WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK経営部・一九三五年度以降航空拡張関連調達分類表

調達対象は、以下のいずれかへ分類する。

購入。
自社製造。
外注製造。
中古取得・再整備。
長期賃借。
使用権。
国外保管。
供給契約。
平時民需からの転用。

備考。

「必要な物をすべて購入する」

との案は却下。

理由。

会社が先に破産するため。



第116話 まぁ、用意しましょう

 

翌朝。

 

ユダヤ人実業家は、昨夜の続きから始めていた。

 

机の上。

 

訓練機。

 

発動機。

 

プロペラ。

 

タイヤ。

 

主脚。

 

点火装置。

 

油。

 

燃料。

 

工具。

 

測定器。

 

模擬発動機。

 

教材。

 

宿舎。

 

食堂。

 

学校。

 

輸送。

 

さらに増えている。

 

ポーランド軍将校が入ってきた。

 

机を見る。

 

止まる。

 

元独立運動家も入る。

 

同じく止まる。

 

二人は少しの間、何も言わなかった。

 

やがて軍将校が言った。

 

「うわぁ」

 

元独立運動家も、

 

「うわぁ」

 

と答えた。

 

ユダヤ人実業家は顔を上げない。

 

「朝から失礼ですね」

 

「昨日より増えている」

 

「計算した結果です」

 

「減らせ」

 

「必要量を?」

 

「紙を!」

 

「紙なら分けました」

 

机の横。

 

もう一つ山があった。

 

ポーランド軍将校は椅子へ座った。

 

「何からだ」

 

「全部です」

 

「聞き方が悪かった。どこから手を付ける」

 

ユダヤ人実業家は一枚取った。

 

「燃料」

 

軍将校が嫌そうな顔をする。

 

「いきなり一番大きい物から行くな」

 

「一番大きいので」

 

「四年分備蓄か」

 

「しません」

 

軍将校が顔を上げた。

 

「しない?」

 

「四年分の航空燃料を買って置く場所がありません」

 

「では不足する」

 

「だから供給能力を用意します」

 

紙へ書く。

 

製油所との長期契約。

鉄道輸送枠。

タンク車。

分散貯蔵槽。

ドラム缶。

ポンプ。

ホース。

検査。

防火。

 

ポーランド軍将校が一覧を見る。

 

「燃料一つで多いな」

 

「液体は勝手に飛行場へ来ません」

 

「分かっている」

 

「では次」

 

「待て。貯蔵槽は全部WILKが持つのか」

 

「持ちません」

 

「誰が」

 

「軍。地方事業者。燃料会社。鉄道会社。場合によっては飛行場管理者」

 

「WILKは」

 

「契約と規格の一部」

 

軍将校が少し安心する。

 

ユダヤ人実業家が続けた。

 

「必要なら出資もします」

 

安心が消えた。

 

「必要なら、だな」

 

「必要なら」

 

元独立運動家が横から覗く。

 

「貯蔵所の人員は」

 

「別紙です」

 

軍将校が手を上げた。

 

「今は言うな」

 

「消防も」

 

「言うな!」

 

---

 

次。

 

タイヤ。

 

Bizonの大径低圧タイヤ。

 

すでに南部のゴム工場へ支援を入れている。

 

だが数が増えれば、完成タイヤだけでは足りない。

 

ゴム。

 

帆布。

 

加硫設備。

 

金型。

 

修理材。

 

再生。

 

検査。

 

輸送。

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「タイヤは備蓄だけでは解決しません」

 

元ドイツ軍技術者が頷く。

 

「古くなる」

 

「ですので、作り続けてもらいます」

 

ポーランド軍将校が聞く。

 

「軍用だけを?」

 

「いいえ」

 

実業家は即答した。

 

「民間も」

 

「なぜ」

 

「軍の注文だけで工場を生かすと、注文が減った時に死にます」

 

元独立運動家が言う。

 

「平時は農業車両、トラック、工業車輪」

 

「その方が人も残る」

 

元ドイツ軍技術者が付け加える。

 

「加硫設備も動く」

 

軍将校が資料を見る。

 

「つまり軍用予備能力を、民需の中へ隠す」

 

ユダヤ人実業家は首を振った。

 

「隠しません」

 

「では」

 

「食わせます」

 

軍将校が顔をしかめる。

 

「言い方を選べ」

 

「工場は注文を食べます」

 

「余計悪い」

 

---

 

発動機。

 

これはさらに面倒だった。

 

完成発動機。

 

シリンダー。

 

ピストン。

 

軸受。

 

点火装置。

 

油ポンプ。

 

燃料ポンプ。

 

ガスケット。

 

工具。

 

吊上装置。

 

輸送架。

 

木箱。

 

ポーランド軍将校が最後を見る。

 

「木箱?」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「発動機を裸で送るのか」

 

「箱など現地で」

 

「寸法が合わなければ固定できない」

 

「木だぞ」

 

「重い発動機だぞ」

 

「木工所へ頼め」

 

「だから書いてある」

 

軍将校がユダヤ人実業家を見る。

 

「木箱まで調達計画に入れるのか」

 

「入れます」

 

「国家航空戦力の予算に木箱」

 

「発動機を運ぶなら」

 

元独立運動家が笑う。

 

「そのうち釘も入るな」

 

ユダヤ人実業家は別紙を見る。

 

「入っています」

 

軍将校が天井を見た。

 

---

 

宿舎。

 

「これは航空部予算ではない」

 

ポーランド軍将校が先に言った。

 

元独立運動家が答える。

 

「全部そうする必要はない」

 

「では誰が」

 

「会社。自治体。軍。民間大家。協同組合」

 

「また分けるのか」

 

「一つへ押し付ける方が無理だ」

 

訓練拠点が増える。

 

教官が来る。

 

訓練生が来る。

 

整備員が来る。

 

その家族が来る場合もある。

 

空き家。

 

寮。

 

寄宿舎。

 

下宿。

 

仮設住宅。

 

既存宿舎増築。

 

「全部新築する必要はない」

 

元独立運動家は言った。

 

「使える物を使う」

 

ユダヤ人実業家が書き足す。

 

「長期賃貸」

 

「買わないのか」

 

「必要なら買う」

 

軍将校が嫌そうな顔をした。

 

「その言葉、便利だな」

 

「便利だから使います」

 

---

 

測定器。

 

元ドイツ軍技術者の顔つきが少し変わった。

 

「ここは削るな」

 

軍将校が即座に聞く。

 

「高い?」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「良い物は」

 

「中古は」

 

技術者が言った。

 

「使える」

 

軍将校が意外そうに見る。

 

「中古でいいのか」

 

「校正できるなら」

 

「新しい方が正確では」

 

「新しい物も確認する」

 

「では何が重要だ」

 

「基準」

 

測定器は新品でなくてもいい。

 

摩耗。

 

癖。

 

ずれ。

 

それを把握して使えるなら。

 

ただし、基準器まで怪しければ全部が崩れる。

 

「基準だけは良い物を」

 

ユダヤ人実業家が確認する。

 

「複数?」

 

「できれば」

 

「一か所保管では」

 

「駄目だ」

 

軍将校が笑った。

 

「お前がそれを言うと思った」

 

元ドイツ軍技術者は笑わない。

 

「一つしかない基準は、なくなった瞬間に伝説になる」

 

「伝説?」

 

「昔この寸法だったらしい、となる」

 

軍将校の笑いが消えた。

 

「それは困る」

 

「だから分ける」

 

---

 

昼までに、机の上の紙はさらに細かく分かれた。

 

買う物。

 

作る物。

 

作らせる物。

 

借りる物。

 

使用権だけ取る物。

 

国外へ置く物。

 

供給契約だけ結ぶ物。

 

今は買わない物。

 

平時民需で維持する物。

 

ポーランド軍将校は一覧を見る。

 

「全部持たないのか」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「全部持ったら会社が先に戦死します」

 

軍将校が止まった。

 

「会社に戦死を使うな」

 

「では破産」

 

「そちらでいい」

 

「意味は同じです」

 

「気分が違う」

 

元独立運動家が資料を持ってくる。

 

「学校も全部自前では無理だ」

 

「当然だ」

 

「既存校へ設備を入れる」

 

「良い」

 

「教師を支援する」

 

「良い」

 

「寄宿舎を」

 

軍将校が手を上げる。

 

「そこから先は金額を見てからだ」

 

ユダヤ人実業家が静かに言った。

 

「もう出ています」

 

軍将校の顔が固まった。

 

「いくら」

 

実業家は一枚渡した。

 

一九三五。

 

一九三六。

 

一九三七。

 

一九三八。

 

一九三九。

 

年ごとの必要額。

 

ポーランド軍将校は読む。

 

もう一度読む。

 

紙を裏返す。

 

裏は白い。

 

戻す。

 

「桁が一つ多くないか」

 

「三度確認しました」

 

「四度目をやれ」

 

「やりました」

 

「いつ!」

 

「今朝」

 

軍将校は椅子へ座り直した。

 

「これを航空部へ持っていくのか」

 

「全部ではありません」

 

少し安心する。

 

「軍負担分を分離します」

 

安心が消えた。

 

「どれくらい減る」

 

ユダヤ人実業家は別紙を出した。

 

軍将校が見た。

 

黙った。

 

「まだ多いな」

 

「はい」

 

「削れ」

 

「どこを」

 

軍将校は指を走らせる。

 

燃料。

 

削れない。

 

整備。

 

削れない。

 

教育。

 

削れない。

 

発動機。

 

削れない。

 

予備部品。

 

減らせるか。

 

元ドイツ軍技術者が見る。

 

「何日止めたい」

 

「削らん」

 

工具。

 

「共用できないか」

 

「一部は」

 

「減らせ」

 

「すでに減らしてあります」

 

宿舎。

 

「これは地方へ」

 

元独立運動家が言う。

 

「全部押したら来なくなる」

 

「分担!」

 

「それなら」

 

食堂。

 

軍将校の指が止まる。

 

「これだ」

 

元独立運動家が聞く。

 

「何を食わせる」

 

「基地の食堂が」

 

「増員分の席がない」

 

「増やせ」

 

「だから予算にある」

 

軍将校は手を離した。

 

「なぜ飛行機を増やすと椅子まで増える」

 

元独立運動家は当然のように答えた。

 

「人が座るから」

 

「分かっている!」

 

---

 

削れる物もあった。

 

新築予定の管理棟。

 

延期。

 

一部の倉庫。

 

新築から既存建物改修へ。

 

新品工作機械。

 

一部中古へ。

 

専用輸送車。

 

鉄道・民間輸送との契約へ。

 

完成品備蓄。

 

部品備蓄へ変更。

 

大規模集中倉庫。

 

複数の小規模倉庫へ。

 

ポーランド軍将校は少しだけ元気になった。

 

「減ったな」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「建設費は」

 

「総額は」

 

「輸送と契約管理が増えます」

 

元気が消えた。

 

「何をしても金がかかる」

 

「何もしなくても壊れれば金がかかります」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「壊れた後の方が高い」

 

軍将校は二人を見る。

 

「お前たち、本当に相性が良いな」

 

「褒め言葉ですか」

 

「違う」

 

---

 

午後。

 

ポーランド軍将校は、上官の部屋へいた。

 

机の上に例の予算案。

 

上官は最初のページを見る。

 

次。

 

次。

 

途中で止まる。

 

戻る。

 

また見る。

 

「これは航空部の予算か」

 

「はい」

 

「国家予算ではなく?」

 

「……はい」

 

上官はもう一度数字を見る。

 

「戦争を始める気か」

 

軍将校は少し迷った。

 

「始めないためにも必要だそうです」

 

上官が顔を上げる。

 

「誰が言った」

 

「WILKです」

 

「あそこか」

 

それだけだった。

 

軍将校は少し救われたような、余計に不安になったような顔をした。

 

上官は項目を見る。

 

「木箱」

 

「発動機輸送用です」

 

「食堂」

 

「人員増加」

 

「学校」

 

「教育能力拡張」

 

「宿舎」

 

「人が寝ます」

 

上官が軍将校を見る。

 

「最後の説明は必要か」

 

「私も同じことを言われました」

 

「タイヤ工場支援」

 

「軍用だけにすると平時に死ぬそうです」

 

「中古測定器」

 

「校正すれば使えます」

 

「国外保管」

 

「一部の図面・基準器・契約記録です」

 

上官の指が止まった。

 

「なぜ国外へ」

 

軍将校も止まる。

 

ここは言い方を選ぶ必要があった。

 

「国内事故・火災・政治的混乱への分散です」

 

「戦争ではなく?」

 

「戦争も含みます」

 

上官はしばらく黙った。

 

「削れそうな物は」

 

「管理棟」

 

「それだけか」

 

「装飾も」

 

「装飾?」

 

「新しい会議室の内装」

 

上官は顔をしかめた。

 

「最初から入れるな」

 

「WILK案ではありません」

 

「誰だ」

 

軍将校は答えなかった。

 

上官も聞かなかった。

 

しばらくして、予算案を閉じる。

 

「一つ一つ見ると必要だな」

 

「はい」

 

「全部まとめると狂って見える」

 

「はい」

 

「財務へ送れ」

 

軍将校の顔が引きつった。

 

「私が?」

 

「お前が持ってきた」

 

「WILKが」

 

「WILKを財務省へ入れるな」

 

「なぜです」

 

「話が増える」

 

軍将校は否定できなかった。

 

---

 

財務との会議は、その日の夕方に始まった。

 

最初の質問。

 

「航空機は何機増える」

 

「予定では」

 

数字を答える。

 

次。

 

「ではなぜ、この額になる」

 

ポーランド軍将校は紙を見る。

 

説明する。

 

飛行機。

 

予備機。

 

訓練機。

 

発動機。

 

工具。

 

人員。

 

教育。

 

宿舎。

 

燃料。

 

輸送。

 

倉庫。

 

地方工場。

 

測定器。

 

財務担当者は聞く。

 

「全部航空機ですか」

 

「違います」

 

「では航空予算ではない」

 

「航空機を飛ばすために要ります」

 

「学校も?」

 

「要ります」

 

「住宅も?」

 

「要ります」

 

「食堂も?」

 

軍将校は一瞬黙った。

 

「……人が食べます」

 

財務担当者は眼鏡を外した。

 

「知っています」

 

「私もそう言いました」

 

「誰に」

 

「WILKに」

 

財務担当者は眼鏡を戻した。

 

「あそこですか」

 

まただった。

 

「あそこ、で通じるのは何なんだ」

 

軍将校は小声で言った。

 

誰も答えなかった。

 

---

 

夜。

 

ポーランド軍将校はWILKへ戻った。

 

会議室。

 

ユダヤ人実業家はまだいた。

 

予算案。

 

赤字。

 

修正。

 

負担区分。

 

軍。

 

WILK。

 

地方自治体。

 

民間会社。

 

鉄道。

 

学校。

 

銀行。

 

保険。

 

国外契約。

 

さらに細かくなっている。

 

軍将校は椅子へ座った。

 

何も言わない。

 

実業家が聞く。

 

「どうでした」

 

「財務へ送られた」

 

「良いですね」

 

「どこが」

 

「審議されます」

 

「胃が痛い」

 

「食堂に牛乳があります」

 

軍将校が顔を上げた。

 

「私の胃にも時間をくれ!」

 

実業家は少し考えた。

 

「温めますか」

 

「そういう意味ではない!」

 

元独立運動家が隣の部屋から顔を出した。

 

「蜂蜜もあるぞ」

 

「帰れ!」

 

---

 

その日の最後。

 

ユダヤ人実業家は、一枚の紙を新しく作った。

 

表題。

 

必要物資取得方針。

 

その下へ、九つの欄。

 

所有。

製造。

外注。

中古。

賃借。

使用権。

供給契約。

国外分散。

民需転用。

 

全部を持つ必要はない。

 

全部を備蓄する必要もない。

 

全部を自分で作る必要もない。

 

だが、

 

必要になった時、

 

誰が作るのか。

 

どこから来るのか。

 

何で運ぶのか。

 

誰が直すのか。

 

何を代わりに使えるのか。

 

それだけは、今決めておく。

 

一九三五年。

 

まだ戦争ではない。

 

まだ工場はある。

 

まだ列車は走る。

 

まだ契約できる。

 

まだ国外へ金を動かせる。

 

まだ人を育てられる。

 

まだ選べる。

 

ユダヤ人実業家は、四年間の調達表を見た。

 

全部を揃えるには大きすぎる。

 

会社一社では到底無理だった。

 

だから彼は、最初のページへ戻り、一行書いた。

 

「全部を今すぐ、は無理です。」

 

少し間を置き、その下へ続けた。

 

「ですので、今から始めます。」

 

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