一九二一年
WILK製双発軽輸送機は、戦時中に以下の任務へ投入された。
軍用郵便。
命令書輸送。
連絡将校輸送。
偵察および航空写真撮影。
負傷者後送。
医薬品、弾薬、食料の空中投下。
小型爆発物による地上攻撃。
本来、本機は民間郵便輸送を目的として設計されたものである。
改造箇所が増加した結果、各機の構造、装備、重量および操作方法に大きな差異が生じ、整備および補給上の問題となっている。
軍は製造元に対し、今後の軍事用途を想定した専用機の設計を求める。
製造元からは、
「最初から必要な機能を入れてよいのですね」
との回答があった。
航空部は、この回答に強い不安を表明する。
戦争が終わった。
正確には、撃ち合いが止まり、条約が結ばれ、地図へ新しい線が引かれた。
それでも、すぐに平和になったわけではない。
兵士は帰らなければならない。
負傷者は治療しなければならない。
捕虜を交換しなければならない。
行方不明者を探し、武器を集め、弾薬を数え、破壊された鉄道と道路を直す。
昨日まで前線だった村へ、明日から役人と郵便を送らなければならない。
戦争が終わる時、仕事が終わる者もいる。
仕事が急に増える者もいる。
WILKは後者だった。
◇
「返せ」
ポーランド軍将校が言った。
前線航空隊の大尉は、一号機『葬式拒否』の前に立っていた。
「何をです」
「機体を」
「軍用機です」
「民間機だ!」
「軍の印があります」
「勝手に描いたものだ!」
「機関銃架もあります」
「勝手に付けたものだ!」
「爆弾架も」
「それは正式契約だが、機体そのものはWILKの所有だ!」
戦争終結後、軍は各地から借用物資を返却し始めていた。
馬。
荷車。
自動車。
無線機。
倉庫。
工場。
そして航空機。
ただし前線部隊にとって、返却とは簡単な話ではなかった。
便利な物ほど手放したくない。
「これを返したら、負傷者輸送はどうするのです」
大尉が尋ねる。
「戦争は終わった」
「負傷者は残っています」
「軍の航空機を使え」
「軍の機体には担架が入りません」
「馬車で」
「三日かかります」
「列車は」
「線路がありません」
「では道路を直せ!」
「直るまで使わせてください」
「いつまでだ!」
「道路が直るまで」
「それは返却期限ではない!」
大尉は一号機を見上げた。
何度も張り替えられた布。
交換された発動機。
補強された主翼。
大車輪。
側面の狼。
その下の『葬式拒否』。
「これ以外に、できる機体がありません」
軍将校は言い返そうとした。
だが言葉が出なかった。
その台詞を、この戦争中に何度聞いただろう。
◇
結局、一号機はすぐには戻らなかった。
二号機『まだ飛ぶ』も、復員輸送に使用中。
三号機『片肺』は、国境監視。
四号機『もう郵便ではない』は、戦場跡から負傷者と孤児を運んでいた。
戦争は終わった。
だがWILK機の仕事は減らなかった。
実業家は、工房へ届いた依頼を分類していた。
「軍から、復員兵輸送」
「郵便庁から、定期便再開」
「病院から、患者輸送」
「行政局から、国境地域への職員移送」
「農業組合から、種子と農業技師の輸送」
「新聞社から、戦後地域の取材飛行」
元独立運動家が紙の山を見た。
「全部受けるか」
「機体がありません」
「では増やす」
「資金がありません」
「戦争中の軍の支払いは」
「まだです」
軍将校が顔を背けた。
「処理中だ」
「いつ終わりますか」
「戦争中の書類を集めている」
「どこから」
「各部隊から」
「部隊は解散していますが」
「だから時間がかかる!」
元白軍将校が尋ねる。
「払われるのか」
実業家は軍将校を見る。
軍将校は天井を見る。
「払わせる」
「払えるとは言わないのだな」
「国がなくなるよりましだった!」
「国家事情は債務に影響しません」
実業家は淡々と言った。
元独立運動家が笑う。
「昔と同じだな」
「今回は債務者が国家です」
「国ができたら返す、ではなく」
「国が残ったので返してください」
軍将校は頭を抱えた。
◇
元ドイツ技師は、戦争中の整備記録を床へ並べていた。
書類だけで小屋の半分を埋めている。
一号機。
二号機。
三号機。
四号機。
増産された五号機以降。
同じ図面を基にしているはずなのに、同じ機体は一つもなかった。
「一号機は主翼桁を二度交換」
技師が読み上げる。
「二号機は胴体後部を延長」
「患者を多く積むためだ」
独立運動家が答えた。
「三号機は燃料タンク増設」
「偵察距離が足りなかった」
白軍将校が言う。
「四号機は腹部装甲」
「地上から撃たれた」
「五号機は機関銃二丁」
「敵機が来た」
「六号機は爆弾架四か所」
「二か所では足りなかった」
「七号機は無線機を大型化」
「通信距離が足りなかった」
「八号機は担架四床」
「負傷者が多かった」
技師は書類を机へ叩きつけた。
「全部違う!」
軍将校が言う。
「必要に応じて改造した」
「必要を機体ごとに変えるな!」
「前線が違う!」
「部品が合わん!」
「現地で合わせた!」
「だから合わなくなった!」
白軍将校が整備記録の一つを拾う。
「飛んだ」
「それだけで設計を正当化するな!」
「帰ってもきた」
「帰った後、私が直した!」
技師は壁へ大きな紙を貼った。
紙には各機の輪郭が重ねて描かれている。
主翼長が違う。
胴体長が違う。
車輪が違う。
発動機が違う。
武装が違う。
座席配置が違う。
「同じ型式だぞ」
技師が言った。
「同じなのは狼の印くらいだ」
軍将校が答えた。
「それも大きさが違う!」
◇
軍から正式な使者が来たのは、その翌週だった。
戦時中に何度も工房へ来た陸軍大尉である。
以前より階級章が増えていた。
「昇進したのか」
軍将校が尋ねる。
「この機体を使い続けた功績で」
「返していない功績ではないだろうな」
「戦果です」
「怪しい」
大尉は分厚い書類を机へ置いた。
「陸軍航空部から、新型機の試作要請です」
実業家がすぐに手を伸ばす。
「予算は」
「軍将校より先に聞くのですか」
「会社なので」
「まだ正式決定前です」
「では帰ってください」
「話を聞け!」
軍将校と大尉が同時に叫んだ。
大尉は書類を開く。
「戦争中のWILK機の運用を分析した」
「遅い」
元ドイツ技師が言った。
「戦争中にやれ」
「戦争中は飛ばすので忙しかった」
「製造側も直すので忙しかった!」
「だから今後の話をする」
大尉は最初の頁を示した。
軍用多目的双発機・基本要求案
軍将校は嫌な顔をした。
「多目的」
「WILK機が実際に行った任務を整理した」
「整理した結果、さらに一機へ詰め込む気か」
「最初から軍用として設計すれば問題が減る」
元白軍将校が深く頷く。
「正しい」
「お前が言うと不安になる」
◇
要求は、戦争中の実績から作られていた。
操縦士と観測員の二名。
双発。
不整地離着陸。
短距離離陸。
偵察。
写真撮影。
無線通信。
軍用郵便。
軽貨物輸送。
負傷兵一名の緊急後送。
小型爆弾搭載。
前方機関銃。
後方防御機銃。
燃料タンク防護。
操縦席周辺の限定装甲。
現地修理可能。
発動機交換容易。
分解輸送可能。
軍将校は、読み上げるごとに顔を険しくした。
「全部か」
「基本要求だ」
大尉が答える。
「基本でこれか」
「戦時中、全部やった」
「郵便機へ無理やりな!」
「だから専用機を作る」
元ドイツ技師は要求書を取った。
真剣な顔で読む。
「搭載量は」
「爆弾なら三百キログラム程度」
「偵察装備時は」
「写真機、無線機、乗員二名、燃料を含めて航続四時間」
「負傷者輸送時は」
「担架一床」
「地上攻撃時の装甲範囲は」
「操縦席、燃料タンク、発動機下部」
「重量超過する」
「強い発動機を使う」
「どこにある」
「今後調達する」
技師が顔を上げた。
「発動機が決まる前に要求を出すな!」
「候補はある」
「何基確保できる」
「未定だ」
「またか!」
白軍将校が言う。
「交換式発動機架にする」
「軍用機まで複数発動機対応にするな!」
「戦争になれば不足する」
「戦争は終わった!」
白軍将校は軍将校を見る。
「次は来る」
小屋の空気が静かになった。
「誰が来る」
軍将校が尋ねる。
「分からん」
「なら言うな」
「東にはソビエトがいる」
「停戦した」
「消えてはいない」
元ドイツ技師が低い声で言った。
「西も同じだ」
軍将校は彼を見る。
「ドイツは負けた」
「国家が消えたわけではない」
「今は武装を制限されている」
「今はな」
元白軍将校と元ドイツ技師は、互いを見なかった。
だが同じ地図を見ていた。
東。
西。
その間にあるポーランド。
戦争は終わった。
二人とも、それで危険が消えたとは思っていなかった。
◇
元独立運動家が要求書を取った。
「この機体は、何を守る」
大尉が少し考える。
「部隊を」
「具体的には」
「敵を見つける。命令を届ける。砲兵を誘導する。必要なら攻撃する。負傷者を運ぶ」
「また全部だな」
「戦場は一つの仕事だけでは動かん」
独立運動家は頷いた。
「なら、乗員二名でよい」
軍将校が驚く。
「座席を増やさないのか」
「今回は軍用だ」
「郵便機では増やそうとしただろう」
「郵便機には医者や役人が乗った」
「軍用機にも人を運ぶぞ」
「緊急時だけだ」
「お前が緊急時と言うと毎回になる!」
実業家は要求書の価格欄を探していた。
「試作費用は」
「軍が一部負担する」
「一部」
「製造側にも将来の販売利益がある」
「売れる保証は」
「採用されれば」
「採用保証は」
「試験結果次第だ」
実業家は書類を閉じた。
「条件が悪いですね」
大尉が答える。
「一号機の注文よりはよい」
「比較対象が最低です」
「前金は出る」
小屋が静かになった。
実業家がゆっくり書類を開く。
「いくらです?」
「そこだけ反応が早いな」
◇
前金は少なかった。
だが存在した。
材料の優先配給も、一部認められる。
軍の試験場も使える。
発動機候補の貸与。
風洞設備はないが、軍の計算担当者が協力する。
一号機の時とは比べ物にならない。
「国が成長したな」
元独立運動家が言った。
軍将校も頷く。
「少しはな」
実業家が金額を見る。
「支払い能力も成長していただきたいものです」
「戦時債務は払う!」
「いつ」
「今、調整中だ!」
「またですね」
元白軍将校は、新型機の要求書を見ていた。
「低く飛べるようにする」
元ドイツ技師が答える。
「大翼面積、低翼面荷重」
「地上を見やすく」
「高翼ではなく中翼か低翼」
軍将校が眉を上げる。
「郵便機と違うな」
「専用機だからだ」
「脚は」
「不整地用の固定脚」
大尉が言う。
「速度が落ちる」
「壊れにくい」
白軍将校が答える。
「引込脚は複雑だ」
技師は少し考えた。
「半引込式なら」
「何だ、それは」
「脚の一部だけ格納する。車輪は露出させる」
「何のために」
「抵抗を減らしつつ、故障時にも車輪で接地できる」
白軍将校が頷く。
「腹で降りても車輪が残る」
「最初から腹で降りる話をするな」
軍将校が言った。
「だが悪くない」
「認めるのか」
「戦争中に脚を何本壊したと思っている」
「数えている」
実業家が帳簿を開く。
「軍へ請求済みです」
「今は金の話ではない!」
◇
武装については、さらに揉めた。
「前方機関銃二丁」
大尉が言う。
「一丁でよい」
技師が答える。
「火力が足りない」
「重量が増える」
「後方機銃も必要」
「観測員が扱う」
白軍将校が言う。
「写真と無線と機銃を一人で?」
軍将校が尋ねる。
「必要な時だけ」
「戦闘中は全部必要になるぞ」
「順番にやる」
「敵は待たん!」
元独立運動家が言う。
「観測員の席を回転式にする」
「何を回す」
「座席だ。前を向いて地図と無線。後ろを向いて機銃」
技師は紙へ描き始めた。
「回転基部を共通化。写真機も同じ固定点へ」
実業家がすぐに言う。
「装備は別売りにできますね」
「軍用機の話でもそれか!」
「利益は用途を選びません」
大尉は図面を見る。
「爆弾照準は」
「床の観測窓」
軍将校が呻いた。
「またあの窓か」
「一号機で実績がある」
「郵便袋を落とすためだった」
「落とす物が変わっただけだ」
「何度聞いても納得できん!」
◇
機体の耐久性については、誰も妥協しなかった。
「発動機片方停止で帰還可能」
白軍将校が言う。
「当然だ」
大尉も答える。
「操縦索は二重化」
元ドイツ技師。
「燃料配管も左右独立」
「片側が燃えても切り離す」
「主翼桁は被弾後も持つように」
「どの程度の被弾だ」
「小銃弾なら複数」
「機関銃弾なら」
「位置による」
「曖昧だな」
「無限に強くはできん!」
元独立運動家が言う。
「床は強く」
「なぜ」
「貨物を積む」
「軍用機だぞ」
「弾薬も無線機も負傷者も積むだろう」
軍将校は否定しようとして、要求書を見た。
全部書いてある。
「強くしろ」
技師が頷く。
「主翼付根も」
「なぜそこまで」
白軍将校が答える。
「落ちた時に外れにくい」
「飛行中の荷重が理由ではないのか」
「両方だ」
「また回収を前提にしているな」
「落ちる可能性はある」
「落とさない努力を先にしろ!」
「する。その上で直せるようにする」
元ドイツ技師は、その言葉には反論しなかった。
◇
数日後。
壁へ、新型機の最初の全体図が貼られた。
一号機より低い姿勢。
大きな主翼。
左右の発動機。
細長い胴体。
前席に操縦士。
後席に観測員。
主翼下に爆弾架。
機首に前方機銃。
後席に旋回機銃。
胴体下に観測窓。
太い半引込式の脚。
大尉が図面を見る。
「思ったより大きい」
「要求を全部入れた」
技師が答えた。
「重そうだ」
「要求を全部入れた」
「高そうだ」
実業家が答える。
「要求を全部入れました」
「私のせいか」
大尉が尋ねる。
「軍の要求です」
軍将校が言った。
「責任を取れ」
「まだ採用されていない!」
「試作費は払え」
「前金は出した!」
「残りもだ」
元独立運動家が図面の余白を見た。
「名前は」
「まだない」
「郵便馬車ではないな」
「当然だ!」
軍将校が言う。
元白軍将校は、機体の大きな輪郭を眺めた。
「牛に見える」
小屋が静かになった。
元ドイツ技師が、ゆっくり振り返る。
「どこがだ」
「低い。太い。脚が丈夫。地面近くを走る」
「航空機だぞ」
「力もある」
「まだ飛んでいない!」
独立運動家がポーランド語で呟く。
「Tur」
「何だ」
軍将校が聞いた。
「野牛だ」
白軍将校が頷く。
「よい」
技師は嫌そうな顔をした。
「鈍重に聞こえる」
「頑丈に聞こえる」
「速さも必要だ」
「狼よりは重い」
実業家が紙へ書いた。
TUR
「もう決めたのか!」
軍将校が叫ぶ。
「短く、覚えやすく、印刷しやすい」
「基準が商業的すぎる!」
大尉は図面と名前を見比べた。
「軍としては、悪くない」
「軍まで認めるな」
「では投票を」
実業家が手を上げた。
独立運動家。
白軍将校。
大尉。
軍将校も、渋々。
元ドイツ技師だけが上げない。
「五対一です」
「私は共同経営者ではない」
大尉が言った。
「では四対一」
「待て。私は反対とは言っていない」
技師が答える。
軍将校が笑った。
「その集計、私もされたぞ」
◇
新型機Turの設計は、そこから本格的に始まった。
最初から軍用。
最初から双発。
最初から偵察装備。
最初から武装。
最初から負傷者を運べる。
最初から爆弾を載せる。
最初から現地修理を考える。
郵便機へ後付けされた機能を、今度は最初から一つの構造へまとめる。
軍将校は、設計項目の一覧を見た。
「これで無断改造は減るか」
元ドイツ技師が答える。
「減らす」
元白軍将校が言う。
「必要になれば増える」
「お前は黙れ!」
元独立運動家が、別の紙を壁へ貼った。
そこには、戦時中にWILK機が運んだ物が書かれている。
郵便。
命令。
薬。
人。
弾薬。
パン。
爆弾。
「全部載せるのか」
軍将校が聞く。
「載せられるようにはする」
「また多目的機になるぞ」
「軍が求めた」
大尉が答えた。
「後で文句を言うな」
「性能を満たせば言わん」
技師が顔を上げる。
「満たせなければ」
「改良を求める」
「結局、増えるではないか!」
◇
その日の夜。
実業家は戦時中の帳簿を閉じ、新しい帳簿を開いた。
表紙へ書く。
軍用双発機Tur試作計画
最初の頁。
目的
戦場で必要になってから改造するのではなく、必要になる機能を最初から備える。
少し考えた後、その下へ追記する。
ただし、今後さらに必要な物が増える可能性は高い。
軍将校が肩越しに読んだ。
「既に諦めているな」
「経験に基づく予測です」
小屋の外。
修理を終えたWILK一号機が、郵便を積んで待っている。
戦争が終わっても、郵便機は郵便を運ぶ。
その隣では、新しい軍用機のための木材と鋼管が並べられていた。
郵便機を軍用に改造し続けた結果。
彼らは、とうとう最初から軍用機を作ることになった。
軍将校はTurの図面を見上げた。
「一つだけ確認する」
「何だ」
「牛乳缶は載せないな」
元独立運動家が答える。
「振動試験には使う」
「なぜだ!」
「一号機で実績がある」
実業家が言った。
「試験後の中身も販売できます」
「軍用機開発に食品を混ぜるな!」
誰も、この一言を守らなかった。