WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK・航空燃料備蓄運用見直し
一九三七年

確認事項。

燃料備蓄量。

十分。

保管場所。

複数化済み。

品質管理。

実施。

輸送能力。

不足。

結論。

燃料があることと、

燃料を使えることは、

同じではない。


第132話 燃料を貯めれば安心するな

 

「これだけあれば当面は持つ」

 

ポーランド軍将校が表を見ながら言った。

 

燃料備蓄量。

 

通常消費。

 

訓練増加分。

 

非常時想定。

 

数字だけを見れば、悪くなかった。

 

むしろ以前よりは良い。

 

WILKが数年前から少しずつ増やしてきた備蓄。

 

軍の備蓄。

 

民間契約分。

 

鉄道沿線。

 

港湾。

 

複数の倉庫。

 

元ドイツ軍技術者が表を見た。

 

「どこにある」

 

「ここだ」

 

地図が出た。

 

「全部使えるのか」

 

「燃料だぞ」

 

「質問に答えろ」

 

ポーランド軍将校が嫌そうな顔をした。

 

「使える」

 

「明日、主飛行場が使えなくなったら?」

 

「……別の飛行場へ送る」

 

「何で」

 

「タンク車」

 

「何台」

 

答えが止まった。

 

---

 

備蓄量は数えやすい。

 

樽。

 

缶。

 

タンク。

 

帳簿。

 

何リットルあるか。

 

どこにあるか。

 

いつ入れたか。

 

数字にできる。

 

輸送能力は、少し面倒だった。

 

タンク車が何台ある。

 

一台何リットル運べる。

 

道路は使えるか。

 

運転手はいるか。

 

荷役できるか。

 

ポンプはあるか。

 

容器は足りるか。

 

空になった車両は戻れるか。

 

戻った時、また燃料を積めるか。

 

一日に何往復できるか。

 

一つずつ数字にすると、

 

備蓄表とは違う景色が見えた。

 

---

 

元ドイツ軍技術者が黒板に書いた。

 

「燃料三十日分」

 

ポーランド軍将校が頷く。

 

「悪くない」

 

その下に書いた。

 

「輸送能力七日分」

 

「……どういう意味だ」

 

「必要量を必要な場所へ運べるのは、この程度だ」

 

「燃料は三十日あるんだぞ」

 

「倉庫にはな」

 

「なら運べばいい」

 

「だから何で運ぶ」

 

また止まった。

 

元白軍将校が横から言った。

 

「倉庫の中で航空機は飛ばない」

 

---

 

一九三七年。

 

WILKは燃料備蓄そのものを否定しなかった。

 

むしろ増やしていた。

 

ただし、

 

大きなタンクを増やして終わり。

 

それを嫌った。

 

「燃料庫を増やせ」

 

軍側から言われた。

 

「増やします」

 

「なら問題ないな」

 

「問題はあります」

 

「何が」

 

ユダヤ人実業家が地図を指した。

 

「ここから、ここへ運べません」

 

「道路がある」

 

「平時には」

 

「戦時でも道路は道路だ」

 

元白軍将校が言った。

 

「橋が落ちれば川になる」

 

誰も笑わなかった。

 

---

 

最初に調べたのはタンク車だった。

 

軍用。

 

民間。

 

石油会社。

 

農業用。

 

工場用。

 

鉄道会社。

 

使えそうな車両を数えた。

 

次に運転手。

 

次に整備部品。

 

次にホース。

 

次にポンプ。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「車両だけ数えるな」

 

「またそれか」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「車輪があっても動かなければ箱だ」

 

「燃料車が燃料切れしたら?」

 

「笑えない」

 

「だから数えろ」

 

---

 

もっと小さい容器も問題になった。

 

ドラム缶。

 

携行缶。

 

給油缶。

 

じょうご。

 

濾過具。

 

手押しポンプ。

 

「そんな物まで?」

 

若い担当者が聞いた。

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「最後の百メートルを何で運ぶ」

 

「タンク車で」

 

「航空機の横まで?」

 

「入れるなら」

 

「入れない場所なら?」

 

担当者は黙った。

 

部屋の隅。

 

W式共通整備台車。

 

全員が見た。

 

元ドイツ軍技術者が先に言った。

 

「燃料を載せるなら固定しろ」

 

ポーランド軍将校が笑った。

 

「まだ何も言ってないぞ」

 

「顔に書いてある」

 

---

 

臨時運用地点で試験した。

 

タンク車は道路脇まで。

 

そこから先。

 

地面が柔らかい。

 

航空機までは二百メートル。

 

燃料缶を台車へ載せる。

 

二缶。

 

三缶。

 

固定。

 

押す。

 

一回目。

 

問題なし。

 

二回目。

 

泥。

 

車輪が沈んだ。

 

「大きい車輪が要るな」

 

現場の整備員が言った。

 

元ドイツ軍技術者は首を振った。

 

「場所ごとに全部変えるな」

 

「では」

 

「二人増やせ」

 

「人力ですか」

 

「二百メートルだ」

 

「効率が」

 

「飛ばないよりいい」

 

---

 

別の日。

 

タンク車が来ない想定。

 

燃料は近隣倉庫。

 

距離八キロ。

 

農業用トラックを借りた。

 

荷台へドラム缶。

 

固定。

 

布。

 

木枠。

 

現地でポンプ。

 

航空燃料として使う前に品質確認。

 

水分。

 

異物。

 

容器内部。

 

元ドイツ軍技術者はそこを厳しく見た。

 

「運べばいいではない」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「さっきまで運べと言ってたじゃないか」

 

「汚れた燃料を運んでどうする」

 

「注文が多いな」

 

「発動機の方が注文が多い」

 

---

 

品質管理は厄介だった。

 

燃料は見た目だけでは分からない。

 

同じ容器。

 

違う中身。

 

保管期間。

 

水分。

 

混入。

 

元ドイツ軍技術者は容器の標識を増やした。

 

種類。

 

受入日。

 

検査日。

 

保管場所。

 

移送履歴。

 

「ここまで要るか?」

 

軍側担当者が聞いた。

 

「要る」

 

「戦争になったらそんな暇はない」

 

「だから今やる」

 

「混乱したら?」

 

「色と札を使え」

 

「札が取れたら?」

 

「色を見る」

 

「色が剥げたら?」

 

「記録を見る」

 

「記録もなければ?」

 

技術者は少し考えた。

 

「使うな」

 

---

 

ユダヤ人実業家は、燃料そのものとは別の契約を増やした。

 

輸送会社。

 

石油業者。

 

鉄道会社。

 

倉庫会社。

 

農業組合。

 

「燃料を買う契約では?」

 

ポーランド軍将校が聞いた。

 

「一部は違います」

 

「では」

 

「運ぶ権利です」

 

「権利?」

 

「非常時に一定台数の車両を優先使用する契約」

 

「軍が徴用すればいい」

 

「徴用された時、運転手まで付いてくるとは限りません」

 

元白軍将校が頷いた。

 

「車を取って、人が逃げている」

 

「見たことが?」

 

「ある」

 

それ以上は聞かなかった。

 

---

 

鉄道も使った。

 

大量輸送なら強い。

 

ただし駅から先がある。

 

「また最後の距離か」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「いつも最後が弱い」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「大きい輸送は誰でも考えますから」

 

「小さい方は?」

 

「面倒なので後回しになります」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「戦争は後回しにした所から止まる」

 

---

 

一つの演習をした。

 

想定。

 

主要燃料庫一か所使用不能。

 

鉄道一線不通。

 

主飛行場への道路一本封鎖。

 

航空部隊は分散済み。

 

必要燃料を二十四時間以内に届ける。

 

開始。

 

最初の六時間。

 

ほとんど動かなかった。

 

理由。

 

誰がどの燃料を出すか分からない。

 

契約先へ連絡がつかない。

 

車両はある。

 

運転手がいない。

 

運転手はいる。

 

車両が別の仕事へ出ている。

 

鉄道貨車はある。

 

積込設備が混雑。

 

ポーランド軍将校が記録を見た。

 

「酷いな」

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「良い」

 

「何が」

 

「戦争の前に酷いと分かった」

 

---

 

二回目。

 

連絡先を一本化。

 

優先順位を明文化。

 

代替車両一覧。

 

運転手名簿。

 

予備ポンプ。

 

容器を事前配置。

 

臨時運用地点ごとに必要量を設定。

 

十二時間。

 

届いた。

 

ただし一か所不足。

 

原因。

 

道路の重量制限。

 

「そんな物まで見るのか」

 

若い担当者が言った。

 

元白軍将校が答えた。

 

「橋はお前の計画を読まない」

 

---

 

三回目。

 

輸送経路を二本。

 

鉄道。

 

道路。

 

一部は馬車。

 

最後は人力。

 

ポーランド軍将校が目を疑った。

 

「馬車?」

 

「動く」

 

「一九三七年だぞ」

 

元白軍将校が答えた。

 

「馬は年号を気にしない」

 

元ドイツ軍技術者も続けた。

 

「必要なのは燃料を動かすことだ。方法を格好で選ぶな」

 

---

 

WILK内部では、

 

燃料備蓄量とは別に、

 

「一日移送可能量」

 

という数字を使い始めた。

 

何リットル持っているか。

 

ではない。

 

一日で何リットル、

 

どの方向へ、

 

どの手段で、

 

動かせるか。

 

しかも一つの数字ではなかった。

 

鉄道使用可能時。

 

鉄道不通時。

 

主要道路使用可能時。

 

一部橋梁喪失時。

 

夜間。

 

冬季。

 

元独立運動家が表を見て言った。

 

「どんどん嫌な書類になるな」

 

ポーランド軍将校が答えた。

 

「最近のWILKの書類は全部そうだ」

 

---

 

空軍から新しい要求が来た。

 

「燃料備蓄を増やしたい」

 

WILKは答えた。

 

増やす。

 

ただし、

 

同時に車両。

 

容器。

 

ポンプ。

 

運転手。

 

経路。

 

予備経路。

 

受入地点。

 

品質検査。

 

これも増やす。

 

軍側から返事。

 

「費用が増える」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「燃料だけ買うよりは」

 

「当然だ」

 

「使えない燃料を買うよりは安いです」

 

---

 

その年の暮れ。

 

ある倉庫を視察した。

 

燃料は十分あった。

 

整然と並んでいる。

 

帳簿も合っている。

 

品質も良い。

 

ポーランド軍将校が満足そうに言った。

 

「ここは問題ないな」

 

元ドイツ軍技術者が尋ねた。

 

「今日、飛行場へ何リットル出せる」

 

倉庫主任が答えた。

 

「今日は?」

 

「今日だ」

 

「車両が二台出ていますので……」

 

計算。

 

ポンプ一基修理中。

 

運転手一名休み。

 

道路工事。

 

数字が出た。

 

備蓄量の二十分の一にも届かなかった。

 

ポーランド軍将校の顔から満足が消えた。

 

技術者は言った。

 

「これが問題だ」

 

---

 

燃料は戦わない。

 

倉庫も戦わない。

 

タンクも戦わない。

 

飛行機が飛び、

 

車両が走り、

 

人間が運び、

 

初めて燃料は意味を持つ。

 

一九三七年。

 

WILKは燃料を増やした。

 

同時に、

 

燃料を動かす手段を増やした。

 

全部を十分にはできなかった。

 

車両は足りない。

 

人も足りない。

 

道路も壊れる。

 

鉄道も止まる。

 

それでも、

 

帳簿の数字だけを見て安心することはやめた。

 

報告書の最後には一文だけ書かれた。

 

燃料を貯めれば安心するな。

 

必要な時、

 

必要な場所にある燃料だけが、

 

飛行機を飛ばす。

 

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