WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK・酒類部門/商務部合同整理
一九三八年十一月

確認事項。

酒類名称。

現在も使用。

初期名称。

現役。

追加名称。

多数。

命名者。

酒類部門。

取引先。

常連。

ロマ。

シンティ。

その他。

用途。

商品名。

会話。

旅程。

商売。

警戒。

移動判断。

結論。

これは、

WILKの連絡網ではない。


第148話 その網に本部を作るな

 

「昨日の続きをします」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

机には、

 

酒類一覧。

 

古い帳簿。

 

新しい帳簿。

 

電報。

 

私信。

 

取引記録。

 

市場から届いた短い伝言。

 

そして、

 

各地の知人の所在。

 

元白軍将校が椅子へ座った。

 

「蒸留酒が増えた理由か」

 

「はい」

 

ポーランド軍将校も来た。

 

「それで、酒屋が欧州情勢を教えてくれるのか」

 

酒類部門の古参が答えた。

 

「酒屋だけではないです」

 

「では誰だ」

 

「皆です」

 

「昨日もそれを聞いた」

 

「今日も同じ答えです」

 

---

 

まず、

 

名前を整理した。

 

古いもの。

 

果汁。

 

飛行中止。

 

果実酒。

 

問題なし。

 

低酒精果実酒。

 

高度不足。

 

炭酸果汁。

 

機関不調。

 

果実飲料。

 

酒精混入。

 

乾燥果実酒。

 

乾燥注意。

 

濁り果実酒。

 

視界不良。

 

香草果実酒。

 

バードストライク。

 

香辛果実酒。

 

ハードランディング。

 

蒸留酒。

 

緊急脱出。

 

そこまでは、

 

実業家も覚えていた。

 

「昔は十種類でした」

 

古参が言った。

 

「昔は?」

 

「今はもっとあります」

 

「どのくらい」

 

「数えます?」

 

「数えてください」

 

「面倒ですね」

 

「仕事です」

 

---

 

新しい一覧。

 

林檎酒。

 

横風。

 

蜂蜜酒。

 

追い風。

 

梨酒。

 

航路変更。

 

発泡果実酒。

 

乱気流。

 

濃縮果汁。

 

過積載。

 

希釈果汁。

 

燃料不足。

 

熟成果実酒。

 

長時間待機。

 

樽熟成酒。

 

長距離飛行。

 

甘味酒。

 

補給良好。

 

苦味酒。

 

着陸地不良。

 

冷果汁。

 

着氷。

 

温果汁。

 

発動機過熱。

 

薬草酒。

 

負傷者あり。

 

二度蒸留酒。

 

即時退避。

 

さらに、

 

その土地でしか使われない名前。

 

その一家しか使わない言い回し。

 

一度だけ記録されたもの。

 

正式商品になったもの。

 

ならなかったもの。

 

全部合わせれば、

 

かなりの数になった。

 

ポーランド軍将校が一覧を見た。

 

「増やしすぎだろ」

 

古参が答えた。

 

「商品が増えましたから」

 

「航空用語まで増やす必要は」

 

「楽しいので」

 

元白軍将校が言った。

 

「正直でいい」

 

---

 

ユダヤ人実業家が、

 

一つずつ聞いた。

 

「林檎酒、横風。誰が」

 

「酒部門だったと思います」

 

「蜂蜜酒」

 

「市場の商人」

 

「梨酒」

 

「覚えてません」

 

「濃縮果汁」

 

「馬商の一家だったかな」

 

「薬草酒」

 

「これはシンティの人です」

 

「二度蒸留酒」

 

古参が止まった。

 

「それが分からない」

 

「なぜ」

 

「最初に帳簿へ出た時には、もう意味が通じていました」

 

「誰が登録した」

 

「こちらです」

 

「誰が持ち込んだ」

 

「向こうです」

 

「誰が名付けた」

 

「……だから分からないんです」

 

---

 

元白軍将校が言った。

 

「もう誰の言葉か分からんのか」

 

「はい」

 

「会社の商品名だろ」

 

「今は」

 

ポーランド軍将校が顔を上げた。

 

「今は?」

 

古参が答える。

 

「向こうで先に呼ばれて、こっちの商品名になったものもあります」

 

「逆輸入か」

 

「たぶん」

 

ユダヤ人実業家が頭を押さえた。

 

「いつからそんなことに」

 

「ずっとですよ」

 

また、

 

その答えだった。

 

---

 

調べれば調べるほど、

 

境界がなかった。

 

WILKが名前を作る。

 

商人が使う。

 

市場で意味が少し変わる。

 

別の町へ伝わる。

 

そこで別の使い方が加わる。

 

ロマやシンティの常連が新しい名前を持ってくる。

 

酒類部門が面白がって採用する。

 

商品になる。

 

また市場へ戻る。

 

十年以上。

 

誰も全体を管理していない。

 

それでも、

 

言葉だけは残った。

 

---

 

「では」

 

ユダヤ人実業家が聞いた。

 

「何を意味するかは場所ごとに違う?」

 

「少しは」

 

古参が答える。

 

「困らないんですか」

 

「大体分かります」

 

「大体?」

 

「酒みたいなものです」

 

「説明になっていません」

 

「甘いとか辛いとか、濁ってるとか、強いとか」

 

「だから?」

 

「細かい意味が違っても、方向は同じです」

 

---

 

元白軍将校が興味を示した。

 

「濁り果実酒」

 

「よく分からない。様子見」

 

「どの国でも?」

 

「大体」

 

「香辛果実酒」

 

「通れるけど、酷い目に遭う」

 

「具体的には」

 

「検査が多いとか。金がかかるとか。荷物減らせとか」

 

「蒸留酒」

 

「出ろ」

 

「二度蒸留酒」

 

古参の声が少し低くなった。

 

「すぐ出ろ」

 

「違いは」

 

「蒸留酒なら、まだ商売道具を持つ」

 

「二度なら」

 

「人を持つ」

 

---

 

元独立運動家が聞き返した。

 

「人を持つ?」

 

「家族です」

 

「荷物は」

 

「置くこともある」

 

「馬は」

 

「置く」

 

「商売道具」

 

「置く」

 

「金」

 

「持てるだけ」

 

「老人」

 

「連れていく」

 

「子供」

 

「連れていく」

 

「それが二度蒸留酒?」

 

「そう使う人が多いです」

 

---

 

部屋が静かになった。

 

元ドイツ軍技術者が、

 

一覧の端を指で叩いた。

 

「合理的だ」

 

ポーランド軍将校が見る。

 

「これが?」

 

「意味が短い」

 

「それだけか」

 

「緊急時に長い説明をするな」

 

技術者は言った。

 

「何を捨てるかまで決まっているなら、もっといい」

 

元独立運動家が苦い顔をした。

 

「人間だけ持って逃げろ、か」

 

「そういうことだ」

 

---

 

ユダヤ人実業家は、

 

知人の移動記録へ戻った。

 

一九三六年。

 

ある一家。

 

ドイツ西部。

 

翌年。

 

フランス。

 

理由。

 

香辛果実酒。

 

別。

 

一九三七年。

 

旧オーストリア。

 

春。

 

移動。

 

理由。

 

濁り果実酒。

 

さらに別。

 

一九三八年三月。

 

オーストリア。

 

併合前後。

 

家族だけ先に移動。

 

理由。

 

低酒精果実酒。

 

夏。

 

本人も移動。

 

理由。

 

蒸留酒。

 

---

 

「一度に逃げていない」

 

実業家が言った。

 

元白軍将校が頷いた。

 

「少しずつだ」

 

「危険になってからでもない」

 

「危険になる前?」

 

「正確には」

 

実業家は記録を見る。

 

「本人たちが嫌な感じを覚えた時です」

 

---

 

警察が増えた。

 

濁り果実酒。

 

検問が変わった。

 

炭酸果汁。

 

宿で嫌な話を聞いた。

 

濁り。

 

市場へ出にくくなった。

 

低酒精果実酒。

 

商売道具を没収された。

 

香辛果実酒。

 

親族が捕まった。

 

蒸留酒。

 

近所から連れ出された。

 

二度蒸留酒。

 

正式な統計になる前に、

 

その言葉は動いていた。

 

---

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「噂では」

 

元白軍将校が答える。

 

「そうだ」

 

「信用できるのか」

 

「全部は」

 

「なら」

 

「だから一件で軍を動かすな」

 

「会社なら?」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「切符を一枚買う程度なら」

 

---

 

それが、

 

この網の強さだった。

 

判断が軽い。

 

国家なら、

 

証拠。

 

確認。

 

命令。

 

責任。

 

外交。

 

全部必要になる。

 

商人なら、

 

「今日は別の町へ行こう」

 

で済む。

 

一家なら、

 

「今季は向こうで商売しよう」

 

で済む。

 

一回の判断が間違っても、

 

戻ればいい。

 

元白軍将校が言った。

 

「逃げる決断を大きくしない」

 

実業家が顔を上げた。

 

「そういうことですか」

 

「たぶんな」

 

---

 

「国を捨てる」

 

そう考えれば重い。

 

「家を捨てる」

 

さらに重い。

 

しかし、

 

「次の市場へ行く」

 

なら、

 

少し軽い。

 

それを、

 

何度も繰り返す。

 

結果として、

 

危険地帯から離れていく。

 

元独立運動家が言った。

 

「家族単位で動き慣れているのも大きい」

 

「そうでしょうね」

 

「こちらが作った避難計画より」

 

少し嫌そうな顔。

 

「よほど自然だ」

 

元白軍将校が言った。

 

「避難計画じゃないからだ」

 

---

 

そこから、

 

問題になった。

 

「この網をどうする」

 

ポーランド軍将校が聞いた。

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「WILKへ接続します」

 

元白軍将校が即座に言った。

 

「するな」

 

「なぜ」

 

「壊す」

 

「しかし」

 

「本部を作る気か」

 

「管理した方が」

 

「誰が?」

 

「商務部が」

 

「名簿は」

 

「作ります」

 

「責任者」

 

「置きます」

 

「報告形式」

 

「統一します」

 

元白軍将校が首を振った。

 

「全部やるな」

 

---

 

ユダヤ人実業家が不満そうな顔をした。

 

「理由を」

 

「今まで十年以上、本部なしで生きた」

 

「はい」

 

「お前が本部を作ったら」

 

「効率は上がります」

 

「そして、本部を潰されたら?」

 

実業家が止まった。

 

「名簿を取られたら?」

 

沈黙。

 

「報告形式を知られたら?」

 

さらに沈黙。

 

「責任者を捕まえられたら?」

 

ユダヤ人実業家は、

 

もう答えなかった。

 

---

 

元白軍将校が続ける。

 

「向こうは向こうのままにしろ」

 

「では我々は何もしない?」

 

「逆だ」

 

「何を」

 

「出口を増やせ」

 

---

 

元独立運動家がすぐ反応した。

 

「住宅」

 

「そうだ」

 

ユダヤ人実業家。

 

「切符」

 

「そうだ」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「仕事」

 

「後でいい」

 

「またか」

 

「今はな」

 

ポーランド軍将校。

 

「旅券」

 

「できる範囲で」

 

実業家。

 

「送金」

 

「できる範囲で」

 

「つまり」

 

ユダヤ人実業家が整理した。

 

「彼らから情報を集めるのではなく」

 

「うん」

 

「向こうが蒸留酒と判断した時」

 

「うん」

 

「こちら側に空席がある状態を作る」

 

「それだ」

 

---

 

「理由は確認しない?」

 

ポーランド軍将校が聞いた。

 

元白軍将校は答える。

 

「最低限は」

 

「危険かもしれないぞ」

 

「何が」

 

「犯罪者が混じる」

 

「あり得る」

 

「密輸」

 

「あり得る」

 

「嘘」

 

「あり得る」

 

「なら」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「会社に入れる時は確認します」

 

「逃げる時は?」

 

元独立運動家が答える。

 

「先に出す場合もある」

 

「後で問題になったら」

 

「後で処理する」

 

ポーランド軍将校が頭を抱えた。

 

「お前ら最近、後でが増えたな」

 

元白軍将校が言った。

 

「世界が先に来るからな」

 

---

 

ただし、

 

万能にはしなかった。

 

WILKが運べる人数には限界がある。

 

住宅にも。

 

金にも。

 

仕事にも。

 

輸送にも。

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「全部は無理です」

 

元独立運動家。

 

「分かっている」

 

「知人の知人まで始めれば」

 

「増える」

 

「一族」

 

「増える」

 

「さらに親族」

 

「増える」

 

「どこで止めます」

 

元独立運動家は、

 

すぐには答えられなかった。

 

---

 

元白軍将校が言った。

 

「見えるところまで」

 

実業家が見る。

 

「曖昧ですね」

 

「人間を助ける範囲なんて、最初から曖昧だ」

 

「優先順位は」

 

「危険度」

 

「その次」

 

「家族」

 

「その次」

 

「移動可能性」

 

「その次」

 

「WILKと接点があるか」

 

実業家が少し嫌そうにした。

 

「接点が薄い者は」

 

「後になる」

 

「それでいい?」

 

誰も、

 

いいとは言わなかった。

 

でも、

 

別の方法もなかった。

 

---

 

午後。

 

酒類部門へ新しい指示。

 

名称は変更しない。

 

使用も止めない。

 

報告の義務化もしない。

 

名簿も作らない。

 

ただし、

 

蒸留酒。

 

二度蒸留酒。

 

これを含む連絡を受けた場合。

 

商務部へ、

 

可能な範囲で転送。

 

本人の同意が取れる場合のみ。

 

元白軍将校が確認した。

 

「強制するな」

 

「しません」

 

「向こうのやり方を変えるな」

 

「しません」

 

「名前も?」

 

酒類部門の古参が言った。

 

「変えたら怒られますよ」

 

「誰に」

 

「常連に」

 

---

 

夕方。

 

国外支部へ。

 

短い通知。

 

英国。

 

一時受入枠。

 

追加。

 

フランス。

 

追加。

 

ルーマニア。

 

追加。

 

ポルトガル。

 

追加可能数確認。

 

説明。

 

通常の商務・家族支援。

 

詳細。

 

必要時通知。

 

若い担当者が聞いた。

 

「何人来るんです?」

 

元独立運動家が答える。

 

「分からない」

 

「いつ」

 

「分からない」

 

「誰」

 

「分からない」

 

「何を準備すれば」

 

「寝る場所」

 

「それだけ?」

 

「最初は」

 

---

 

元ドイツ軍技術者が加えた。

 

「簡単な仕事も」

 

「何を」

 

「何でもいい」

 

「技術者とは限りません」

 

「分かっている」

 

「職歴も」

 

「後で聞け」

 

元独立運動家が笑った。

 

「お前、本当に変わったな」

 

「うるさい」

 

---

 

そして、

 

酒類部門から、

 

今年の月別記録がまとめられた。

 

正式な統計ではない。

 

数量も曖昧。

 

同じ連絡が二重に数えられている可能性もある。

 

それでも、

 

傾向は見えた。

 

年初。

 

果実酒。

 

蜂蜜酒。

 

熟成果実酒。

 

時々、

 

濁り。

 

春。

 

低酒精果実酒。

 

炭酸果汁。

 

濁り。

 

夏。

 

香辛果実酒。

 

増加。

 

秋。

 

蒸留酒。

 

明確に増加。

 

十一月。

 

二度蒸留酒。

 

複数。

 

---

 

ポーランド軍将校が、

 

軍用地図の横へその紙を置いた。

 

地図。

 

国境線。

 

軍。

 

鉄道。

 

都市。

 

その隣。

 

酒の名前。

 

果実酒。

 

濁り果実酒。

 

香辛果実酒。

 

蒸留酒。

 

二度蒸留酒。

 

「これも地図なのか」

 

彼が言った。

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「たぶん」

 

「国境がない」

 

「人間はあります」

 

「都市名も少ない」

 

「人が動いた場所は分かります」

 

元白軍将校が二枚を見比べた。

 

「悪くない」

 

---

 

軍の地図は、

 

国家を見る。

 

外交文書は、

 

政府を見る。

 

帳簿は、

 

金を見る。

 

手紙は、

 

人を見る。

 

そして、

 

酒の名前は、

 

人間が、

 

その土地をどう感じているかを見ていた。

 

問題なし。

 

視界不良。

 

機関不調。

 

ハードランディング。

 

緊急脱出。

 

即時退避。

 

正確ではない。

 

だが、

 

正確になるまで待たない。

 

---

 

夜。

 

また一枚、

 

短い伝言。

 

酒類部門経由。

 

二度蒸留酒。

 

家族あり。

 

行先希望。

 

フランス。

 

ユダヤ人実業家が見た。

 

「人数」

 

「六」

 

「子供」

 

「二」

 

「老人」

 

「一」

 

元独立運動家。

 

「住宅」

 

「あります」

 

「切符」

 

「取れます」

 

「仕事」

 

元ドイツ軍技術者が答えた。

 

「着いてから探す」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「理由は聞かないのか」

 

実業家は少し考えた。

 

「聞きます」

 

「では」

 

「列車の中で」

 

---

 

その一家は、

 

翌日、

 

出発した。

 

普通の切符。

 

普通の荷物。

 

普通の旅券。

 

誰も走っていない。

 

誰も追っていない。

 

少なくとも、

 

駅では。

 

そして、

 

WILKはそれを、

 

救出作戦とは呼ばなかった。

 

商務上の移動支援。

 

家族同伴。

 

一時滞在。

 

そう記録した。

 

---

 

会議記録。

 

ユダヤ人実業家。

 

酒類名称による連絡網について調査。

 

結論。

 

WILK管理下にない。

 

統合しない。

 

名簿化しない。

 

中央責任者を置かない。

 

必要時、

 

WILK側の輸送・資金・住宅・雇用能力を接続する。

 

元白軍将校が、

 

その下に書いた。

 

その網に、

 

本部を作るな。

 

元独立運動家。

 

では何を作る。

 

ユダヤ人実業家。

 

出口。

 

最後に、

 

ポーランド軍将校が追記した。

 

地図が、

 

また一枚増えた。

 

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