WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

127 / 128
――WILK・国外貸与装備付属品に関する参考記録
一九三六年

Bizon評価貸与に伴い国外へ送付された共通整備台車について、複数の受入先より追加照会が寄せられている。

照会内容は航空機整備用途に限られない。

機関銃運搬。

弾薬運搬。

工具運搬。

工場内小口輸送。

地上用銃架。

その他。

なお、同台車は新規兵器として設計されたものではない。

航空機整備用の共通運搬台車である。


第127話 二十年前に持ってこい

 

最初に怒ったのは、英国人だった。

 

年齢は四十を少し越えていた。

 

航空関係の技術者ではあったが、若い頃は陸軍にいた。

 

一九一七年には少尉だったという。

 

彼はBizonの横に置かれた共通整備台車を見つけた。

 

その日は十一ミリ機関銃を載せていた。

 

「これは何だ」

 

WILKの整備員が答えた。

 

「共通整備台車です」

 

「銃を載せている」

 

「運びますので」

 

「この台座は?」

 

「銃架です」

 

英国人は黙った。

 

銃架の左右を見た。

 

万力に似た締付具。

 

黒いゴム板。

 

上下に動く軸。

 

角度を決めれば、横のねじで動きを重くできる。

 

「これで撃てるのか」

 

「撃てます」

 

「運搬中の銃を外さずに?」

 

「必要なら」

 

「仰角は?」

 

整備員は嫌な顔をした。

 

「取れます」

 

英国人はもう一度黙った。

 

長かった。

 

「どうしました?」

 

彼は台車を指さした。

 

「一九一七年に持ってこい」

 

「はい?」

 

「二十年前だ!」

 

声が格納庫に響いた。

 

周囲が振り返った。

 

「ヴィッカースを運んだことがあるか?」

 

「ありません」

 

「三脚は?」

 

「ありません」

 

「水は?」

 

「ありません」

 

「弾薬箱は?」

 

「ありません」

 

「全部、人間が運ぶんだ!」

 

「そうでしょうね」

 

「そうでしょうね、ではない!」

 

英国人は猫車を掴んだ。

 

「これが二台あれば何人減らせたと思う!」

 

WILK整備員は少し考えた。

 

「地形によります」

 

「そういうところだけ冷静になるな!」

 

---

 

ルーマニアでも似たことが起きた。

 

そこで台車を見つけたのは、航空隊の下士官だった。

 

彼も第一次大戦を経験していた。

 

W式台車には、その日、工具箱が三つ載っていた。

 

下士官は荷台を外させた。

 

銃架を載せた。

 

自国で使っている機関銃を持ってこさせた。

 

「固定できるか?」

 

「位置を選べば」

 

WILK技術者が答えた。

 

機関銃を置く。

 

締付具を回す。

 

ゴム板が銃の外側へ当たる。

 

「もっと締めるか?」

 

「動かないなら、それ以上締めるな」

 

「なぜ」

 

「壊す」

 

下士官は手を止めた。

 

「なるほど」

 

左右に振る。

 

上下に動かす。

 

固定ねじを締める。

 

止まった。

 

彼はその姿勢のまましばらく見ていた。

 

「どうした」

 

若い兵が尋ねた。

 

下士官は答えた。

 

「我々は昔、なぜこれを作らなかった?」

 

若い兵は困った。

 

「知りません」

 

「車輪はあった」

 

「はい」

 

「万力もあった」

 

「はい」

 

「ねじもあった」

 

「はい」

 

「機関銃もあった」

 

「はい」

 

「では、なぜ全部を兵士に担がせた」

 

若い兵には答えられなかった。

 

WILK技術者も答えなかった。

 

下士官は銃架のねじを一度緩めた。

 

「二十年前でも作れたな」

 

「たぶん」

 

「たぶんではない」

 

少し間を置いて、

 

「作れた」

 

と言った。

 

---

 

フランスでは、元軍曹だった工場長が見つけた。

 

軍事使節に同行していたわけではない。

 

航空関係の工場を見学した際、部品箱を運ぶ台車が目に入っただけだった。

 

「これをどこで買った」

 

「ポーランドです」

 

「航空機会社?」

 

「そう聞いています」

 

「見せろ」

 

工場長は荷台の下を覗いた。

 

交換式の固定部。

 

簡単なフレーム。

 

車輪。

 

軸。

 

「これだけか?」

 

「これだけです」

 

「特別な軸受は?」

 

「ありません」

 

「特殊鋼は?」

 

「場所によります」

 

「工作機械は?」

 

「普通ので」

 

工場長は顔をしかめた。

 

「嫌な物だな」

 

「何がです?」

 

「簡単すぎる」

 

その日の午後。

 

工場の工作班へ一枚のスケッチが渡された。

 

正式図面ではなかった。

 

寸法も一部しかなかった。

 

翌々日。

 

似た物が一台できた。

 

車輪はフランス製。

 

荷台は工場で余っていた板。

 

締付具は既存の万力を加工した。

 

Wの刻印だけは入れられた。

 

若い工員が聞いた。

 

「これ、何のWです?」

 

工場長は答えた。

 

「知らん」

 

「ではなぜ入れるんです」

 

「元のにある」

 

「必要ですか?」

 

「必要だ」

 

「なぜ?」

 

工場長は少し考えた。

 

「考えた奴に、それくらいは残してやれ」

 

---

 

英国では、元少尉がまだ怒っていた。

 

今度は台車に水缶と弾薬箱を載せていた。

 

「見ろ」

 

若い技術者が言った。

 

「便利ですね」

 

「便利ですね、ではない」

 

「まだ怒ってるんですか」

 

「怒る」

 

「二十年前のことですよ」

 

「だから怒る」

 

彼は第一次大戦の記憶を話した。

 

砲撃。

 

泥。

 

崩れた道。

 

機関銃。

 

三脚。

 

水。

 

弾薬。

 

一人倒れれば、その分を誰かが持つ。

 

もう一人倒れれば、さらに持つ。

 

「英雄的だと思うか?」

 

若い技術者は答えなかった。

 

「ただ重かっただけだ」

 

彼は猫車を軽く押した。

 

車輪が回った。

 

「これは英雄的ではない」

 

「はい」

 

「だからいい」

 

---

 

各国で似た反応が続いた。

 

将軍よりも、

 

元少尉。

 

元軍曹。

 

元伍長。

 

かつて自分で物を運んだ者ほど長く見た。

 

新しい機関銃を見ても、

 

「性能は?」

 

と聞く。

 

Bizonを見ても、

 

「速度は?」

 

と聞く。

 

W式台車を見ると、

 

「なぜ昔なかった?」

 

と聞いた。

 

その質問には、誰も答えを持っていなかった。

 

---

 

そして彼らの多くは、一九三六年には別の場所にいた。

 

軍を辞めた者。

 

工場長になった者。

 

鉄道に入った者。

 

倉庫を管理する者。

 

地方行政にいる者。

 

農業会社で働く者。

 

ある英国の元軍曹は、自分の勤務する工場へ一台持ち込んだ。

 

機関銃は載せなかった。

 

鋳物を載せた。

 

工員が押した。

 

「楽だな」

 

それだけだった。

 

翌月、三台になった。

 

---

 

ルーマニアでは、元下士官の弟が農場を持っていた。

 

軍用の荷台を見て言った。

 

「籠を載せられるか?」

 

「載るだろう」

 

「葡萄でも?」

 

「重量以内なら」

 

「貸せ」

 

「軍の物だ」

 

「同じの作れ」

 

村の鍛冶屋が作った。

 

車輪は少し大きかった。

 

ゴム板は使わず、革を貼った。

 

荷台は木製。

 

フレームには小さくW。

 

葡萄畑で使われた。

 

軍用ではなかった。

 

WILKも知らなかった。

 

---

 

フランスの工場では、部品を運んでいた台車に昼になるとパン箱が載った。

 

工場長が見つけた。

 

「それは部品用だ」

 

食堂の職員が答えた。

 

「空いていましたので」

 

「油が付いているだろう」

 

「荷台は別です」

 

工場長が見る。

 

確かに上物だけ新しい木製荷台へ交換されていた。

 

「……ならいい」

 

翌週。

 

食堂用の荷台がもう一つ作られた。

 

---

 

英国の倉庫では、工具を運んでいた。

 

ルーマニアでは葡萄。

 

フランスではパン。

 

まだ大量ではなかった。

 

正式採用されたわけでもない。

 

新聞に載るほどでもない。

 

軍の装備表に大きく書かれる物でもなかった。

 

ただ、

 

一台見た者が、

 

「これ、うちでも使えるな」

 

と言った。

 

そして作った。

 

---

 

一九三六年末。

 

WILK本社に国外から届いた台車関係の照会は、Bizon本体の照会より多くなっていた。

 

ポーランド軍将校が束になった書類を机へ置いた。

 

「何だこれは」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「共通整備台車です」

 

「見れば分かる」

 

「追加製造の問い合わせ」

 

「何件」

 

「正規のものだけで十二件」

 

「正規?」

 

「我々へ聞かずに作っているところは含みません」

 

元ドイツ軍技術者が顔を上げた。

 

「何台ある」

 

「分かりません」

 

「製造数は?」

 

「WILK製なら」

 

「世界にある数を聞いている」

 

「分かりません」

 

元白軍将校が笑った。

 

「兵士に担がせるより簡単だったんだろう」

 

元独立運動家が一枚の写真を取った。

 

葡萄畑。

 

小さな台車。

 

木製荷台。

 

横に農夫。

 

「これは軍ではないな」

 

「ルーマニアです」

 

「誰が売った」

 

「誰も」

 

「では?」

 

「作ったそうです」

 

元ドイツ軍技術者が写真を受け取った。

 

フレームの脇に小さな刻印が見えた。

 

W。

 

「……刻印は入っているな」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「そこだけは皆、妙に律儀です」

 

「ならいい」

 

ポーランド軍将校が呆れた。

 

「いいのか?」

 

「全部止められると思うか」

 

誰も答えなかった。

 

---

 

その頃、ポーランド国内ではまだ、

 

軍も、

 

鉄道も、

 

農業会社も、

 

W式台車を正式装備として採用してはいなかった。

 

工場と飛行場で使われているだけだった。

 

国外でも、まだ一部の工場や農場へ漏れ始めた程度だった。

 

しかし、一度使った者は、

 

次に別の場所へ移った時、

 

同じ物を欲しがった。

 

図面がなくても、

 

写真があれば作れた。

 

写真がなくても、

 

説明を聞けば作れた。

 

「手押し車の上を交換できるようにする」

 

「銃架なら締付具で挟む」

 

「壊れたら、その部品だけ直す」

 

それだけだった。

 

一九三六年。

 

W式台車は、まだ世界へ普及してはいなかった。

 

ただ、

 

普及するために必要なものは、

 

もう世界中にあった。

 

車輪。

 

鉄。

 

木。

 

ねじ。

 

そして、

 

二十年前に重い物を担いだことのある人間たちだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。