WILK ―忘れずの故郷―   作:ヒツジ(ラム肉

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――WILK・国外受入能力再計算
一九三八年十一月

確認事項。

英国。

空室あり。

フランス。

空室あり。

ルーマニア。

空室あり。

ポルトガル。

少数。

輸送。

未使用枠あり。

一時雇用。

余地あり。

結論。

空いている。

なら、

埋めるな。


第151話 空いている席を埋めるな

 

「空室率が上がっています」

 

若い経理担当が言った。

 

ユダヤ人実業家は帳簿を見た。

 

「はい」

 

「英国支部」

 

「はい」

 

「フランスも」

 

「はい」

 

「ルーマニアも」

 

「はい」

 

「普通は悪い数字ですよね」

 

「非常に」

 

担当者は少し安心した。

 

「では減らしますか」

 

「減らしません」

 

安心は消えた。

 

---

 

一九三八年十一月。

 

WILKは、

 

余裕を使い始めた。

 

その結果、

 

妙なことが起きた。

 

余裕を使うために、

 

さらに余裕が必要になった。

 

国外へ人を送る。

 

住宅が減る。

 

だから住宅を増やす。

 

輸送枠を使う。

 

残りが減る。

 

だから新しい枠を取る。

 

資金を使う。

 

国外口座の残高が減る。

 

だから送金する。

 

使えば使うほど、

 

補充しなければならない。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「穴の開いた桶みたいだな」

 

元白軍将校が答えた。

 

「穴を塞ぐな」

 

「桶の意味がないだろ」

 

「今は穴から人を出している」

 

「もっと意味が分からん」

 

---

 

元独立運動家が、

 

国外住宅一覧を広げた。

 

英国。

 

四十七床。

 

現在使用。

 

三十一。

 

空き。

 

十六。

 

フランス。

 

六十二。

 

使用。

 

四十四。

 

空き。

 

十八。

 

ルーマニア。

 

三十八。

 

使用。

 

二十七。

 

空き。

 

十一。

 

その他。

 

少数。

 

「合計」

 

若い担当者が計算する。

 

「空き四十七」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「十分じゃないか」

 

元独立運動家は首を振った。

 

「足りない」

 

「四十七も空いてるぞ」

 

「昨日、何人出した」

 

「……」

 

「今日、何件来た」

 

「……」

 

「明日は」

 

「分からん」

 

「だから足りない」

 

---

 

ユダヤ人実業家が聞いた。

 

「目標は」

 

「空室率三割」

 

「三割?」

 

「最低」

 

「高すぎます」

 

「知っている」

 

「普通の住宅運用なら」

 

「今は普通じゃない」

 

「家賃」

 

「払う」

 

「家具」

 

「最低限」

 

「寝具」

 

「置く」

 

「食器」

 

「置く」

 

「誰も住まなかったら」

 

元独立運動家は答えた。

 

「それが一番いい」

 

---

 

若い担当者が、

 

その言葉を理解するまで少しかかった。

 

使わなかった部屋。

 

無駄。

 

空室。

 

損失。

 

本来ならそうだった。

 

だが、

 

今のWILKでは、

 

誰も来なかった部屋は、

 

誰も逃げる必要がなかった部屋だった。

 

「空室が成功?」

 

若い担当者が聞いた。

 

元独立運動家が答える。

 

「場合によっては」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「経営学に謝れ」

 

ユダヤ人実業家。

 

「後で謝ります」

 

---

 

輸送も同じだった。

 

列車。

 

船。

 

定期便。

 

貨物。

 

旅客。

 

予約。

 

未使用。

 

「今月の未使用予約」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「かなりあります」

 

「損失は」

 

「あります」

 

「減らす?」

 

「減らしません」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「今日そればっかりだな」

 

「今日はそういう日です」

 

---

 

元白軍将校が、

 

輸送表を見る。

 

「この列車」

 

「はい」

 

「十二席」

 

「はい」

 

「誰も乗らなかった」

 

「はい」

 

「次も取れ」

 

若い商務担当が聞いた。

 

「同じ十二席?」

 

「二十」

 

「増やすんですか」

 

「蒸留酒が減っていない」

 

---

 

酒類部門。

 

その日の報告。

 

濁り果実酒。

 

七。

 

炭酸果汁。

 

三。

 

香辛果実酒。

 

五。

 

蒸留酒。

 

九。

 

二度蒸留酒。

 

四。

 

前日より減った。

 

だが、

 

消えてはいない。

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「落ち着いてきたようにも見えます」

 

元白軍将校が答えた。

 

「見えるだけかもしれん」

 

「はい」

 

「なら空けておけ」

 

---

 

元ドイツ軍技術者は、

 

別の種類の空席を見ていた。

 

国外工場。

 

作業台。

 

機械。

 

担当者。

 

「ここ」

 

英国支部の工程表。

 

「一人足りない」

 

元独立運動家が言った。

 

「送る?」

 

「送れる」

 

「なら」

 

「待つ」

 

全員が彼を見る。

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「昨日まで出せと言ってただろ」

 

「出す」

 

「では」

 

「この席は空けておく」

 

---

 

理由。

 

特定工程。

 

熟練者一名がいれば、

 

すぐに立ち上がる。

 

今、

 

国内から送ることもできる。

 

だが、

 

もしチェコ。

 

ドイツ。

 

旧オーストリア。

 

その他。

 

そこから同種の技術者が出てきたら。

 

「仕事がある」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

元独立運動家が少し笑った。

 

「とうとう仕事まで空け始めたか」

 

「空いているんじゃない」

 

「では」

 

「待っている」

 

---

 

英国。

 

検査担当。

 

一席。

 

フランス。

 

機械加工。

 

二席。

 

ルーマニア。

 

整備。

 

一席。

 

商務。

 

複数。

 

事務。

 

複数。

 

元ドイツ軍技術者は、

 

一覧へ印を付けた。

 

「全部埋めるな」

 

若い人事担当が困った。

 

「求人を出しているのに?」

 

「出せ」

 

「採用は」

 

「必要分だけ」

 

「空席を残す?」

 

「そうだ」

 

「なぜ」

 

「来た時に仕事を探すな」

 

---

 

その言葉で、

 

元独立運動家が顔を上げた。

 

「住宅も同じだ」

 

「そうだ」

 

「学校も」

 

「何?」

 

「教室」

 

---

 

国外の子供が増えていた。

 

社員の子。

 

技術者の子。

 

商人の子。

 

一時滞在。

 

長期赴任。

 

年齢も違う。

 

言葉も違う。

 

元独立運動家は、

 

前に作った学習室の報告を出した。

 

「英国」

 

「生徒数」

 

「二十一」

 

「定員」

 

「三十」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「空いてるな」

 

「空けている」

 

「フランス」

 

「定員二十四。生徒十八」

 

「ルーマニア」

 

「定員二十。生徒十一」

 

「これも?」

 

「空ける」

 

「教師が暇になるぞ」

 

「暇ならいい」

 

---

 

若い教師から、

 

すでに苦情が来ていた。

 

「授業計画が立てづらい」

 

元独立運動家は返事を書いた。

 

新しい子供が、

 

いつ来るか分からない。

 

年齢も。

 

言語も。

 

それでも、

 

受け入れられるように。

 

「無茶だな」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「知っている」

 

「学校ではなくなってる」

 

「最初から学習室だ」

 

「便利な言葉だな」

 

「会社ほどではない」

 

---

 

医療。

 

診療。

 

こちらも余裕を作る。

 

医師。

 

看護。

 

薬。

 

寝床。

 

元独立運動家が言った。

 

「薬草酒が増えた」

 

負傷者あり。

 

「今後も来るかもしれない」

 

ユダヤ人実業家が聞く。

 

「病院を作る?」

 

「作らない」

 

「なら」

 

「契約医を増やす」

 

「何人」

 

「一人ずつ」

 

「使わなかったら」

 

「診察料は払う」

 

実業家が少し顔をしかめた。

 

「今日の私は、払う係ですね」

 

元白軍将校。

 

「お前の仕事だ」

 

「知っています」

 

---

 

午後。

 

フランス支部から問い合わせ。

 

「空室二戸について、通常社員へ割り当ててよいか」

 

元独立運動家は、

 

即答しなかった。

 

普通なら、

 

空いている住宅を社員へ使わせる。

 

当然。

 

だが、

 

今は違う。

 

「一戸だけ」

 

「もう一戸は?」

 

「空けろ」

 

「いつまで」

 

「分からない」

 

「住みたい社員がいます」

 

「別を探せ」

 

「家賃が高くなります」

 

「払う」

 

ユダヤ人実業家が横から言った。

 

「また?」

 

「まただ」

 

---

 

実業家は、

 

会計表へ新しい項目を作った。

 

予備住宅維持費。

 

予備輸送枠。

 

予備雇用枠。

 

予備医療契約。

 

予備教育能力。

 

若い経理担当が見た。

 

「全部“予備”ですね」

 

「はい」

 

「かなり増えました」

 

「はい」

 

「以前から予備好きでしたけど」

 

実業家は少し笑った。

 

「会社が年を取ると、心配事も増えるんでしょう」

 

元白軍将校が言った。

 

「俺たちが年を取っただけじゃないか」

 

「それもあります」

 

---

 

ところが、

 

問題が起きた。

 

英国支部。

 

住宅。

 

空けておいた三室。

 

現地社員から不満。

 

「なぜ誰も使わない部屋のために、こちらが狭い部屋にいるのか」

 

もっともだった。

 

元独立運動家が書類を読んだ。

 

「これは正しい」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「では使わせろ」

 

「使わせない」

 

「正しいんだろ」

 

「不満が正しい」

 

「なら」

 

「だから補償する」

 

---

 

広い部屋を空ける代わりに、

 

現地社員の住宅手当を増額。

 

別の部屋を確保。

 

「金が」

 

実業家。

 

「払います」

 

「今日それしか言ってないな」

 

「私もそう思います」

 

---

 

元白軍将校が聞いた。

 

「なぜそこまでして空ける」

 

元独立運動家が答えた。

 

「来た人間に」

 

少し考える。

 

「ここにいていい、とすぐ言うためだ」

 

誰も何も言わなかった。

 

---

 

逃げてきた。

 

家がない。

 

仕事がない。

 

言葉も分からない。

 

家族が疲れている。

 

子供が泣く。

 

その状態で、

 

「三日待ってください」

 

「部屋を探します」

 

「仕事を探します」

 

「学校を探します」

 

と言う。

 

三日。

 

一週間。

 

一か月。

 

元独立運動家は、

 

それを嫌った。

 

「最初の一晩だけは」

 

机を指で叩いた。

 

「考えなくていい状態にする」

 

---

 

国外支部へ、

 

新しい指示。

 

到着初日。

 

食事。

 

寝床。

 

湯。

 

必要なら医師。

 

翌日以降。

 

仕事。

 

学校。

 

書類。

 

銀行。

 

「順番」

 

若い担当者が聞いた。

 

「最初は人間」

 

「次は」

 

「生活」

 

「仕事は」

 

「その後」

 

元ドイツ軍技術者が言った。

 

「三日以内には聞け」

 

元独立運動家が睨む。

 

「黙れ」

 

「工場も困る」

 

「三日くらい待て」

 

「二日」

 

「三日」

 

「二日半」

 

ポーランド軍将校が言った。

 

「そこ交渉するところか?」

 

---

 

少しだけ、

 

笑いが戻った。

 

ほんの少し。

 

---

 

夕方。

 

二度蒸留酒。

 

一家。

 

六名。

 

フランス希望。

 

元独立運動家が聞いた。

 

「住宅」

 

若い担当者。

 

「あります」

 

「空けてたところ?」

 

「はい」

 

「仕事」

 

元ドイツ軍技術者。

 

「一席あります」

 

「子供」

 

「二人」

 

「学習室」

 

「空きあり」

 

「負傷」

 

「なし」

 

「なら」

 

ユダヤ人実業家が言った。

 

「切符もあります」

 

ポーランド軍将校が五人を見る。

 

「全部あるな」

 

元白軍将校が答えた。

 

「空けていたからな」

 

---

 

その一家は、

 

数日後、

 

フランスへ着いた。

 

駅。

 

迎え。

 

車。

 

住宅。

 

食事。

 

子供は、

 

その日のうちに眠った。

 

父親は、

 

翌朝になって初めて聞いた。

 

「仕事は」

 

WILK担当者が答えた。

 

「あります」

 

「いつから」

 

「明後日」

 

「今日からでも」

 

「今日は休んでください」

 

男は、

 

しばらく答えなかった。

 

---

 

報告書。

 

到着。

 

六名。

 

住宅。

 

問題なし。

 

医療。

 

不要。

 

学校。

 

手続き開始。

 

雇用。

 

二日後開始。

 

元独立運動家が読んだ。

 

「空室、一つ減った」

 

ユダヤ人実業家が答える。

 

「増やしましょう」

 

「そうだな」

 

---

 

そこで、

 

ポーランド軍将校が、

 

ようやく理解した。

 

「空席って」

 

「うん」

 

元白軍将校。

 

「余りじゃないんだな」

 

「今さらか」

 

「待機している能力か」

 

ユダヤ人実業家が頷いた。

 

「金を払って待機させています」

 

「随分高い待機だ」

 

「人間よりは安い」

 

---

 

翌日。

 

英国。

 

追加住宅。

 

五戸。

 

フランス。

 

六戸。

 

ルーマニア。

 

四戸。

 

ポルトガル。

 

二戸。

 

契約。

 

開始。

 

同時に、

 

雇用枠。

 

追加。

 

学習室。

 

拡張。

 

医療契約。

 

追加。

 

輸送。

 

追加予約。

 

経理担当は、

 

数字を見て頭を抱えた。

 

「また空室率が上がります」

 

実業家が答えた。

 

「成功です」

 

「まだ誰も入ってません」

 

「だからです」

 

---

 

一九三八年十一月。

 

WILKは、

 

空いているものへ、

 

金を払った。

 

空いている部屋。

 

空いている席。

 

空いている仕事。

 

空いている教室。

 

空いている輸送枠。

 

普通なら、

 

埋めるべきものだった。

 

効率を上げるなら。

 

利益を増やすなら。

 

しかし、

 

埋めれば、

 

次の人間が入れない。

 

---

 

会社が壊れる時。

 

国境が閉じる時。

 

人が追われる時。

 

必要なのは、

 

満員の会社ではなかった。

 

一人分。

 

一部屋。

 

一席。

 

一つの仕事。

 

誰かが入れる、

 

空白だった。

 

---

 

会議記録。

 

国外受入余力。

 

意図的維持。

 

住宅。

 

空室確保。

 

輸送。

 

未使用枠確保。

 

雇用。

 

予備枠設定。

 

教育。

 

予備受入能力確保。

 

医療。

 

予備契約。

 

ユダヤ人実業家が、

 

最後に書いた。

 

空室は、

 

損失である。

 

元独立運動家が、

 

その下に追記した。

 

人が来るまでは。

 

そして元白軍将校。

 

空いている席を、

 

埋めるな。

 

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