WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK技術部・航空発動機継続生産能力調査
一九三五年

調査対象。

完成発動機工場。
鋳造。
鍛造。
軸受。
点火装置。
燃料ポンプ。
油ポンプ。
ガスケット。
点火線。
測定器。
工具。
輸送架。
木箱。
洗浄。
試運転。
整備教育。

航空部は、

「国内発動機工場の防護強化」

を要望した。

技術部は、

「発動機工場だけ守っても発動機は作れない」

と回答した。

航空部は、

「発動機は発動機工場で作る」

と反論した。

技術部は、

「最後に組み立てる場所がそこなだけだ」

と回答した。

会議記録には、その後十二分間の議論が記載されていない。

理由。

書記が途中から部品一覧を書き写す作業へ回されたため。

---

ポーランド軍将校は、発動機工場の配置図を机へ広げた。

「防空設備を増やしたい」

元ドイツ軍技術者が見る。

工場。

試運転場。

倉庫。

鉄道引込線。

発電設備。

「良い」

軍将校が少し驚く。

「反対しないのか」

「しない」

「珍しいな」

「守れるなら守れ」

軍将校は安心した。

「では」

「ただし、それだけでは足りない」

安心が終わった。

「何だ」

元ドイツ軍技術者は完成発動機の図を一枚置いた。

「これを作る工場はいくつある」

「今見せた」

「違う」

「発動機工場だ」

「シリンダーは」

「工場内」

「全部?」

軍将校が止まる。

「一部は外注だ」

「軸受」

「外部」

「点火装置」

「外部」

「燃料ポンプ」

「外部」

「ガスケット」

「外部」

「点火線」

軍将校は嫌そうな顔をした。

「WILK」

「箱は」

「箱?」

「輸送箱」

「木工所」

「洗浄剤」

「化学会社」

「測定器」

「精密機器会社」

元ドイツ軍技術者は発動機工場の配置図をたたんだ。

「発動機工場だけ守って、何を組み立てる」

軍将校は答えなかった。



第120話 発動機を発動機工場だけで守るな

 

 

――WILK技術部・航空発動機継続生産能力調査

一九三五年

 

調査対象。

 

完成発動機工場。

鋳造。

鍛造。

軸受。

点火装置。

燃料ポンプ。

油ポンプ。

ガスケット。

点火線。

測定器。

工具。

輸送架。

木箱。

洗浄。

試運転。

整備教育。

 

航空部は、

 

「国内発動機工場の防護強化」

 

を要望した。

 

技術部は、

 

「発動機工場だけ守っても発動機は作れない」

 

と回答した。

 

航空部は、

 

「発動機は発動機工場で作る」

 

と反論した。

 

技術部は、

 

「最後に組み立てる場所がそこなだけだ」

 

と回答した。

 

会議記録には、その後十二分間の議論が記載されていない。

 

理由。

 

書記が途中から部品一覧を書き写す作業へ回されたため。

 

---

 

ポーランド軍将校は、発動機工場の配置図を机へ広げた。

 

「防空設備を増やしたい」

 

元ドイツ軍技術者が見る。

 

工場。

 

試運転場。

 

倉庫。

 

鉄道引込線。

 

発電設備。

 

「良い」

 

軍将校が少し驚く。

 

「反対しないのか」

 

「しない」

 

「珍しいな」

 

「守れるなら守れ」

 

軍将校は安心した。

 

「では」

 

「ただし、それだけでは足りない」

 

安心が終わった。

 

「何だ」

 

元ドイツ軍技術者は完成発動機の図を一枚置いた。

 

「これを作る工場はいくつある」

 

「今見せた」

 

「違う」

 

「発動機工場だ」

 

「シリンダーは」

 

「工場内」

 

「全部?」

 

軍将校が止まる。

 

「一部は外注だ」

 

「軸受」

 

「外部」

 

「点火装置」

 

「外部」

 

「燃料ポンプ」

 

「外部」

 

「ガスケット」

 

「外部」

 

「点火線」

 

軍将校は嫌そうな顔をした。

 

「WILK」

 

「箱は」

 

「箱?」

 

「輸送箱」

 

「木工所」

 

「洗浄剤」

 

「化学会社」

 

「測定器」

 

「精密機器会社」

 

元ドイツ軍技術者は発動機工場の配置図をたたんだ。

 

「発動機工場だけ守って、何を組み立てる」

 

軍将校は答えなかった。

 

---

 

ポーランド国内には、すでに航空発動機のライセンス生産能力がある。

 

WILKが今から発動機工場を一から作る話ではない。

 

むしろ逆だった。

 

既存の工場を止めないため、

 

その周囲にある小さな仕事を洗い出す。

 

元ドイツ軍技術者は一覧を作った。

 

完成発動機。

 

それを囲む。

 

シリンダー。

 

ピストン。

 

コンロッド。

 

軸受。

 

点火磁石。

 

点火線。

 

燃料系。

 

潤滑系。

 

ガスケット。

 

ボルト。

 

座金。

 

配管。

 

工具。

 

測定器。

 

試験装置。

 

吊上装置。

 

輸送架。

 

木箱。

 

防錆油。

 

洗浄。

 

布。

 

紙。

 

記録票。

 

「紙?」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「また紙か」

 

「発動機番号を書かないのか」

 

「書く」

 

「整備履歴」

 

「要る」

 

「試運転結果」

 

「要る」

 

「なら紙も要る」

 

軍将校は机へ肘をついた。

 

「航空戦力が印刷所で止まる日が来るのか」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「印刷所一つでは止まりません」

 

「安心した」

 

「用紙工場も止まれば困ります」

 

「そういう話をするな」

 

---

 

最初に調べたのは点火装置だった。

 

発動機は燃料だけでは回らない。

 

火が要る。

 

火を出す装置。

 

その装置へ電気を送る線。

 

以前、輸入不足をきっかけにWILKは点火線の国内生産へ踏み込んでいる。

 

元ドイツ軍技術者は在庫表を見た。

 

「何か月」

 

担当者が答える。

 

「現状使用量なら八か月」

 

「増産後」

 

「五か月」

 

「軍拡分を含めると」

 

担当者は計算する。

 

「三か月半」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「増やせ」

 

「何を」

 

「在庫」

 

ユダヤ人実業家が尋ねる。

 

「何年分」

 

軍将校は止まった。

 

第116話以来、この質問が嫌いになっていた。

 

「一年」

 

「保管劣化があります」

 

「半年」

 

「生産停止が半年を超えたら」

 

「では工場を増やせ」

 

元ドイツ軍技術者が首を振る。

 

「専用工場を?」

 

「必要なら」

 

「四年しかない」

 

軍将校が目を閉じた。

 

「またそれか」

 

「まだ四年だからな」

 

代わりに、

 

電線会社。

 

ゴム加工会社。

 

織布会社。

 

金属端子。

 

絶縁材。

 

それぞれへ小規模な生産能力を持たせる。

 

一社が全部を作らない。

 

「点火線一本で何社だ」

 

軍将校が聞いた。

 

ユダヤ人実業家が帳簿を見る。

 

「現状で六」

 

「増えるのか」

 

「七か八」

 

「一本だぞ!」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「発動機はもっと多い」

 

軍将校は聞かなかったことにした。

 

---

 

次。

 

軸受。

 

小さい。

 

高精度。

 

なくなると困る。

 

完成発動機一基に対し何個必要か。

 

交換用。

 

整備用。

 

不良。

 

寿命。

 

全て数える。

 

航空部の担当者が言った。

 

「軸受だけ大量備蓄すれば」

 

元ドイツ軍技術者が聞く。

 

「何型」

 

担当者が止まる。

 

「現在採用型」

 

「発動機変更後は」

 

「共通化を」

 

「全部できるか」

 

「難しい」

 

「なら作る能力を残す」

 

「精密設備が要る」

 

「だから既存企業を使う」

 

国内で鉄道。

 

自動車。

 

産業機械。

 

工作機械。

 

それらへ軸受需要がある。

 

航空機だけのための産業ではない。

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「平時市場があるのは良いですね」

 

「なぜ」

 

軍将校が聞く。

 

「戦争がなくても仕事があります」

 

元独立運動家が付け加える。

 

「人が残る」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「機械も動く」

 

軍将校が少し考えた。

 

「つまり、航空用だけの工場を増やすより」

 

「民需工場の精度を上げる」

 

「時間がかかる」

 

「だから一工程ずつだ」

 

まただった。

 

革命しない。

 

今ある物を少しずつ使えるようにする。

 

---

 

ガスケット。

 

軍将校は最初、重要性を理解しなかった。

 

「紙みたいな物だろう」

 

元ドイツ軍技術者がガスケットを一枚渡した。

 

「なら要らないか」

 

「要る」

 

「なぜ」

 

「漏れる」

 

「何が」

 

「油。燃料。空気」

 

「なら重要だ」

 

「最初からそう言っている」

 

ガスケット製造。

 

材質。

 

厚さ。

 

切断。

 

穴位置。

 

耐油。

 

耐熱。

 

保管。

 

湿気。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「こんな物まで規格化するのか」

 

「こんな物だからする」

 

「なぜ」

 

「高価な発動機が、安い部品一枚で止まる」

 

軍将校はガスケットを見る。

 

薄い。

 

軽い。

 

銃弾一発より安い。

 

「発動機工場を守っても」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「これがなければ出荷できない」

 

軍将校はガスケットを机へ置いた。

 

「嫌な会社だな」

 

「何が」

 

「小さい物ほど怖く見えてくる」

 

---

 

木箱も調査対象になった。

 

ポーランド軍将校は今回は反論しなかった。

 

ユダヤ人実業家が少し残念そうに言う。

 

「何も言わないのですか」

 

「言わん」

 

「前回はかなり」

 

「学習した」

 

元独立運動家が笑った。

 

「WILK式教育の成果だ」

 

「やめろ」

 

発動機輸送箱。

 

木材。

 

釘。

 

金具。

 

防湿。

 

固定具。

 

輸送架。

 

元ドイツ軍技術者は箱を蹴った。

 

「これも工場だ」

 

軍将校が聞く。

 

「木箱が?」

 

「発動機を壊さず移動させる工程だ」

 

工場から基地。

 

基地から修理所。

 

国外。

 

鉄道。

 

船。

 

トラック。

 

「箱が足りなければ」

 

「発動機は倉庫から出せない」

 

「むき出しで」

 

「お前が責任を取るなら」

 

「箱を作れ」

 

即答だった。

 

---

 

一週間後。

 

発動機生産能力地図が完成した。

 

ポーランド軍将校は壁に貼られた地図を見る。

 

最初に想像していたものと違う。

 

大きな発動機工場。

 

そこだけではない。

 

周囲。

 

地方都市。

 

鉄道沿線。

 

小工場。

 

倉庫。

 

学校。

 

検査所。

 

木工所。

 

繊維会社。

 

ゴム工場。

 

印刷所。

 

一見、航空機と無関係な点が線で結ばれている。

 

「これ全部、発動機か」

 

軍将校が聞いた。

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「発動機を作り続けるための場所だ」

 

「どこまで守る」

 

「全部は無理だ」

 

「では」

 

「なくなっても代わりがあるようにする」

 

軍将校が地図を見る。

 

赤い印。

 

単独供給。

 

黄色。

 

代替困難。

 

青。

 

複数供給。

 

「赤が多いな」

 

「今は」

 

「減らせるか」

 

「少しずつ」

 

「全部青に」

 

「無理だ」

 

軍将校が技術者を見る。

 

「珍しく夢を語らないな」

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「四年でできることを話している」

 

---

 

発動機工場側から反発も来た。

 

「外部へ工程を出しすぎれば品質が落ちる」

 

正しかった。

 

「部品会社が増えれば管理が難しい」

 

正しかった。

 

「航空用規格を理解していない工場がある」

 

正しかった。

 

「納入遅れが増える」

 

それも正しかった。

 

元ドイツ軍技術者は全部認めた。

 

工場責任者が困惑する。

 

「なら集中した方が」

 

「平時の最大効率なら」

 

「今は平時だ」

 

「今は」

 

責任者が黙る。

 

元ドイツ軍技術者は言った。

 

「全部外へ出せとは言っていない」

 

重要な精密工程。

 

最終組立。

 

試験。

 

品質判断。

 

そこは残す。

 

一方、

 

木箱。

 

洗浄。

 

一部配管。

 

点火線。

 

輸送架。

 

梱包。

 

単純加工。

 

前処理。

 

それらは外へ。

 

「発動機工場の人間を、発動機でしかできない仕事へ戻す」

 

責任者は表を見る。

 

「生産量は」

 

「最初は落ちるかもしれない」

 

「また最初か」

 

「最近よく言われる」

 

「いつ増える」

 

「分からん」

 

責任者が笑った。

 

「軍はそれで納得するのか」

 

少し離れたところでポーランド軍将校が言った。

 

「していない」

 

---

 

教育も分散した。

 

発動機工場でしか教えられなかった作業。

 

全部を移すのではない。

 

基礎。

 

締結。

 

配管。

 

点火。

 

漏れ確認。

 

交換。

 

模擬発動機を使う。

 

地方学校。

 

軍整備学校。

 

WILK。

 

実機は最後。

 

元独立運動家が言った。

 

「発動機工場へ訓練生を詰め込まなくてよくなる」

 

元ドイツ軍技術者が頷く。

 

「精密工が教育で止まらない」

 

ポーランド軍将校が聞く。

 

「でも実機経験は必要だろう」

 

「必要だ」

 

「なら最後は工場へ」

 

「全部ではない。部隊でもできる」

 

「教官がいる」

 

「育てる」

 

軍将校は何か言おうとしてやめた。

 

最近、答えが読めるようになってきた。

 

---

 

冬。

 

一つの小さな事故が起きた。

 

点火磁石の納入が遅れた。

 

原因。

 

製造工場の火災。

 

大火ではない。

 

一棟。

 

復旧見込み。

 

二週間。

 

以前なら完成発動機も二週間止まる。

 

今回は。

 

予備在庫。

 

既存民需向け会社の加工能力。

 

国外からの少量調達。

 

中古品の再整備。

 

四つを組み合わせた。

 

予定より遅い。

 

高い。

 

数量も少ない。

 

それでもゼロではない。

 

ポーランド軍将校が報告を読む。

 

「予定の六割」

 

「そうだ」

 

「以前なら」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「止まっていた」

 

軍将校は紙を見る。

 

「六割で喜ぶべきか」

 

「平時なら怒れ」

 

「今も平時だ」

 

「なら怒れ」

 

「でも止まらなかった」

 

「それは記録しておけ」

 

軍将校は少し笑った。

 

「喜ぶ理由を聞け、だったな」

 

元ドイツ軍技術者も少しだけ笑う。

 

「覚えていたか」

 

「嫌でも覚える」

 

---

 

その日の夕方。

 

発動機工場。

 

試運転台。

 

新しい発動機が回っている。

 

大きな音。

 

油。

 

熱。

 

振動。

 

誰が見ても、発動機を作っている場所だった。

 

だがその一基を作るため、

 

遠くで誰かが軸受を削った。

 

別の町で点火線を巻いた。

 

別の工場でガスケットを切った。

 

木工所で箱を作った。

 

鉄道員が運んだ。

 

学校で整備員を教えた。

 

検査所で基準器を見た。

 

印刷所で記録票を刷った。

 

一基の発動機は、

 

一つの工場ではできていなかった。

 

元ドイツ軍技術者は試運転台を見ながら言った。

 

「工場を守るのは大事だ」

 

ポーランド軍将校が隣で答える。

 

「珍しく普通のことを言うな」

 

「だが、工場だけ守るな」

 

軍将校は周囲を見る。

 

「どこまでが発動機工場だ」

 

技術者は少し考えた。

 

「発動機を止められる場所全部だ」

 

軍将校は嫌な顔をした。

 

「広すぎる」

 

「だから全部守れない」

 

「では」

 

「全部失わないようにする」

 

一九三五年。

 

ポーランドは発動機工場を持っていた。

 

WILKが作ったのは、

 

その工場ではなかった。

 

工場が一つ欠けても、

 

発動機をもう一度組み立てられるだけの、

 

周囲だった。

 

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