一九三七年
確認されたTurの運用状態。
初期生産型。
中期改修型。
後期改修型。
救急仕様から再転用された機体。
発動機換装機。
現地修復機。
機体状態については、製造時の型式と一致しないものが増加している。
理由。
交換されたため。
修理されたため。
組み合わされたため。
なお、同地域へ追加供給されたW式共通整備台車についても、原型と一致しない現地製造品を複数確認。
いずれもフレームにWの刻印あり。
「また追加だ」
ポーランド軍将校が書類を机へ置いた。
元ドイツ軍技術者は顔を上げなかった。
「猫車か」
「それもある」
「何台」
「四十」
「多いな」
「陸軍と空軍も追加で欲しいそうだ」
技術者の手が止まった。
「どこの」
「ポーランドだ」
顔を上げた。
「……国内か」
「空軍は飛行場。陸軍は弾薬、機関銃、通信、衛生、炊事。国外向け生産に合わせて一緒に発注したいと」
ユダヤ人実業家が別の帳簿を開いた。
「国内の精工所へ回します」
「WILKで作らないのか」
「作れますが、作る必要がありません」
「品質は」
「軸、締付具、取付寸法だけ検査します。フレームは各工場でも作れる」
元ドイツ軍技術者は頷いた。
「ならいい」
ポーランド軍将校が笑った。
「猫車については諦めたのか」
「共通整備台車だ」
「まだそこは諦めないのか」
「諦める理由がない」
元白軍将校が一枚の写真を取った。
スペインだった。
壊れた建物。
乾いた地面。
その前に一機のTur。
そして機体の横には、見慣れた台車。
「こっちは何を運んでいる」
ポーランド軍将校が覗く。
「翼の部品らしい」
「猫車で?」
「台車だ」
「今そこはどうでもいい」
元白軍将校は写真から目を離さなかった。
「翼を直したのか」
部屋の空気が少し変わった。
スペインへ渡った最初のTurは古かった。
WILKにとっては、もう第一線の機体ではない。
訓練。
連絡。
救急。
輸送。
試験。
長い間、そうした仕事を続けていた。
そこへ話が来た。
「旧式航空機を出せないか」
初期型なら。
そう考えた。
数機が出た。
しばらくして追加要求が来た。
「もう少し」
中期型が出た。
さらに来た。
「状態の良い機体を」
後期改修型が候補に入った。
元ドイツ軍技術者はその時、初めて強く反対した。
「それはまだ使っている」
政府側の担当者が答えた。
「Turだろう」
「Turだ」
「旧式では?」
「機体の設計年を聞くなら旧式だ」
「なら」
「改修したのは去年だ」
「しかしTurだ」
「Turだが」
ポーランド軍将校は後で、その会話を聞いて頭を抱えた。
「分類に負けたな」
「笑うな」
結局、最新に近い改修を受けたTurまで何機か出ていった。
要求条件はだんだん簡単になっていた。
初期型でもよい。
改修型でもよい。
救急仕様でもよい。
発動機が古くてもよい。
最後には、
飛べるTur。
それだけになった。
スペインで、Turは速くなかった。
新しい戦闘機と比べれば明確だった。
追えない。
逃げ切れない。
上昇でも負ける。
空力も古い。
最新鋭機と正面から比べれば、勝る数字はほとんどない。
それでも使われた。
偵察。
連絡。
軽輸送。
救急。
夜間飛行。
後方爆撃。
物資輸送。
仕事があった。
そしてTurは仕事をした。
最初の奇妙な報告は発動機だった。
「右発動機交換」
元ドイツ軍技術者が読んだ。
「交換は珍しくない」
次の行を見た。
黙った。
「どうした」
ポーランド軍将校が聞いた。
「純正ではない」
「何を載せた」
「ソ連系の発動機らしい」
「載るのか」
「載せたから報告が来た」
「飛んだ?」
元ドイツ軍技術者は次の紙を見た。
「飛んでいる」
「性能は」
「上がった」
「良いことでは?」
技術者は嫌な顔をした。
「左右で発動機が違う」
ポーランド軍将校も嫌な顔をした。
「それは嫌だな」
「やっと分かったか」
数週間後。
左右とも同系統の発動機へ交換されたという続報が来た。
元白軍将校が読んだ。
「これで左右同じだそうだ」
元ドイツ軍技術者は額を押さえた。
「そこではない」
反対側でも似た話が出た。
鹵獲されたTur。
国外技術者による試験。
液冷発動機を搭載できないか。
写真には、片側だけ妙に細い発動機ナセルを持つTurが写っていた。
ポーランド軍将校が写真を横にした。
「Turか?」
「主翼を見ろ」
「Turだな」
「胴体を見ろ」
「Turだ」
「発動機だけ見ろ」
「知らん飛行機だな」
元ドイツ軍技術者は写真を奪った。
「ラジエーターまで付けたのか」
「飛んだそうだ」
「なぜ皆、載ると分かったら載せる」
元白軍将校が答えた。
「載るからだろう」
「お前までそれを言うな」
そして、もっと嫌な報告が来た。
Tur一機。
低空任務中に被弾。
左主翼外側を大きく損失。
推定、翼面の三割近く。
写真が添付されていた。
元ドイツ軍技術者は長く見た。
翼端がなかった。
エルロンも一部失われている。
外板は裂けている。
桁にも損傷。
機体にはさらに多数の弾痕。
操縦席周辺の装甲板にも痕が残っていた。
「墜落したのか」
元独立運動家が聞いた。
「帰った」
「これで?」
「帰った」
「乗員は」
「生きている」
ポーランド軍将校が写真を取った。
「……よく飛んだな」
元ドイツ軍技術者は答えなかった。
別紙を読んでいた。
飛行継続困難。
操縦量大。
旋回制限。
着陸速度増加。
着陸成功。
機体回収。
その下。
翌日。
損傷主翼撤去。
「翌日?」
ポーランド軍将校が聞いた。
技術者はさらに読む。
交換翼準備。
接合部確認。
操縦索再接続。
配線修復。
荷重確認。
翌々日。
地上試験。
その次。
飛行試験。
部屋が静かになった。
「もう飛んだのか」
元独立運動家が言った。
「そう書いてある」
「翼三割無くした機体だぞ」
「翼を交換した」
「そんな簡単に」
元ドイツ軍技術者が顔を上げた。
「簡単ではない」
少し間を置いた。
「だが、できるように作った」
話はそこで終わらなかった。
外された損傷翼についても記録があった。
廃棄。
ではなかった。
分解。
健全部材回収。
桁。
リブ。
ヒンジ。
金具。
点検口。
配線。
外板。
使える部分を分類。
「何に使った」
元白軍将校が聞いた。
元ドイツ軍技術者は次のページをめくった。
「別機の補修」
さらにめくる。
「別の損傷翼と組み合わせている」
「翼を?」
「翼を」
三機分の部材。
現地製作部品。
予備在庫。
それらから一本の翼が組み立てられていた。
ポーランド軍将校はしばらく黙った。
「何号機の翼だ」
「分からん」
「製造番号は」
「三機分ある」
「では何型だ」
元ドイツ軍技術者は紙を机へ置いた。
「Turだ」
元白軍将校が笑った。
「とうとうお前までそれを言うようになったか」
英国とフランスからも報告が来た。
スペインで航空戦を観察している者たちは、最初Turを特に高く評価していなかった。
速度不足。
上昇力不足。
武装も最新とは言い難い。
古い。
それは間違っていなかった。
しかし数か月後。
評価欄に別の言葉が増え始めた。
稼働率。
修復性。
現地改造適応。
乗員防護。
損傷後飛行。
再使用。
英国側から届いた非公式な所見には、
『損耗数と稼働数が一致しない』
とあった。
ポーランド軍将校が首を傾げた。
「どういう意味だ」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「三機壊れても、三機とも失われるとは限らない」
「一機を直す?」
「それもある」
「他には」
「三機から二機作る」
沈黙。
「そういう数え方か」
「戦場ではな」
フランス側の報告には、もっと短く書かれていた。
『最新機ではない。だが仕事を失わない。』
元独立運動家がそれを読んだ。
「悪くない評価だな」
元ドイツ軍技術者は答えた。
「最新機には勝てない」
「知っている」
「速度でも負ける」
「知っている」
「それでも飛んでいる」
「だから見ているんだろう」
スペインから届く写真には、いつも別の物も写り込んでいた。
W式共通整備台車。
ある写真では発動機部品。
別の写真では翼のリブ。
別の写真では弾薬箱。
別の写真では医療用品。
一枚には大きな鍋まで載っていた。
元ドイツ軍技術者はその写真だけ長く見た。
「何だ」
ポーランド軍将校が尋ねた。
「昼食らしい」
「そうか」
「戦場だぞ」
「兵士も飯は食う」
「分かっている」
さらに別の写真。
銃架を載せたW式台車。
現地の機関銃が万力式固定具に挟まれていた。
ゴム板はなかった。
代わりに厚い革。
フレーム側面。
W。
「刻印だけは守るな」
ポーランド軍将校が言った。
「妙に律儀だ」
需要は増えた。
スペイン向け。
四十台。
次に三十。
さらに予備車輪。
締付ねじ。
交換軸。
ゴム板。
ただしゴムが足りなければ革を使うとの注記。
その注文をポーランド国内の精工所へ回した。
最初は小さな仕事だった。
軸を二十本。
締付具を四十個。
連結金具。
車輪受け。
やがて数が増えた。
軍も見た。
空軍も見た。
「国外向けだけ作るのか」
「国内にも欲しい」
陸軍が注文した。
空軍が注文した。
精工所にさらに仕事が落ちた。
ポーランド軍将校が年度途中の数字を見た。
「何台になった」
ユダヤ人実業家が答えた。
「どの数字です?」
「国内軍用」
「陸軍と空軍を合わせますか」
「合わせろ」
「……かなり」
「何台だ」
数字を見た。
ポーランド軍将校が紙を置いた。
「いつの間に」
元白軍将校が答えた。
「便利な物は、命令しなくても増える」
その日の会議の最後。
元白軍将校がスペインの地図を広げた。
猫車の話は終わった。
Turの話も終わった。
写真が何枚も机に残っている。
壊れた町。
燃えた車両。
損傷した航空機。
修理する人間。
荷物を運ぶ人間。
元白軍将校が言った。
「遠いな」
ポーランド軍将校が頷いた。
「遠い」
「だから見物できる」
誰も答えなかった。
「だが、あそこで起きていることは、あそこだけの物か?」
元ドイツ軍技術者が写真を一枚取った。
片翼を失ったTur。
「違う」
「何が見える」
「飛行場が狙われる」
「他には」
「発動機が足りなくなる」
ユダヤ人実業家が言った。
「輸送路が切れます」
元独立運動家。
「病院が足りなくなる」
ポーランド軍将校。
「人が足りなくなる」
元白軍将校は最後に言った。
「時間が足りなくなる」
元ドイツ軍技術者が彼を見た。
「それは俺の台詞だ」
「戦場では皆の台詞だ」
一九三七年。
スペインは遠かった。
ポーランドから見れば、別の国の内戦だった。
そこで飛ぶTurも、
そこで押されるW式台車も、
地図の向こう側にあった。
だがWILKの机に届いた報告書には、
未来の兵器は書かれていなかった。
もっと単純なことが書かれていた。
飛行場は壊れる。
発動機は足りなくなる。
部品は混ざる。
人は倒れる。
古い機体も使われる。
壊れた機体は直される。
直せなければ、別の機体を生かす。
そして、
準備していない物ほど、
戦場で必要になる。
元白軍将校は地図を畳んだ。
「見物は終わりだ」
誰も異論を言わなかった。
遠くで始まった戦争は、
まだポーランドへ来ていなかった。
だが、
もう誰も、
遠いままだとは思っていなかった。