WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK・緊急経営会議
一九三八年十一月

議題。

国外住宅。

余裕あり。

国外倉庫。

余裕あり。

輸送契約。

未使用枠あり。

国外運転資金。

余裕あり。

国内人員。

余裕。

減少中。

生産能力。

余裕。

減少中。

結論。

余裕が、

なくなる。

ではなく。

余裕を、

使う。


第150話 余裕は使うために作った

朝。

 

五人は、

 

昨日の続きを始めた。

 

机の上には、

 

酒類部門からの報告はなかった。

 

代わりに、

 

会社そのものが並べられていた。

 

英国。

 

フランス。

 

ルーマニア。

 

ポルトガル。

 

その他。

 

国外支部。

 

倉庫。

 

住宅。

 

口座。

 

工場。

 

契約。

 

船。

 

鉄道。

 

人。

 

図面。

 

治具。

 

予備部品。

 

元白軍将校が言った。

 

「全部出したか」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「帳簿上は」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「技術部門も」

 

元独立運動家。

 

「人員も」

 

ポーランド軍将校。

 

「軍との契約も持ってきた」

 

「では始める」

 

最初は、

 

金だった。

 

ユダヤ人実業家が数字を読み上げる。

 

国外支部。

 

運転資金。

 

三か月から半年。

 

一部、

 

それ以上。

 

予備口座。

 

複数。

 

通貨。

 

分散。

 

銀行。

 

分散。

 

「増やせるか」

 

元白軍将校が聞いた。

 

「増やせます」

 

「どこまで」

 

「会社が苦しくなるところまで」

 

「具体的には」

 

「それを今から決めます」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「随分乱暴になったな」

 

実業家は答えた。

 

「昨日、限度は後で計算すると言ってしまいましたから」

 

「後悔してる?」

 

「少し」

 

「やめる?」

 

「いいえ」

 

国外住宅。

 

元独立運動家。

 

英国。

 

空室。

 

フランス。

 

空室。

 

ルーマニア。

 

空室。

 

ポルトガル。

 

少数。

 

契約済みだが、

 

まだ誰も住んでいない部屋。

 

家具のない部屋。

 

寝具だけある部屋。

 

一時宿泊用。

 

社員が、

 

「無駄では」

 

と言っていた場所。

 

「全部維持する」

 

元独立運動家が言った。

 

ユダヤ人実業家が聞く。

 

「家賃は」

 

「払う」

 

「空室でも」

 

「空室だからだ」

 

「追加は」

 

「取れるだけ」

 

ポーランド軍将校が顔を上げた。

 

「空いてる部屋を増やすのか」

 

「そうだ」

 

「人が足りないと言ってるのに?」

 

「来た時に足りない方が困る」

 

次。

 

輸送。

 

船会社。

 

鉄道会社。

 

貨物枠。

 

旅客枠。

 

定期便。

 

臨時便。

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「使わない可能性があります」

 

元白軍将校。

 

「いい」

 

「予約料が消えます」

 

「いい」

 

「席が空で走るかもしれません」

 

「それが?」

 

実業家が少し笑った。

 

「昔の私なら怒っていますね」

 

「今は」

 

「空席を買います」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「何席だ」

 

「まだ決めていません」

 

「人数を先に数えろ」

 

元独立運動家が答えた。

 

「昨日それをやった」

 

「結果」

 

「数えられない」

 

「なぜ」

 

「社員だけじゃない」

 

家族。

 

親族。

 

取引先。

 

知人。

 

紹介。

 

ロマ。

 

シンティ。

 

ユダヤ人。

 

政治的に危険な立場の者。

 

国境変更で宙に浮く者。

 

「見える人数だけでも増え続けている」

 

「では」

 

「人数に合わせて席を取るんじゃない」

 

元独立運動家が言った。

 

「席を先に作る」

 

元白軍将校が頷いた。

 

「それでいい」

 

ポーランド軍将校は納得していない。

 

「何人来るか分からないのに?」

 

「分からないからだ」

 

「百人分取って十人なら」

 

「九十席余る」

 

「損だ」

 

ユダヤ人実業家が答えた。

 

「はい」

 

「それでいい?」

 

「今は」

 

次。

 

技術。

 

元ドイツ軍技術者が、

 

国内工場の表を広げた。

 

工程。

 

必要熟練工。

 

代替可能人数。

 

若手。

 

教育中。

 

国外配置済み。

 

国外配置候補。

 

「これ以上出すと」

 

ポーランド軍将校が聞く。

 

「落ちる」

 

「何が」

 

「能率」

 

「どの程度」

 

「工程による」

 

「全体では」

 

技術者が数字を見る。

 

「五から八」

 

「百分率?」

 

「そうだ」

 

「大きいぞ」

 

「知っている」

 

「納期」

 

「遅れる」

 

「不良」

 

「増える可能性」

 

「軍向け」

 

「守る」

 

「どうやって」

 

「若手を上げる」

 

元独立運動家が言った。

 

「危なくないか」

 

「危ない」

 

「なら」

 

「だから検査は削らない」

 

元ドイツ軍技術者は、

 

赤線を引いた。

 

「作る人間を変える」

 

次。

 

「工程を分ける」

 

次。

 

「一人が持っていた仕事を二人に分散」

 

次。

 

「熟練工一人を国外へ」

 

「国内の穴は」

 

「若手二人と中堅一人」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「人を増やして効率を落とす?」

 

「そうだ」

 

「フォードが泣くぞ」

 

「泣かせておけ」

 

元白軍将校が聞いた。

 

「国外へ何人出せる」

 

技術者は答えた。

 

「今の生産を完全に守るなら少ない」

 

「完全を捨てたら」

 

少し間。

 

「かなり増える」

 

「会社は止まる?」

 

「止まらん」

 

「飛行機は作れる?」

 

「作れる」

 

「修理」

 

「できる」

 

「発動機」

 

「回せる」

 

「なら」

 

元ドイツ軍技術者は、

 

嫌そうな顔をした。

 

「分かっている」

 

国外配置候補へ、

 

印を増やした。

 

その次は、

 

権限だった。

 

これは、

 

全員が少し黙った。

 

英国支部。

 

採用。

 

本社承認。

 

一定額以上の契約。

 

本社承認。

 

設備購入。

 

本社承認。

 

長期住宅契約。

 

本社承認。

 

元白軍将校が聞いた。

 

「全部、本社に聞くのか」

 

ユダヤ人実業家。

 

「基本は」

 

「なぜ」

 

「会社だからです」

 

「本社から返事が来なければ?」

 

沈黙。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「今は来る」

 

「今はな」

 

「電話も」

 

「通じる」

 

「電報も」

 

「来る」

 

「なら」

 

元白軍将校が指で机を叩いた。

 

「来なくなった日の規則を作れ」

 

若い法務担当が呼ばれた。

 

彼は、

 

話を聞いて顔をしかめた。

 

「本社との連絡が途絶えた場合?」

 

「そうだ」

 

「どの程度」

 

「決めろ」

 

「会社法上」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「できる形にしてください」

 

「かなり特殊です」

 

「知っています」

 

「国外法人側へ権限を」

 

「渡します」

 

「かなり?」

 

「必要なだけ」

 

若い担当者が、

 

五人を見る。

 

「本社がなくなる前提ですか」

 

誰もすぐには答えなかった。

 

元白軍将校が言った。

 

「なくなる可能性がある前提だ」

 

ポーランド軍将校が目を閉じた。

 

それでも、

 

訂正はしなかった。

 

仮規則。

 

本社通信途絶。

 

三日。

 

現地責任者。

 

日常決裁を拡大。

 

七日。

 

非常運転。

 

必要な採用。

 

必要な住宅契約。

 

小規模設備購入。

 

現地判断。

 

十四日。

 

本社承認を要する一部項目。

 

現地責任者へ移譲。

 

三十日。

 

現地法人。

 

独立運転。

 

ただし、

 

WILK本体との関係は維持。

 

ポーランド軍将校が読んだ。

 

「三十日連絡がなかったら」

 

「本社が何をしているか分からない状態です」

 

実業家。

 

「勝手に動く?」

 

「はい」

 

「怖くないか」

 

「止まる方が怖い」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「工場も同じにしろ」

 

「国外工場?」

 

「全部」

 

「何を」

 

「本社指示がなくても、作れるものを作る」

 

「何を作るかは」

 

「現地で決める」

 

ポーランド軍将校が彼を見る。

 

「お前、中央管理好きだっただろ」

 

「品質管理が好きなんだ」

 

「違うのか」

 

「違う」

 

次。

 

図面。

 

元ドイツ軍技術者。

 

主要図面。

 

複写済み。

 

さらに複写。

 

工程票。

 

追加。

 

加工見本。

 

追加。

 

ゲージ。

 

追加製作。

 

治具。

 

国外配置。

 

小型工具。

 

国外配置。

 

特殊機械。

 

「大型は?」

 

元白軍将校。

 

「置く」

 

「高いぞ」

 

「知っている」

 

「再調達できないものは」

 

「可能なら部品だけでも」

 

「全部は」

 

「無理だ」

 

その言葉が、

 

普通に出た。

 

今までのWILKなら、

 

「どうやって残すか」

 

を考えた。

 

今日は、

 

「何を残せないか」

 

も考え始めた。

 

大型工作機械。

 

建屋。

 

大量在庫。

 

固定設備。

 

全部を持って逃げることはできない。

 

元ドイツ軍技術者が、

 

三つに分けた。

 

持ち出す。

 

分散する。

 

置いていく。

 

ポーランド軍将校が、

 

三番目を見る。

 

「置いていく」

 

「そうだ」

 

「敵に使われるかもしれん」

 

「その時は処置を考える」

 

「壊す?」

 

「必要なら」

 

「……お前が作った機械を?」

 

元ドイツ軍技術者は、

 

少し黙った。

 

「人間より先に機械を守るな」

 

元独立運動家が、

 

彼を見る。

 

何も言わなかった。

 

昔なら、

 

自分が言うはずだった言葉だからだ。

 

昼。

 

新しい酒類報告。

 

蒸留酒。

 

六。

 

二度蒸留酒。

 

四。

 

元白軍将校が紙を見る。

 

「続いている」

 

「はい」

 

ユダヤ人実業家。

 

「出口は」

 

「あります」

 

元独立運動家。

 

「出せ」

 

会議は、

 

止まらなかった。

 

次。

 

国外支部へ、

 

どこまで人を送るか。

 

元独立運動家が言った。

 

「家族だけでは足りない」

 

ポーランド軍将校。

 

「何が」

 

「生活する人間」

 

「家族だろ」

 

「違う」

 

教師。

 

医者。

 

事務員。

 

料理人。

 

整備員。

 

商務担当。

 

子供を見る人間。

 

通訳。

 

住宅を探す人間。

 

現地行政と話す人間。

 

「会社の支部を増やすんじゃない」

 

元独立運動家が言った。

 

「町を少しずつ作ってる」

 

ポーランド軍将校が顔をしかめた。

 

「とうとう認めたな」

 

「何を」

 

「航空会社じゃない」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「飛行機は作っている」

 

「それで押し通すのか」

 

「そうだ」

 

国外支部へ、

 

新しい指示。

 

受入者。

 

社員に限定しない。

 

家族。

 

関係者。

 

一時滞在者。

 

必要に応じて。

 

ただし、

 

現地能力を超える場合。

 

近隣支部へ振り分け。

 

「追い返すな」

 

元独立運動家が言った。

 

「無理なら?」

 

若い担当。

 

「次を探せ」

 

「それも無理なら」

 

「本社へ」

 

元白軍将校が言った。

 

「本社も無理なら」

 

若い担当者は止まった。

 

元独立運動家が答えた。

 

「その時は、無理だと書け」

 

全員が黙った。

 

万能ではない。

 

全部は救えない。

 

全部は残せない。

 

その事実も、

 

計画に入れなければならなかった。

 

午後。

 

ユダヤ人実業家が、

 

予算を出した。

 

国外運転資金。

 

増額。

 

住宅。

 

増額。

 

輸送予約。

 

増額。

 

教育。

 

増額。

 

支部採用。

 

増額。

 

予備設備。

 

増額。

 

利益見込み。

 

低下。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「酷いな」

 

「はい」

 

「経営者としてどうなんだ」

 

「かなり嫌です」

 

「やめる?」

 

「いいえ」

 

「今年の利益を削る」

 

「はい」

 

「来年も?」

 

「必要なら」

 

「株主がいたら怒るぞ」

 

「います」

 

「怒られるぞ」

 

「説明します」

 

「何と」

 

実業家は少し考えた。

 

「会社を使っています、と」

 

「会社は使うものなのか」

 

元白軍将校が答えた。

 

「何のために作った」

 

その言葉で、

 

会議が止まった。

 

会社。

 

工場。

 

金。

 

人。

 

国外支部。

 

予備。

 

冗長性。

 

全部、

 

何のために作った。

 

利益のため。

 

仕事のため。

 

生活のため。

 

飛行機を飛ばすため。

 

壊れても戻すため。

 

そして、

 

十九年間。

 

少しずつ、

 

余裕を積んだ。

 

一つ壊れても、

 

全部が止まらないように。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「このまま使えば」

 

「うん」

 

元白軍将校。

 

「余裕がなくなるぞ」

 

「うん」

 

「本当に危機が来た時」

 

「今じゃないと思うか」

 

軍将校は、

 

酒類一覧を見る。

 

何も言えなかった。

 

元白軍将校が続けた。

 

「余裕を残すために」

 

指で、

 

一覧を叩く。

 

「人を残せなくなるなら」

 

誰も動かなかった。

 

「何のための余裕だ」

 

元ドイツ軍技術者が、

 

自分の人員表を閉じた。

 

「技術部門」

 

「うん」

 

「国外配置を最大まで上げる」

 

元独立運動家。

 

「家族受入枠」

 

紙を取る。

 

「可能な限り増やす」

 

ユダヤ人実業家。

 

「国外資金」

 

帳簿を閉じる。

 

「前倒し」

 

ポーランド軍将校。

 

「軍側には」

 

深く息を吐く。

 

「俺が説明する」

 

元白軍将校が、

 

最後に言った。

 

「では決まりだ」

 

若い書記が聞いた。

 

「決定名は」

 

五人が止まった。

 

「国外分散計画?」

 

「前からある」

 

「緊急移転計画?」

 

「避難ではない」

 

「危機対応拡大?」

 

「長い」

 

書記が困った。

 

「では、何と」

 

元白軍将校が言った。

 

「余裕を使う」

 

「正式名称として?」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「もうそれでいいでしょう」

 

その日から、

 

WILKの数字は悪くなった。

 

利益率。

 

低下。

 

国内生産効率。

 

低下。

 

空室費。

 

増加。

 

輸送予約費。

 

増加。

 

国外人件費。

 

増加。

 

教育費。

 

増加。

 

複写費。

 

増加。

 

余剰設備。

 

増加。

 

経理担当者は、

 

頭を抱えた。

 

若い経理担当が実業家へ言った。

 

「全部、悪化しています」

 

「はい」

 

「何か改善した数字は」

 

実業家は、

 

別の表を出した。

 

国外で働ける技術者。

 

増加。

 

国外で暮らせる家族。

 

増加。

 

本社なしで動ける支部。

 

増加。

 

国外にある図面。

 

増加。

 

国外にある治具。

 

増加。

 

予備の輸送経路。

 

増加。

 

若い担当者は黙った。

 

「帳簿には?」

 

「全部載せます」

 

夕方。

 

酒類部門。

 

蒸留酒。

 

三。

 

二度蒸留酒。

 

二。

 

朝より減った。

 

ユダヤ人実業家が少しだけ息を吐いた。

 

元白軍将校が言った。

 

「安心するな」

 

「分かっています」

 

「だが」

 

少し間。

 

「減ったことは喜べ」

 

実業家は頷いた。

 

「はい」

 

夜。

 

国外支部から返事。

 

英国。

 

追加受入。

 

可。

 

フランス。

 

可。

 

ルーマニア。

 

可。

 

ポルトガル。

 

限定的に可。

 

元独立運動家が言った。

 

「使える」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「人を出す」

 

実業家。

 

「金を出す」

 

ポーランド軍将校。

 

「説明する」

 

元白軍将校。

 

「なら続けろ」

 

一九三八年十一月。

 

WILKは、

 

効率を落とした。

 

利益を削った。

 

空いている部屋に金を払った。

 

使わないかもしれない切符を押さえた。

 

国内に必要な熟練工を、

 

国外へ送った。

 

若い者を、

 

予定より早く上へ立たせた。

 

本社の権限を、

 

国外へ渡し始めた。

 

工場を失う前提で、

 

図面を増やした。

 

そして、

 

持っていけない物を、

 

初めて数えた。

 

会社は、

 

強くなったのか。

 

数字だけ見れば、

 

弱くなった。

 

だが、

 

一つの工場。

 

一つの本社。

 

一つの国。

 

そのどれかを失った時に、

 

残るものは増えた。

 

会議記録。

 

国外分散。

 

最大運転へ移行。

 

国内効率低下。

 

許容。

 

利益率低下。

 

許容。

 

国外固定費増加。

 

許容。

 

本社権限分散。

 

開始。

 

技術資料・治具分散。

 

加速。

 

人員・家族国外配置。

 

加速。

 

最後に、

 

ポーランド軍将校が書いた。

 

「このままでは、余裕がなくなる」

 

元白軍将校が、

 

その下に書いた。

 

余裕は、

 

使うために作った。

 

そして、

 

百五十話目の記録は、

 

そこで終わった。

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