WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK航空部・五月国葬関連飛行要請検討記録
一九三五年五月

要請。

追悼飛行。
編隊通過。
軍用機展示。
地方飛行場からの参加。
予備機待機。

航空部は、

「国家的追悼に航空戦力を示す意義がある」

と説明した。

WILK技術部は、

「葬列の上を飛ぶな」

と回答した。

航空部は、

「事故を想定しているのか」

と質問した。

技術部は、

「飛行する以上、想定する」

と回答した。

航空部は、

「追悼行事である」

と再説明した。

技術部は、

「だから落とせない」

と回答した。

最終的にWILK機の参加規模は縮小された。

その代わり、

救護。
輸送。
臨時食料供給。
車両待機。
地方からの参列者輸送支援。

が増加した。

航空部会計担当者は、

「飛行を減らしたのになぜ経費が増える」

と質問した。

回答は、

「人が増えたため」

であった。


第121話 葬列の上を飛ぶな

 

五月十二日。

 

知らせは夜に来た。

 

ユゼフ・ピウスツキ元帥、死去。

 

ポーランド軍将校は、その紙を長く見ていた。

 

誰も急かさなかった。

 

会議室にいた五人のうち、最初に口を開いたのは元白軍将校だった。

 

「そうか」

 

それだけだった。

 

ポーランド軍将校は紙を机へ置く。

 

「ベルヴェデルで亡くなった」

 

元独立運動家が帽子を取った。

 

ユダヤ人実業家も立つ。

 

元ドイツ軍技術者は何も言わなかった。

 

窓の外。

 

工場は動いている。

 

旋盤。

 

鋸。

 

槌。

 

試運転中の発動機。

 

昨日と同じ音。

 

だが国は、昨日と同じではなかった。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「今日は終業を早める」

 

元独立運動家が頷く。

 

「食堂は残す」

 

「なぜ」

 

「遠方から来ている者がいる」

 

「そうか」

 

「学校も、子供を帰す時間をずらす。親が工場から戻る前に閉めるな」

 

軍将校は少しだけ笑った。

 

「こういう日にもそれか」

 

元独立運動家は答えた。

 

「こういう日だからだ」

 

---

 

翌朝。

 

軍から電話が来た。

 

追悼行事。

 

儀礼。

 

航空機。

 

ポーランド軍将校が受話器を置き、会議室へ戻る。

 

「飛ばしてほしいそうだ」

 

元ドイツ軍技術者が聞く。

 

「何を」

 

「航空機」

 

「分かっている。何機」

 

「まだ決まっていない」

 

「どこを」

 

「それも」

 

「高度」

 

「未定」

 

「時刻」

 

「式次第と合わせる」

 

技術者は眉を寄せた。

 

「決まってから来い」

 

軍将校がため息をつく。

 

「そう言える相手ではない」

 

「なら決めさせろ」

 

元白軍将校が聞いた。

 

「葬列の上か」

 

軍将校が資料を見る。

 

「可能性はある」

 

「飛ばすな」

 

即答だった。

 

今度は元ドイツ軍技術者と重なった。

 

軍将校が二人を見る。

 

「理由を聞こう」

 

技術者が先に答える。

 

「群衆」

 

「分かる」

 

「低高度」

 

「高くすれば」

 

「見えないと言われる」

 

「編隊」

 

「追悼だからな」

 

「低速」

 

「通過時間を合わせる」

 

「天候」

 

「当日判断」

 

「発動機故障」

 

軍将校が止まる。

 

「縁起でもない」

 

「発動機は葬式を知らない」

 

部屋が静かになった。

 

元ドイツ軍技術者は続けた。

 

「故障する日は選べない」

 

「整備する」

 

「する」

 

「予備機も」

 

「置く」

 

「なら」

 

「それでも故障する」

 

軍将校は反論しなかった。

 

彼自身、もうそれを知っている。

 

片発。

 

火災。

 

脚。

 

配管。

 

機械は壊れる。

 

問題は壊れた後に選択肢があるか。

 

いつものWILKの話だった。

 

ただ今回、機体の下にいるのは飛行場の整備員ではない。

 

国中から集まる人間だった。

 

「不時着場所は」

 

技術者が聞いた。

 

軍将校は地図を見る。

 

市街。

 

道路。

 

建物。

 

群衆。

 

「少ない」

 

「なら飛ばすな」

 

「国家行事だ」

 

元白軍将校が言った。

 

「国家行事だから人を潰していいのか」

 

「そうは言っていない」

 

「なら同じだ」

 

軍将校は椅子へ座った。

 

「何もしないわけにもいかん」

 

元独立運動家が言った。

 

「飛行機以外でやればいい」

 

四人が彼を見る。

 

「何だ」

 

「人が集まるんだろう」

 

「集まる」

 

「どれくらい」

 

「分からん」

 

「多い?」

 

「かなり」

 

「なら水が要る」

 

軍将校の顔が変わる。

 

嫌な予感。

 

「食料」

 

「待て」

 

「救護」

 

「待て」

 

「迷子」

 

「待て!」

 

ユダヤ人実業家が帳簿を開いた。

 

「臨時列車も増えるでしょう」

 

軍将校は頭を抱えた。

 

「なぜ追悼飛行から駅の話になった」

 

元独立運動家が答える。

 

「飛行機より人が多いから」

 

---

 

数日。

 

国全体が喪に入った。

 

工場の入口にも黒い布が掛けられた。

 

誰かに命令されたわけではない。

 

工員が持ってきた。

 

元軍人。

 

農村出身。

 

都市の若者。

 

ユダヤ人。

 

社会主義者だった者。

 

保守的な者。

 

ピウスツキを支持していた者。

 

嫌っていた者。

 

同じ工場にいる。

 

評価は同じではない。

 

だが、彼のいないポーランドを知る者は少なかった。

 

若い工員が言った。

 

「本当に死ぬんですね」

 

年長の工員が返す。

 

「人だからな」

 

「そういう意味では」

 

「分かっている」

 

二人とも、それ以上は言わなかった。

 

食堂でも声が小さかった。

 

新聞が回る。

 

一枚。

 

次の卓。

 

また次。

 

元独立運動家は工員名簿を見ながら、その様子を眺めていた。

 

支持。

 

反対。

 

そんな欄はない。

 

必要もない。

 

ただ、今日休みたい者。

 

式へ行きたい者。

 

地方へ戻る者。

 

家族と過ごしたい者。

 

それだけ調べた。

 

工場長が聞く。

 

「生産が遅れる」

 

「遅れる」

 

「軍需だぞ」

 

「だから?」

 

工場長が黙る。

 

元独立運動家は言った。

 

「今日無理に立たせても、手が動かない者はいる」

 

「何日休ませる」

 

「一日で戻る者もいる」

 

「戻らない者は」

 

「話を聞く」

 

「規則は」

 

「作れない」

 

工場長は名簿を見る。

 

「人間は面倒だ」

 

元独立運動家は頷いた。

 

「だから工場に要る」

 

---

 

追悼飛行の案は、まだ消えていなかった。

 

航空部。

 

軍。

 

地方部隊。

 

それぞれが案を出す。

 

Tur。

 

単発軍用機。

 

編隊。

 

WILKへは、Bizon試験機の参加まで求める声が出た。

 

ポーランド軍将校は、その紙を見た瞬間に言った。

 

「これは駄目だ」

 

元ドイツ軍技術者が顔を上げる。

 

「なぜ」

 

「お前が反対するからだ!」

 

「理由になっていない」

 

「なら聞け。試験機だ」

 

「そうだ」

 

「正式配備前だ」

 

「そうだ」

 

「群衆の上を飛ばす」

 

「馬鹿だな」

 

軍将校が机を叩いた。

 

「だから最初から言っている!」

 

元白軍将校が笑った。

 

数日ぶりだった。

 

軍将校も少し笑う。

 

だが紙は残る。

 

理由。

 

新しいポーランド航空技術の象徴。

 

国家再建の象徴。

 

軍近代化の象徴。

 

元ドイツ軍技術者は、その文章を読み終える。

 

「飛ばさない」

 

「技術的理由で?」

 

「それもある」

 

「他には」

 

技術者は紙を返した。

 

「死人の上で飛行機を売るな」

 

軍将校が黙った。

 

ユダヤ人実業家も帳簿から目を上げる。

 

「宣伝に見える、と」

 

「見えるかどうかではない」

 

「では」

 

「俺にはそう見える」

 

元ドイツ軍技術者はそれ以上説明しなかった。

 

Bizon。

 

新型。

 

高出力。

 

装甲。

 

新しい注文。

 

十二機。

 

会社にとって重要な機体だった。

 

だからこそ。

 

ここへ出すべきではなかった。

 

ユダヤ人実業家が書類を取る。

 

「経営部も反対します」

 

ポーランド軍将校が少し驚く。

 

「宣伝になるぞ」

 

「なります」

 

「国外武官も見る」

 

「見るでしょう」

 

「なら」

 

実業家は静かに答えた。

 

「商売をしない方が高く売れる日もあります」

 

軍将校が眉を寄せる。

 

「計算か」

 

「礼儀です」

 

少し間。

 

「礼儀を守る会社だと覚えてもらうことまで含めれば、計算ですが」

 

軍将校が天井を見る。

 

「最後まで黙っていれば格好良かった」

 

「仕事ですので」

 

---

 

代わりに、WILKへ別の仕事が来た。

 

地方から人が動く。

 

駅が混む。

 

宿が足りない。

 

食事。

 

水。

 

救護。

 

輸送。

 

元独立運動家の机が埋まった。

 

「航空機会社だぞ」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「知っている」

 

「飛行機を断った結果、何をしている」

 

「パンの数を数えている」

 

「なぜ」

 

「食べるから」

 

軍将校は反論しなかった。

 

もう何度目か分からない。

 

製パン部門。

 

乳製品。

 

冷蔵。

 

倉庫。

 

車両。

 

地方拠点。

 

それまで「なぜ航空機会社が」と笑われた物が、一度に使われる。

 

臨時のパン。

 

牛乳。

 

水。

 

医療用品。

 

毛布。

 

冷蔵車。

 

トラック。

 

元白軍将校が輸送表を見る。

 

「車両を全部一か所へ集めるな」

 

軍将校が即答する。

 

「知っている」

 

「帰路を」

 

「空けておく」

 

「故障車」

 

「予備」

 

「運転手」

 

「交代」

 

元白軍将校が止まった。

 

「成長したな」

 

「誰のせいだ!」

 

---

 

救護所。

 

医師だけでは足りない。

 

工場診療所から応援。

 

看護。

 

衛生。

 

担架。

 

WILK共通二輪台車。

 

元独立運動家が一台を見る。

 

「またこれか」

 

元白軍将校が取っ手を持つ。

 

「便利だ」

 

昨日まで部品を運んでいた。

 

今日は水。

 

必要なら担架。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「機関銃架でもあるな」

 

「今日は言うな」

 

「言ってみただけだ」

 

赤い医療袋。

 

黄色い食料袋。

 

緑の弾薬袋。

 

今日は緑を持ってこない。

 

誰かが言った。

 

「珍しいな」

 

返事。

 

「葬式だぞ」

 

それで終わった。

 

---

 

式の日。

 

WILKの空は静かだった。

 

完全に航空機が飛ばなかったわけではない。

 

軍の必要な連絡。

 

輸送。

 

警戒。

 

それらまで止める理由はない。

 

だが、WILKが自分から機体を見せるための飛行はしなかった。

 

格納庫。

 

Bizon試験機。

 

地上。

 

整備員が通常点検をしている。

 

若い工員が外を見る。

 

「飛ばさないんですね」

 

元ドイツ軍技術者が答える。

 

「飛ばさない」

 

「元帥なら、飛行機を喜んだのでは」

 

技術者は少し考えた。

 

「知らん」

 

「航空に理解が」

 

「死人の考えを便利に使うな」

 

若い工員が黙る。

 

強い言葉だった。

 

技術者は少しだけ声を落とした。

 

「生きているうちに聞けなかったことは、もう聞けん」

 

それだけだった。

 

---

 

ポーランド軍将校は国葬関連の任務へ出ていた。

 

人。

 

人。

 

人。

 

道路。

 

駅。

 

広場。

 

帽子。

 

旗。

 

黒布。

 

軍服。

 

喪服。

 

泣く者。

 

黙る者。

 

敬礼する者。

 

ただ立つ者。

 

彼は空を見上げた。

 

機影。

 

遠い。

 

高い。

 

自分たちのBizonではない。

 

少し安心した。

 

そのことに気づき、

 

さらに嫌な気分になった。

 

国家は一人の人間を送ろうとしている。

 

その時、自分は墜落の心配をしている。

 

だがそれが仕事だった。

 

隣の将校が言う。

 

「新型機を飛ばせば良かったのに」

 

ポーランド軍将校は答える。

 

「そうか」

 

「象徴になる」

 

「何の」

 

「新しいポーランドの」

 

軍将校は群衆を見る。

 

そして言った。

 

「今日は古いポーランドを送る日だ」

 

相手は何も返さなかった。

 

---

 

葬送が終わっても、仕事は終わらなかった。

 

人は帰る。

 

列車。

 

道路。

 

宿。

 

忘れ物。

 

倒れた者。

 

家族とはぐれた者。

 

元独立運動家のところには、迷子の記録まで来た。

 

ポーランド軍将校が戻り、それを見る。

 

「子供?」

 

「見つかった」

 

「親は」

 

「隣の記録」

 

「見つかった?」

 

「見つかった」

 

軍将校は椅子へ座る。

 

「よかった」

 

それだけ言った。

 

ユダヤ人実業家が費用を計算する。

 

軍将校は見ないようにした。

 

「飛行を減らしたのに」

 

実業家が言う。

 

「はい」

 

「金が増えているだろう」

 

「はい」

 

「言うな」

 

「まだ金額は」

 

「言うな」

 

元白軍将校が笑う。

 

元ドイツ軍技術者も少しだけ笑った。

 

工場に、いつもの音が戻り始めていた。

 

---

 

数日後。

 

会議室。

 

壁から追悼用の黒布は外された。

 

机。

 

書類。

 

注文。

 

生産。

 

教育。

 

発動機。

 

いつものWILK。

 

ただし、一つだけ違った。

 

ポーランド軍将校が新しい命令書を持っている。

 

「航空部から」

 

元ドイツ軍技術者が受け取る。

 

読む。

 

「前と違う」

 

「何が」

 

「署名」

 

軍将校が見る。

 

確かに違う。

 

元白軍将校が言った。

 

「人が死んだ」

 

「分かっている」

 

「なら署名も変わる」

 

「組織は続く」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「続き方が同じとは限りません」

 

軍将校が嫌そうな顔をする。

 

「今度は何だ」

 

元ドイツ軍技術者は命令書を机へ置いた。

 

内容自体は、以前とよく似ている。

 

増産。

 

教育。

 

予備品。

 

期限。

 

だが、

 

誰が命じたか。

 

誰が責任を取るか。

 

どこへ報告するか。

 

少しずつ変わっている。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「古い命令と同じつもりで読むな」

 

軍将校は紙を見る。

 

五月十二日まで存在した国。

 

五月十三日から存在する国。

 

国境は同じ。

 

旗も同じ。

 

軍も同じ。

 

工場も同じ。

 

だが、

 

一人の人間がいなくなったことで、

 

同じ書類の意味まで少しずつ変わり始めていた。

 

一九三五年五月。

 

ポーランドは元帥を送った。

 

WILKは、その頭上へ自分たちの新型機を飛ばさなかった。

 

代わりに、

 

パンを送り、

 

水を送り、

 

車を送り、

 

担架を置き、

 

人が帰れるようにした。

 

飛行機を作る会社としては、

 

ひどく地味な追悼だった。

 

だがWILKにとって、

 

人間を地上へ帰すことは、

 

飛行機を飛ばすことより、

 

ずっと昔から重要だった。

 

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