WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

135 / 135
――WILK・非常時資材配分検討資料
一九三八年初頭

想定。

東方国境に緊張。

西方国境に緊張。

同時発生。

質問。

航空機を半分ずつ送るか。

燃料を半分ずつ送るか。

弾薬を半分ずつ送るか。

車両を半分ずつ送るか。

結論。

するな。

国境が二つあるからといって、

必要な物まで同じになるとは限らない。


第135話 二つの国境へ同じ物を送るな

「公平ではある」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

机の上には配備案。

 

東部。

 

西部。

 

航空機。

 

車両。

 

燃料。

 

予備発動機。

 

整備班。

 

通信機材。

 

ほぼ半分ずつ。

 

元ドイツ軍技術者はしばらく眺めた。

 

「誰が作った」

 

「参謀側の試案だ」

 

「綺麗だな」

 

「珍しく褒めるじゃないか」

 

「褒めていない」

 

指で紙を叩いた。

 

「綺麗すぎる」

 

数字は整っていた。

 

百あるなら五十、五十。

 

二十あるなら十、十。

 

八あるなら四、四。

 

誰が見ても分かりやすい。

 

説明もしやすい。

 

政治的にも揉めにくい。

 

東だけ厚くする。

 

西だけ厚くする。

 

そう言えば必ず理由を求められる。

 

半分なら、

 

「公平に配分した」

 

で済む。

 

元白軍将校が言った。

 

「戦争は公平に来るのか」

 

誰も答えなかった。

 

最初に道路を見た。

 

東部。

 

道路密度。

 

橋梁。

 

鉄道接続。

 

泥濘。

 

距離。

 

西部。

 

道路密度。

 

鉄道。

 

工業地帯。

 

都市。

 

交通量。

 

条件が違う。

 

次に航空基地。

 

次に補給拠点。

 

次に倉庫。

 

次に修理工場。

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「同じ一個師団でも、後ろにある物が違う」

 

ポーランド軍将校が頷いた。

 

「だから必要量も違う?」

 

「当然だ」

 

燃料から始めた。

 

西部。

 

道路が比較的多い。

 

鉄道も使いやすい。

 

ただし、

 

交通が集中する。

 

混雑する。

 

攻撃を受ければ詰まる。

 

東部。

 

距離が長い。

 

道路条件が悪い場所がある。

 

輸送速度が落ちる。

 

「では東へ燃料を多く?」

 

若い担当者が聞いた。

 

元ドイツ軍技術者は首を振った。

 

「まだ早い」

 

「なぜ」

 

「燃料だけ置いてどうする」

 

「またそれですか」

 

「またそれだ」

 

車両。

 

ポンプ。

 

容器。

 

運転手。

 

整備能力。

 

全部を見る。

 

第百三十二話で嫌というほど数えた。

 

今度は、

 

方向ごとに数えた。

 

西部では、

 

大きな輸送車両が比較的使いやすい。

 

東部では、

 

最後の距離が問題になる。

 

「小さい車両を東へ増やすか」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

元白軍将校が地図を見た。

 

「馬車も残せ」

 

「また馬か」

 

「動くぞ」

 

「分かっている」

 

「道が悪くても動く」

 

「分かっている」

 

「燃料も」

 

「草と言うな」

 

元白軍将校は笑った。

 

航空機も同じだった。

 

Bizon。

 

Tur。

 

偵察。

 

連絡。

 

輸送。

 

訓練。

 

全部を半分にする意味はなかった。

 

西部では、

 

より高速な敵機と遭遇する可能性。

 

飛行場攻撃。

 

短時間での移動。

 

東部では、

 

距離。

 

広い地域。

 

連絡。

 

輸送。

 

悪条件飛行場。

 

「Turを東へ多めに?」

 

ポーランド軍将校が聞いた。

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「用途次第だ」

 

「古いから東、ではない?」

 

「そんな配り方をしたら殴るぞ」

 

「分かった」

 

Bizonも、

 

一律ではなかった。

 

偵察装備。

 

輸送仕様。

 

救急仕様。

 

爆撃装備。

 

追加燃料。

 

同じ機体でも、

 

必要な任務が違えば、

 

準備する上物も違う。

 

「万能に使えるから同じ物を送ればいい」

 

軍側担当者が言った。

 

元ドイツ軍技術者が即座に返した。

 

「逆だ」

 

「逆?」

 

「変えられるから、必要な形にして送れ」

 

「現地で変えれば」

 

「部品があればな」

 

担当者が黙った。

 

W式台車も対象になった。

 

陸軍。

 

空軍。

 

補給。

 

衛生。

 

通信。

 

弾薬。

 

国内配備数はかなり増えていた。

 

「これは半分でいいだろう」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

元独立運動家が尋ねた。

 

「何を載せる?」

 

「……いろいろ」

 

「東と西で同じ?」

 

「台車だぞ」

 

「上は違うだろ」

 

また増えた。

 

荷台。

 

工具台。

 

担架。

 

通信器材用。

 

機関銃用。

 

給食。

 

燃料缶。

 

ポーランド軍将校が額を押さえた。

 

「猫車まで配分表が必要なのか」

 

元ドイツ軍技術者が訂正した。

 

「共通整備台車だ」

 

「もう陸軍の炊事班にもいるぞ」

 

「共通だろう」

 

「そういう意味ではない」

 

試しに、

 

東西同数配分で演習をした。

 

結果。

 

西部。

 

燃料車両は足りた。

 

ただし道路混雑。

 

通信車が不足。

 

整備用予備部品が余った。

 

東部。

 

燃料そのものは足りた。

 

運べなかった。

 

小型車両不足。

 

台車不足。

 

無線中継不足。

 

予備タイヤ不足。

 

「見事に違うな」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

元ドイツ軍技術者は答えた。

 

「だから言った」

 

「でも机の上では綺麗だった」

 

「戦場は机の上にない」

 

二回目。

 

配分を変えた。

 

東。

 

小型輸送手段を増やす。

 

予備車輪。

 

簡易修理具。

 

連絡用無線。

 

一部の燃料を小分け。

 

Turを連絡・輸送向けに多め。

 

西。

 

通信能力。

 

機動整備班。

 

予備発動機。

 

鉄道輸送との接続。

 

Bizonの比率を少し厚く。

 

ただし、

 

これは固定ではない。

 

天候。

 

部隊。

 

道路。

 

敵情。

 

変われば配分も変える。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「計画が複雑になった」

 

「現実に近づいた」

 

「嬉しくないな」

 

「俺もだ」

 

さらに問題が出た。

 

両方同時に悪化した場合。

 

東へ送りたい。

 

西にも送りたい。

 

どちらにも足りない。

 

「では中央に予備を置く」

 

若い担当者が言った。

 

元白軍将校が聞いた。

 

「どこへ」

 

地図の中央。

 

「この辺り」

 

「鉄道が切れたら?」

 

「道路」

 

「道路も?」

 

「……」

 

元ドイツ軍技術者が口を挟んだ。

 

「中央予備は必要だ」

 

「では」

 

「一つにするな」

 

まただった。

 

中央予備。

 

北寄り。

 

南寄り。

 

鉄道沿い。

 

道路沿い。

 

すべて小さく。

 

全部を同じ場所へ集めない。

 

ポーランド軍将校が嫌そうな顔をした。

 

「予備まで分散するのか」

 

「予備だからだ」

 

「管理が大変だ」

 

「予備が一発で消える方が大変だ」

 

「帳簿が増える」

 

「増やせ」

 

「人が要る」

 

「育てろ」

 

「予算が」

 

ユダヤ人実業家が顔を上げた。

 

「そこから先は私ですか」

 

全員が彼を見た。

 

「見るな」

 

資金にも限界があった。

 

全部二重。

 

全部三重。

 

そんなことはできない。

 

だから、

 

同じ物を二つ買う前に、

 

「両方で本当に必要か」

 

を考えた。

 

精密測定器。

 

高価。

 

中央修理拠点に置く。

 

ただし移送可能にする。

 

簡易工具。

 

安い。

 

両方へ置く。

 

発動機。

 

高価。

 

一部中央予備。

 

点火部品。

 

軽い。

 

各地へ多め。

 

燃料。

 

大量。

 

分散。

 

ポンプ。

 

忘れるな。

 

元ドイツ軍技術者が最後に付け加えた。

 

人間も同じだった。

 

整備員を半分ずつ。

 

それでは足りなかった。

 

東では、

 

広く分かれた地点への少人数派遣能力。

 

西では、

 

大規模な集中整備に対応できる班。

 

要求される形が違う。

 

「人間まで配分表か」

 

元独立運動家が言った。

 

「人間だからだ」

 

元白軍将校が答えた。

 

「物なら置いて終わる」

 

「人は?」

 

「寝る。食う。疲れる。逃げる。怪我する」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「最後の二つは書類に書きたくないな」

 

「書け」

 

そのため、

 

整備班の編成も少し変えた。

 

一つの大班。

 

ではなく、

 

小さな班へ分割可能にする。

 

主任。

 

発動機。

 

機体。

 

電装。

 

武装。

 

補助員。

 

必要なら二班に割れる。

 

必要なら集める。

 

「航空機と同じだな」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「何が」

 

「任務に合わせて組み替える」

 

元ドイツ軍技術者は少し考えた。

 

「会社までBizonみたいになってきたな」

 

元白軍将校が答えた。

 

「最初からだろう」

 

問題は政治だった。

 

東へ多く置けば、

 

「西を軽視している」

 

西へ多く置けば、

 

「東を軽視している」

 

数字には意味が付いた。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「だから半分は楽なんだ」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「説明が楽なだけです」

 

「政治では大事だ」

 

「戦場では?」

 

「……大事ではない」

 

「なら説明してください」

 

軍将校は深いため息をついた。

 

「俺が?」

 

「軍との窓口でしょう」

 

「こういう時だけ役割を思い出すな」

 

最終案には、

 

東西配分比率を書かなかった。

 

代わりに、

 

条件を書いた。

 

道路使用可能率。

 

鉄道使用可能率。

 

航空基地稼働率。

 

敵航空活動。

 

燃料消費。

 

車両損耗。

 

部隊移動。

 

修理需要。

 

これらによって、

 

物資を動かす。

 

「最初から割合を決めないのか」

 

軍側担当者が聞いた。

 

「基準値はあります」

 

「五十対五十?」

 

「違います」

 

「六十対四十?」

 

「状況によります」

 

「それでは計画にならない」

 

元ドイツ軍技術者が答えた。

 

「状況が変わっても五十対五十の方が計画ではない」

 

演習の最後。

 

想定が追加された。

 

西部で大規模な航空機損耗。

 

同時に東部で鉄道橋損傷。

 

中央予備をどちらへ送るか。

 

会議が割れた。

 

発動機は西。

 

輸送車両は東。

 

通信機は西。

 

架橋資材は東。

 

整備班は二分。

 

燃料は現地在庫を優先。

 

「全部半分にした方が早い」

 

誰かが言った。

 

元白軍将校が答えた。

 

「判断を放棄するならな」

 

一九三八年。

 

壁には二つの国境があった。

 

実際には、

 

もっと多くの境界があった。

 

道路の境界。

 

鉄道の境界。

 

燃料の境界。

 

工場の境界。

 

飛行場の境界。

 

人間が動ける範囲の境界。

 

東と西。

 

同じ国の両端。

 

だが、

 

そこで起きる問題まで同じではなかった。

 

WILKは、

 

公平に半分ずつ分けることをやめた。

 

必要な場所へ、

 

必要な物を、

 

必要な形で置くことにした。

 

それは見栄えが悪かった。

 

説明も面倒だった。

 

帳簿も増えた。

 

そして、

 

その方が少しだけ、

 

役に立った。

 

会議記録の最後には、

 

一文が残された。

 

二つの国境へ同じ物を送るな。

 

敵が違えば、

 

困り方も違う。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

面倒なので黙っていたら天才参謀と誤解されました(作者:濃厚とんこつ豚無双)(オリジナルファンタジー/戦記)

後年、ノルトマルクの軍史家たちは、クラウス・フォン・ライフェンベルクを「沈黙の天才参謀」と記した。▼諸邦の利害を束ね、敵国の思惑を見抜き、ただ一言で戦役の方向を定めた男。と。▼だが、その大半は誤解である。▼確かにクラウスは名門ライフェンベルク家の嫡孫にして、陸軍高等軍学院首席、若くして統帥府(参謀本部)に配属されたエリートだった。▼とはいえ本人に言わせれば、…


総合評価:12460/評価:8.82/連載:68話/更新日時:2026年08月14日(金) 15:40 小説情報

カードゲーム世界で考察配信したら、黒幕っぽくて楽しい(作者:マクロコスモス)(オリジナル現代/冒険・バトル)

カードゲーム世界で無名配信者をしていたヒカルは、ある時カードのイラストやフレーバーに関する考察配信をしてみることにした。▼転生者特有のメタ読みを活用した結果、見事にカードの裏に潜む悪の組織の意図に気付き、組織が壊滅。▼まるで黒幕のようだと、ヒカルは思う。▼そんな状況でヒカルは――喜んで配信を続けることにした。▼なぜなら彼は人の嫌がることが大好きな陰湿デッキ使…


総合評価:27784/評価:8.65/連載:17話/更新日時:2026年08月12日(水) 18:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>