一九三七年
スペイン方面より得られた航空運用記録を参考とし、国内航空基地の分散運用能力を再評価する。
対象。
駐機位置。
燃料。
弾薬。
交換部品。
整備工具。
通信。
宿舎。
予備滑走地。
目的。
飛行場を守ることではない。
飛行場が使えなくなった後も、飛行機を使うことである。
「飛行場を増やせという話か?」
ポーランド軍将校が尋ねた。
元ドイツ軍技術者は首を振った。
「違う」
「では?」
「飛行場が一つしかないと思うな、という話だ」
机にはスペインから届いた写真が並んでいた。
爆撃を受けた滑走路。
燃えた格納庫。
穴だらけの地面。
壊れた航空機。
その隣。
畑に近い場所へ移された機体。
簡単な天幕。
燃料缶。
工具箱。
そしてW式共通整備台車。
ポーランド軍将校が写真を指さした。
「またいるな」
「どこにでもいる」
「猫車が」
「台車だ」
そこはまだ譲らなかった。
スペインからの報告を整理すると、同じ言葉が何度も出てきた。
飛行場攻撃。
燃料庫損傷。
格納庫損傷。
駐機中損失。
滑走路使用不能。
整備設備喪失。
元白軍将校が言った。
「空で撃ち落とされるとは限らない」
「地上なら逃げないからな」
ポーランド軍将校が答えた。
「防空を強化するか」
「それも必要だ」
元白軍将校は写真を一枚持ち上げた。
「だが防げなかった時は?」
誰もすぐには答えなかった。
WILKが最初に調べたのは、ポーランド国内の航空基地だった。
滑走路。
格納庫。
燃料庫。
弾薬庫。
整備棟。
発動機保管。
予備部品。
通信施設。
宿舎。
地図へ印を付ける。
ほとんどが、一か所に集まっていた。
元ドイツ軍技術者が赤鉛筆で囲んだ。
「便利だ」
「当然だ」
ポーランド軍将校が答えた。
「平時にはな」
「整備員も移動しなくていい。部品も近い。燃料も近い」
「そして一度に壊れる」
赤い丸が残った。
元独立運動家が地図を見た。
「全部離すのか?」
「それも違う」
技術者は言った。
「離せば効率が落ちる」
「ではどうする」
「主基地は残す」
「予備を作る?」
「使える場所を増やす」
最初の候補は、飛行場ではなかった。
広い草地。
競馬場。
農地の中の長い平坦地。
工場予定地。
未使用の造成地。
幹線道路脇の空地。
軍人が顔をしかめた。
「ここへ航空機を降ろすのか?」
「全部ではない」
「Bizonなら?」
元ドイツ軍技術者は地図を見た。
「地面次第だ」
「Turは?」
「もっと選ぶ」
「なら飛行場を作った方が」
「作る時間があるならな」
その言葉で部屋が静かになった。
一九三七年。
四年しかないと言ってから、もう二年近く経っていた。
候補地ごとに調査項目が作られた。
地面の硬さ。
排水。
障害物。
進入方向。
周囲の建物。
道路との接続。
燃料を運べるか。
部品を運べるか。
発動機交換が可能か。
通信線を引けるか。
夜間に灯火を置けるか。
そして、
「地元の人間が嫌がらないか」
元独立運動家が追加した。
ポーランド軍将校が彼を見た。
「軍用の予備飛行場だぞ」
「だからだ」
「戦争になれば使う」
「平時から嫌われている場所は、戦時にも協力されない」
ユダヤ人実業家が頷いた。
「土地は買わなくてもいいですね」
「またそれか」
「使用権を取ればいい」
「農地だぞ」
「平時は農地です」
「戦時は?」
「必要な時だけ借ります」
元白軍将校が笑った。
「滑走路を所有しない航空会社か」
実業家は答えた。
「滑走路ではありません」
「では」
「長くて平らな土地です」
問題は、飛行機だけ移しても飛べないことだった。
「燃料」
元ドイツ軍技術者が言った。
「予備飛行場へ置くのか?」
「全部置いたら燃える」
「では運ぶ」
「どうやって」
ポーランド軍将校が少し黙った。
「車両」
「車両が足りなければ?」
「……缶」
「誰が運ぶ」
部屋の端に置かれていたW式台車へ視線が集まった。
元ドイツ軍技術者が嫌な顔をした。
「見るな」
元白軍将校が言った。
「使えるぞ」
「分かっている」
「燃料缶を載せれば」
「分かっている」
「工具も」
「分かっている!」
ポーランド軍将校が笑った。
「猫車が航空基地運用計画へ戻ってきたな」
「元から航空機用だ」
「そうだったな」
技術者は少し嬉しそうだった。
試験が行われた。
主基地から数キロ離れた草地。
地面は乾いていた。
Bizon一機。
整備員六名。
燃料。
工具。
予備点火部品。
簡易無線。
W式台車四台。
オートバイ一台。
ただし最後の数百メートルは荒れていた。
作業員が台車を連結しようとした。
元ドイツ軍技術者が言った。
「押せ」
「乾いてます」
「押せ」
「二台だけなら」
「押せ」
誰も逆らわなかった。
去年の横転事故は、すでに社内で有名だった。
Bizonが着陸した。
滑走路ではない。
ただの平らな草地だった。
着陸後、整備員が脚を確認した。
タイヤ。
泥。
石。
損傷なし。
元ドイツ軍技術者は地面を見た。
「雨の後は駄目だ」
ポーランド軍将校が答えた。
「晴れていれば使える」
「そうだ」
「それだけでも大きいな」
「使える日は飛行場だ」
「使えない日は?」
「草地だ」
翌日。
別の試験。
今度は発動機故障を想定した。
予備発動機そのものは持ち込まなかった。
代わりに、
模擬重量。
吊り具。
工具。
台車。
整備員。
現地で何が足りないかを調べる。
最初に足りなかったのは、工具ではなかった。
「机がない」
整備員が言った。
「何に使う」
「記録」
「箱の上で書け」
「雨なら?」
「……」
W式台車の荷台を外した。
板を載せた。
机になった。
ポーランド軍将校が遠くから見ていた。
「またか」
元独立運動家が答えた。
「便利だな」
「認めるのか」
「最初から認めている」
次に足りなかったのは照明。
次は水。
次は食事。
次は交換用の布。
次は手洗い。
飛行機を一機置いただけで、
小さな生活圏が必要になった。
元独立運動家が一覧表を作った。
「整備員も人間だ」
ポーランド軍将校が言った。
「知っている」
「なら寝る場所も」
「一晩だけなら」
「一晩が三日になる」
元白軍将校が言った。
「撤退ではいつもそうなる」
ポーランド軍将校は何も言わなかった。
宿泊用天幕。
毛布。
水。
食料。
衛生用品。
医療箱。
項目が増えた。
「飛行場を作っている気がしない」
若い担当者が言った。
元独立運動家は答えた。
「人がいる場所を作っている」
WILKは予備飛行場という言葉を避けた。
代わりに、
臨時運用地点。
そう呼んだ。
飛行場ほどの設備はない。
常設部隊も置かない。
平時には別の用途がある。
だが必要になれば、
航空機が降りる。
燃料が来る。
工具が来る。
整備員が来る。
通信がつながる。
再び飛ぶ。
それだけを目標にした。
軍側から質問が来た。
「格納庫は?」
「ない」
「航空機をどう守る」
「分散する」
「雨は」
「覆う」
「爆撃は」
「一か所に置かない」
「整備棟は」
「ない」
「では整備は?」
「必要な工具を持っていく」
「設備が足りない」
「大修理はしない」
ポーランド軍将校が説明した。
「飛べる状態へ戻すだけだ」
「完全整備では?」
「主基地へ帰ってからやる」
「帰れなければ?」
元白軍将校が答えた。
「次の臨時地点へ飛ばす」
ここで問題が出た。
地図を見ると、臨時運用地点の多くが主基地の周辺に集中していた。
元ドイツ軍技術者が言った。
「近すぎる」
「補給しやすい」
「だからだ」
「では遠くへ?」
「遠すぎれば使えない」
赤鉛筆が地図を動いた。
近すぎず。
遠すぎず。
道路がある。
鉄道からも離れすぎない。
ただし一発で全部は潰れない。
ポーランド軍将校が言った。
「面倒だな」
「分散とはそういうものだ」
「効率が悪い」
「分散とはそういうものだ」
「同じことを二回言ったぞ」
「大事だからだ」
さらに燃料庫も見直された。
大きな燃料庫一つ。
それは便利だった。
だから危険だった。
「小分けする」
「どこへ」
「いくつか」
「管理が増える」
「増える」
「警備も」
「増える」
「品質確認も」
「増える」
ポーランド軍将校が嫌そうな顔をした。
「何も良いことがないな」
ユダヤ人実業家が答えた。
「一か所燃えて全部なくなるよりは」
「それしか良いことがない」
「十分でしょう」
弾薬も。
部品も。
工具も。
全部を同じ考え方で分けるわけではなかった。
高価な測定器は少数。
どこにでも置けない。
なら運ぶ。
頻繁に使う工具。
それは複数置く。
発動機。
高価。
重い。
少数。
点火部品。
軽い。
壊れやすい。
複数。
一つずつ考えた。
「全部分散しろではない」
元ドイツ軍技術者が言った。
「なくなった時、何が止まるかで決めろ」
数か月後。
空軍の演習で、臨時運用地点が初めて本格使用された。
主基地が「使用不能」と想定された。
部隊は航空機を分散。
一部は第二飛行場。
一部は草地。
一部は別の基地。
燃料車両が動いた。
オートバイが走った。
W式台車が押された。
工具箱が運ばれた。
簡易無線が開かれた。
食事も来た。
失敗も多かった。
燃料が遅れた。
無線がつながらない場所があった。
整備員が別地点へ行っていた。
部品箱を間違えた。
一機は地面が柔らかくて離陸を中止した。
それでも、
飛行機は全部止まらなかった。
演習終了後。
空軍側の担当者が言った。
「成功か?」
元ドイツ軍技術者は首を振った。
「問題だらけだ」
「では失敗?」
「違う」
「どちらだ」
「問題が見つかった」
彼は報告書を閉じた。
「だから成功だ」
一九三七年末。
ポーランド国内の航空地図には、
正式な飛行場以外の印が増えていた。
常設設備はない。
立派な格納庫もない。
滑走路すらない場所もある。
ただ、
航空機が降りられる。
燃料を持っていける。
人間が働ける。
必要なら再び飛ばせる。
それだけだった。
ポーランド軍将校は地図を眺めた。
「これ全部、飛行場なのか」
元ドイツ軍技術者が答えた。
「違う」
「では?」
「飛行場を失った時に使う場所だ」
「名前は?」
「臨時運用地点」
元白軍将校が横から言った。
「逃げ場所だろう」
技術者は否定しなかった。
スペインでは、
航空機が飛行場で燃えていた。
別の航空機は、
畑から飛んでいた。
WILKはその違いを見た。
飛行場を守れば、航空機を守れる。
それは正しい。
だが、
飛行場を失えば航空機まで失う。
それは正しくなかった。
一九三七年。
WILKは飛行場を増やさなかった。
代わりに、
飛行場でなくても飛べる場所を増やした。
そして運用規定の最後には、短く書かれた。
飛行場を一つにするな。
飛行場という考え方も、一つにするな。