一九三六年
Bizon評価貸与に伴い国外へ送付された共通整備台車について、複数の受入先より追加照会が寄せられている。
照会内容は航空機整備用途に限られない。
機関銃運搬。
弾薬運搬。
工具運搬。
工場内小口輸送。
地上用銃架。
その他。
なお、同台車は新規兵器として設計されたものではない。
航空機整備用の共通運搬台車である。
最初に怒ったのは、英国人だった。
年齢は四十を少し越えていた。
航空関係の技術者ではあったが、若い頃は陸軍にいた。
一九一七年には少尉だったという。
彼はBizonの横に置かれた共通整備台車を見つけた。
その日は十一ミリ機関銃を載せていた。
「これは何だ」
WILKの整備員が答えた。
「共通整備台車です」
「銃を載せている」
「運びますので」
「この台座は?」
「銃架です」
英国人は黙った。
銃架の左右を見た。
万力に似た締付具。
黒いゴム板。
上下に動く軸。
角度を決めれば、横のねじで動きを重くできる。
「これで撃てるのか」
「撃てます」
「運搬中の銃を外さずに?」
「必要なら」
「仰角は?」
整備員は嫌な顔をした。
「取れます」
英国人はもう一度黙った。
長かった。
「どうしました?」
彼は台車を指さした。
「一九一七年に持ってこい」
「はい?」
「二十年前だ!」
声が格納庫に響いた。
周囲が振り返った。
「ヴィッカースを運んだことがあるか?」
「ありません」
「三脚は?」
「ありません」
「水は?」
「ありません」
「弾薬箱は?」
「ありません」
「全部、人間が運ぶんだ!」
「そうでしょうね」
「そうでしょうね、ではない!」
英国人は猫車を掴んだ。
「これが二台あれば何人減らせたと思う!」
WILK整備員は少し考えた。
「地形によります」
「そういうところだけ冷静になるな!」
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ルーマニアでも似たことが起きた。
そこで台車を見つけたのは、航空隊の下士官だった。
彼も第一次大戦を経験していた。
W式台車には、その日、工具箱が三つ載っていた。
下士官は荷台を外させた。
銃架を載せた。
自国で使っている機関銃を持ってこさせた。
「固定できるか?」
「位置を選べば」
WILK技術者が答えた。
機関銃を置く。
締付具を回す。
ゴム板が銃の外側へ当たる。
「もっと締めるか?」
「動かないなら、それ以上締めるな」
「なぜ」
「壊す」
下士官は手を止めた。
「なるほど」
左右に振る。
上下に動かす。
固定ねじを締める。
止まった。
彼はその姿勢のまましばらく見ていた。
「どうした」
若い兵が尋ねた。
下士官は答えた。
「我々は昔、なぜこれを作らなかった?」
若い兵は困った。
「知りません」
「車輪はあった」
「はい」
「万力もあった」
「はい」
「ねじもあった」
「はい」
「機関銃もあった」
「はい」
「では、なぜ全部を兵士に担がせた」
若い兵には答えられなかった。
WILK技術者も答えなかった。
下士官は銃架のねじを一度緩めた。
「二十年前でも作れたな」
「たぶん」
「たぶんではない」
少し間を置いて、
「作れた」
と言った。
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フランスでは、元軍曹だった工場長が見つけた。
軍事使節に同行していたわけではない。
航空関係の工場を見学した際、部品箱を運ぶ台車が目に入っただけだった。
「これをどこで買った」
「ポーランドです」
「航空機会社?」
「そう聞いています」
「見せろ」
工場長は荷台の下を覗いた。
交換式の固定部。
簡単なフレーム。
車輪。
軸。
「これだけか?」
「これだけです」
「特別な軸受は?」
「ありません」
「特殊鋼は?」
「場所によります」
「工作機械は?」
「普通ので」
工場長は顔をしかめた。
「嫌な物だな」
「何がです?」
「簡単すぎる」
その日の午後。
工場の工作班へ一枚のスケッチが渡された。
正式図面ではなかった。
寸法も一部しかなかった。
翌々日。
似た物が一台できた。
車輪はフランス製。
荷台は工場で余っていた板。
締付具は既存の万力を加工した。
Wの刻印だけは入れられた。
若い工員が聞いた。
「これ、何のWです?」
工場長は答えた。
「知らん」
「ではなぜ入れるんです」
「元のにある」
「必要ですか?」
「必要だ」
「なぜ?」
工場長は少し考えた。
「考えた奴に、それくらいは残してやれ」
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英国では、元少尉がまだ怒っていた。
今度は台車に水缶と弾薬箱を載せていた。
「見ろ」
若い技術者が言った。
「便利ですね」
「便利ですね、ではない」
「まだ怒ってるんですか」
「怒る」
「二十年前のことですよ」
「だから怒る」
彼は第一次大戦の記憶を話した。
砲撃。
泥。
崩れた道。
機関銃。
三脚。
水。
弾薬。
一人倒れれば、その分を誰かが持つ。
もう一人倒れれば、さらに持つ。
「英雄的だと思うか?」
若い技術者は答えなかった。
「ただ重かっただけだ」
彼は猫車を軽く押した。
車輪が回った。
「これは英雄的ではない」
「はい」
「だからいい」
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各国で似た反応が続いた。
将軍よりも、
元少尉。
元軍曹。
元伍長。
かつて自分で物を運んだ者ほど長く見た。
新しい機関銃を見ても、
「性能は?」
と聞く。
Bizonを見ても、
「速度は?」
と聞く。
W式台車を見ると、
「なぜ昔なかった?」
と聞いた。
その質問には、誰も答えを持っていなかった。
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そして彼らの多くは、一九三六年には別の場所にいた。
軍を辞めた者。
工場長になった者。
鉄道に入った者。
倉庫を管理する者。
地方行政にいる者。
農業会社で働く者。
ある英国の元軍曹は、自分の勤務する工場へ一台持ち込んだ。
機関銃は載せなかった。
鋳物を載せた。
工員が押した。
「楽だな」
それだけだった。
翌月、三台になった。
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ルーマニアでは、元下士官の弟が農場を持っていた。
軍用の荷台を見て言った。
「籠を載せられるか?」
「載るだろう」
「葡萄でも?」
「重量以内なら」
「貸せ」
「軍の物だ」
「同じの作れ」
村の鍛冶屋が作った。
車輪は少し大きかった。
ゴム板は使わず、革を貼った。
荷台は木製。
フレームには小さくW。
葡萄畑で使われた。
軍用ではなかった。
WILKも知らなかった。
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フランスの工場では、部品を運んでいた台車に昼になるとパン箱が載った。
工場長が見つけた。
「それは部品用だ」
食堂の職員が答えた。
「空いていましたので」
「油が付いているだろう」
「荷台は別です」
工場長が見る。
確かに上物だけ新しい木製荷台へ交換されていた。
「……ならいい」
翌週。
食堂用の荷台がもう一つ作られた。
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英国の倉庫では、工具を運んでいた。
ルーマニアでは葡萄。
フランスではパン。
まだ大量ではなかった。
正式採用されたわけでもない。
新聞に載るほどでもない。
軍の装備表に大きく書かれる物でもなかった。
ただ、
一台見た者が、
「これ、うちでも使えるな」
と言った。
そして作った。
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一九三六年末。
WILK本社に国外から届いた台車関係の照会は、Bizon本体の照会より多くなっていた。
ポーランド軍将校が束になった書類を机へ置いた。
「何だこれは」
ユダヤ人実業家が答えた。
「共通整備台車です」
「見れば分かる」
「追加製造の問い合わせ」
「何件」
「正規のものだけで十二件」
「正規?」
「我々へ聞かずに作っているところは含みません」
元ドイツ軍技術者が顔を上げた。
「何台ある」
「分かりません」
「製造数は?」
「WILK製なら」
「世界にある数を聞いている」
「分かりません」
元白軍将校が笑った。
「兵士に担がせるより簡単だったんだろう」
元独立運動家が一枚の写真を取った。
葡萄畑。
小さな台車。
木製荷台。
横に農夫。
「これは軍ではないな」
「ルーマニアです」
「誰が売った」
「誰も」
「では?」
「作ったそうです」
元ドイツ軍技術者が写真を受け取った。
フレームの脇に小さな刻印が見えた。
W。
「……刻印は入っているな」
ユダヤ人実業家が言った。
「そこだけは皆、妙に律儀です」
「ならいい」
ポーランド軍将校が呆れた。
「いいのか?」
「全部止められると思うか」
誰も答えなかった。
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その頃、ポーランド国内ではまだ、
軍も、
鉄道も、
農業会社も、
W式台車を正式装備として採用してはいなかった。
工場と飛行場で使われているだけだった。
国外でも、まだ一部の工場や農場へ漏れ始めた程度だった。
しかし、一度使った者は、
次に別の場所へ移った時、
同じ物を欲しがった。
図面がなくても、
写真があれば作れた。
写真がなくても、
説明を聞けば作れた。
「手押し車の上を交換できるようにする」
「銃架なら締付具で挟む」
「壊れたら、その部品だけ直す」
それだけだった。
一九三六年。
W式台車は、まだ世界へ普及してはいなかった。
ただ、
普及するために必要なものは、
もう世界中にあった。
車輪。
鉄。
木。
ねじ。
そして、
二十年前に重い物を担いだことのある人間たちだった。