調達対象は、以下のいずれかへ分類する。
購入。
自社製造。
外注製造。
中古取得・再整備。
長期賃借。
使用権。
国外保管。
供給契約。
平時民需からの転用。
備考。
「必要な物をすべて購入する」
との案は却下。
理由。
会社が先に破産するため。
翌朝。
ユダヤ人実業家は、昨夜の続きから始めていた。
机の上。
訓練機。
発動機。
プロペラ。
タイヤ。
主脚。
点火装置。
油。
燃料。
工具。
測定器。
模擬発動機。
教材。
宿舎。
食堂。
学校。
輸送。
さらに増えている。
ポーランド軍将校が入ってきた。
机を見る。
止まる。
元独立運動家も入る。
同じく止まる。
二人は少しの間、何も言わなかった。
やがて軍将校が言った。
「うわぁ」
元独立運動家も、
「うわぁ」
と答えた。
ユダヤ人実業家は顔を上げない。
「朝から失礼ですね」
「昨日より増えている」
「計算した結果です」
「減らせ」
「必要量を?」
「紙を!」
「紙なら分けました」
机の横。
もう一つ山があった。
ポーランド軍将校は椅子へ座った。
「何からだ」
「全部です」
「聞き方が悪かった。どこから手を付ける」
ユダヤ人実業家は一枚取った。
「燃料」
軍将校が嫌そうな顔をする。
「いきなり一番大きい物から行くな」
「一番大きいので」
「四年分備蓄か」
「しません」
軍将校が顔を上げた。
「しない?」
「四年分の航空燃料を買って置く場所がありません」
「では不足する」
「だから供給能力を用意します」
紙へ書く。
製油所との長期契約。
鉄道輸送枠。
タンク車。
分散貯蔵槽。
ドラム缶。
ポンプ。
ホース。
検査。
防火。
ポーランド軍将校が一覧を見る。
「燃料一つで多いな」
「液体は勝手に飛行場へ来ません」
「分かっている」
「では次」
「待て。貯蔵槽は全部WILKが持つのか」
「持ちません」
「誰が」
「軍。地方事業者。燃料会社。鉄道会社。場合によっては飛行場管理者」
「WILKは」
「契約と規格の一部」
軍将校が少し安心する。
ユダヤ人実業家が続けた。
「必要なら出資もします」
安心が消えた。
「必要なら、だな」
「必要なら」
元独立運動家が横から覗く。
「貯蔵所の人員は」
「別紙です」
軍将校が手を上げた。
「今は言うな」
「消防も」
「言うな!」
---
次。
タイヤ。
Bizonの大径低圧タイヤ。
すでに南部のゴム工場へ支援を入れている。
だが数が増えれば、完成タイヤだけでは足りない。
ゴム。
帆布。
加硫設備。
金型。
修理材。
再生。
検査。
輸送。
ユダヤ人実業家が言った。
「タイヤは備蓄だけでは解決しません」
元ドイツ軍技術者が頷く。
「古くなる」
「ですので、作り続けてもらいます」
ポーランド軍将校が聞く。
「軍用だけを?」
「いいえ」
実業家は即答した。
「民間も」
「なぜ」
「軍の注文だけで工場を生かすと、注文が減った時に死にます」
元独立運動家が言う。
「平時は農業車両、トラック、工業車輪」
「その方が人も残る」
元ドイツ軍技術者が付け加える。
「加硫設備も動く」
軍将校が資料を見る。
「つまり軍用予備能力を、民需の中へ隠す」
ユダヤ人実業家は首を振った。
「隠しません」
「では」
「食わせます」
軍将校が顔をしかめる。
「言い方を選べ」
「工場は注文を食べます」
「余計悪い」
---
発動機。
これはさらに面倒だった。
完成発動機。
シリンダー。
ピストン。
軸受。
点火装置。
油ポンプ。
燃料ポンプ。
ガスケット。
工具。
吊上装置。
輸送架。
木箱。
ポーランド軍将校が最後を見る。
「木箱?」
元ドイツ軍技術者が答える。
「発動機を裸で送るのか」
「箱など現地で」
「寸法が合わなければ固定できない」
「木だぞ」
「重い発動機だぞ」
「木工所へ頼め」
「だから書いてある」
軍将校がユダヤ人実業家を見る。
「木箱まで調達計画に入れるのか」
「入れます」
「国家航空戦力の予算に木箱」
「発動機を運ぶなら」
元独立運動家が笑う。
「そのうち釘も入るな」
ユダヤ人実業家は別紙を見る。
「入っています」
軍将校が天井を見た。
---
宿舎。
「これは航空部予算ではない」
ポーランド軍将校が先に言った。
元独立運動家が答える。
「全部そうする必要はない」
「では誰が」
「会社。自治体。軍。民間大家。協同組合」
「また分けるのか」
「一つへ押し付ける方が無理だ」
訓練拠点が増える。
教官が来る。
訓練生が来る。
整備員が来る。
その家族が来る場合もある。
空き家。
寮。
寄宿舎。
下宿。
仮設住宅。
既存宿舎増築。
「全部新築する必要はない」
元独立運動家は言った。
「使える物を使う」
ユダヤ人実業家が書き足す。
「長期賃貸」
「買わないのか」
「必要なら買う」
軍将校が嫌そうな顔をした。
「その言葉、便利だな」
「便利だから使います」
---
測定器。
元ドイツ軍技術者の顔つきが少し変わった。
「ここは削るな」
軍将校が即座に聞く。
「高い?」
ユダヤ人実業家が答える。
「良い物は」
「中古は」
技術者が言った。
「使える」
軍将校が意外そうに見る。
「中古でいいのか」
「校正できるなら」
「新しい方が正確では」
「新しい物も確認する」
「では何が重要だ」
「基準」
測定器は新品でなくてもいい。
摩耗。
癖。
ずれ。
それを把握して使えるなら。
ただし、基準器まで怪しければ全部が崩れる。
「基準だけは良い物を」
ユダヤ人実業家が確認する。
「複数?」
「できれば」
「一か所保管では」
「駄目だ」
軍将校が笑った。
「お前がそれを言うと思った」
元ドイツ軍技術者は笑わない。
「一つしかない基準は、なくなった瞬間に伝説になる」
「伝説?」
「昔この寸法だったらしい、となる」
軍将校の笑いが消えた。
「それは困る」
「だから分ける」
---
昼までに、机の上の紙はさらに細かく分かれた。
買う物。
作る物。
作らせる物。
借りる物。
使用権だけ取る物。
国外へ置く物。
供給契約だけ結ぶ物。
今は買わない物。
平時民需で維持する物。
ポーランド軍将校は一覧を見る。
「全部持たないのか」
ユダヤ人実業家が答える。
「全部持ったら会社が先に戦死します」
軍将校が止まった。
「会社に戦死を使うな」
「では破産」
「そちらでいい」
「意味は同じです」
「気分が違う」
元独立運動家が資料を持ってくる。
「学校も全部自前では無理だ」
「当然だ」
「既存校へ設備を入れる」
「良い」
「教師を支援する」
「良い」
「寄宿舎を」
軍将校が手を上げる。
「そこから先は金額を見てからだ」
ユダヤ人実業家が静かに言った。
「もう出ています」
軍将校の顔が固まった。
「いくら」
実業家は一枚渡した。
一九三五。
一九三六。
一九三七。
一九三八。
一九三九。
年ごとの必要額。
ポーランド軍将校は読む。
もう一度読む。
紙を裏返す。
裏は白い。
戻す。
「桁が一つ多くないか」
「三度確認しました」
「四度目をやれ」
「やりました」
「いつ!」
「今朝」
軍将校は椅子へ座り直した。
「これを航空部へ持っていくのか」
「全部ではありません」
少し安心する。
「軍負担分を分離します」
安心が消えた。
「どれくらい減る」
ユダヤ人実業家は別紙を出した。
軍将校が見た。
黙った。
「まだ多いな」
「はい」
「削れ」
「どこを」
軍将校は指を走らせる。
燃料。
削れない。
整備。
削れない。
教育。
削れない。
発動機。
削れない。
予備部品。
減らせるか。
元ドイツ軍技術者が見る。
「何日止めたい」
「削らん」
工具。
「共用できないか」
「一部は」
「減らせ」
「すでに減らしてあります」
宿舎。
「これは地方へ」
元独立運動家が言う。
「全部押したら来なくなる」
「分担!」
「それなら」
食堂。
軍将校の指が止まる。
「これだ」
元独立運動家が聞く。
「何を食わせる」
「基地の食堂が」
「増員分の席がない」
「増やせ」
「だから予算にある」
軍将校は手を離した。
「なぜ飛行機を増やすと椅子まで増える」
元独立運動家は当然のように答えた。
「人が座るから」
「分かっている!」
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削れる物もあった。
新築予定の管理棟。
延期。
一部の倉庫。
新築から既存建物改修へ。
新品工作機械。
一部中古へ。
専用輸送車。
鉄道・民間輸送との契約へ。
完成品備蓄。
部品備蓄へ変更。
大規模集中倉庫。
複数の小規模倉庫へ。
ポーランド軍将校は少しだけ元気になった。
「減ったな」
ユダヤ人実業家が答える。
「建設費は」
「総額は」
「輸送と契約管理が増えます」
元気が消えた。
「何をしても金がかかる」
「何もしなくても壊れれば金がかかります」
元ドイツ軍技術者が言った。
「壊れた後の方が高い」
軍将校は二人を見る。
「お前たち、本当に相性が良いな」
「褒め言葉ですか」
「違う」
---
午後。
ポーランド軍将校は、上官の部屋へいた。
机の上に例の予算案。
上官は最初のページを見る。
次。
次。
途中で止まる。
戻る。
また見る。
「これは航空部の予算か」
「はい」
「国家予算ではなく?」
「……はい」
上官はもう一度数字を見る。
「戦争を始める気か」
軍将校は少し迷った。
「始めないためにも必要だそうです」
上官が顔を上げる。
「誰が言った」
「WILKです」
「あそこか」
それだけだった。
軍将校は少し救われたような、余計に不安になったような顔をした。
上官は項目を見る。
「木箱」
「発動機輸送用です」
「食堂」
「人員増加」
「学校」
「教育能力拡張」
「宿舎」
「人が寝ます」
上官が軍将校を見る。
「最後の説明は必要か」
「私も同じことを言われました」
「タイヤ工場支援」
「軍用だけにすると平時に死ぬそうです」
「中古測定器」
「校正すれば使えます」
「国外保管」
「一部の図面・基準器・契約記録です」
上官の指が止まった。
「なぜ国外へ」
軍将校も止まる。
ここは言い方を選ぶ必要があった。
「国内事故・火災・政治的混乱への分散です」
「戦争ではなく?」
「戦争も含みます」
上官はしばらく黙った。
「削れそうな物は」
「管理棟」
「それだけか」
「装飾も」
「装飾?」
「新しい会議室の内装」
上官は顔をしかめた。
「最初から入れるな」
「WILK案ではありません」
「誰だ」
軍将校は答えなかった。
上官も聞かなかった。
しばらくして、予算案を閉じる。
「一つ一つ見ると必要だな」
「はい」
「全部まとめると狂って見える」
「はい」
「財務へ送れ」
軍将校の顔が引きつった。
「私が?」
「お前が持ってきた」
「WILKが」
「WILKを財務省へ入れるな」
「なぜです」
「話が増える」
軍将校は否定できなかった。
---
財務との会議は、その日の夕方に始まった。
最初の質問。
「航空機は何機増える」
「予定では」
数字を答える。
次。
「ではなぜ、この額になる」
ポーランド軍将校は紙を見る。
説明する。
飛行機。
予備機。
訓練機。
発動機。
工具。
人員。
教育。
宿舎。
燃料。
輸送。
倉庫。
地方工場。
測定器。
財務担当者は聞く。
「全部航空機ですか」
「違います」
「では航空予算ではない」
「航空機を飛ばすために要ります」
「学校も?」
「要ります」
「住宅も?」
「要ります」
「食堂も?」
軍将校は一瞬黙った。
「……人が食べます」
財務担当者は眼鏡を外した。
「知っています」
「私もそう言いました」
「誰に」
「WILKに」
財務担当者は眼鏡を戻した。
「あそこですか」
まただった。
「あそこ、で通じるのは何なんだ」
軍将校は小声で言った。
誰も答えなかった。
---
夜。
ポーランド軍将校はWILKへ戻った。
会議室。
ユダヤ人実業家はまだいた。
予算案。
赤字。
修正。
負担区分。
軍。
WILK。
地方自治体。
民間会社。
鉄道。
学校。
銀行。
保険。
国外契約。
さらに細かくなっている。
軍将校は椅子へ座った。
何も言わない。
実業家が聞く。
「どうでした」
「財務へ送られた」
「良いですね」
「どこが」
「審議されます」
「胃が痛い」
「食堂に牛乳があります」
軍将校が顔を上げた。
「私の胃にも時間をくれ!」
実業家は少し考えた。
「温めますか」
「そういう意味ではない!」
元独立運動家が隣の部屋から顔を出した。
「蜂蜜もあるぞ」
「帰れ!」
---
その日の最後。
ユダヤ人実業家は、一枚の紙を新しく作った。
表題。
必要物資取得方針。
その下へ、九つの欄。
所有。
製造。
外注。
中古。
賃借。
使用権。
供給契約。
国外分散。
民需転用。
全部を持つ必要はない。
全部を備蓄する必要もない。
全部を自分で作る必要もない。
だが、
必要になった時、
誰が作るのか。
どこから来るのか。
何で運ぶのか。
誰が直すのか。
何を代わりに使えるのか。
それだけは、今決めておく。
一九三五年。
まだ戦争ではない。
まだ工場はある。
まだ列車は走る。
まだ契約できる。
まだ国外へ金を動かせる。
まだ人を育てられる。
まだ選べる。
ユダヤ人実業家は、四年間の調達表を見た。
全部を揃えるには大きすぎる。
会社一社では到底無理だった。
だから彼は、最初のページへ戻り、一行書いた。
「全部を今すぐ、は無理です。」
少し間を置き、その下へ続けた。
「ですので、今から始めます。」