一九三七年
確認済み製造国、複数。
確認済み製造企業、集計不能。
用途。
工場内運搬。
倉庫内運搬。
鉄道貨物取扱。
農産物運搬。
食品運搬。
工具運搬。
軍用物資運搬。
その他。
なお、WILKが直接製造した数量と、現地で確認された台数は一致しない。
理由。
現地で作られているため。
一九三七年。
ポーランドで軍が共通整備台車の採用を検討し始めた頃。
鉄道会社も使えないかと問い合わせた。
農業機械を扱う会社からも照会が来た。
その報告を聞いた元ドイツ軍技術者は、少し安心した。
「ようやく普通の使い方をする者が出てきた」
ポーランド軍将校が聞いた。
「普通とは?」
「物を運ぶ」
「元からそういう物だろう」
「だから言っている」
ユダヤ人実業家が別の書類を机へ置いた。
「国外の状況も届きました」
「軍か?」
「いえ」
「航空会社?」
「違います」
「では何だ」
「市場、農場、工場、食堂、倉庫」
元ドイツ軍技術者は黙った。
「……なぜ」
元白軍将校が答えた。
「物を運ぶからだろう」
「分かっている」
「なら聞くな」
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英国。
地方都市の機械工場。
朝七時。
門が開く。
作業員が鋳物を一つ持ち上げようとした。
重い。
隣の男が言った。
「Wを持ってこい」
「どれだ」
「荷台のやつ」
しばらくして、小さな台車が押されてきた。
フレームの側面にはW。
だがWILK製ではなかった。
英国の工場で作られたものだった。
車輪は少し小さい。
軸受は英国製。
ねじも英国規格。
荷台だけは近所の木工所が作った。
鋳物を載せる。
二人で押す予定だった作業員が、一人で歩き出した。
「第三棟」
「分かった」
昼。
同じ台車が戻ってきた。
荷台が外された。
別の木箱が載った。
中にはパンと茶の容器。
若い工員が聞いた。
「朝、機械部品を運んでなかったか」
「荷台は違う」
「台車は同じだろ」
「車輪は食わん」
「まあそうだな」
昼食が運ばれていった。
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同じ英国。
別の工場では、三台のW式台車が並んでいた。
一台目、工具。
二台目、交換部品。
三台目、空。
工場長が尋ねた。
「空の一台は?」
「帰りの不良品用です」
「なるほど」
彼は三台を見た。
「これ、全部買ったのか」
「一台だけです」
「残りは?」
「作りました」
「誰が」
「うちで」
工場長は頷いた。
それ以上、何も聞かなかった。
前年なら図面を探していた。
今はもう、現物が一台あれば十分だった。
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ルーマニア。
春。
葡萄畑の間を一台のW式台車が進んでいた。
軍用型より車輪が大きい。
荷台も深い。
鉄のフレームに木の箱。
固定部にはゴムではなく革が貼ってある。
農夫が摘んだ葡萄を籠ごと載せた。
少年が台車を押した。
「重くないか」
父親が聞いた。
「平気」
「去年は二人で籠を持った」
「こっちの方が楽」
道の先にもう一台あった。
そちらには肥料袋。
さらに納屋の前にも一台。
道具が積まれている。
父親が言った。
「増えたな」
「叔父さんも欲しいって」
「鍛冶屋に言え」
「また作る?」
「車輪があるならな」
少年はフレームのWを指でなぞった。
「これ何?」
父親は少し考えた。
「知らん」
「何で付いてるの」
「最初のにも付いていた」
「必要?」
「たぶん」
必要ではなかった。
それでも次に作られた一台にも、Wは刻まれた。
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フランス。
朝の市場。
魚屋が氷を積んだ箱を押していた。
八百屋は野菜。
肉屋は木箱。
市場の管理人は箒と水桶。
全部、似たような台車だった。
形は少しずつ違う。
車輪の径も違う。
荷台の幅も違う。
塗装も違う。
それでも横から見ると、同じ骨格が見えた。
交換できる上物。
簡単な車輪。
前後へ伸びるフレーム。
そして小さなW。
魚屋が隣の商人へ聞いた。
「それ、新しいやつか」
「ああ」
「どこのだ」
「町の工場」
「ポーランドのじゃないのか」
「型はそうらしい」
「丈夫か?」
商人は野菜箱を一つ蹴った。
台車は動かなかった。
「昨日、石畳の穴に落とした」
「壊れた?」
「車輪が曲がった」
「駄目じゃないか」
「叩いたら戻った」
魚屋は少し考えた。
「今度それにする」
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スイス。
ある精密機械工場へ、WILK社員が立ち寄った。
彼は工場内を歩いていて、一台の台車を見つけた。
静かだった。
妙に静かだった。
押しているのに、ほとんど音がしない。
「待て」
社員が止めた。
「これはW式か?」
工場の技術者が答えた。
「そうです」
「車輪は」
「新しくしました」
「軸受は」
「改良しました」
「締付部も?」
「精度を上げました」
WILK社員は台車を押した。
滑らかに動いた。
「……やりすぎだ」
スイス人が眉を上げた。
「良くなっています」
「台車だぞ」
「だから?」
「そこまで静かにする必要があるか」
「できますので」
WILK社員は何も言えなくなった。
その台車にもWがあった。
刻印だけは、妙に美しかった。
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北の港。
雪が残っていた。
倉庫から荷物を出すため、二人の男が台車を押していた。
ただし車輪はなかった。
代わりに、下へ二本の橇が付いていた。
外国から来た商人が指さした。
「それはW式か?」
「そうだ」
「車輪は?」
「冬だ」
「規格と違う」
「滑る」
「春は?」
「車輪に戻す」
商人は黙った。
荷台には魚箱が積まれていた。
フレームにはW。
「WILKがこの仕様を?」
「知らん」
「ではなぜWを」
男は首を傾げた。
「W式だからだろう」
それだけだった。
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英国のとある食堂。
昼前。
大きな容器へ温かい食事が詰められた。
パン。
煮込み。
茶。
台車へ載せる。
一台では足りない。
二台。
三台。
料理人が外へ出て叫んだ。
「第二工場!」
一台。
「試験棟!」
一台。
「倉庫!」
一台。
若い男がオートバイを持ってきた。
三台を連結しようとした。
料理人が言った。
「道は?」
「舗装」
「草地へ入るなよ」
「近道なんですが」
「入るな」
「乾いてますよ」
「去年横倒しになったって聞いた」
「英国でですか?」
「ポーランドでだ」
「遠い話ですね」
「猫車は同じだ」
三台は道路を走っていった。
草地の入口を通り過ぎた。
料理人は満足そうに戻った。
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ドイツ。
ある工場の片隅に、見覚えのある形の台車があった。
ドイツ製だった。
WILKから買った物ではない。
英国から買った物でもない。
写真を見て作ったという。
工場の年配職長が荷台を外した。
下には共通の取付部。
「ここを同じ寸法にした」
若い工員が尋ねた。
「なぜ?」
「上を交換するためだ」
「何を載せるんです」
「工具」
「他には?」
「部品」
「他には?」
「知らん」
若い工員は横のWを見た。
「このWは?」
「必要だ」
「意味は?」
「知らん」
「じゃあ要らないのでは?」
職長は彼を見た。
「これを最初に考えた奴がいる」
「はい」
「なら残しておけ」
若い工員はそれ以上聞かなかった。
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そしてポーランド。
軍の会議室。
鉄道関係者。
農業会社。
WILK。
同じ机を囲んでいた。
「軍では弾薬運搬に使える」
「鉄道では駅構内輸送に」
「農場では収穫物を」
「工場ではすでに使っています」
ポーランド軍将校が資料を整理した。
「つまり、それぞれ別仕様が必要だな」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「本体は同じでいい」
「軍用と農業用を?」
「荷台を変えろ」
「鉄道は?」
「荷台を変えろ」
「工具は?」
「荷台を変えろ」
「食料は?」
「洗え」
「そこだけ違うな」
元独立運動家が窓の外を見た。
一台のW式台車が道路を通った。
木箱が載っている。
軍用ではない。
WILK製でもない。
町の商店が使っているものだった。
「ところで」
彼が言った。
「何だ」
「採用を検討しているんだよな?」
「そうだ」
「町にはもうあるぞ」
全員が窓を見た。
台車はそのまま通り過ぎた。
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調査が始まった。
ポーランド国内でW式に似た台車が何台作られているか。
WILK製造分。
下請け製造分。
許可製造分。
民間工場製。
現地改造。
結果。
分からなかった。
国外も調べた。
さらに分からなかった。
ユダヤ人実業家が報告書を閉じた。
「集計をやめましょう」
ポーランド軍将校が聞いた。
「いいのか」
「数える費用の方が高いです」
元ドイツ軍技術者が言った。
「少なくともWがある物だけでも」
「英国のある工場だけで四十七台です」
「そんなに?」
「そのうちWILK製は二台」
「残りは」
「作ったそうです」
「誰が許可した」
「Wが付いています」
「それは許可ではない」
元白軍将校が笑った。
「もう諦めろ」
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一九三七年。
W式台車はまだ、どこの国でも最重要装備ではなかった。
戦車ではない。
航空機ではない。
機関銃でもない。
国家予算を動かすような物でもない。
だからこそ、広がった。
必要なら町工場で作れた。
壊れれば直せた。
ゴムがなければ革。
革がなければ布。
寒ければ橇。
荷物が違えば荷台を変える。
軍人でなくても使えた。
専門教育もいらなかった。
新聞は書かなかった。
政治家も演説しなかった。
それでも朝になれば、
英国の工場で、
ルーマニアの畑で、
フランスの市場で、
スイスの工房で、
北の港で、
ポーランドの町で、
誰かが一台を押していた。
その多くをWILKは作っていなかった。
ただ、フレームのどこかには、
小さなWがあった。
一九三七年。
WILKが世界へ最も多く送り出した航空機は、Bizonだった。
だが、
世界で最も多く作られたWILK由来の物は、
もう航空機ではなかった。