WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――ポーランド陸軍航空部・戦後運用総括
一九二一年

WILK製双発軽輸送機は、戦時中に以下の任務へ投入された。

軍用郵便。
命令書輸送。
連絡将校輸送。
偵察および航空写真撮影。
負傷者後送。
医薬品、弾薬、食料の空中投下。
小型爆発物による地上攻撃。

本来、本機は民間郵便輸送を目的として設計されたものである。

改造箇所が増加した結果、各機の構造、装備、重量および操作方法に大きな差異が生じ、整備および補給上の問題となっている。

軍は製造元に対し、今後の軍事用途を想定した専用機の設計を求める。

製造元からは、

「最初から必要な機能を入れてよいのですね」

との回答があった。

航空部は、この回答に強い不安を表明する。


第14話 なら最初から軍用機を作れ

戦争が終わった。

 

 正確には、撃ち合いが止まり、条約が結ばれ、地図へ新しい線が引かれた。

 

 それでも、すぐに平和になったわけではない。

 

 兵士は帰らなければならない。

 

 負傷者は治療しなければならない。

 

 捕虜を交換しなければならない。

 

 行方不明者を探し、武器を集め、弾薬を数え、破壊された鉄道と道路を直す。

 

 昨日まで前線だった村へ、明日から役人と郵便を送らなければならない。

 

 戦争が終わる時、仕事が終わる者もいる。

 

 仕事が急に増える者もいる。

 

 WILKは後者だった。

 

     ◇

 

「返せ」

 

 ポーランド軍将校が言った。

 

 前線航空隊の大尉は、一号機『葬式拒否』の前に立っていた。

 

「何をです」

 

「機体を」

 

「軍用機です」

 

「民間機だ!」

 

「軍の印があります」

 

「勝手に描いたものだ!」

 

「機関銃架もあります」

 

「勝手に付けたものだ!」

 

「爆弾架も」

 

「それは正式契約だが、機体そのものはWILKの所有だ!」

 

 戦争終結後、軍は各地から借用物資を返却し始めていた。

 

 馬。

 

 荷車。

 

 自動車。

 

 無線機。

 

 倉庫。

 

 工場。

 

 そして航空機。

 

 ただし前線部隊にとって、返却とは簡単な話ではなかった。

 

 便利な物ほど手放したくない。

 

「これを返したら、負傷者輸送はどうするのです」

 

 大尉が尋ねる。

 

「戦争は終わった」

 

「負傷者は残っています」

 

「軍の航空機を使え」

 

「軍の機体には担架が入りません」

 

「馬車で」

 

「三日かかります」

 

「列車は」

 

「線路がありません」

 

「では道路を直せ!」

 

「直るまで使わせてください」

 

「いつまでだ!」

 

「道路が直るまで」

 

「それは返却期限ではない!」

 

 大尉は一号機を見上げた。

 

 何度も張り替えられた布。

 

 交換された発動機。

 

 補強された主翼。

 

 大車輪。

 

 側面の狼。

 

 その下の『葬式拒否』。

 

「これ以外に、できる機体がありません」

 

 軍将校は言い返そうとした。

 

 だが言葉が出なかった。

 

 その台詞を、この戦争中に何度聞いただろう。

 

     ◇

 

 結局、一号機はすぐには戻らなかった。

 

 二号機『まだ飛ぶ』も、復員輸送に使用中。

 

 三号機『片肺』は、国境監視。

 

 四号機『もう郵便ではない』は、戦場跡から負傷者と孤児を運んでいた。

 

 戦争は終わった。

 

 だがWILK機の仕事は減らなかった。

 

 実業家は、工房へ届いた依頼を分類していた。

 

「軍から、復員兵輸送」

 

「郵便庁から、定期便再開」

 

「病院から、患者輸送」

 

「行政局から、国境地域への職員移送」

 

「農業組合から、種子と農業技師の輸送」

 

「新聞社から、戦後地域の取材飛行」

 

 元独立運動家が紙の山を見た。

 

「全部受けるか」

 

「機体がありません」

 

「では増やす」

 

「資金がありません」

 

「戦争中の軍の支払いは」

 

「まだです」

 

 軍将校が顔を背けた。

 

「処理中だ」

 

「いつ終わりますか」

 

「戦争中の書類を集めている」

 

「どこから」

 

「各部隊から」

 

「部隊は解散していますが」

 

「だから時間がかかる!」

 

 元白軍将校が尋ねる。

 

「払われるのか」

 

 実業家は軍将校を見る。

 

 軍将校は天井を見る。

 

「払わせる」

 

「払えるとは言わないのだな」

 

「国がなくなるよりましだった!」

 

「国家事情は債務に影響しません」

 

 実業家は淡々と言った。

 

 元独立運動家が笑う。

 

「昔と同じだな」

 

「今回は債務者が国家です」

 

「国ができたら返す、ではなく」

 

「国が残ったので返してください」

 

 軍将校は頭を抱えた。

 

     ◇

 

 元ドイツ技師は、戦争中の整備記録を床へ並べていた。

 

 書類だけで小屋の半分を埋めている。

 

 一号機。

 

 二号機。

 

 三号機。

 

 四号機。

 

 増産された五号機以降。

 

 同じ図面を基にしているはずなのに、同じ機体は一つもなかった。

 

「一号機は主翼桁を二度交換」

 

 技師が読み上げる。

 

「二号機は胴体後部を延長」

 

「患者を多く積むためだ」

 

 独立運動家が答えた。

 

「三号機は燃料タンク増設」

 

「偵察距離が足りなかった」

 

 白軍将校が言う。

 

「四号機は腹部装甲」

 

「地上から撃たれた」

 

「五号機は機関銃二丁」

 

「敵機が来た」

 

「六号機は爆弾架四か所」

 

「二か所では足りなかった」

 

「七号機は無線機を大型化」

 

「通信距離が足りなかった」

 

「八号機は担架四床」

 

「負傷者が多かった」

 

 技師は書類を机へ叩きつけた。

 

「全部違う!」

 

 軍将校が言う。

 

「必要に応じて改造した」

 

「必要を機体ごとに変えるな!」

 

「前線が違う!」

 

「部品が合わん!」

 

「現地で合わせた!」

 

「だから合わなくなった!」

 

 白軍将校が整備記録の一つを拾う。

 

「飛んだ」

 

「それだけで設計を正当化するな!」

 

「帰ってもきた」

 

「帰った後、私が直した!」

 

 技師は壁へ大きな紙を貼った。

 

 紙には各機の輪郭が重ねて描かれている。

 

 主翼長が違う。

 

 胴体長が違う。

 

 車輪が違う。

 

 発動機が違う。

 

 武装が違う。

 

 座席配置が違う。

 

「同じ型式だぞ」

 

 技師が言った。

 

「同じなのは狼の印くらいだ」

 

 軍将校が答えた。

 

「それも大きさが違う!」

 

     ◇

 

 軍から正式な使者が来たのは、その翌週だった。

 

 戦時中に何度も工房へ来た陸軍大尉である。

 

 以前より階級章が増えていた。

 

「昇進したのか」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「この機体を使い続けた功績で」

 

「返していない功績ではないだろうな」

 

「戦果です」

 

「怪しい」

 

 大尉は分厚い書類を机へ置いた。

 

「陸軍航空部から、新型機の試作要請です」

 

 実業家がすぐに手を伸ばす。

 

「予算は」

 

「軍将校より先に聞くのですか」

 

「会社なので」

 

「まだ正式決定前です」

 

「では帰ってください」

 

「話を聞け!」

 

 軍将校と大尉が同時に叫んだ。

 

 大尉は書類を開く。

 

「戦争中のWILK機の運用を分析した」

 

「遅い」

 

 元ドイツ技師が言った。

 

「戦争中にやれ」

 

「戦争中は飛ばすので忙しかった」

 

「製造側も直すので忙しかった!」

 

「だから今後の話をする」

 

 大尉は最初の頁を示した。

 

軍用多目的双発機・基本要求案

 

 軍将校は嫌な顔をした。

 

「多目的」

 

「WILK機が実際に行った任務を整理した」

 

「整理した結果、さらに一機へ詰め込む気か」

 

「最初から軍用として設計すれば問題が減る」

 

 元白軍将校が深く頷く。

 

「正しい」

 

「お前が言うと不安になる」

 

     ◇

 

 要求は、戦争中の実績から作られていた。

 

 操縦士と観測員の二名。

 

 双発。

 

 不整地離着陸。

 

 短距離離陸。

 

 偵察。

 

 写真撮影。

 

 無線通信。

 

 軍用郵便。

 

 軽貨物輸送。

 

 負傷兵一名の緊急後送。

 

 小型爆弾搭載。

 

 前方機関銃。

 

 後方防御機銃。

 

 燃料タンク防護。

 

 操縦席周辺の限定装甲。

 

 現地修理可能。

 

 発動機交換容易。

 

 分解輸送可能。

 

 軍将校は、読み上げるごとに顔を険しくした。

 

「全部か」

 

「基本要求だ」

 

 大尉が答える。

 

「基本でこれか」

 

「戦時中、全部やった」

 

「郵便機へ無理やりな!」

 

「だから専用機を作る」

 

 元ドイツ技師は要求書を取った。

 

 真剣な顔で読む。

 

「搭載量は」

 

「爆弾なら三百キログラム程度」

 

「偵察装備時は」

 

「写真機、無線機、乗員二名、燃料を含めて航続四時間」

 

「負傷者輸送時は」

 

「担架一床」

 

「地上攻撃時の装甲範囲は」

 

「操縦席、燃料タンク、発動機下部」

 

「重量超過する」

 

「強い発動機を使う」

 

「どこにある」

 

「今後調達する」

 

 技師が顔を上げた。

 

「発動機が決まる前に要求を出すな!」

 

「候補はある」

 

「何基確保できる」

 

「未定だ」

 

「またか!」

 

 白軍将校が言う。

 

「交換式発動機架にする」

 

「軍用機まで複数発動機対応にするな!」

 

「戦争になれば不足する」

 

「戦争は終わった!」

 

 白軍将校は軍将校を見る。

 

「次は来る」

 

 小屋の空気が静かになった。

 

「誰が来る」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「分からん」

 

「なら言うな」

 

「東にはソビエトがいる」

 

「停戦した」

 

「消えてはいない」

 

 元ドイツ技師が低い声で言った。

 

「西も同じだ」

 

 軍将校は彼を見る。

 

「ドイツは負けた」

 

「国家が消えたわけではない」

 

「今は武装を制限されている」

 

「今はな」

 

 元白軍将校と元ドイツ技師は、互いを見なかった。

 

 だが同じ地図を見ていた。

 

 東。

 

 西。

 

 その間にあるポーランド。

 

 戦争は終わった。

 

 二人とも、それで危険が消えたとは思っていなかった。

 

     ◇

 

 元独立運動家が要求書を取った。

 

「この機体は、何を守る」

 

 大尉が少し考える。

 

「部隊を」

 

「具体的には」

 

「敵を見つける。命令を届ける。砲兵を誘導する。必要なら攻撃する。負傷者を運ぶ」

 

「また全部だな」

 

「戦場は一つの仕事だけでは動かん」

 

 独立運動家は頷いた。

 

「なら、乗員二名でよい」

 

 軍将校が驚く。

 

「座席を増やさないのか」

 

「今回は軍用だ」

 

「郵便機では増やそうとしただろう」

 

「郵便機には医者や役人が乗った」

 

「軍用機にも人を運ぶぞ」

 

「緊急時だけだ」

 

「お前が緊急時と言うと毎回になる!」

 

 実業家は要求書の価格欄を探していた。

 

「試作費用は」

 

「軍が一部負担する」

 

「一部」

 

「製造側にも将来の販売利益がある」

 

「売れる保証は」

 

「採用されれば」

 

「採用保証は」

 

「試験結果次第だ」

 

 実業家は書類を閉じた。

 

「条件が悪いですね」

 

 大尉が答える。

 

「一号機の注文よりはよい」

 

「比較対象が最低です」

 

「前金は出る」

 

 小屋が静かになった。

 

 実業家がゆっくり書類を開く。

 

「いくらです?」

 

「そこだけ反応が早いな」

 

     ◇

 

 前金は少なかった。

 

 だが存在した。

 

 材料の優先配給も、一部認められる。

 

 軍の試験場も使える。

 

 発動機候補の貸与。

 

 風洞設備はないが、軍の計算担当者が協力する。

 

 一号機の時とは比べ物にならない。

 

「国が成長したな」

 

 元独立運動家が言った。

 

 軍将校も頷く。

 

「少しはな」

 

 実業家が金額を見る。

 

「支払い能力も成長していただきたいものです」

 

「戦時債務は払う!」

 

「いつ」

 

「今、調整中だ!」

 

「またですね」

 

 元白軍将校は、新型機の要求書を見ていた。

 

「低く飛べるようにする」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「大翼面積、低翼面荷重」

 

「地上を見やすく」

 

「高翼ではなく中翼か低翼」

 

 軍将校が眉を上げる。

 

「郵便機と違うな」

 

「専用機だからだ」

 

「脚は」

 

「不整地用の固定脚」

 

 大尉が言う。

 

「速度が落ちる」

 

「壊れにくい」

 

 白軍将校が答える。

 

「引込脚は複雑だ」

 

 技師は少し考えた。

 

「半引込式なら」

 

「何だ、それは」

 

「脚の一部だけ格納する。車輪は露出させる」

 

「何のために」

 

「抵抗を減らしつつ、故障時にも車輪で接地できる」

 

 白軍将校が頷く。

 

「腹で降りても車輪が残る」

 

「最初から腹で降りる話をするな」

 

 軍将校が言った。

 

「だが悪くない」

 

「認めるのか」

 

「戦争中に脚を何本壊したと思っている」

 

「数えている」

 

 実業家が帳簿を開く。

 

「軍へ請求済みです」

 

「今は金の話ではない!」

 

     ◇

 

 武装については、さらに揉めた。

 

「前方機関銃二丁」

 

 大尉が言う。

 

「一丁でよい」

 

 技師が答える。

 

「火力が足りない」

 

「重量が増える」

 

「後方機銃も必要」

 

「観測員が扱う」

 

 白軍将校が言う。

 

「写真と無線と機銃を一人で?」

 

 軍将校が尋ねる。

 

「必要な時だけ」

 

「戦闘中は全部必要になるぞ」

 

「順番にやる」

 

「敵は待たん!」

 

 元独立運動家が言う。

 

「観測員の席を回転式にする」

 

「何を回す」

 

「座席だ。前を向いて地図と無線。後ろを向いて機銃」

 

 技師は紙へ描き始めた。

 

「回転基部を共通化。写真機も同じ固定点へ」

 

 実業家がすぐに言う。

 

「装備は別売りにできますね」

 

「軍用機の話でもそれか!」

 

「利益は用途を選びません」

 

 大尉は図面を見る。

 

「爆弾照準は」

 

「床の観測窓」

 

 軍将校が呻いた。

 

「またあの窓か」

 

「一号機で実績がある」

 

「郵便袋を落とすためだった」

 

「落とす物が変わっただけだ」

 

「何度聞いても納得できん!」

 

     ◇

 

 機体の耐久性については、誰も妥協しなかった。

 

「発動機片方停止で帰還可能」

 

 白軍将校が言う。

 

「当然だ」

 

 大尉も答える。

 

「操縦索は二重化」

 

 元ドイツ技師。

 

「燃料配管も左右独立」

 

「片側が燃えても切り離す」

 

「主翼桁は被弾後も持つように」

 

「どの程度の被弾だ」

 

「小銃弾なら複数」

 

「機関銃弾なら」

 

「位置による」

 

「曖昧だな」

 

「無限に強くはできん!」

 

 元独立運動家が言う。

 

「床は強く」

 

「なぜ」

 

「貨物を積む」

 

「軍用機だぞ」

 

「弾薬も無線機も負傷者も積むだろう」

 

 軍将校は否定しようとして、要求書を見た。

 

 全部書いてある。

 

「強くしろ」

 

 技師が頷く。

 

「主翼付根も」

 

「なぜそこまで」

 

 白軍将校が答える。

 

「落ちた時に外れにくい」

 

「飛行中の荷重が理由ではないのか」

 

「両方だ」

 

「また回収を前提にしているな」

 

「落ちる可能性はある」

 

「落とさない努力を先にしろ!」

 

「する。その上で直せるようにする」

 

 元ドイツ技師は、その言葉には反論しなかった。

 

     ◇

 

 数日後。

 

 壁へ、新型機の最初の全体図が貼られた。

 

 一号機より低い姿勢。

 

 大きな主翼。

 

 左右の発動機。

 

 細長い胴体。

 

 前席に操縦士。

 

 後席に観測員。

 

 主翼下に爆弾架。

 

 機首に前方機銃。

 

 後席に旋回機銃。

 

 胴体下に観測窓。

 

 太い半引込式の脚。

 

 大尉が図面を見る。

 

「思ったより大きい」

 

「要求を全部入れた」

 

 技師が答えた。

 

「重そうだ」

 

「要求を全部入れた」

 

「高そうだ」

 

 実業家が答える。

 

「要求を全部入れました」

 

「私のせいか」

 

 大尉が尋ねる。

 

「軍の要求です」

 

 軍将校が言った。

 

「責任を取れ」

 

「まだ採用されていない!」

 

「試作費は払え」

 

「前金は出した!」

 

「残りもだ」

 

 元独立運動家が図面の余白を見た。

 

「名前は」

 

「まだない」

 

「郵便馬車ではないな」

 

「当然だ!」

 

 軍将校が言う。

 

 元白軍将校は、機体の大きな輪郭を眺めた。

 

「牛に見える」

 

 小屋が静かになった。

 

 元ドイツ技師が、ゆっくり振り返る。

 

「どこがだ」

 

「低い。太い。脚が丈夫。地面近くを走る」

 

「航空機だぞ」

 

「力もある」

 

「まだ飛んでいない!」

 

 独立運動家がポーランド語で呟く。

 

「Tur」

 

「何だ」

 

 軍将校が聞いた。

 

「野牛だ」

 

 白軍将校が頷く。

 

「よい」

 

 技師は嫌そうな顔をした。

 

「鈍重に聞こえる」

 

「頑丈に聞こえる」

 

「速さも必要だ」

 

「狼よりは重い」

 

 実業家が紙へ書いた。

 

TUR

 

「もう決めたのか!」

 

 軍将校が叫ぶ。

 

「短く、覚えやすく、印刷しやすい」

 

「基準が商業的すぎる!」

 

 大尉は図面と名前を見比べた。

 

「軍としては、悪くない」

 

「軍まで認めるな」

 

「では投票を」

 

 実業家が手を上げた。

 

 独立運動家。

 

 白軍将校。

 

 大尉。

 

 軍将校も、渋々。

 

 元ドイツ技師だけが上げない。

 

「五対一です」

 

「私は共同経営者ではない」

 

 大尉が言った。

 

「では四対一」

 

「待て。私は反対とは言っていない」

 

 技師が答える。

 

 軍将校が笑った。

 

「その集計、私もされたぞ」

 

     ◇

 

 新型機Turの設計は、そこから本格的に始まった。

 

 最初から軍用。

 

 最初から双発。

 

 最初から偵察装備。

 

 最初から武装。

 

 最初から負傷者を運べる。

 

 最初から爆弾を載せる。

 

 最初から現地修理を考える。

 

 郵便機へ後付けされた機能を、今度は最初から一つの構造へまとめる。

 

 軍将校は、設計項目の一覧を見た。

 

「これで無断改造は減るか」

 

 元ドイツ技師が答える。

 

「減らす」

 

 元白軍将校が言う。

 

「必要になれば増える」

 

「お前は黙れ!」

 

 元独立運動家が、別の紙を壁へ貼った。

 

 そこには、戦時中にWILK機が運んだ物が書かれている。

 

 郵便。

 

 命令。

 

 薬。

 

 人。

 

 弾薬。

 

 パン。

 

 爆弾。

 

「全部載せるのか」

 

 軍将校が聞く。

 

「載せられるようにはする」

 

「また多目的機になるぞ」

 

「軍が求めた」

 

 大尉が答えた。

 

「後で文句を言うな」

 

「性能を満たせば言わん」

 

 技師が顔を上げる。

 

「満たせなければ」

 

「改良を求める」

 

「結局、増えるではないか!」

 

     ◇

 

 その日の夜。

 

 実業家は戦時中の帳簿を閉じ、新しい帳簿を開いた。

 

 表紙へ書く。

 

軍用双発機Tur試作計画

 

 最初の頁。

 

目的

 

戦場で必要になってから改造するのではなく、必要になる機能を最初から備える。

 

 少し考えた後、その下へ追記する。

 

ただし、今後さらに必要な物が増える可能性は高い。

 

 軍将校が肩越しに読んだ。

 

「既に諦めているな」

 

「経験に基づく予測です」

 

 小屋の外。

 

 修理を終えたWILK一号機が、郵便を積んで待っている。

 

 戦争が終わっても、郵便機は郵便を運ぶ。

 

 その隣では、新しい軍用機のための木材と鋼管が並べられていた。

 

 郵便機を軍用に改造し続けた結果。

 

 彼らは、とうとう最初から軍用機を作ることになった。

 

 軍将校はTurの図面を見上げた。

 

「一つだけ確認する」

 

「何だ」

 

「牛乳缶は載せないな」

 

 元独立運動家が答える。

 

「振動試験には使う」

 

「なぜだ!」

 

「一号機で実績がある」

 

 実業家が言った。

 

「試験後の中身も販売できます」

 

「軍用機開発に食品を混ぜるな!」

 

 誰も、この一言を守らなかった。

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