一九三五年六月
追加要求。
増加装甲。
追加弾薬。
長距離無線機。
大型写真機。
救急装備。
追加燃料槽。
爆弾搭載量増加。
予備酸素装置。
夜間照明。
航法装置。
海上救命装備。
航空部は、
「新発動機により搭載余裕が増加した」
と説明した。
技術部は、
「余裕は空いている場所ではない」
と回答した。
航空部は、
「重量上は搭載可能である」
と再説明した。
技術部は、
「全部載せれば、また余裕がなくなる」
と回答した。
軍側は、
「強くなった機体を強く使って何が悪い」
と質問した。
技術部は、
「強くなった分を全部使い切ること」
と回答した。
Bizonは強くなっていた。
新しい発動機。
以前より出力がある。
離陸。
上昇。
搭載。
片発時の余裕。
すべて少しずつ良くなった。
そして、
その少しずつを見た者は、
すべて欲しがった。
ポーランド軍将校は、追加要求書を机へ置いた。
「今度はこれだ」
元ドイツ軍技術者が読む。
一枚目。
装甲増加。
二枚目。
爆弾搭載量増加。
三枚目。
無線機強化。
四枚目。
写真偵察装備。
五枚目。
追加燃料。
六枚目。
救急搬送装備。
七枚目。
海上救命装備。
技術者は最後まで読み、
最初へ戻った。
「どれを載せる」
軍将校が答える。
「必要な物を」
「全部必要と書いてある」
「任務ごとにだ」
「ならよい」
軍将校が少し安心する。
「ただし」
安心が終わる。
「一機へ全部載せるな」
「載せん」
「本当に?」
軍将校は一瞬黙った。
「……要求書には、可能なら共通装備として常載と」
元ドイツ軍技術者が紙を机へ置く。
「始まったな」
「何が」
「強い機体を弱くする仕事」
---
最初の要求。
装甲。
操縦席。
観測員席。
燃料系。
発動機周辺。
少しずつ増やしたい。
元白軍将校は装甲板を叩いた。
「悪くない」
元ドイツ軍技術者が聞く。
「どこまで」
「重要箇所」
「全部重要と言われる」
軍将校が言った。
「実際、重要だ」
「なら全部囲うか」
「重くなる」
「そうだ」
装甲板。
一枚。
数十キロ。
二枚。
さらに。
固定具。
支持構造。
重心。
その分、燃料が減る。
爆弾が減る。
上昇が落ちる。
滑走距離が伸びる。
脚への負担が増える。
「装甲を増やせば生存率は上がる」
軍将校が言った。
元白軍将校が答える。
「当たればな」
「当たらないためには」
元ドイツ軍技術者。
「軽くして動け」
軍将校が二人を見る。
「どちらだ」
「任務による」
軍将校は天井を見た。
「またそれか」
---
次。
追加燃料。
航続距離。
滞空時間。
偵察。
哨戒。
遠距離輸送。
どれにも使える。
軍側は喜んだ。
「燃料を増やせば任務範囲が広がる」
元ドイツ軍技術者が答える。
「離陸重量も増える」
「発動機が強くなった」
「そのための余裕を全部燃料へ使うのか」
「必要なら」
「帰りは軽くなる」
「そうだ」
「行きは重い」
「そうだ」
「被弾した時は」
「燃料を捨てる」
「投棄設備が増える」
「付ける」
「配管も」
「付ける」
「弁も」
「付ける」
「重量も」
軍将校が止まる。
元ドイツ軍技術者は言った。
「燃料を増やすために、燃料を捨てる装置まで増える」
「安全のためだ」
「その安全装置にも重量がある」
「では燃料を増やすなと?」
「必要な任務だけ増やせ」
軍将校が表を見る。
長距離偵察。
海上哨戒。
輸送。
「この三つ」
「ならその型へ」
「型を増やすのか」
「装備を増やす」
「違いは」
「機体は同じ」
貨物レール。
配管接続。
電気接続。
固定具。
それらを共通にする。
必要な任務装備だけ載せる。
軍将校が言った。
「前にもやったな」
「何度でもやる」
「なぜ」
「何度でも全部載せたがるからだ」
---
写真機。
偵察には必要。
大型。
重い。
壊れやすい。
温度管理。
防振。
フィルム。
暗室。
元独立運動家が写真機を見て言った。
「これを爆撃機にも常載するのか」
軍側担当者が答える。
「偵察能力を持たせられる」
「爆撃任務で使う?」
「状況による」
元ドイツ軍技術者が聞く。
「写真員は」
「必要なら乗せる」
「いない時は」
「装置だけ」
「重りだ」
担当者が嫌な顔をした。
「戦場では任務変更がある」
「ある」
「なら装備があった方が」
「その場で任務が変わって、乗員まで増えるのか」
「基地へ戻れば」
「戻れるなら換装しろ」
担当者が黙る。
元独立運動家が言った。
「何でもできる機体を作ると、何でも載せたくなるな」
元ドイツ軍技術者が答える。
「一番危険な時期だ」
「開発初期ではなく?」
「成功した後だ」
---
無線機。
新型。
長距離。
強い。
大きい。
電力を食う。
発電機。
配線。
アンテナ。
予備部品。
無線員教育。
ポーランド軍将校は最初から嫌な顔をした。
「もう分かるぞ」
元ドイツ軍技術者が聞く。
「何が」
「無線機一台では終わらない」
「成長した」
「嬉しくない」
長距離無線機を載せる。
すると発電能力が要る。
電源系を強化。
重量増。
配線増。
火災箇所増。
整備増。
「それでも必要な任務はある」
軍将校が言った。
「ある」
「司令機」
「載せろ」
「長距離偵察」
「載せろ」
「通常爆撃」
「短距離用で足りるなら載せるな」
軍将校が少し考える。
「全部の機体へ同じ無線機を載せた方が整備は楽だ」
「そこは正しい」
「では」
「軽い方を標準にする」
「強い方ではなく?」
「必要な機体だけ強くする」
「部品種類が増える」
「増える」
「整備教育も」
「増える」
軍将校がため息をつく。
「何を選んでも増えるな」
「だから選ぶ」
---
救急装備。
これは元独立運動家が強く求めた。
担架。
酸素。
医療箱。
保温。
負傷者固定具。
床レール。
「これは残したい」
軍将校が言った。
元ドイツ軍技術者が聞く。
「常載?」
「できれば」
「爆撃機にも」
「帰りに負傷者を拾える」
元白軍将校が頷いた。
「良い」
技術者は救急装備を見る。
重量。
それほど大きくない。
ただし、
担架二つ。
酸素。
固定具。
場所。
貨物スペースを使う。
「最低限だけ常載する」
技術者が言った。
軍将校が驚く。
「認めるのか」
「固定具」
「担架は」
「折り畳み一つ」
「酸素」
「一式」
「もっと」
「救急任務なら換装」
元独立運動家が聞く。
「なぜここは少し残す」
技術者は答えた。
「帰りに使えるから」
軍将校が笑った。
「そこはWILKだな」
元ドイツ軍技術者は否定しなかった。
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機関銃。
弾薬。
これも増やしたい。
新発動機。
重量余裕。
固定四門。
さらに弾。
ポーランド軍将校が言う。
「撃てる時間が増える」
元白軍将校が聞く。
「何を撃つ」
「敵機」
「何分」
「状況による」
「その状況まで弾を運ぶのは誰だ」
軍将校が黙る。
弾薬は重い。
弾だけではない。
箱。
給弾。
固定。
薬莢。
冷却。
整備。
「重迎撃なら増やせ」
元白軍将校が言った。
「爆撃なら」
「必要分」
「輸送」
「減らせ」
「偵察」
「逃げる弾だけ」
ポーランド軍将校が少し笑った。
「逃げる弾とは何だ」
「帰るために撃つ弾だ」
「攻撃するためではなく?」
「生きて帰れば次も撃てる」
元ドイツ軍技術者が言った。
「弾薬量も任務装備にする」
軍将校が紙へ書く。
「また換装」
「まただ」
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問題は、
軍側の要求だけではなかった。
工場側も載せたがった。
新しい電装。
便利な工具。
予備部品。
追加計器。
整備員が言う。
「これも載せておけば現地で直せる」
操縦士。
「予備計器が欲しい」
無線員。
「予備送信機」
観測員。
「地図箱を大きく」
衛生担当。
「水を増やせ」
全員、理由がある。
全員、間違っていない。
全部載せると、
飛ばなくなる。
元ドイツ軍技術者は工場の床へ白線を引いた。
一つの区画。
「何ですか」
若い工員が聞く。
「余裕」
「空いています」
「空けておけ」
「何を載せる場所です」
「何も」
若い工員は理解できない顔をした。
「何も載せない場所?」
「そうだ」
「もったいない」
「それが余裕だ」
重量も同じ。
電力も。
燃料も。
冷却も。
人員も。
全部。
使わず残す。
若い工員が聞いた。
「余っているなら使えば」
技術者は首を振った。
「余っているのではない」
「では」
「困った時に使う分だ」
---
試験機で比較した。
第一案。
全部載せる。
増加装甲。
追加燃料。
長距離無線。
大型写真機。
救急装備。
追加弾薬。
海上救命装備。
離陸。
できる。
上昇。
する。
速度。
落ちる。
航続。
燃料分は増える。
ただし重量増で伸び幅は小さい。
片発。
高度維持困難。
操縦。
重い。
着陸。
速い。
脚負担。
増加。
元ドイツ軍技術者は試験票を見る。
「飛んだ」
ポーランド軍将校が答える。
「飛んだな」
「だから一番危ない」
軍将校が顔を上げる。
「墜落しなかったぞ」
「飛べるから採用したくなる」
「性能は」
「全部少し悪い」
「全部できる」
「全部中途半端に」
軍将校は機体を見る。
見た目は強い。
装甲。
弾。
燃料。
無線。
写真。
救急。
何でもある。
「便利そうだ」
軍将校が言った。
元ドイツ軍技術者が答える。
「倉庫も便利だ」
「飛ばないが」
「だから倉庫に翼を付けるな」
---
第二案。
爆撃装備。
必要装甲。
必要弾薬。
標準無線。
爆弾。
最低限救急。
飛行。
軽い。
第三案。
偵察。
大型写真機。
追加燃料。
長距離無線。
爆弾なし。
装甲減。
第四案。
救急。
担架。
酸素。
医療。
武装最低限。
第五案。
重迎撃。
弾薬増。
無線。
装甲。
爆弾なし。
第六案。
海上哨戒。
燃料。
無線。
救命装備。
対潜装備。
それぞれ違う。
機体は同じ。
整備員が言った。
「管理が増えます」
元ドイツ軍技術者が答える。
「だから色と番号を付ける」
「またですか」
「まただ」
装備一式。
台車。
固定具。
配線。
配管。
点検表。
任務別にまとめる。
爆撃一式。
偵察一式。
救急一式。
迎撃一式。
哨戒一式。
「一晩で換装できますか」
軍将校が聞く。
工場長が答える。
「内容によります」
「何時間」
数字を出す。
軽い変更。
数時間。
大きい変更。
半日。
場合によって一日。
軍将校が言った。
「遅い」
元ドイツ軍技術者が答える。
「全部常載より速い」
「何が」
「墜落から戻るより」
軍将校は何も言わなかった。
---
航空部から反論が来た。
「戦況により、予定外任務が発生する」
正しい。
「基地で換装できない場合がある」
正しい。
「必要装備が届かない場合がある」
正しい。
元ドイツ軍技術者は全部認めた。
だから、
完全な専用化もしない。
最低限の共通装備。
標準無線。
最低限武装。
最低限救急。
共通固定具。
共通配線接続。
共通床レール。
そこまでは全機。
その先は任務別。
ポーランド軍将校が聞いた。
「万能機ではない?」
技術者が答える。
「万能に変われる機体だ」
「言葉遊びに聞こえる」
「全部載せる万能機と、必要な物へ変われる機体は違う」
「どちらが強い」
「その日の任務に合う方」
---
一か月後。
Bizon装備表が正式に改訂された。
標準装備。
任務装備。
追加装備。
緊急追加。
搭載禁止組合せ。
最後の欄でポーランド軍将校が止まる。
「搭載禁止?」
元ドイツ軍技術者が答える。
「そうだ」
「重量内でも?」
「重量内でも」
「なぜ」
「重心」
「他には」
「電力」
「他には」
「冷却」
「他には」
「乗員動線」
「他には」
「緊急脱出」
軍将校が紙を見る。
「載るのに載せてはいけない物がある」
「ある」
「軍は嫌がるぞ」
「知っている」
実際、嫌がった。
「現場判断を縛る」
「現場で全部載せる方を縛る」
「必要なら」
「必要な理由を書け」
「緊急時に書類?」
元白軍将校が言った。
「緊急時は載せろ」
軍将校が驚く。
「良いのか」
「後で記録しろ」
「なぜ」
「次も同じ緊急事態なら、最初から装備表へ入れられる」
元ドイツ軍技術者が頷く。
「例外を例外のまま放置するな」
---
夏。
十二機のBizonは、少しずつ完成へ近づいていた。
同じ機体。
だが、
完全に同じ姿では使われない。
ある機体は爆弾を積む。
ある機体は写真機。
ある機体は担架。
ある機体は追加燃料。
ある機体は弾薬。
必要なら翌日には変わる。
一人の若い軍人が機体を見て言った。
「結局、何の飛行機なんです」
ポーランド軍将校が答えようとして止まる。
以前なら、
爆撃機。
偵察機。
輸送機。
どれかを言った。
今は違う。
元ドイツ軍技術者が答えた。
「帰ってくるために、必要な仕事をする飛行機だ」
若い軍人は余計分からない顔をした。
軍将校が笑った。
「もう少し軍人向けに言え」
技術者は少し考える。
「双発多用途機」
「最初からそれでいい」
---
夕方。
試験飛行から一機が戻った。
新発動機。
軽い装備。
着陸。
操縦士が降りる。
「楽でした」
元ドイツ軍技術者が聞く。
「何が」
「余裕があります」
「何を載せた」
「必要分だけ」
「足りなかったか」
「いいえ」
「なら、そのままにしろ」
ポーランド軍将校が機体を見る。
何も載っていない場所。
使っていない重量。
余った電力。
余った上昇力。
以前なら、
もったいないと思った。
今は少し違う。
「これも装備か」
軍将校が聞いた。
元ドイツ軍技術者が見る。
「何が」
「余裕」
技術者は少しだけ笑った。
「一番高い装備だ」
「金を払って何も載せない」
「そうだ」
「財務が怒るぞ」
「乗員が帰れば説明させろ」
軍将校も笑った。
一九三五年。
Bizonは強くなった。
だからWILKは、
強くなった分だけ何かを載せることをやめた。
火力。
燃料。
装甲。
装備。
そのどれにも変えず、
一部を余裕のまま残した。
余裕は、
平時の性能表では空欄だった。
だが、
壊れた時。
逃げる時。
予定が変わった時。
その空欄だけが、
人間へ次の選択肢を渡すことがあった。