WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK・航空部隊稼働能力調査
一九三七年末

保有機数。

増加。

新造機数。

増加。

搭乗員。

不足気味。

整備員。

不足。

予備発動機。

不足。

結論。

航空機の数を数えるだけでは、

飛べる航空機の数は分からない。


第133話 新しい機体より予備発動機を数えろ

「また十二機だ」

 

ポーランド軍将校が注文書を置いた。

 

Bizon。

 

追加発注。

 

元ドイツ軍技術者は数字を見た。

 

「多いな」

 

「喜ばないのか」

 

「第百十四話で喜ぶなと言っただろう」

 

「言ったな」

 

「だから喜ばない」

 

「では作る?」

 

「作る」

 

軍将校が椅子へ座った。

 

「そこは迷わないんだな」

 

「必要だからな」

 

技術者は注文書を横へ置いた。

 

「発動機は?」

 

「機体に付ける分ならある」

 

「予備は」

 

少し間があった。

 

「……何基欲しい」

 

「それを今から決める」

 

新しい航空機は分かりやすかった。

 

完成した。

 

並んだ。

 

飛んだ。

 

写真も撮れる。

 

納入式もできる。

 

一機増えれば、保有機数は一機増える。

 

発動機は違った。

 

機体に付いている。

 

倉庫にある。

 

修理中。

 

分解中。

 

部品待ち。

 

教育用。

 

試験用。

 

事故調査中。

 

そして、

 

使えるのか使えないのか、

 

外から見ただけでは分からない。

 

WILKは空軍の記録を並べた。

 

保有機数。

 

その横に、

 

飛行可能機。

 

整備中。

 

長期整備。

 

発動機待ち。

 

部品待ち。

 

事故修理。

 

訓練使用。

 

元ドイツ軍技術者が一行を指した。

 

「これだ」

 

ポーランド軍将校が見る。

 

発動機待ち。

 

「七機」

 

「七機だ」

 

「機体はある」

 

「ある」

 

「翼も」

 

「ある」

 

「乗員も」

 

「いる」

 

「では発動機だけ?」

 

「発動機だけだ」

 

軍将校は黙った。

 

元白軍将校が横から言った。

 

「飛ばない飛行機が七機あるわけだ」

 

技術者が訂正した。

 

「飛べない飛行機だ」

 

原因は単純ではなかった。

 

一基は焼付き。

 

一基は過給器。

 

二基は軸受。

 

一基は事故損傷。

 

一基は規定時間到達。

 

もう一基は異音。

 

「異音だけで外したのか」

 

軍将校が聞いた。

 

「異音が出ている発動機で飛ばしたいか?」

 

「嫌だな」

 

「なら外す」

 

「修理すればいい」

 

「修理する」

 

「いつ」

 

「部品が来たら」

 

「部品は?」

 

「来月」

 

「……飛行機は?」

 

「今月は飛ばない」

 

元ドイツ軍技術者は黒板に数字を書いた。

 

航空機百機。

 

発動機百基。

 

「全部飛べるか」

 

若い担当者が答えた。

 

「理論上は」

 

「一基壊れた」

 

「九十九機」

 

「五基修理」

 

「九十五機」

 

「十基整備期限」

 

「八十五機」

 

「事故で三基」

 

「八十二機」

 

「発動機が百基あるのに?」

 

「百基しかないからだ」

 

担当者が顔をしかめた。

 

「では百二十基?」

 

「まだ足りるとは限らない」

 

「百三十?」

 

「数字を当てるな」

 

必要なのは、

 

予備発動機の数。

 

だけではなかった。

 

交換にかかる時間。

 

修理にかかる時間。

 

部品供給。

 

輸送。

 

吊り具。

 

台車。

 

整備員。

 

試運転設備。

 

記録。

 

そして、

 

交換した発動機をどこへ送るか。

 

「予備発動機を増やしても、壊れた発動機を積み上げれば終わる」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「では修理工場も」

 

「いる」

 

「修理工場用の部品も」

 

「いる」

 

「測定器も」

 

「いる」

 

ポーランド軍将校が頭を抱えた。

 

「機体を一機増やす方が簡単だな」

 

「だから皆そっちを見る」

 

WILKは発動機の流れを書いた。

 

機体。

 

取り外し。

 

一次点検。

 

軽修理。

 

再搭載。

 

あるいは、

 

工場送り。

 

分解。

 

判定。

 

部品交換。

 

組立。

 

試運転。

 

返却。

 

予備在庫へ。

 

また機体へ。

 

矢印が輪になった。

 

元独立運動家がそれを見た。

 

「発動機がぐるぐる回っているな」

 

「そうだ」

 

「航空機より忙しいんじゃないか」

 

「地上にいる時間は長い」

 

問題は、発動機の種類だった。

 

Tur。

 

古い。

 

しかしまだ飛ぶ。

 

Bizon。

 

新しい。

 

改修型。

 

輸入系。

 

ライセンス系。

 

試験搭載。

 

長年の改修で種類が増えていた。

 

ポーランド軍将校が一覧を見た。

 

「これ全部持つのか?」

 

「全部を同じ数ではない」

 

「Tur用は減らす?」

 

元ドイツ軍技術者が答えようとした。

 

そこへ別の書類が来た。

 

スペイン向けTur追加搬出。

 

部屋が静かになった。

 

元白軍将校が笑った。

 

「減らせそうか?」

 

技術者は書類を机へ置いた。

 

「……減らせん」

 

Turは国内でも減っていた。

 

スペインへ出た。

 

部品取りになった。

 

訓練機として使われた。

 

それでも残ったTurは働いていた。

 

連絡。

 

訓練。

 

救急。

 

輸送。

 

Bizonへ全部置き換えるには、

 

Bizonが足りない。

 

乗員も足りない。

 

整備員も足りない。

 

だからTur用発動機も、

 

まだ要る。

 

「旧式を維持するために新しい金を使うのか」

 

軍側担当者が尋ねた。

 

元ドイツ軍技術者が答えた。

 

「旧式だから止まるわけではない」

 

「しかし新型を増やせば」

 

「その新型用発動機も必要になる」

 

担当者は黙った。

 

そこでWILKは、

 

「機体一機に発動機一基」

 

という考えを捨てた。

 

機体数。

 

発動機数。

 

予備数。

 

修理中数。

 

再使用可能部品。

 

全部別に数えた。

 

そして部隊ごとに、

 

最低予備数を決めた。

 

前線想定部隊。

 

多め。

 

訓練部隊。

 

少なめ。

 

ただし飛行時間が多いので修理回転は速い。

 

長距離運用部隊。

 

輸送に時間がかかるので予備を厚くする。

 

海上任務。

 

腐食や塩害を考慮。

 

「面倒になったな」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「現実が面倒なんだ」

 

さらにWILKは予備発動機を、

 

全部完成状態で持つこともしなかった。

 

完成発動機。

 

短時間で完成できる半完成状態。

 

主要交換部品。

 

再生可能部品。

 

使用済みだが修理可能な発動機。

 

「これも予備なのか」

 

軍将校が聞いた。

 

「時間次第だ」

 

「どういう意味だ」

 

「明日必要なら予備ではない」

 

技術者は修理待ちの一基を指した。

 

「二週間後なら予備になり得る」

 

「では在庫表にどう書く」

 

「状態を書く」

 

「一個の数字にできないのか」

 

「するな」

 

軍の帳簿は少しずつ嫌な形になった。

 

発動機保有数。

 

即時使用可。

 

短期修理可。

 

長期修理。

 

部品待ち。

 

再生不能。

 

教育用。

 

部品取り。

 

「部品取りまで数えるのか」

 

若い担当者が聞いた。

 

元ドイツ軍技術者は当然のように答えた。

 

「軸受座が死んでも補機は生きているかもしれん」

 

「一基としては死んでいます」

 

「発動機としてはな」

 

「では?」

 

「部品箱としては生きている」

 

またWILKだった。

 

壊れた物を、

 

壊れたという一語で終わらせない。

 

スペインから、その考えをさらに悪化させる報告が来た。

 

Tur一機。

 

発動機故障。

 

現地で同型なし。

 

別系統発動機へ換装。

 

飛行復帰。

 

元ドイツ軍技術者が読んだ。

 

「参考にするな」

 

ポーランド軍将校が笑った。

 

「なぜ」

 

「正式運用に持ち込むと地獄になる」

 

「だが飛んだ」

 

「飛んだことと、整備体系として正しいことは別だ」

 

「猫車の銃架でも似たこと言ってたな」

 

「正しいから何度でも言う」

 

元白軍将校が書類を覗いた。

 

「でも戦争になったら?」

 

技術者は黙った。

 

しばらくして言った。

 

「その時は載る物を載せろ」

 

「ほら」

 

「だから平時にやるな!」

 

予備発動機の増産が決まった。

 

ただし、

 

新造だけではなかった。

 

修理能力を増やす。

 

再生部品を増やす。

 

地方工場へ一部工程を出す。

 

点火系。

 

ポンプ。

 

軸受周辺。

 

配線。

 

ガスケット。

 

洗浄。

 

検査。

 

第百二十話で広げた発動機周辺産業が、

 

今度は具体的な数字になって返ってきた。

 

猫車を作っていた精工所の一部にも、

 

比較的簡単な発動機周辺部品が回った。

 

精工所の主人が図面を見た。

 

「前より細かいな」

 

WILK担当者が答えた。

 

「作れますか」

 

「猫車よりは面倒だ」

 

「無理なら」

 

「誰が無理と言った」

 

空軍では交換訓練も増えた。

 

発動機があっても、

 

交換に二日かかれば二日飛べない。

 

一日。

 

半日。

 

短縮できる部分を探した。

 

ただし急いで事故を起こしては意味がない。

 

元ドイツ軍技術者は作業を見ながら言った。

 

「速くしろ」

 

整備員が手を動かす。

 

「急ぐな」

 

整備員が止まった。

 

「どっちです?」

 

「無駄を減らせ。確認は減らすな」

 

「難しい注文ですね」

 

「航空機整備はだいたいそうだ」

 

W式台車も増えた。

 

発動機交換用工具。

 

補機。

 

ボルト。

 

配管。

 

外した部品。

 

作業途中の物を載せる。

 

ある飛行場では、

 

台車ごとに用途を固定した。

 

点火系。

 

燃料系。

 

工具。

 

交換部品。

 

ポーランド軍将校が見て言った。

 

「猫車が工具箱になったな」

 

元ドイツ軍技術者は満足そうだった。

 

「最初からそういう物だ」

 

「市場では魚を運んでるぞ」

 

「それは知らん」

 

「知っているだろ」

 

「見ていない」

 

数か月後。

 

演習。

 

想定。

 

一個飛行隊。

 

発動機故障三機。

 

一基は軽修理。

 

一基は交換。

 

一基は工場送り。

 

以前なら、

 

三機とも当日停止。

 

今回は、

 

一機。

 

現地修理。

 

復帰。

 

二機目。

 

予備発動機へ交換。

 

翌朝復帰。

 

三機目。

 

停止。

 

しかし取り外した発動機は即座に後送。

 

代わりの予備発動機が輸送中。

 

ポーランド軍将校が結果を見た。

 

「三機壊れて、一機しか止まってない」

 

元ドイツ軍技術者が首を振った。

 

「三機壊れたんじゃない」

 

「では」

 

「発動機が三基壊れた」

 

「同じだろ」

 

「違う」

 

機体を指した。

 

「機体は使える」

 

次に予備発動機。

 

「だから交換できる」

 

軍将校は少し考えた。

 

「スペインのTurと同じか」

 

「もっとまともにやっている」

 

年末。

 

新しいBizonが並んだ。

 

塗装された機体。

 

新しい翼。

 

新しい発動機。

 

空軍関係者が視察に来た。

 

「何機完成した」

 

「八機」

 

「良い」

 

「予備発動機は」

 

「四基」

 

「少なくないか」

 

以前なら、

 

誰もその質問を最初にはしなかった。

 

元ドイツ軍技術者が少しだけ笑った。

 

「ようやくそこを聞くようになったか」

 

その日の会議。

 

ポーランド軍将校が航空戦力一覧を読み上げた。

 

「Bizon、何機」

 

数字が出る。

 

「Tur、何機」

 

数字が出る。

 

「その他」

 

数字が出る。

 

以前なら、

 

そこで終わっていた。

 

軍将校は次の紙を取った。

 

「即時使用可能発動機」

 

数字。

 

「予備」

 

数字。

 

「短期修理」

 

数字。

 

「長期修理」

 

数字。

 

「部品待ち」

 

数字。

 

元白軍将校が言った。

 

「随分読む物が増えたな」

 

軍将校が答えた。

 

「飛行機を数えるだけでは足りないそうだからな」

 

元ドイツ軍技術者は訂正しなかった。

 

一九三七年。

 

ポーランドは新しい航空機を増やしていた。

 

WILKも作った。

 

空軍も欲しがった。

 

新型機は必要だった。

 

だが、

 

戦争は新品だけで飛ぶわけではない。

 

昨日飛んだ機体。

 

今日壊れた発動機。

 

明日直る発動機。

 

倉庫にある予備。

 

別の機体から外された補機。

 

地方工場で作られる小さな部品。

 

それらが回り続けて、

 

初めて航空機は飛び続ける。

 

会議記録の最後。

 

元ドイツ軍技術者が書いた。

 

新しい機体より予備発動機を数えろ。

 

その下に、

 

ポーランド軍将校が追記した。

 

新しい機体も数えろ。

 

さらにその下。

 

元ドイツ軍技術者。

 

当たり前だ。

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