WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド共和国外務省・航空技術交流に関する照会書
一九三五年

友好国との軍事・航空技術交流促進の一環として、WILK製双発機Bizon一機を評価目的にて貸与する案が提出された。

貸与機は現行量産仕様から一部装備を変更し、当該国における飛行性能、整備性、運用適応性について共同評価を実施する。

なお、本件は輸出契約ではない。

友好関係強化を目的とするものである。


第124話 友好だから貸せ

 

「嫌だ」

 

元ドイツ軍技術者は書類を半分も読まずに言った。

 

ポーランド軍将校が顔を上げた。

 

「まだ国名すら言っていない」

 

「機体を国外へ出す話だろう」

 

「なぜ分かった」

 

「一行目に友好と書いてある」

 

机の反対側で、ユダヤ人実業家が書類を受け取った。

 

「ルーマニアですね」

 

「そうだ」

 

ポーランド軍将校は椅子へ座り直した。

 

「政府としては悪い話ではない。軍事同盟国との関係強化にもなる。向こうには航空産業もある。共同評価という名目も立つ」

 

「だから嫌だ」

 

元ドイツ軍技術者は繰り返した。

 

元白軍将校が煙草を指の間で転がした。

 

「最新機か?」

 

「一機だけだ」

 

「質問に答えろ」

 

ポーランド軍将校は少し黙った。

 

「……現行型を希望されている」

 

「嫌だ」

 

三度目だった。

 

元独立運動家が笑った。

 

「今回は早いな」

 

「機体を一機渡すだけではない」

 

元ドイツ軍技術者は書類を指で叩いた。

 

「発動機架を見る。配管を見る。脚を見る。貨物架を見る。整備口を見る。部品番号を見る。どこを外せば何が交換できるかを見る」

 

「見せるための評価機だ」

 

「だから嫌だと言っている」

 

ポーランド軍将校は額を押さえた。

 

「国家間の外交だぞ」

 

「機械は外交を理解しない」

 

「そういう話ではない」

 

「こちらはそういう話をしている」

 

元白軍将校が口を挟んだ。

 

「貸すこと自体は決まっているのか」

 

「ほぼ」

 

「なら、嫌だと言っても来月には飛んでいる」

 

「たぶんな」

 

「では条件を決めろ」

 

元ドイツ軍技術者が彼を見た。

 

「お前まで」

 

「国は機械を持っていく。止められないなら、壊され方を選べ」

 

数秒の沈黙があった。

 

ユダヤ人実業家が新しい紙を取り出した。

 

「では契約にしましょう」

 

「外交案件だぞ」

 

「なおさらです」

 

筆記具の先が紙へ落ちた。

 

「第一。最新発動機は搭載しない」

 

ポーランド軍将校が眉を上げた。

 

「旧型を?」

 

「飛ぶ」

 

「飛ぶが」

 

「評価には十分だ」

 

元ドイツ軍技術者が続けた。

 

「現行武装の一部も外す。照準装置も最新型は渡さない。交換部品は試験に必要な数量だけ」

 

ユダヤ人実業家が書く。

 

「改造は?」

 

元白軍将校が尋ねた。

 

「禁止するか?」

 

技術者は少し考えた。

 

「……いや」

 

全員が彼を見た。

 

「発動機は交換してよい」

 

ポーランド軍将校が驚いた。

 

「いいのか?」

 

「その代わり全部記録させろ」

 

「全部?」

 

「重量。架台。配管。プロペラ。冷却。振動。飛行時間。故障。外した部品。壊れた部品」

 

ユダヤ人実業家の口元が少し上がった。

 

「貸与料の代わりに試験資料を取りますか」

 

「貸与料も取れ」

 

「友好ですので」

 

「友好だから安くしろ。無料にするな」

 

「分かりました」

 

ポーランド軍将校が小さく息を吐いた。

 

「外交官が泣くぞ」

 

「壊したあとに我々が泣くよりいい」

 

---

 

三日後、貸与機が決まった。

 

初期生産のBizon一機。

 

機体構造は現行型に近い。

 

発動機は一世代前。

 

一部装備を省略し、試験用計器を追加した。

 

機体の横には、交換部品と工具箱が並べられた。

 

さらにその横に、小さな車輪の付いた台車が置かれていた。

 

外務省から来た担当官が、それを見て止まった。

 

「これは?」

 

「共通整備台車です」

 

WILKの整備員が答えた。

 

「これも送るのか?」

 

「標準装備です」

 

担当官は台車を一周した。

 

見た目はどう見ても、少し頑丈に作った猫車だった。

 

「何を運ぶ」

 

「機関銃。工具。交換部品。貨物」

 

「全部?」

 

「上を交換します」

 

整備員は荷台を固定していた二本のピンを抜いた。

 

荷台が持ち上がった。

 

下から共通の取付部が現れた。

 

横に置いてあった別の上物を載せる。

 

二本の支柱と、その間に大きな締付具が付いていた。

 

担当官は首を傾げた。

 

「これは?」

 

「機関銃架です」

 

「……台車では?」

 

「台車です」

 

「銃架にもなるのか」

 

「なります」

 

整備員は古い十一ミリ機関銃を運んできた。

 

固定部には黒いゴム板が貼られていた。

 

銃の機関部を傷めない位置へ置き、左右の締付具を回す。

 

固定された。

 

「専用金具ではないのか」

 

「挟めれば使えます」

 

担当官はしばらく黙った。

 

「十一ミリ専用では?」

 

「違います」

 

「七・七ミリは?」

 

「挟めれば」

 

「軽機関銃は?」

 

「挟めれば」

 

「……ライフルは?」

 

整備員が嫌そうな顔をした。

 

「挟めますが、やめてください」

 

「なぜ」

 

「その質問をした人間が、だいたい次に試すからです」

 

元ドイツ軍技術者が遠くから声を上げた。

 

「銃を直接締めるな!」

 

担当官が振り返った。

 

「直接?」

 

「ゴムを使え。なければ革。革もなければ厚い布だ。金属同士で締めるな」

 

「ゴム板は標準で付いているようだが」

 

「無くす奴がいる」

 

「なるほど」

 

「納得するな」

 

整備員が銃架の横のねじを緩めた。

 

機関銃が上を向いた。

 

担当官の目が細くなった。

 

「仰角も?」

 

「取れます」

 

「対空射撃は」

 

元ドイツ軍技術者が歩いてきた。

 

「その質問もするな」

 

「できるのか?」

 

「できることと、やっていいことは違う」

 

「できるんだな」

 

技術者は答えなかった。

 

---

 

ルーマニアへの貸与機は、工具、交換部品、整備資料、共通整備台車二台とともに送り出された。

 

WILK側から技術者と整備員も同行した。

 

現地で最初に囲まれたのは当然Bizonだった。

 

ルーマニア側の航空技術者たちは主翼を見て、発動機を見て、脚を見た。

 

試験飛行では特別な驚きはなかった。

 

速い。

 

だが驚くほどではない。

 

頑丈そうだ。

 

だが重い。

 

操縦性は素直。

 

片発時の上昇は期待するほどではない。

 

一人の技術者が報告書へ書いた。

 

『性能上、突出した点は認められない。実用性を重視した設計と推定される。』

 

翌日。

 

別の技術者が発動機架を見つけた。

 

「これは外せるのか?」

 

WILK技術者が答えた。

 

「はい」

 

「発動機ごと?」

 

「はい」

 

「別の発動機を載せられる?」

 

「重量と重心と冷却を見れば」

 

「我々の発動機でも?」

 

「架台を作れば」

 

ルーマニア側の技術者が振り返った。

 

「架台を作ろう」

 

WILK技術者が止めた。

 

「まだ試験二日目です」

 

「だからだ」

 

「何がだからなんだ」

 

---

 

一週間後。

 

Bizonは格納庫の中で発動機を一基外されていた。

 

WILK技術者は腕を組んで見ていた。

 

「友好とは何だ」

 

ルーマニア技術者が答えた。

 

「共同研究だ」

 

「昨日まで評価と言っていた」

 

「評価した」

 

「一週間で?」

 

「次は研究だ」

 

その横を、例の共通整備台車が通った。

 

機関銃ではなく、外した配管と工具が載っていた。

 

さらにもう一台。

 

こちらには弾薬箱が載っていた。

 

「待て」

 

WILK技術者が止めた。

 

「その台車、今日は何に使っている」

 

ルーマニア整備員が答えた。

 

「弾薬」

 

「昨日は?」

 

「工具」

 

「銃架は?」

 

「午後に使う」

 

「何に」

 

「七・九二ミリ」

 

「……載ったのか」

 

「挟めた」

 

技術者は目を閉じた。

 

「ゴム板は」

 

「使った」

 

「ならいい」

 

そこだけは譲らなかった。

 

---

 

一か月後、ワルシャワ。

 

ポーランド軍将校がルーマニアから届いた報告書を持って会議室へ入った。

 

「評価結果が来た」

 

元ドイツ軍技術者が手を出した。

 

最初の数枚はBizonだった。

 

飛行時間。

 

離着陸回数。

 

発動機温度。

 

燃料消費。

 

片発飛行。

 

荒れた地面での走行。

 

発動機架の換装試験。

 

現地発動機搭載のための予備計算。

 

「悪くない」

 

技術者が言った。

 

「むしろかなり良い」

 

ポーランド軍将校が続けた。

 

「追加貸与の相談もある」

 

「Bizonか?」

 

「いや」

 

紙を一枚渡した。

 

元ドイツ軍技術者が読んだ。

 

もう一度読んだ。

 

「……二十台?」

 

「二十台」

 

「何を?」

 

「共通整備台車」

 

「なぜだ」

 

「機関銃運搬、弾薬運搬、工具運搬、地上銃架として便利だそうだ」

 

「飛行機は?」

 

「評価継続中」

 

ユダヤ人実業家が身を乗り出した。

 

「値段はいくらで出せます?」

 

「そこに食いつくな」

 

「飛行機より数が出ます」

 

「航空機会社だぞ」

 

元独立運動家が報告書を覗いた。

 

「民間にも売れるな」

 

「お前まで何を言っている」

 

「荷台を付ければ普通の台車だろう」

 

「元から普通の台車だ!」

 

少し間があった。

 

ポーランド軍将校が静かに言った。

 

「なら問題ないな」

 

元ドイツ軍技術者は答えなかった。

 

---

 

その日の午後。

 

外務省から新しい書類が届いた。

 

英国。

 

航空技術交流を目的としたBizon評価貸与についての照会。

 

その下に別紙。

 

別の国からも同様の照会。

 

ポーランド軍将校は書類を机へ置いた。

 

誰もすぐには読まなかった。

 

元白軍将校が言った。

 

「一機出したからだ」

 

ユダヤ人実業家が頷いた。

 

「前例になりました」

 

元独立運動家が笑った。

 

「外交だな」

 

元ドイツ軍技術者は天井を見た。

 

「最新機は出さんぞ」

 

「旧型発動機で」

 

「武装も減らす」

 

「記録は全部返させます」

 

「猫車は?」

 

一瞬、全員が黙った。

 

ポーランド軍将校が答えた。

 

「標準装備だろう?」

 

元ドイツ軍技術者は顔を覆った。

 

「……二台までだ」

 

---

 

一九三五年末。

 

WILK共通整備台車の製造手順書に、一行が追加された。

 

製造国。

 

材質。

 

車輪径。

 

保護材。

 

上部架台の形状。

 

いずれも現地事情に応じ変更してよい。

 

ただし、フレーム側面の見える位置へ、

 

  W

 

の刻印を施すこと。

 

理由は記されていなかった。

 

特許でもなかった。

 

料金もなかった。

 

ただ、それだけは残された。

 

同じ頃、ルーマニアでは新しい台車が二十台作られていた。

 

そのうち十二台が航空隊へ。

 

六台が陸軍へ。

 

二台が食料と湯を運んでいた。

 

WILKはまだ知らなかった。

 

最後の二台が、一番長く使われることになる。

 

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