、まだ作っていない。

 

そこへ追加注文が来た。

 

工場長が工程表を持ってきた。

 

「予備発動機架を、どこへ入れますか」

 

元ドイツ軍技術者が尋ねる。

 

「何基」

 

「八」

 

「完成機用とは別か」

 

「別です」

 

「いつまで」

 

工場長は紙を見る。

 

「十二機納入の二週間前」

 

「なぜ先だ」

 

「航空部の要求です」

 

ポーランド軍将校が答えた。

 

「部隊で先に訓練へ使う」

 

「発動機のない架で?」

 

「交換作業の」

 

元ドイツ軍技術者は一瞬止まった。

 

「誰が考えた」

 

「軍だ」

 

「珍しく正しい」

 

「珍しくは余計だ!」

 

工場長が続ける。

 

「予備主脚もあります」

 

「何組」

 

「十二」

 

「完成機と同数」

 

「はい」

 

「全部同じ時期?」

 

「先方は可能な限り早くと」

 

元ドイツ軍技術者は工程表を机へ置いた。

 

「作らない」

 

ポーランド軍将校が振り返る。

 

「注文だぞ」

 

「作る。今は作らない」

 

「同じだ!」

 

「機体が先だ」

 

「予備品も必要だ」

 

「同じ工作機械を使う」

 

「増産すれば」

 

「工作機械は命令で増えない」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「買えます」

 

元ドイツ軍技術者が見る。

 

「いつ届く」

 

「新品なら数か月」

 

「遅い」

 

「中古なら」

 

「精度は」

 

「物によります」

 

「測定器は」

 

「別です」

 

「据付は」

 

「必要です」

 

「電力は」

 

「増設です」

 

「基礎は」

 

「打ちます」

 

ポーランド軍将校が二人を見た。

 

「一台買うだけで、なぜ建物の話になる」

 

元ドイツ軍技術者が即答した。

 

「機械は机の上で動かない」

 

「分かっている!」

 

ユダヤ人実業家が帳簿へ書く。

 

中古工作機械。

基礎工事。

電力。

搬入。

修理。

測定。

教育。

 

軍将校はそれを覗き込んだ。

 

「また金が増えている」

 

「注文も増えています」

 

「だから儲かるのだろう」

 

ユダヤ人実業家は顔を上げた。

 

「注文が増えた分だけ設備を増やせば、注文が減った時に設備だけ残ります」

 

「では増やすな」

 

「納期を守れません」

 

「守れ」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「願望は発動機でも回せなかった」

 

ポーランド軍将校が彼を見る。

 

「まだ言うのか」

 

「物理は去年から変わっていない」

 

---

 

昼。

 

食堂。

 

以前より人が増えていた。

 

航空機組立。脚工場。発条工場。冷蔵設備。食品。倉庫。学校。国外から戻った技術者。近隣農村から通う若者。

 

工員たちは明るかった。

 

注文が増えた。

 

残業ではなく、新しい班ができる。

 

失業していた兄弟が入れる。

 

隣町の工場にも仕事が行く。

 

その話が食堂中を飛んでいる。

 

「十二機の次も来るらしい」

 

「二十四機では」

 

「もっとだ」

 

「軍が金を出す」

 

「去年より給料は」

 

「増えるかもしれん」

 

「新しい旋盤も入る」

 

誰かが笑う。

 

「景気が戻ったな」

 

ポーランド軍将校は、その言葉を聞いた。

 

パンを持ったまま、少し止まる。

 

元独立運動家が隣へ座る。

 

「何だ」

 

「いや」

 

軍将校は食堂を見る。

 

大恐慌の頃。

 

パンを二つに分けて、一個を家へ持って帰った。スープを容器へ入れた。仕事を求めて門前へ百人が並んだ。

 

今は席が足りない。

 

食堂を増築する話まで出ている。

 

「良いことだ」

 

彼は言った。

 

元独立運動家も頷く。

 

「良い」

 

「なら何だ、その顔は」

 

「良いことだから困る」

 

「意味が分からん」

 

元独立運動家はパンを割った。

 

「仕事が戻る」

 

「良い」

 

「若いのが雇われる」

 

「良い」

 

「工場が動く」

 

「良い」

 

「軍需でな」

 

軍将校は黙った。

 

少し離れた席では、若い工員が笑っている。

 

この仕事が何を作るか。分かっている。

 

だが家には子供がいる。家賃がある。パンがいる。靴がいる。

 

仕事がないより、ある方がよい。

 

それも間違っていない。

 

「喜ぶなとは言えん」

 

軍将校が言った。

 

「言う必要もない」

 

「では」

 

「喜んでいる間に、何を作っているか忘れなければよい」

 

元独立運動家はスープを飲んだ。

 

「忘れるか」

 

「人は慣れる」

 

軍将校は窓の外を見た。

 

Bizonの主翼が、組立棟から少しだけ見える。

 

その向こう。

 

学校の校庭。

 

子供たちが走っている。

 

---

 

午後。

 

軍の追加要求説明会。

 

今回は航空部から、若い参謀将校が二名来た。

 

一人は機材担当。

 

一人は運用担当。

 

机に資料を並べる。

 

「Bizon一個飛行隊の継続運用に必要な数量を試算しました」

 

元ドイツ軍技術者が聞く。

 

「継続とは何日」

 

若い参謀将校が止まる。

 

「通常運用を」

 

「何日」

 

「平時です」

 

「平時なら民間輸送も含むか」

 

「軍用です」

 

「訓練?」

 

「訓練および有事」

 

「有事とは何日」

 

参謀将校はポーランド軍将校を見る。

 

「いつもこうなのですか」

 

「今日はまだ軽い」

 

「これで?」

 

元ドイツ軍技術者は資料を取った。

 

「前提がない数字は使えない」

 

「航空部の標準試算です」

 

「出撃回数は」

 

「一日二回」

 

「全機?」

 

「可能な限り」

 

「整備時間は」

 

「標準」

 

「損耗率は」

 

若い参謀将校の手が止まった。

 

「想定値があります」

 

会議室の空気が変わった。

 

元白軍将校が顔を上げる。

 

ユダヤ人実業家も帳簿から目を離した。

 

ポーランド軍将校だけが、少し遅れて気づいた。

 

「損耗率」

 

「はい」

 

「事故?」

 

「事故を含みます」

 

「含む?」

 

参謀将校は資料をめくった。

 

戦闘損傷。事故。不時着。部品待ち。定期整備。修理不能。行方不明。

 

数字が並んでいた。

 

小さい。

 

一つ一つは小さい。

 

だが日数を掛ければ減っていく。

 

十二機。十機。九機。七機。

 

予備部品を投入。

 

一機復帰。

 

発動機交換。

 

さらに一機復帰。

 

新規補充。

 

八機。

 

「これを使って、予備品数量を出したのか」

 

元ドイツ軍技術者が尋ねた。

 

「はい」

 

「去年までは」

 

「事故率を中心に計算していました」

 

「今年から」

 

「戦時消耗も参考値へ入れています」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「参考だ」

 

誰も返さない。

 

「戦争が始まるという意味ではない」

 

元白軍将校が資料を取った。

 

「始まるかどうかは書いてない」

 

「なら」

 

「始まった時、何機なくなるかは書いてある」

 

軍将校の声が少し強くなる。

 

「軍なら当然だ!」

 

「当然だ」

 

元白軍将校は素直に頷いた。

 

その方が軍将校には堪えた。

 

元ドイツ軍技術者は損耗表を見ていた。

 

機体だけではない。

 

操縦士。観測員。整備員。無線員。車両。工具。発動機。飛行場。

 

「人員補充表は」

 

若い参謀将校が別紙を出した。

 

「あります」

 

元独立運動家が取る。

 

「操縦士だけか」

 

「整備員も」

 

「家族は」

 

参謀将校が瞬きをした。

 

「家族?」

 

「補充された整備員はどこへ住む」

 

「基地宿舎です」

 

「満員なら」

 

「増設を」

 

「学校は」

 

「軍人の家族ですか」

 

「整備員の子供だ」

 

「それは地方行政が」

 

元独立運動家は紙を机へ戻した。

 

「軍は飛行機を補充する」

 

「はい」

 

「人間は行政へ送る」

 

「軍の管轄外です」

 

「それで整備員が基地へ来ると思うな」

 

ポーランド軍将校が額を押さえた。

 

「また住宅と学校へ行くのか」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「既に行っています」

 

「いつ!」

 

「追加教育枠の見積り時に、寄宿舎不足が出ました」

 

「なぜ誰も私へ」

 

元独立運動家。

 

「言った」

 

「いつ」

 

「朝」

 

軍将校は紙の山を見る。

 

「どの紙だ!」

 

「下から七番目」

 

「分かるか!」

 

---

 

元ドイツ軍技術者は、その日の説明会を途中で止めた。

 

「十二機の話をやめる」

 

若い参謀将校が尋ねる。

 

「発注を?」

 

「違う」

 

黒板を消す。

 

Bizon。

 

十二。

 

その数字を消した。

 

代わりに書く。

 

出撃。

帰還。

点検。

修理。

再出撃。

損傷。

部品交換。

回収。

再生。

教育。

補充。

また出撃。

 

円になる。

 

「機体を何機作るかではない」

 

技術者は言った。

 

「何回戻せるかを決めろ」

 

若い参謀将校が答える。

 

「航空部は稼働率を」

 

「数字を先に決めるな」

 

「目標値は必要です」

 

「なら、そこから逆算する」

 

必要な予備発動機。

 

必要な脚。

 

必要な工具。

 

必要な検査器。

 

必要な整備員。

 

必要な教官。

 

必要な訓練時間。

 

必要な部品輸送。

 

必要な修理場所。

 

必要な回収手段。

 

「一機壊れた時」

 

技術者は黒板へ一本線を引いた。

 

「新しい一機を送るだけでは足りない」

 

「搭乗員も」

 

「整備員も」

 

「部品も」

 

「工具も」

 

「記録も」

 

「誰が何をしたかも」

 

ポーランド軍将校が尋ねる。

 

「そこまで必要か」

 

元ドイツ軍技術者は彼を見る。

 

机の上から、一つの古い金具を取り出した。

 

Tur A.3の貨物扉留め具。

 

教材として保管されている物だった。

 

「昔は、別の機体へ部品を付けるたび削った」

 

「覚えている」

 

「今は入る」

 

「規格化したからな」

 

「次は、人間と場所もそうする」

 

軍将校が顔をしかめた。

 

「人間を規格化するな」

 

「するのは手順だ」

 

同じ工具配置。

 

同じ部品番号。

 

同じ報告書式。

 

同じ交換順。

 

同じ危険表示。

 

同じ色。

 

同じ触覚印。

 

同じ教本。

 

「別の基地へ行っても、最初から全部覚え直さなくてよいようにする」

 

元独立運動家が頷く。

 

「人間を同じにするのではない」

 

「違う人間が同じ仕事へ入れるようにする」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「会社が違っても?」

 

元ドイツ軍技術者は少し考えた。

 

「できれば」

 

ポーランド軍将校が即座に反対した。

 

「軍用整備を民間会社へ広げるな」

 

「平時の重整備だ」

 

「技術流出が」

 

「一社へ集めれば、そこを失った時に全部消える」

 

軍将校は言葉を止めた。

 

以前なら、ここで反論した。

 

今は、しなかった。

 

「航空機まで同じことをするのか」

 

軍将校が尋ねた。

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「航空機から始めた」

 

---

 

翌日。

 

最初の追加注文が修正された。

 

予備発動機八基。

 

そのまま。

 

交換主脚十二組。

 

八組へ減少。

 

代わりに、主脚用発条、空気筒、固定具、車輪を分解部品として数量増加。

 

「完成脚を減らしたのか」

 

ポーランド軍将校が尋ねる。

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「全部を組んで置けば場所を取る」

 

「組立時間がかかる」

 

「訓練になる」

 

「緊急時は」

 

「完成品も八組ある」

 

「十二機全部壊れたら」

 

「その時は脚より先に考えることがある」

 

元白軍将校が笑った。

 

次。

 

野戦整備工具。

 

一式ずつではない。

 

工具を役割別へ分ける。

 

発動機。

脚。

機体構造。

電装。

無線。

兵装。

 

どれか一箱が失われても、全部の整備が止まらない。

 

元白軍将校が箱を見る。

 

「全部一台の台車へ積める」

 

「積むな」

 

「運びやすい」

 

「一台沈んだら全部沈む」

 

「二台」

 

「分けろ」

 

「四台」

 

「もっと分けろ」

 

ポーランド軍将校が聞く。

 

「何台にする」

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「決めない」

 

「は?」

 

「基地ごとに組み合わせる」

 

「標準化は」

 

「中身を標準化する」

 

「箱の数は」

 

「仕事に合わせる」

 

軍将校は少し考えた。

 

「同じ物を同じ形で持つのが標準化ではないのか」

 

「同じ方法で扱えることが標準だ」

 

「面倒だな」

 

「機械より軍の方が面倒だ」

 

「聞こえているぞ」

 

「聞かせた」

 

---

 

整備学校でも変更が始まった。

 

これまでは、発動機交換、油管修理、主脚整備、無線交換と、個別の技術を教えていた。

 

新しい訓練では、一つ項目が増えた。

 

設備が足りない場合。

 

教官が学生へ言う。

 

「吊上装置がない」

 

学生が答える。

 

「借ります」

 

「隣の基地にもない」

 

「移動式架台を」

 

「到着は明日」

 

「機体を止めます」

 

「今日、飛ばす必要がある」

 

「では別機を」

 

「ない」

 

学生は黙る。

 

教官が続ける。

 

「どうする」

 

答えは一つではない。

 

応急架台を作る。

 

発動機交換を諦める。

 

部品交換で直せるか調べる。

 

別飛行場へ機体を移す。

 

整備員だけを送る。

 

別の発動機を持ってくる。

 

任務そのものを別機種へ回す。

 

「正解は」

 

学生が尋ねる。

 

教官は答えた。

 

「条件による」

 

教室の後ろから、

 

「経営部と同じことを言った」

 

と声がした。

 

笑いが起きる。

 

教官も笑った。

 

「腹が立つだろう」

 

「はい」

 

「それが現場だ」

 

別の訓練。

 

夜。

 

照明の半分を消す。

 

手袋。

 

煙。

 

部品箱の札は見えにくい。

 

触る。

 

丸。三角。溝。二本線。

 

色だけに頼らない。

 

一人の学生が間違えた。

 

教官は止める。

 

「なぜ」

 

「暗かったので」

 

「暗いから訓練している」

 

「本番なら照明を」

 

「本番で照明があると誰が約束した」

 

誰も答えない。

 

教官は明かりを戻した。

 

「今日は間違えてよい」

 

学生たちが顔を上げる。

 

「ここで全部間違えろ」

 

工具。札。順番。重量。配管。報告。

 

「覚えた後に間違えるより安い」

 

廊下で聞いていたユダヤ人実業家は、その言葉を帳簿へ書こうとした。

 

元ドイツ軍技術者が止める。

 

「標語にするな」

 

「良い言葉です」

 

「事故報告の表紙に書かれる」

 

「では教室だけに」

 

「書くな」

 

翌週、教室の壁に書かれていた。

 

誰が書いたかは分からなかった。

 

---

 

注文は、その後も増えた。

 

ポーランド軍だけではない。

 

外国からの問い合わせ。

 

修理設備。

 

交換部品。

 

工具。

 

教育。

 

冷蔵設備まで。

 

飛行機と一緒に食料保存設備を求める国もあった。

 

軍将校は書類を見た。

 

「なぜ航空機の見積りに冷蔵庫がある」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「飛行場の食料庫です」

 

「別契約にしろ」

 

「先方は一括を希望しています」

 

「航空機会社だぞ」

 

元独立運動家が言った。

 

「飛行場には人がいる」

 

「知っている!」

 

元白軍将校。

 

「暑い国なら牛乳が腐る」

 

「それも知っている!」

 

元ドイツ軍技術者が書類を見る。

 

「整備部品の保管にも温度管理が要る」

 

ポーランド軍将校は三人を順番に見た。

 

「誰か一人くらい、飛行機だけ売れと言え!」

 

ユダヤ人実業家が静かに手を挙げた。

 

「飛行機だけなら利益率は計算しやすいです」

 

軍将校の顔が少し明るくなる。

 

「ほら」

 

「ただし部品、工具、教育を売らなければ、故障後に評判が落ちます」

 

「お前もか!」

 

---

 

夕方。

 

十二機のうち、最初の三機の骨格が形になっていた。

 

鋼管。翼桁。発動機架。

 

まだ布は張られていない。

 

遠くから見れば、飛行機というより大きな骨だった。

 

元ドイツ軍技術者は、一機目の前に立った。

 

若い工員が隣にいる。

 

「注文が増えるそうですね」

 

「増えている」

 

「良いことですね」

 

技術者は機体を見る。

 

「お前には」

 

若い工員は戸惑った。

 

「会社にもでは」

 

「会社にも良い」

 

「では」

 

元ドイツ軍技術者は、発動機架へ手を置いた。

 

「良いことは、危険でないという意味ではない」

 

若い工員は分からない顔をした。

 

当然だった。

 

二十歳そこそこ。

 

大恐慌では少年。

 

戦争は子供の頃の記憶。

 

工場へ入ってからは、仕事が増えることは安心だった。

 

家へ金を送れる。

 

新しい靴を買える。

 

妹を学校へ通わせられる。

 

良いことだった。

 

「注文が減った時は困った」

 

若い工員が言った。

 

「そうだ」

 

「増えても困るのですか」

 

「困る」

 

「では、どうなればよいのでしょう」

 

元ドイツ軍技術者は少し考えた。

 

「注文の理由を選べればよい」

 

「選べますか」

 

「選べん」

 

「なら」

 

「だから、せめて注文の意味を間違えるな」

 

若い工員は一機目を見る。

 

「これは十二機の一機目です」

 

「そうだ」

 

「軍が必要としている」

 

「そうだ」

 

「何が違います」

 

技術者は、その向こうに置かれた箱を指した。

 

予備油管。脚部品。工具。教本。交換記録票。

 

「去年まで、飛行機を売れば終わりだと思われていた」

 

「今は」

 

「壊した後まで買い始めた」

 

若い工員は黙った。

 

ようやく少し、意味が伝わった。

 

元ドイツ軍技術者は機体から手を離した。

 

「だから作る」

 

「作るのですか」

 

「注文だ」

 

「嫌では」

 

「嫌だから作らない、で済むなら軍需工場は楽だ」

 

彼は工具を拾った。

 

「作るなら、戻ってこられるように作る」

 

それだけだった。

 

---

 

夜。

 

会議室。

 

ポーランド軍将校は、その日の最終書類へ署名していた。

 

追加発注。

 

予備部品。

 

教育。

 

設備。

 

修理。

 

一枚ずつ。

 

最後に、元ドイツ軍技術者が作った新しい表が置かれる。

 

表題。

 

Bizon十二機継続運用必要能力一覧。

 

軍将校は読む。

 

機体数。

予備発動機。

脚。

プロペラ。

工具。

補修資材。

整備員。

操縦士。

教官。

格納場所。

燃料。

輸送。

回収。

地方修理能力。

記録複製。

 

「多い」

 

「飛行機を飛ばすには人が多い」

 

「知っている」

 

「去年までは、知っているふりだった」

 

「喧嘩を売っているのか」

 

「注文書を読んだだけだ」

 

軍将校は表の最後を見る。

 

空欄。

 

「ここは」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「損耗後の再建能力」

 

「数字は」

 

「まだ分からん」

 

「何を入れる」

 

「一個飛行隊が半分になった後、何日でどこまで戻せるか」

 

軍将校は顔を上げた。

 

「そんな計画を、今作る必要があるか」

 

外から、夜間試験の発動機音が聞こえた。

 

遠く。

 

二基。

 

少しずれて回っている。

 

去年なら、力強い音だった。

 

今夜は少し違って聞こえた。

 

元ドイツ軍技術者は言った。

 

「必要になってから作る方がよいか」

 

ポーランド軍将校は答えなかった。

 

表へ目を戻す。

 

十二機。

 

十二という数字は変わらない。

 

だが、その周囲には、人、部品、工具、学校、工場、倉庫、鉄道、飛行場、食料、記録、さらに多くの数字が増えていた。

 

一機の飛行機を戦力にするために必要なもの。

 

一機の飛行機を失った後、戦力を失い切らないために必要なもの。

 

両方が、同じ注文書へ書かれ始めている。

 

ポーランド軍将校は、最後の空欄へ線を引いた。

 

「明日、航空部へ聞く」

 

「何を」

 

「何日持たせたいのか」

 

元ドイツ軍技術者が彼を見る。

 

「ようやく正しい質問だ」

 

「嬉しそうに言うな」

 

「嬉しくない」

 

軍将校も少し笑った。

 

「注文が増えたからな」

 

技術者は笑わなかった。

 

「だからだ」

 

窓の外。

 

格納庫には明かりが点いていた。

 

十二機分。

 

新しい仕事。

 

新しい給料。

 

新しい機械。

 

新しい学生。

 

新しい教官。

 

町には店が増える。

 

家族は少し安心する。

 

新聞は景気回復を書く。

 

軍は航空戦力増強を書く。

 

会社は受注増加を書く。

 

どれも間違っていない。

 

ただし。

 

注文書の余白には、まだ誰も書かない数字があった。

 

何機失うつもりなのか。

 

何人戻らないつもりなのか。

 

何日続けるつもりなのか。

 

そして。

 

それでも次の日に飛ばすつもりなのか。

 

WILKは、その最後の問いだけを先に考え始めた。

 

一九三五年。

 

黄金期は続いていた。

 

注文は増えていた。

 

工場も、人も、仕事も増えていた。

 

だから。

 

元ドイツ軍技術者は、誰より先に言った。

 

「喜ぶのは、理由を聞いてからにしろ」

 

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