一九三六年初頭
ポーランド共和国との航空技術交流の一環として、WILK製双発多用途機Bizon一機を受領。
受領機は旧型発動機搭載の評価仕様。
武装の一部および一部軍用装備は撤去済み。
付属品として以下を確認。
交換部品。
工具。
整備資料。
共通整備台車二台。
貸与期間、六か月。
返却予定日については双方合意済み。
「六か月だな」
元ドイツ軍技術者が言った。
「六か月です」
ユダヤ人実業家が契約書を確認した。
「延長には双方の合意が必要です」
「書いてあるな」
「書いてあります」
「では返ってくる」
ポーランド軍将校が妙な顔をした。
「なぜ二人とも、そんなに確認する」
元白軍将校が答えた。
「英国だからだろう」
「どういう意味だ」
「知らん」
「なら言うな」
貸与するBizonは、ルーマニアへ送った機体とほぼ同じ条件だった。
最新発動機は使わない。
最新装備も外す。
ただし機体構造そのものは隠さない。
評価する以上、そこまで隠せば意味がない。
そして今回も二台の共通整備台車が付いた。
元ドイツ軍技術者は、そのうち一台のフレームを指でなぞった。
小さく、
W
が刻印されている。
「こっちは?」
整備員がもう一台を見せた。
「あります」
「ゴム板」
「あります」
「予備」
「六枚」
「銃架」
「一組」
「なぜ一組だけだ」
「二組入れると、また何か始めるので」
技術者は少し考えた。
「……正しい」
ポーランド軍将校が聞いた。
「何が始まる」
誰も答えなかった。
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英国側のBizonに対する第一印象は、平凡だった。
悪くない。
むしろ良い。
だが、英国が今後欲しがる航空機の姿そのものではなかった。
速度は十分。
安定性も良い。
脚は頑丈。
整備もしやすい。
しかし、突出した数字はない。
試験担当者の最初の記録には、
『極めて実用的であるが、性能上の新奇性は限定的』
と書かれた。
WILKから同行した技術者は、それを読んで安心した。
「よかった」
英国人が聞いた。
「何が?」
「欲しがられない」
「失礼な」
「返してもらえる」
英国人は笑った。
この時点では。
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三週間後。
英国側の整備員が、発動機架を外していた。
WILK技術者が格納庫へ入って止まった。
「何をしている」
「確認です」
「何を」
「交換手順を」
「飛行試験中だろう」
「整備性評価も含まれています」
「戻せ」
「もちろん」
翌日には戻っていた。
その翌週、また外されていた。
「今度は何だ」
「別の発動機寸法を確認しています」
「載せる気か」
「可能性を評価しているだけです」
「どの発動機だ」
「いくつか」
「いくつだ」
英国人は答えなかった。
WILK技術者は嫌な予感がした。
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一か月後。
Bizonの片側には、元の発動機が載っていなかった。
「おい」
「はい」
「これは何だ」
英国側の技術者は機嫌が良かった。
「英国製です」
「見れば分かる」
「載りました」
「なぜ載せた」
「載るか確認するためです」
「確認なら寸法を測れ」
「飛ばした方が確実です」
「飛ばしたのか」
「昨日」
「昨日?」
「問題ありませんでした」
WILK技術者は機体を見た。
発動機架。
カウリング。
配管。
プロペラ。
すべて英国側で作られている。
雑ではない。
むしろかなり丁寧だった。
「振動は?」
「許容範囲」
「重心」
「調整済み」
「温度」
「記録しました」
「全部寄越せ」
英国人が笑った。
「その条件でしたね」
WILK技術者は資料を受け取った。
「……次はないぞ」
「もちろん」
三週間後、次が載った。
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同じ頃。
付属していた共通整備台車も、別の場所へ移されていた。
最初はBizonの交換部品を運んでいた。
次に工具。
その次に英国製発動機の部品。
そしてある日。
WILK技術者は、見覚えのない機関銃が載っているのを見つけた。
「外せ」
英国整備員が振り返った。
「なぜ?」
「うちの銃ではない」
「固定できます」
「そういう問題ではない」
銃架の万力部分には、標準のゴム板が入っていた。
固定位置も悪くない。
「ゴムを使ったか」
「使いました」
「締めすぎてないか」
「確認しました」
「……ならいい」
言ってから気付いた。
英国整備員が笑った。
「許可をいただきました」
「違う」
「記録しました」
「そういう問題でもない」
翌日。
別の銃が載っていた。
さらに翌週。
台車そのものが増えていた。
WILK技術者は数えた。
一。
二。
三。
四。
五。
「……二台しか送っていない」
英国側担当者が答えた。
「試験用複製です」
「三台も?」
「用途ごとに必要でした」
「何の用途だ」
「こちらが部品」
一台。
「こちらが工具」
一台。
「こちらが銃架」
一台。
「こちらは予備」
一台。
「最後は?」
英国人が少し考えた。
「現在検討中です」
「使い道を決めてから作れ」
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ワルシャワへ報告が届いた。
元ドイツ軍技術者は、まずBizonの試験内容を読んだ。
発動機換装。
プロペラ試験。
振動測定。
冷却系変更。
片発時操縦。
離着陸。
脚への負荷。
「……よく飛ばしているな」
ポーランド軍将校が言った。
「評価熱心なんだろう」
「熱心すぎる」
「資料は来ている」
「それは良い」
「猫車も増えたそうだ」
技術者の手が止まった。
「何台」
「五台」
「送ったのは二台だ」
「英国で三台作った」
「許可したか?」
ユダヤ人実業家が答えた。
「製造自体は認めています。W刻印を条件に」
「刻印は?」
「全部あります」
元ドイツ軍技術者は少し黙った。
「なら……まあいい」
ポーランド軍将校が笑った。
「そこはいいのか」
「約束を守っている」
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六か月が近づいた。
WILK本社では、返却後の整備予定まで組まれた。
発動機を外す。
主翼付根を検査する。
脚を分解する。
配管を交換する。
英国で行われた改造部を確認する。
「戻ったら一か月は飛ばせないな」
元ドイツ軍技術者が言った。
「飛ばされすぎた」
ユダヤ人実業家が郵便を持って入ってきた。
「英国からです」
「返却日か」
「返却についてです」
書類が開かれた。
数秒。
「……何と書いてある」
ポーランド軍将校が尋ねた。
ユダヤ人実業家が読み上げた。
「現在進行中の発動機比較試験および構造評価の完了に追加期間を要するため、貸与期間を六か月延長したい」
元ドイツ軍技術者が目を閉じた。
「断れ」
「試験資料は全て提供するそうです」
「…………」
「さらに発動機二種類について比較結果を提出すると」
「…………」
「脚の耐久試験も」
「……六か月だ」
ポーランド軍将校が笑った。
「延長するのか」
「六か月だけだ」
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さらに六か月後。
また書類が来た。
元ドイツ軍技術者は、開封前に言った。
「読まなくていい」
「しかし」
「延長だろう」
ユダヤ人実業家が確認した。
「延長です」
「理由は」
「新しい発動機試験」
「何種類目だ」
「四種類目」
「……英国人はBizonを何だと思っている」
元白軍将校が答えた。
「壊れない実験台」
「壊れる」
「まだ壊れていない」
「だから困っている」
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さらに別紙があった。
ポーランド軍将校が読んだ。
「追加貸与希望」
元ドイツ軍技術者が睨んだ。
「何を」
「Bizon一機」
「断れ」
「比較試験用」
「今ある一機と何を比較する」
「原型状態の機体が必要だそうだ」
「原型を弄ったのは誰だ」
誰も答えなかった。
「猫車も十台」
「そっちは売れ」
「即答だな」
「飛ばないからな」
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英国へ二機目のBizonが送られた。
条件は前より厳しくなった。
貸与期間。
改造記録。
交換部品。
事故報告。
発動機換装時の構造確認。
第三者への再貸与禁止。
そして最後に一行。
返却予定日は、予定日である。
ポーランド軍将校が読んだ。
「何だこれは」
ユダヤ人実業家が答えた。
「元ドイツ軍技術者が入れろと」
「意味がないだろう」
「本人も分かっています」
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英国では、一号機の横へ二号機が並べられた。
英国側技術者が二機を見比べた。
「これで元の状態と比較できる」
別の技術者が聞いた。
「二号機の発動機は?」
「当面そのまま」
「当面?」
「試験が終わるまでは」
その後ろを、W刻印の付いた台車が通った。
英国製だった。
荷台には工具が載っていた。
さらに後ろからもう一台。
こちらには昼食用の容器が積まれていた。
WILKの随伴整備員がそれを見た。
「……それ、何に使ってる」
英国兵が答えた。
「便利なので」
「何用だ」
「今日は昼食」
「今日は?」
英国兵は少し考えた。
「昨日は機関銃」
整備員は何も言わなかった。
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その年のWILK内部資料には、英国貸与機について次の一文が残された。
貸した物は戻るとは限らない。
その下に、元ドイツ軍技術者の手書きで追記があった。
特に、便利だった場合。