WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK・対外情勢評価
一九三八年十月

確認事項。

ポーランド。

テシェン地域を取得。

国内反応。

歓迎。

軍事的評価。

一定の成果。

経済的評価。

価値あり。

外交的評価。

複雑。

結論。

得た。

だからこそ、

次を見る。



第145話 勝った時ほど、地図を畳むな

 

「国内では評判がいい」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

ユダヤ人実業家は新聞をめくった。

 

「当然でしょう」

 

「当然か」

 

「長年の問題です」

 

元白軍将校が横から言った。

 

「人間は、取った土地より取れたことを喜ぶ」

 

ポーランド軍将校が眉をひそめた。

 

「また嫌な言い方をする」

 

「間違っているか」

 

「……完全には」

 

---

 

ワルシャワでは、

 

成功と見る者が多かった。

 

長く争われた地域。

 

ポーランド人住民。

 

鉄道。

 

工業。

 

炭鉱。

 

国境。

 

説明できる理由はいくつもある。

 

そして何より、

 

実際に国境が動いた。

 

自国に有利な方向へ。

 

それは政治的には強い。

 

元白軍将校はそのことを否定しなかった。

 

だから余計に、

 

彼は地図を畳まなかった。

 

---

 

「何を見ている」

 

ポーランド軍将校が聞く。

 

「ドイツ」

 

「またか」

 

「まただ」

 

「今はこっちの話だ」

 

「だから見ている」

 

元白軍将校は鉛筆を置いた。

 

「チェコスロヴァキアが弱くなった」

 

「そうだ」

 

「誰が一番得をした」

 

部屋が静かになった。

 

---

 

ポーランド軍将校が答える。

 

「ドイツ」

 

「どの程度」

 

「それは軍が見る」

 

「お前も軍だろう」

 

「言える範囲がある」

 

「では言える範囲で」

 

ポーランド軍将校は少し考えた。

 

「国境が有利になった」

 

「他には」

 

「工業力」

 

元ドイツ軍技術者が顔を上げた。

 

「そこだ」

 

---

 

ズデーテン地方。

 

単なる山地でも、

 

単なる国境でもなかった。

 

工場。

 

設備。

 

技術。

 

交通。

 

防御施設。

 

元ドイツ軍技術者は資料を見ながら言った。

 

「土地を取っただけではない」

 

「知っている」

 

ポーランド軍将校が答える。

 

「工場も入る」

 

「人も」

 

「設備も」

 

「そして」

 

技術者は地図を見る。

 

「次に何か作る時、前より楽になる」

 

---

 

ユダヤ人実業家が帳簿を出した。

 

「工作機械の取引価格がまた動いています」

 

「上がった?」

 

「品目によります」

 

「理由は」

 

「需要。移転。先行き不安」

 

「チェコ側企業は」

 

「契約の見直しが増えています」

 

「ドイツ側は」

 

「買います」

 

「何を」

 

「設備も。会社も。権利も」

 

ポーランド軍将校が嫌そうな顔をした。

 

「早いな」

 

実業家は答えた。

 

「国境変更は、安売りの季節になることがあります」

 

元白軍将校が言った。

 

「嫌な商売人だな」

 

「私は買っていません」

 

「だからまだいい」

 

---

 

元独立運動家は、

 

別の数字を持ってきた。

 

「人が動いている」

 

「どちらへ」

 

「両方」

 

「両方?」

 

「残る者。出る者。戻る者。逃げる者」

 

簡単ではない。

 

ポーランド側へ来る人間。

 

チェコ側へ行く人間。

 

ドイツ支配下へ入りたくない者。

 

逆に、新しい状況を歓迎する者。

 

家族だけ動かす者。

 

仕事だけ残す者。

 

元独立運動家が言った。

 

「国境線が一つ動くたび、生活が何百本も動く」

 

ポーランド軍将校が答えた。

 

「何百どころではないだろう」

 

「だから面倒なんだ」

 

---

 

WILK自身も、

 

テシェン地域で仕事を増やすことになった。

 

鉄道。

 

修理。

 

物流。

 

倉庫。

 

食料。

 

機械。

 

「儲かるな」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

ユダヤ人実業家は答えた。

 

「儲かります」

 

元白軍将校が見る。

 

「嫌そうだな」

 

「儲かること自体は嫌ではありません」

 

「では」

 

「儲かった理由は記録しておきます」

 

「国境が動いたから?」

 

「はい」

 

「それでいい」

 

---

 

元ドイツ軍技術者は、

 

現地工場から来た設備一覧を見ていた。

 

「これ、古いな」

 

「使える?」

 

「使える」

 

「新しい設備に換える?」

 

「急ぐな」

 

「なぜ」

 

「動いているからだ」

 

「でも効率が」

 

「またそれか」

 

技術者は書類を叩いた。

 

「国境が変わった翌月に工場を止めるな」

 

「改善は?」

 

「後だ」

 

「いつ」

 

「人が落ち着いてから」

 

元独立運動家が少し笑った。

 

「珍しく人が先だな」

 

「最近うるさいから覚えた」

 

---

 

社内には、

 

成功を喜ぶ空気もあった。

 

社員の中には地域出身者もいる。

 

親族がいる者。

 

昔の話を聞いて育った者。

 

「戻った」

 

そう言う者もいた。

 

元白軍将校は、

 

その言葉を否定しなかった。

 

ただ、

 

同じ食堂で別の社員が、

 

「切り離された」

 

と言っているのも聞いた。

 

彼はどちらにも何も言わなかった。

 

夜。

 

ポーランド軍将校が聞いた。

 

「黙っていたな」

 

「何を言えばいい」

 

「どちらが正しいか」

 

「両方、自分の話をしている」

 

---

 

「国としては一つの結論が必要だ」

 

「会社は国ではない」

 

「だから逃げる?」

 

「違う」

 

元白軍将校は答えた。

 

「会社は、同じ工場で二人とも働かせればいい」

 

それが、

 

WILKにできることだった。

 

---

 

数日後。

 

国外支部からまた報告。

 

フランス。

 

チェコ系技術者追加採用。

 

英国。

 

家族受入。

 

ルーマニア。

 

一時滞在者増加。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「テシェンを取ったのに、国外への人員移動は止めないのか」

 

元独立運動家は答えた。

 

「なぜ止める」

 

「国境問題が一つ解決した」

 

元白軍将校が言う。

 

「一つだ」

 

「ポーランドは強くなった」

 

「少しな」

 

「なら」

 

「世界も変わった」

 

そこで会話は止まった。

 

---

 

WILKの国外赴任者数は、

 

十月も増えた。

 

速度は、

 

九月ほどではない。

 

だが止めない。

 

英国。

 

フランス。

 

ルーマニア。

 

ポルトガル。

 

遠方拠点。

 

家族も。

 

元ドイツ軍技術者が聞いた。

 

「国内の技術者が薄くなりすぎないか」

 

元独立運動家が答える。

 

「育成を早める」

 

「簡単に言うな」

 

「世界に言え」

 

技術者は黙った。

 

---

 

若い技師が、

 

初めて主任になった。

 

三十歳。

 

本来ならまだ先だった。

 

元ドイツ軍技術者が横に立つ。

 

「できるか」

 

「分かりません」

 

「いい」

 

「いいんですか」

 

「できると言う奴よりいい」

 

「失敗したら」

 

「直せ」

 

「大きな失敗なら」

 

「俺を呼べ」

 

若い技師が少し安心した。

 

元ドイツ軍技術者は続けた。

 

「ただし、いつまでも呼ぶな」

 

---

 

ポーランド軍将校も、

 

若い連絡担当へ仕事を渡した。

 

「これを軍側へ」

 

「私が?」

 

「そうだ」

 

「説明も?」

 

「そうだ」

 

「あなたは」

 

「別の会議」

 

「失敗したら」

 

「報告しろ」

 

「怒りますか」

 

「内容による」

 

「怖いですね」

 

「俺も怖い」

 

最近、

 

五人全員が少しずつ仕事を渡し始めていた。

 

本人たちは、

 

まだ後継者とは呼ばなかった。

 

だが、

 

世界の速度が、

 

人を育てる速度まで上げていた。

 

---

 

元白軍将校のところへ、

 

チェコスロヴァキアから手紙。

 

以前の元軍人。

 

妻。

 

プラハ。

 

息子。

 

フランス。

 

娘婿。

 

工場に残留。

 

本人。

 

まだ国内。

 

文章。

 

「国は残った」

 

その一行の後。

 

「ただし、前より小さい」

 

元白軍将校は、

 

長く読んでいた。

 

ポーランド軍将校が聞く。

 

「何と返す」

 

「何も」

 

「なぜ」

 

「今は向こうが書きたい時だ」

 

---

 

別の手紙。

 

ドイツ側。

 

「戦争が避けられた」

 

喜び。

 

「これで落ち着くだろう」

 

期待。

 

さらに別。

 

フランス。

 

「もう戦争はないだろう」

 

さらに。

 

英国。

 

「平和が保たれた」

 

元白軍将校は束を机に置いた。

 

「皆、休みたいんだな」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「悪いか」

 

「悪くない」

 

「なら休ませろ」

 

「世界が休むならな」

 

---

 

その日の午後。

 

ユダヤ人実業家が新しい報告を持ってきた。

 

「ドイツ側の工作機械発注が減っていません」

 

「平和になったのに?」

 

ポーランド軍将校が聞く。

 

「平和になったから工場を止める理由はありません」

 

「軍需?」

 

「民需も混ざっています」

 

元白軍将校が言った。

 

「結局分からんか」

 

「はい」

 

「いい」

 

「何が」

 

「安心できない理由を、無理に一つにするな」

 

---

 

五人会議。

 

議題。

 

十月以降の方針。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「国内では、今回を外交的成果と見る声が強い」

 

元白軍将校。

 

「そうだろうな」

 

「軍も一定の成果と見る」

 

「そうだろう」

 

「経済も」

 

ユダヤ人実業家。

 

「価値はあります」

 

「なら」

 

軍将校は五人を見る。

 

「少しくらい喜んでもいいだろ」

 

沈黙。

 

元独立運動家が言った。

 

「喜べばいい」

 

「本当に?」

 

「社員で現地出身の奴もいる」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「工場も増える」

 

ユダヤ人実業家。

 

「取引も」

 

元白軍将校も頷いた。

 

「喜べ」

 

ポーランド軍将校が少し笑った。

 

「気味が悪いな」

 

---

 

元白軍将校が続けた。

 

「ただし」

 

「ほら来た」

 

「地図を畳むな」

 

笑いが消えた。

 

「なぜ」

 

「勝った時が一番畳みたくなる」

 

「勝った?」

 

「そう感じている時だ」

 

元白軍将校はドイツを指した。

 

「向こうもそうかもしれん」

 

次にハンガリー。

 

「こっちも動く」

 

ルーマニア。

 

ソ連。

 

英国。

 

フランス。

 

全部を見る。

 

「一つ得たから、世界が止まるわけじゃない」

 

---

 

ユダヤ人実業家が地図の脇に、

 

新しい数字を書いた。

 

国外社員。

 

国外家族。

 

国外資産。

 

国外図面。

 

国外契約。

 

全部、

 

少しずつ増えている。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「成果があったのに、前より国外へ出してるな」

 

元独立運動家が答えた。

 

「成果があったから止める理由にはならない」

 

「国を信用していないように見えるぞ」

 

元白軍将校が言った。

 

「国を信用することと」

 

一拍。

 

「世界を信用することは違う」

 

---

 

十月。

 

新しいポーランド領には、

 

新しい標識が立った。

 

役所が動いた。

 

軍が入った。

 

鉄道が走った。

 

W式台車も走った。

 

工場も動いた。

 

商売も始まった。

 

それは、

 

現実だった。

 

同時に、

 

そのすぐ隣では、

 

チェコスロヴァキアが、

 

以前より小さな国として残っていた。

 

さらにその周囲で、

 

他の国々も次を見ていた。

 

---

 

WILKは、

 

成功を否定しなかった。

 

利益も数えた。

 

仕事も増やした。

 

新しい地域へ人も送った。

 

しかし、

 

一つだけしなかった。

 

これで終わった。

 

そうは書かなかった。

 

会議記録の最後。

 

元白軍将校が書いた。

 

勝った時ほど、

 

地図を畳むな。

 

その下に、

 

ポーランド軍将校が追記した。

 

勝ったかどうかも、

 

まだ決めるな。

 

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